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前回、聖徳太子の祈りと野望をブログに書きました『聖徳太子の祈りと野望ニギハヤヒへの決別』聖徳太子の祈りと野望:ニギハヤヒへの決別(ワニの選書)著小椋一葉聖徳太子、蘇我氏、物部氏それぞれの祈りと野望もっと調べてみなけれ…ameblo.jp聖徳太子は、なぜ神武天皇に着目したのでしょう?アマテラスをシンボルにしようとした理由は?小椋一葉さんの研究、調査、考察が書かれた本たちニギハヤヒへの決別聖徳太子の祈りと野望著小椋一葉の本中
小椋一葉(おぐらかずは)著「消された覇王」~伝承が語るスサノオとニギハヤヒ~ご存じの方、いらっしゃいますか?私、恥ずかしながらこの年末に知りました。元々このブログにて発表した小説「雲出流(くもいづる)」のバックボーンとなっているのは、1971年に発行された原田常治著「古代日本正史」です。原田氏の説はスサノオの両親はモンゴル系の大陸人で私の故郷の島根県平田市(現出雲市)に流れつき、そこでスサノオが生まれた。⇒スサノオは平田出身そして、スサノオは50歳を過ぎてから
消された覇王伝承が語るスサノオとニギハヤヒ小椋一葉著古代日本正史とセットですすめられて。。。これも面白かったのよ~(*^-^*)ほんとに面白かったわ。スサノオが出雲でしょ。息子の饒速日(ニギハヤヒ)が中国地方を平定しながら、近畿へのぼって最後は、大和の大神神社のご神体になるのよニギハヤヒの前の名前が大歳(オオトシ)オオトシって中国地方のあちこちにその地名があるのよ実際。そんな話が書いてあるの(*^-^
感謝しています!まるかんのお店美来の中川典子です!愛弟子さんからめちゃめちゃ面白い本を借りて、今読んでます!著者は「小椋一葉」とおっしゃる、女性の方のようで、日本全国の神社を渡り歩き、その場所に受け継がれる「伝承」を基本に、神話や歴史の謎、封印された神様の真実を紐解いておられます。他にも何冊かの著書がありますが、著者が行き着いた所には、日本はスサノオの国・・・ということを書かれています。この本はスサノオだけではなく、その子供である
いよいよ、三月の『ホツマツタヱ連続講座』のテーマ「ニギハヤヒ」は、隠された、日本の偉大な支配者であったという説に入りたいと思います。私は二十年以上前に小椋一葉氏の『消された覇王』という本を読んでいました。この本でスサノオとその息子ニギハヤヒの偉大さを説いていましたが、その基になったのが原田常治の『古代日本正史』だというのを知ってはいました。また最近、『ナムジ』や『神武』などの古代物のコミックを出している安彦良和氏も、原田常治の本を参考にしているの
今日1月15日は母の二度目の命日です。今日は、母の話をするつもりでいましたが、今朝の朝刊に梅原猛さん死去と書かれていて、驚きました。私は、梅原さんのファンで、何冊も読ませて頂き、随分多くの事を学ばせて頂きました。その中でも特に好きな本は購入して、我が家にも4冊程あります。「円空と瀬織津姫」菊池展明著を読んで以来、円空を尊敬していますので、先日梅原さんの「歓喜する円空」を購入しました。私が本を購入する日は、尊崇する神祇、師仙の御縁日である日が多いのですが、本が届く日も不思
こんにちは。遠藤享佑(こうゆう)です。もうすっかり秋。最近は10月に季節が移ろう感じがします。10月1日と10月31日だともう全く違いますもんね。11月13日火曜日13:00~15:00チャネリング講座初級受講費15000円15:00~18:00チャネリング講座中級受講費25000円詳しくは本文下のご案内をご覧下さい☆リピートの方もお気軽にご連絡下さい♪cockneyghurka2001@@gmail.com@を一つ消してお送り下さい☆
