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ロサレス町の誕生日故郷の歴史を訪ねる意義|まにら新聞ウェブTheDailyManilaShimbunWebManilaShimbunこの行事は、歴史家アドリエル・メインバン博士が比国立公文書館から町の成立過程を記録したスペイン語の文献を発見したことに端を発する。今日の歴史(1月16日)|聯合ニュース聯合ニュース今日の歴史(1月16日)·1948年:国内初のオペラ公演「椿姫」が開かれる·1990年:現代グループが国内企業で初めてソ連での支社設立承認を取得
大河ドラマ、『鎌倉殿の13人』始まりましたね。我が家は録画してあり、今晩第1話をみんなでみる予定です。楽しみ歴史が苦手だった私が大河ドラマが楽しみになるなんて…息子たちに影響をうけて新しい世界がひとつひらけて感謝です。長男、さっそくマンガ買ってました。鎌倉人物伝北条義時(日本の歴史コミック版80)Amazon(アマゾン)1,210〜4,310円最初は戦国時代が大好きだったけど、いつのまにか他の時代にも詳しい…Eテレの『歴史探偵』という番組も好きでよくみているんです
城をめぐります。有名無名関係なく、興味があるところならどこへでも!今回のルート:宝篋山入口(バス停)-小田城跡歴史ひろば案内所-北虎口-東曲輪-建物域-東池-西池-南西馬出曲輪-小田城移築城門(龍勝寺大門)-宝篋山小田休憩所-要害展望所-富岡山頂今回は小田城をめぐります。スタートは宝篋山入口バス停です。土浦駅から30分ほどかかります。バス停から小田城までは徒歩で10分ほどです。小田城跡歴史ひろば案内所です。廃線となった筑波鉄道の常陸小田駅の駅舎跡地に建てられました。
『サイクリング&キャンプツアー〜戦国武将<小田氏治>を学び、感じるモニターツアー〜』というものに参加してきました。ツアーの場所は妻の実家からほど近く。ちょうど緊急事態宣言も解除され、ツアーの実施日に、帰省する予定でした。妻実家に帰ったところで、することもなく、いつも義祖母の家でゴロゴロしているくらいなもの。そしてぼくは、この全国的には全く知られていない……一部の戦国マニアの間では有名なんですけどね……小田氏治さんという武将に、けっこう興味を抱いています。☆☆☆妻から話を
埼玉県|ふっかちゃん|ご当地ものを巡る人2015.9.8深谷市・道の駅おかべにて撮影たまたま入った道の駅で、テレビのロケに遭遇。特に興味はなかったのでスルーするも、人だかりの向こうに見えるネギ……あ、ふっかちゃんだ...tabipot.net茨城県|小田城|ご当地ものを巡る人2021.1.20つくば市小田にて撮影オダはオダでも尾張の風雲児ではなく、現在のつくば市北東部周辺を治めていた小田氏の居城。(じゃない方とか言わないの)この小田城と、小田氏...tabip
7月17日あー水分取らないと。。つくば市にいる。正確には茨城県つくば市の小田地区を歩いている。先程、戦国時代の城「小田城址」を巡って、これから長久寺へと向かうところだ。「長久寺」室町時代に那珂で創建された寺で、佐竹氏の家臣・小場義成によってここに移された。小場義成は佐竹義宣に小田城を任され城主となっている。境内には石碑や石仏が多い。この石灯籠は鎌倉時代中期のもので、今は鎌倉にも残っていない関東最古のものであるという。通りを歩いてみる。ここにも大きなお寺があるな
【問題】小田氏治の家臣・菅谷政貞は、氏治が小田城を逐われた際、自らの居城へ迎えたが、その城とは次のうちどれか?【選択肢】小弓城土浦城万喜城額田城【正解】土浦城【解説】菅谷政貞は常陸国土浦城主で、小田氏治に仕えた。氏治が佐竹氏によって小田城を逐われた際には、土浦城に氏治を迎え入れ、後の小田城奪還を支援した。
