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〈きのうの詩〉の〈きのう)は、詩をを読み始めた10歳のころから70年ほどの今日までの中の「ある詩」を読んだ「ある日ある時」のことである。これまで読んだ詩集を読み返して、まだ感動が続いているようなら抜き出しておこうと考えた。これも、私の終活のひとつである。おんぶらまいふ小池昌代ふかくあいしあったので私たちはけっこんしたのではなかった彼も私もそのころもやっぱりひりひりするほどひとりでいっしょにくらしましょうあなたのみか
さて、ちょっと予定が立て込んだ後は家に居てゆっくり読書。雑誌も図書館で借りる。着物雑誌、七緒や芸術新潮。8月号は白洲正子の特集だった。白洲正子が芸術新潮400号記念で揚げた「日本の百宝」101の中で仏像、石像、絵巻物、茶碗などを細かく掲載していた。文章はすべて白洲正子と繋がりの深かく「風の男白洲次郎」の著者である青柳恵介さん。この文章がとても読みやすかった。流れるように一緒のその場に行って作品を観ているような気がした。白洲正子さんとも。特に宇治の平等院が取り上げられて
2018年8月のブログです*夏目漱石さんの『行人』(2014・集英社文庫)を読みました。漱石さん(!)の行人(!)ですよ。なにも驚くことはないですかね。この本は新潟から東川に持ってきました。新潟では、なかなか集中して読むことができなかったので、ひとり旅の最中に読めれば、と思って、持ってきました。ようやく読めました。すごい小説ですね。やはり夏目漱石さんはすごいな、と思います。今から100年以上前に、こんな端正な日本語で、こんな深い内容の小
本日も訪問いただきありがとうございます毎日本当に暑い日々ですね久しぶりに「NetGalley」で本を読みました小池昌代さんの新刊本ですタイトル「Cloudonthe空き家」こちらの作品で著者を知りました和歌が好きな主人公が空き家の管理を任されて始まる物語美しい短歌で語らいますロマンチックさはないけど、哀愁があり生きた証と肉体が解き放たれた感覚が混在とした世界が描かれていました物語の季節は冬ですが、蒸し暑い季節やお盆にもとても合ったお話です死も生も混じり合い、触れ合う
【鉱物言葉集】小池昌代『石を愛でる人』より石にまつわる言葉石とわたしは、どこまでも混ざりあわない。あくまでも石は石。わたしはわたしである。石のなかへわたしははいれず、石もわたしに、侵入してこない。その無機質で冷たい関係が、かえってわたしに、不思議な安らぎをあたえてくれる。小池昌代「石を愛でる人」より小池昌代さんの「石を愛でる人」は、2015年の大学入試センター試験にも採用された作品である。語り手の「わたし」は、石が好きでそれをじっと眺めるという、ひそかな楽
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小池昌代『たまもの』(講談社、2014年06月26日発行)小池昌代『たまもの』を読みながら、あ、ことばが楽になってきたなあ、と感じた。私は、それほどていねいに小池昌代を読んできているわけではないので印象批評になってしまうが、何かをことばで追い詰めていくという感じから、ことばをその場その場で動かして、それが動くがままにしている、という感じがする。この小説では。昔つきあったことのある男を思い出す部分。(62ページ)なにせうぞくすんで一期は夢よただ狂へ。--「閑吟集」の世捨て人はそう
この「きょうの言葉」のタイトルには、え?と思いましたが、続きを読んで、なるほど〜と納得しました。「子供のころ、風邪で寝ているとき、天井とよく語り合った。語り合えるほど、それは豊かな表情を持っていた。しみや汚れ、木目の模様が、ひとつの『顔』を浮き彫りにする」(小池昌代作家)そういえばわたしも、木目の天井を見ながらいろんな想像をしたことを思い出しました。ときにはなんだか怖いものに見え、あるいはおもしろいものにも見えたり、思索の場所でした。今の天井は?と見上げると、単調な木目の
夜明けに出ていく船2月12日(水)朝日新聞の朝刊詩人小池昌代知り合いの若者が苦境に立たされている。就活は不採用の嵐、女性にふられ、周りの友が皆、自分よりも優秀に見える一。石川啄木の歌にもあったっけ。「友がみなわれよりえらく見ゆる日よ花を買ひ来て妻と親しむ」。彼らの傍らには、その妻もいなければ花の一輪もない。負けが込むという状態は、誰にでもある。思えば私など、いまだにそうで、詩というものを生活の中心に置いて生きる人生は、社会的に見れば、今も昔も、あたり一面、負けの花の花畑(どんな畑❔
初読み作家さん( ̄▽ ̄)当たり屋の老人、甥に入れあげる解剖好きの女怪しい楽器商、しゃべる疱疹に二股男夜の湖に女は何を沈めたのか…ささやかで、確かな、悪のふるまい小さな悪事がもたらす運命の変調を鮮やかに描く連作短編集って事ででは早速悪事ねぇ人は誰しも何かしらしてるんじゃない自覚有り無しは置いといて悪事ってより悪意からくる何かしらの行動や思いが行きすぎてえらいことになるこの作品は、そこまでの悪意や悪事じゃなかったな表題作「悪事」は当たり屋の話だったのでこれだけは明