私は、厳島、宗像の三女神、特には、市杵島姫命を篤く信仰していますので、どうしても宗像大社の沖津宮の往古の御祭神が知りたく思っている事を度々お伝えしてきました。小椋一葉氏は、「女王アマテラス」の中で宗像大社に関して現在は三女神が祀られているが、おそらく往古はイチキシマ姫が一人祀られていたにちがいない。と書いておられます。原田常治氏は「古代日本正史」の中で神武東遷の通路を調べているうちに、思わぬところでこの狭依姫の市杵島姫の消息がわかってきた。神武天皇が大和へこら
昨日、原田常治氏が「古代日本正史」の中で、鹿児島神宮は、元八幡宮と呼んだという記録がある。もちろん応神天皇以前の武の神八幡宮である。そして、この鹿児島神宮の摂社に「若宮四所」がある。男の子が四人あったのは鵜茅葺不合尊で、日子火々出見尊ではない。鹿児島神宮が応神天皇以前の武神八幡宮であり、鵜茅葺不合尊にだけ「武」の諡があり、場所が姶良(鵜茅草葺不合の吾平)であり、更に「若宮四所」が祀られているというのは、むしろこの鹿島神宮は鵜茅草葺不合尊に縁が多い感じもする。しかし、
真実の産土大神が知りたくて八幡大神について色々調べています。先日来、正八幡宮と言われている鹿児島神宮を紹介していますが、こちらの主祭神が彦火火出見尊、豊玉姫命。この鹿児島神宮に関して原田常治氏が「古代日本正史」の中で興味深い事を書いておられます。原田常治氏と小椋一葉氏は、大日霊貴尊の五男を天忍穂耳尊、天穂日尊、邇邇藝尊、彦火火出見尊、鵜茅葺不合尊としておられますが、この本の中で鹿児島神宮は、元八幡宮と呼んだという記録がある。もちろん応神天皇以前の武の神八幡宮である。
山城の國賀茂の社山城國風土記に曰はく、賀茂の社、賀茂と稱すは、日向の曾の峯に天降りましし神、賀茂の建角身の命、神倭石余比古の御前に立ちまして、大倭の葛木山の峯に宿りまし、そこよりやや〱に遷りて、山代の國の岡田の賀茂に至り給ひ、山代河のまにま下りまし、葛野河と賀茂河と會ふ所に至りまし、賀茂河を見はるかして言り給ひしく「狭く小かれども石川の淸川なり」と宣り給ひき。仍りて名づけて石川の瀬見の小川といひき。その川より上りまして久我の國の北の山基に定りましき。その時より名づけて
私の尊敬する小椋一葉さんは、「女王アマテラス」の中で、沖ノ島の沖津宮の祭神は現在はタギリ姫となっているが、当初は現在の惣社辺津宮の祭神イチキシマ姫だったようだ。これは長崎県上対馬町の「上対馬町誌」の厳島神社の記載にも、「厳島弁才天という神は、本来は宗像の女神、市杵島姫で、沖ノ島の祭神であったのが、仏教と習合して弁才天となったもので、安芸の宮島が有名になった」とみえている。と書いておられます。又、「箸墓の歌」の中で直方市と鞍手郡の鞍手町・宮田町の境に聳える六ヶ岳だ。
私は、度々申し上げている通り、小椋一葉さんを尊敬しています。小椋さんの「箸墓の歌」を今読み直していますが、小椋さんは、この本の中で清龍権現、如意輪観音を豊受姫大神のことと解しておられます。小椋さんは御著書「空海はどこから来たのか」の中でも如意輪観音を豊受姫大神のことと解しておられます。また天女は豊受姫大神の代名詞とも書いておられます。梅原猛さんが御著書「京都発見」の中で、空海上人の恋人とまで書いておられる如意尼。空海上人は如意尼の姿を如意輪観音として刻まれたとの
今日は金刀比羅宮様のご縁日。御掛軸をお祀りし、朝拝した後、自宅から一番近い金刀比羅宮に参拝して来ました。今日はやたらと体がしんどかったのですが、なんとか参拝させて頂く事が出来ました。参拝すると御本殿が開扉され、御簾があがった状態になっており中にお祀りしてあった御神体を直接拝してきました。私が神社へ参拝するとこのような事がよく起こります。原田常治の御著書に大歳大神は大物主大神の御幼名とありその真実が知りたく当時住んでいた家のすぐ側にある大歳神社にお参りしました。