今日は4時半ごろに目が覚めた。窓を開けると南東の空低く月齢23.4の月が、乳白色に鈍く光っていた。月の左上ちょっと離れたところには土星、さら離れた左下には木星が並ぶ。このところの雨空で出番無く部屋に引籠っていた望遠鏡を出して何日かぶりのお月見。なんかむちゃくちゃ寒かった。一応記念撮影はしたもののごらんのとおりの悪気流でさえない写り。さて、午後はつくば市某所に所用があってお出かけ。風は冷たいけど陽射しは初夏な感じなので、(所用の後)いままで行ったことのない小田城跡に立ち寄ってみる
本日は、福岡県みやま市瀬高町の小田城です。この城址は、標高214mの頂部を中心に大規模かつ見事な城館遺構が展開しています。私も以前から名前と場所は把握していましたが、ここまで凄い城跡とは想像もしていませんでした。強風の中での踏査でしたが、立ち去るのが惜しくて惜しくて、何度も何度も振り返りながら城址をあとにしました。☝急斜面から頂上の主郭を望む。山の全景を撮影し忘れてしまうほどの衝撃的な小田城でした。☝県教育委員会資料「198」小田城。☝縄張り図です。☝頂部の
最近、ザ・コインロッカーズに嵌りつつある・・・コメ欄開いてたら某黒飴ンバーから「え、今更?」と水差しされたかも知れんねもう何年も絡みないし、これからも絡む気はないからええけど←3日の城巡りこの日も○ーじさんの車で今回は初めて、ナンカス○ゅんごろうさんも同行し3人で最初に向かったのは茨城県つくば市にある小田城鎌倉期~戦国期まで小田氏の居城南北朝時代には南朝方に属し、北畠親房卿がここに滞在したこともあり・・・かの有名な「神皇正統記」を執筆した場所!高まるぅううううう!!!久々に
"今日の戦果"と言いつつ昨日のコトですが、有給を取っておシロメグリして来ました♪先日のブログにも書いたとおり現在は先日発生したトラブル対応の後始末中で、先週も今週も日曜日に出勤する状況なのですが...昨日は夕方に私用が有り、フルで休む必要は無かったのですが、疲れていたので強引に休みにしました。ホントは5時に起きておシロメグリするハズが、やっぱり疲れていて確信犯で二度寝してしまい、8時出発ww会社携帯が鳴りっぱなしであまり集中は出来ませんでしたが、気分転換にはなりました♪↑①.法雲寺(茨
ほんのチョイ乗りの筈が第三弾(笑)桜井菓子店にはどれほどの時間居たんだろっ?、客の出入りや老夫婦とのお喋りから1時間くらいかな?、蚕影山神社に行って来た話しや昔の養蚕繁栄ぶりから菓子店向かいの建物が繭取引の農協倉庫だった事‥‥お昼も過ぎたので目当てのレストランに向かいます、一巡目の客が入れ替わる時間なので行列までは出来てないと思います菓子店を出てすぐ左手に懐かしい火の見櫓が見えます、少し低く半鐘も無い事から現在は使われてないと思いますが、以前は菓子店向かいの農協敷地に立ってた物と思われま
崇拝する城巡りの師匠の方々のアドバイスで、夏でも虫やヤブの少なさそう城へ行きました。茨城県つくば市にある小田城です。小田城は筑波山の南側、霞ヶ浦の西側にあります。小田城跡歴史ひろば案内所という立派な資料館があるので、まずはこちらで事前の勉強この城の主・小田氏は藤原氏を祖とする宇都宮氏の一門で、初代の八田知家は再来年の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」にも登場するそうです小田氏の中でも特に有名なのが最後の15代当主・氏治でしょうか。戦国の覇王・織田信長に対して、こちらのオダは同じオダでも最弱
おはようございます〜今朝は、地震の警報で起きました久しぶりにビックリして眠いです〜💧起きた勢いでつ•くう•ばの続き描いちゃいます♪この間の火曜日は朝から雨☔️だったのにこんないい天気になったんですよ☀️梅雨空が嘘のよう〜青空と雲と風が気持ち良かったよ〜。くうさんと別れてオススメスポットへ♬駐車場へ車を止めてテクテク歩く。ここであっているのかな?細い路地を入ってここで、猫ちゃんに会ったんです。テクテク更に歩くと学校🏫人影もなく変な感じがして後で