(福井県あわら市あわら温泉)住の江の岸に寄る波よるさへや夢の通ひ路人目よくらむ(すみのえのきしによるなみよるさへやゆめのかよひじひとめよくらむ)藤原敏行朝臣(『百人一首』)【訳】すみの江の岸に波が寄る一目逢いたいと夢の通い路をゆくわたしはあなたへと急いでいる夜なのだから夢なのだからもう誰に見られることもないなのになぜ人の目を避けようとしているのかこのわたしはー小池昌代『百人一首』(河出文庫)-この和歌で「夢の通い路」という言葉を知っ
(東京都豊島区東池袋)秋の田のかりほの庵(いお)のとまをあらみわがころもでは露に濡れつつ天智天皇(『百人一首』)秋の田のかたすみにある仮小屋でわたしは夜通し番をする屋根を葺いてある苫(とま)が粗く編んであるものだから夜露が隙間から滴り落ちてきてわたしの袖を濡らし続けるのだー訳・小池昌代(『百人一首』河出文庫より)また、高層ビルが建設されている。こういう風景を見ると、日本って本当に衰退しているのかな~、と思う。きっと東京はまだ繁栄の余地が
夏至June心が整う。音楽は、雑念除去・集中のための宗教バッハ/インヴェンションNo.4ニ短調(J.S.Bach:Two-PartInventionNo.4inDMinor,BWV775)こんにちは!新たに始めます、バッハシリーズ✨4曲目は『インベンション第4番』です♫この曲は、途中でかなり長いトリルが入りますが、バッハの時代、このようなトリルは自由に入れていたらしく、例えば途中から始めたりやめたり、また再開したりということもあったそうです。このトリルの
せっせと作っていた、神戸市文化振興財団の1日ワークショップ募集へ出す企画書と、その他の資料が、完成しました。5/17が応募締め切りだから、放送大学の栃木スクーリングへ出発する前の今夜か、帰宅する日曜日かに提出のつもりです。僕は学ぶのも、伝えるのも好きなので、採用される気、満々なのですが、どうなることやら。きっと採用されなくても、もう完全に、こうしたくなってしまったので、昨日も書きましたが、この’24年度中に、どこかのカルチャーセンター講師の募集に応募する決心をしました。笑僕に文学
ひょんなことから出会った小池昌代さんの著書。私にとりまして初めましての作家さんです。ちょっとシュールな感じ。詩も交えた小説?うん?エッセイ???その間を行くように書き綴られてありました。一応分類は小説になっておりました。違和感を覚えながら読み進めてゆくうちにいつのまにか、とりつかれた、そんな感じの不思議な著作でしたが、私的には、気に入りました。「影を歩く」小池昌代著2018年12月発行株式会社方丈社出版短編になっており
朝は冷え込みます。最近の症状として右手が冷え込むと力が入らなくなるのです。握力も落ちる。長い人生でこんなことはなかったので不安になります。血行が悪くなっているのかな?今日は成人の日です。でも、18才で成人に変更され、飲酒は20才からになっているので複雑です。少年法でも特定少年?があり18才以上が完全な成人扱いではない。やっぱり統一すべきだと思います。特に健康の問題で飲酒が18才に出来ないのであればやっぱり成人も20才だと思います。それと、小正月である15
図書館、返却カートより。読み始めてすぐに「あー、好みじゃないやつかも」と思いながらも不穏な内容に少しずつ引き込まれてしまう。小磯によく似た感じの人って過去、定期的に出会ってきた。不快なんだけど、近所に居たり、職場に居たり、どうしても私の人間関係の中にひょっこりと存在している。距離を取りたいのに、私は割と顔や態度に思っていることが出てしまうので毛嫌いしていることを悟られてしまい、険悪な関係になり、ややこしいことになりがち。そんなことを思い返しながら読み進め、不穏なまま読了。
ここ2・3日というか、最近ずっと、考えている「詩と小説」の関係。いや、自分にとっては、もうここ5年ほど考えていると言っても過言ではない大テーマだ。笑7年前から始まった詩が、より深く書けるようになればなるほど、散文が、小説が書けない残念感が強まって、どうしようもなくなってたんでしょうね。ずっと、言及している『現代詩手帖』’23年6月号の、特集「詩と小説二刀流の現在」の対談やら、論考。ほんと刺激的で、多分、僕の中の無意識くんが勝手にいろいろと感じてしまうんでしょうね。『現代
今日は、15:30から楽しみにしている、詩の教室。常勤の仕事をしていた去年までなら、絶対受けられなかったものなので、そのありがたみをひしひしと感じています。今でこそ、良作かどうかは別にして、息を吐くように、詩のタネが生まれる僕ですが、詩を書こうと思って詩の教室へ通っても、実は2回ほど全くダメだった経験があるんです。このブログでも、その件に何度か触れてますが、1回目は、今を去ること34何ぐらい前の20代後半だったころ。僕の好きだった詩人の先生のもと、神戸の某カルチャーセンターに行き