「菅丞相は我が違世の身」空海上人が普光寺の僧の夢に現れそう告げられたそうです。今小椋一葉さんの空海上人の本を読んでいますが、小椋さんは大菅公様はニギハヤヒ大神の化身と何度も書いておられます。そして、空海上人はニギハヤヒ大神の鎮魂、顕彰に命を捧げた方と書いておられます。さらには「空海と道真が不思議な絆で結びついていたことを知った」と書いておられます。どうやら空海上人のお告げと伝わる「菅丞相は我が違世の身」という御言葉は単なる伝説ではなさそうです。宮地神仙道道士方
今日あの娘(こ)のいる店に行きましたが、あの娘…いなかった。恋の罠を増やそうと企んでいた事があったのですが、肩透かし食らいました。次にあの娘に逢った時お話します。予定が完全に狂ってしまったので、今日は何書こうと思ったのですが、今朝がた嬉しい夢を見たので、その事を書きます。夢の中で、私はどこかの神社にお参りしていました。すると神社の女性が私に貴方の事をずっと神様が撫でているといってくれました。神様から撫でられる私の夢です。ただの夢じ
今日三月二日は水位先生の御帰幽日。私の最も大切にしている日と言っても過言ではありません。ブログにも書かせて頂きましたが、今日小椋一葉さんの「空海はどこから来たのか」が届きました。なぜ先日の天神祭前今まで以上に魂を込めて天満宮様を拝み、天満宮様に関する本を購入する予定でいたのに、空海様の本を注文してしまったのか。そしてなぜその本が水位先生の御帰幽日に到着したのか。何故私の祖母は私の事を毎日弘法大師様にお願いし続けてくれたのか。政事要略にある空海様が普光寺の僧の夢
今小椋一葉さんの「万葉集とは何か」梅原猛さんの「水底の歌」を読んでいることをお伝えしました。両著から柿本大明神、柿本人麻呂朝臣に関し、私の好きな箇所をお伝えできたらと思っていましたが、この「水底の歌」に衝撃的な事が書かれていました。古事記には事代主大神の段に「この国は天神に立奉らむ」といひて、すなはちその船を踏み傾けて、天の逆手を青柴垣に打ちなして隠りき。とありますが、梅原さんは、これを船を傾けて呪いの言葉を発し、自ら海に入られたと解しておられ、さらには大国主大神もその後水に入って御
本を読みながら、その先が気になる事はよくある事ですが、本を読みながらこれ程残りのページが気になった事はありません。終わらないで欲しくて…。本は読み進めると当然終わりが近づきます。その本が面白ければ面白い程、著者の事が好きであればある程、夢中になればなる程、終わりが早く近づきます。読了。読んで字の如く、読み終わる事を意味しますが、私はここで、読めば終わってしまうと解します。小椋一葉。私の尊敬する、大好きな作家。神社伝承史家。御著書の「万葉集とは何か」を読み終えました。
太安万侶という方を御存じでしょうか。古事記の編纂者です。その太安万侶が“古事記は書かされた”と言っていたと子孫の家には伝わっているようです。これはある神職の方が太安万侶の御子孫から直接お聞きになられたそうです。私は、記紀はまさに神典で一語一句疑ってはならないもので、神典さえ読んでいれば間違いないと思っていました。もっと言えば、修行を怠らず、繰り返し神典を読めば、奥儀、真実に辿り着けると思っていました。残念ながらやはり、記紀に書かれている事は全てが真実ではないようです。
「全国4人の神仙日記読者の皆さんこんにちは。」なんちゅう始まり方してくれてんだよ「あっゴメン。正確じゃなかった。6月15日全国4人の神仙日記読者の皆さんこんにちは。」いいよ、より詳しく言い直さなくても。最近一番読者が多かった日も言えよ。「5月23日137人の神仙日記読者の皆さん…」ちいせぇよ声が。ていうか最後まで言えよ。今週引っ越しをする為、数日間ブログを書けないので、夏至の今日ブログを書きます。先日、図書館から帰る途中、道路を渡ろうと