前に、皇居(江戸城)も当初は土の城だったと書きましたが、「土の城」の姿とはどんなものだったのでしょうか。茨城県内の城址は、荒地になっているお蔭で(?)、保存状態の良い所も結構あると思います。でも、実際に見に行こうとすると、雑草や篠竹などに阻まれて前に進むのも困難です。行ったところで、全体がどうなっているのかよくわかりません。そこで、茨城県には公園として整備されている「土の城」があります。1.つくば市小田城跡歴史ひろば2.坂東市逆井城跡公園いずれも発掘調査の結果をも
この投稿をInstagramで見る小田城跡#城#城跡#小田城#日本100名城#続日本100名城#でもない#筑波#小田氏turkeyst(@turkeyst)がシェアした投稿-2020年Feb月28日pm7時12分PST
【Q15178】現在の茨城県つくば市にあった小田城で執筆され、城跡に「起稿之地」の石碑が建てられている、神代から後村上天皇までの皇位継承の歴史を述べ南朝の正統性を主張した、南北朝時代の公卿・北畠親房の著書は何?【神皇正統記(じんのうしょうとうき)】【Q15179】政府が2030年頃の実現を目指し公募で選定した複数の自治体で実証を開始する予定となっている、人工知能(AI)やビッグデータを活用し、車の自動走行など最先端技術を集約した未来都市をつくる構想を何という?【スーパーシティ構想】【Q1
歴史の道新たに3か所文化庁選定青梅街道など読売新聞峠周辺には戦国武将が必勝を祈願して矢を射たとも伝えられる県指定天然記念物「笹子峠の矢立のスギ」や、明治天皇が巡幸の際に休憩した史跡も残る。川中島合戦絵巻で交流笛吹市から長野市へ支援物資現地調査もUTYテレビ山梨台風19号で甚大な被害を受けた長野市に戦国時代を再現した祭りで深い交流がある山梨県笛吹市が支援物資を送り、職員が被災状況を確認し今後の防災対策...竹中半兵衛に転生したサラリーマンが、マイナー武将たちと戦国の世
日先神社から、羽黒山大聖寺へ移動しましたとても大きなお寺です御朱印も種類が豊富四国初十八か所巡りもできます着いたわよ山門は市指定文化財駐車場脇には小田十五代城主とありますね小田城はつくば市土浦城は小田氏配下の菅谷氏の居城お寺はお庭がきれいに作られているので見て回るのも楽しいです不動石かぁともかく広い境内です駐車場
ここのところの台風一過後対応とかで、めちゃくちゃ忙しく、ネットやギターやる暇すらありませんでした。ようやく落ち着いたらと思ったら、今週2ケ来るんですって⁉️💦勘弁して欲しいです・・・10/14大船ハニービーNOROさんと龍麻さんと。お二人は、素晴らしいなんていうのもいらないくらい素晴らしい。世界観がブレないですね。柔らかい音色や言葉の中にも、強く太い芯を感じるのです。私は、新マイクシステムをお二人に披露するも、あまり上手くまとめられず。前のオールピエゾよりは、遥かにマシですけ
おはようございます!今朝の散歩は2時間超コース。ワンズは御満足だけど、あたしゃヘトヘトですがな。良い日曜日を♪✋😄
JR東海道本線近江長岡駅から北東へ3.5km程のお寺に来ました寺院名;究竟山妙覚寺宗派;浄土真宗本願寺派御本尊;阿弥陀如来所在地;滋賀県米原市小田302TEL;0749-55-0968伊吹山の麓に建つ妙覚寺は正和年間(1312~1317)に開創されたそうです近辺には近江守護・佐々木氏の一族・竹腰氏の小田城があったと云われてます境内の五輪石塔3基は鎌倉時代の作で米原市の文化財に指定されてます。鐘楼本堂
明日なのですが、お城について朝活で話します。https://www.facebook.com/events/492183911336542/492411141313819/?notif_t=plan_mall_activity¬if_id=1566690245664805普段はお城の立地条件によって役割が違うことや、お城の作りの方向性などをお話ししています。今回は、落城回数が多いお城にまつわる人達について、どんなに堅牢な防御施設にしてもそこに関わる人がボンクラだと、どんな