今日もお休み。雨が止んで、よかった。昨日は、遊んでいたわけじゃないけど、ほぼ一日、詩を改稿してました。どこに出しても、落選してる詩で、その原因は古語を交えて作った難解さにあるのはわかっているけど、その路線で、作品を完成させてみたかったんですね。これで、十回以上は書き換えて、もう何度目かの改稿もわからないぐらいです。ちょうど、小池昌代さんの教室と、三角みづ紀さんの教室と両方へ出せる兼題だったので、メールで送りました。小池先生の教室は、残り2回です。先生からの返信も来て、その
今日は、大雨警報ですね。ご出勤の方はお気をつけて。僕は、もともと休みです。相方を、駅へ車で送って、ベランダの猫のもんちゃんを中へ入れたら、あとは、気がつくと、ずっと詩の改稿・創作を3・4時間していました。文語を使った、やや難解な詩が一つあります。「赤子の呱々」。なぜかお気に入りで、でも、どこへ出しても落選で続きで、なんとか日の目を見せたくて、書き直し続けています。で、やっと、ようやく、収まりがついた作品になりました。難解さは変わりませんが。笑一昨日の、小池昌代
今日は、楽しみにしている詩のオンライン教室の日です。先生の、詩人で小説家の小池昌代さんの一言一句を書き漏らすまいと、集中して受講してます。一応、後でオンデマンドで動画を視聴できるんですが、ライブで聴くのと、こちらの心構えが違います。現状、3月までよりは、圧倒的に自由時間が増えたのに、作品としてはほとんど成果はあがってません。創作に関する知見は、こうした講座での学びなどで、小説、詩ともに、新たな知見を、ある意味、画期的なほど、得ているにもかかわらず、全然だと思うんです。なんとか、
もうずばり書いてしまいましょう。(きっと、こんなにも、いろいろな詩の教室に行ってる人間って、少数だろうし、その中で、それをブログに書く情報は少ないでしょうから)この前、ここに小池昌代さんのオンラインで、詩の教室を受講していると書きました。とても刺激的で面白く、ためになる、と。で、あと一つ、受講している詩のオンライン教室は、三角みづ紀さんのものです。お二人の詩の講義は全然違うんですよ。小池昌代さんは、受講生の側、こちらに寄り添い、三角さんは、読み手に寄り添ってる。だから、同じよう
昨日は、オンラインでの小池昌代さんの詩の教室1回目でした。感想は、ひと言。「最高でした!」講義には、僕も既存の作品を出しました。「ココア共和国」で傑作選になった抒情詩「神さまの時間」を。一番、受け入れやすくわかりやすい抒情詩でしたから、当然、好評でした。後半では、受講生からの質問で、二番目のダーシところが説明文で、語っている視点人物な点への疑問がありました。なぜなのか、と。自分でも気づかなかった点で、「そこは、神様の視点から人物たちも合わせて(状況)説明を加えたくなっ
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レモン小池昌代編レモンはたちよしこ作レモンをスライスしたら車輪(⌒-⌒;)遠くへ行きたい(らしいよ)この本に入っていると思っていた詩は別の本でしたそれは明日甘酸っぱい経験したことある?▼本日限定!ブログスタンプあなたもスタンプをGETしよう
○「信じる」最近、寝る前のちょっとした時間にこちらの本を読んでおります。⇒『水中の哲学者たち』永井玲衣晶文社水中の哲学者たち|晶文社永井玲衣著四六判並製268頁定価:1,760円(本体1,600円)978-4-7949-7274-3C0095〔2021年9月〕「もっと普遍的で、美しくて、圧倒的な何か」それを追いかけ、海の中での潜水のごとく、ひとつのテーマについて皆が深く考える哲学対話。若き哲学研究者にして、哲学対話のファシリテーターによる、哲学のおもしろさ、不思議さ…
こどものころ、知らない道を行くと迷子になると言われたようなこともあったのかもしれないのだが、小学校へあがり、仲間もできて、家の近所から少し離れた繁華街などに出歩くようになったころには、既知も未知もあまり関係なくただただ目的地をめざし、気の向くままにより道なぞして帰るようになったようだ。成人してからそんなことにも頓着せずに生きてきたような気もするが、あらためて渡世をふりかえってみると、日々見知った道の行きつ戻りつばかりであることに思い至ったのはあれは一体いつごろだったか。「知ってる道に出るとほ
こねこはようやくみるくにたどりつけましたまんまるお月様をミルクの入ったお皿と思った子猫おいかけておいかけてそれでも届きませんですが努力したご褒美なのか最後はミルクを手に入れられましたまんまるおつきさまをおいかけて(世界傑作絵本シリーズ―アメリカの絵本)Amazon(アマゾン)1,138〜7,465円初めて見たまんまるお月様ミルクの入ったお皿に見えた子猫好奇心一杯の子猫はお月様をミルクを手に入れようとおいかけますおいかけておいかけてそれでも届き