中野「れきみん」で妖怪博士・井上円了没後100年展「天狗像」「幽霊像」初公開も中野経済新聞山崎記念中野区立歴史民俗資料館(通称=れきみん、中野区江古田4、TEL03-3319-9221)で7月23日、企画展「井上円了没後100年展~円了の妖怪学~」が...企画展「古関裕而の世界」4日開幕福島の記念館福島民報福島市の古関裕而記念館の企画展「古関裕而の世界」展は八月四日から九月一日まで同記念館で開かれる。古関さんが描いたスケッチや撮影した写真、家族へ...なぜ彼は巨匠
こんばんは今日は水曜日、山練の日です。いつもの宝篋山に登って来ましたルートは、山口②から登って途中の分岐から小田城コースを下り、また途中から純平歩道に入り、極楽寺コースを下りきり、常願寺コースで登って尖浅間山頂まで行って、そこから宝篋山頂へ。そして山口①から下る、いつもより長めのルートです。小田城コースにある下浅間神社。ここから純平歩道に入ります。極楽寺コースを下ります。下界に戻って来ました。ここから常願寺コースを登ります。このコース、何気にキツい(笑)長長坂がホントキツいで
こんばんは。貴重な梅雨の合間にできることはやっておかないと、というわけで以前巡った芳賀城跡と同じ稲敷市にある神宮寺城跡に行ってきました。お寺のような名前の城跡でした。神宮寺というお寺は城跡の近くにありました。入り口に説明看板が立っていて、それを読むと、南北朝時代には城はあったようで、北畠親房は、小田城に行く前にこの神宮寺城に拠っているんですねぇ。しかし、佐竹氏を中心にした北朝方の軍勢の攻撃にあい、神宮寺城は落城しました。北畠親房は、近くの阿波崎城を経て、小田城に逃
小田氏は小田城歴代の主として、常陸南部に勢力を持った一族です。同氏の祖、八田知家は源頼朝の信任が厚く、最初の常陸守護に任じられました。建久4年(1193)には多気氏を失脚させ、常陸における地位を安定させました。しかしその安定期も短く、北条氏の進出により所領が縮小し、守護職も正和4年(1315)までには完全に失ったようです。なお、小田氏が小田を本拠とする時期は、初代八田知家から、あるいは小田を名乗りはじめる4代時知からなどの諸説があります。勢力回復を目指す7代治久は、元弘3年(1333)の鎌倉
今般、阿部野神社の中塚宮司様の格別なるご厚意にて、北畠公園内にお祀りされる北畠顕家公墓所内に特別に立ち入らせていただき参拝をさせていただきました。顕家公の間近に侍らせていただきお参りをさせていただき、顕家公の熱き赤誠の志を強く感じ、感激もひとしおでした。墓所参拝後は、非公開「顕家会館」内にも特別に立ち入らせていただき、顕家公のご尊像を拝観させていただきました。ご尊像は、まさに花将軍の再来であり、その威厳と気高さは只ならぬものがございました。...地元の
スッカリ遅くなってしまいました…今更感もあるのでサラッと三連休を振り返ってみたいと思います。1日目関東地方もスッカリ雪化粧。古くからの城下町・古河を訪問しました。2日目牛久大仏。国内外を問わずに、今まで訪れた宗教施設の中で1番お金💰の匂いがする宗教施設でした…信奉者の方がいらっしゃったらスイマセン💦美浦トレセンも見学しました。関東の名門・小田氏が治めた小田城も訪問。ちなみにこの日の宿は水戸近郊の温泉宿♨️『幹事よ、どこで見つけたんだ⁉️』と言いたくなる、住宅地の中にポツ
小田城発掘調査成果の概要曲輪Ⅴ西側に位置する幅約30mの小田城跡最大の堀跡を調査。小田城跡概要と調査目的小田城跡は、中世(鎌倉時代~戦国時代)に常陸国南部に勢力を持った小田氏の居城で、昭和10年に21万5千㎡の広大な面積が国の指定を受けました。本年4月には、発掘調査の成果をもとに城跡中央の本丸跡とその周辺を中世の小田城跡を体感できるように復元整備した「小田城跡歴史ひろば」が開園しました。現在は、小田城跡保護のため土地買収した史跡南半のうち、平成9年度から地下の状況がよくわかっていない本丸