古事記には“建御名方神、千引の石を手末に撃げて来て”とありますが、建御雷之男大神との決戦時にその岩を投げられ、その岩の上に鳥屋神社という御社が建てられているそうです。その激戦の地ですが、小椋一葉さんは「女王アマテラス」の中で、出雲市武志町の鹿島神社辺りと説いておられます。古事記に“御名方神の手を取らむと乞ひ帰して取りたまへば、若葦と取る如、掴み搤み批ぎて投げ離ちたまへば、すなわち逃げ去にき”とあります。若い葦を掴みつぶして、もの凄い表現ですが、建御名方大神御自身も傷を負われたまま出雲を脱出
前回お話した通り、私は、建御名方神様の御社を拝する機会を得ていませんが、私にとっては、大恩ある神仙となりました。武御名方神とも書き、武の字を冠する大変武勇に優れた神様ですが、記紀、神社伝承から伝わるこの神様に関する話は切ない話が多いです。小椋一葉さんの「女王アマテラス」「古代万華」河出書房新社、原田常治さんの「古代日本正史」同志社から建御名方神様のお話を数回に分けていくつかお話させて頂きます。御父神様は、大国主大神様。御母神様は、奴奈川姫大神様。御出生は新潟県糸魚川市の姫川流域。島根県に
「水木しげるの古代出雲」角川文庫。以前一度お薦めした本です。私は、ずっと記紀の内容は、決して疑ったりしてはならず、そこに書かれている全てを書かれているまま信じてきました。この本は、何気なく手にし購入した本ですが、私にとって忘れる事の出来ない大切なものとなりました。今では私の座右の書の一冊です。子供から大人まで楽しめる名著だと思っています。私にとってその内容は衝撃的で感動的なものでした。建御名方神様。御存じの方も多い事と思いますが、私は、まだこの神様の御社を参拝するご縁は頂いていませ
生きながらに神仙界に通われた宮地水位師仙、紫龍仙道人。紫龍仙道人は、「幽史古事記正誤伝」を書き現されましたが、神仙界から焼却命令が出されたようで、残念ながらもうこの世にはありません。清水宗徳先生は「より多くの神仙の御神徳、御蹤跡と知ることは、より多く神仙に接触するべき機会にめぐまれること」と言われています。記紀に書かれている市杵島姫命様に関する御神跡はほんの数行。しかし、小椋一葉さんが神社伝承をはじめ、あらゆる文献から姫神様の御神跡をかき集め姫神様の御一生を御著書の中の一章に書き表わして
太宰府天満宮に「鷽替え神事」があります。知らず知らずのうちについた嘘を天神様の誠心に取り換え吉運に変えて頂く神事です。以前から不思議な神事だなぁと思っていました。しかし、神社伝承史家の小椋一葉さんの解釈は違います。道真公は「類聚国史」を編纂された歴史家でもあり、日本書紀の嘘を知っておられ、後世に我国の正史を残そうとされたというのです。私は、何年も何年も、来る日も来る日も夜中から神拝をし、常に記紀を座右に置き、どこに行く時も記紀を持って出かけていました。記紀に書かれている事は一字一句全
皆さん今朝何を召し上がられましたか。昨夜は?その食べ物をどのようにして血や肉に変えられましたか?食べたものが血や肉に変わる。私達の体の中で神秘的な事が常に行われています。この事一つとっても我々の内に神が住み給うといってもよいのではないでしょうか。私の一日は真っ暗なうちからの神拝に始まり、その後神社巡礼、その後神話の研究をしています。私は、神仙道に全てを捧げ、全てをかけています。私の人生の目的はただ一つ神祇に謁し、真実の神仙道を継承し、真実の神話を世に残すことです。その為、日中飲食
私は、今まで、常に記紀等の神典、本居宣長、平田篤胤全集等を座右に置いてきました。神典を唯一、最上のものとして、一字一句疑わず生きてきました。又、一字一句疑ってはならないものと思っていました。しかし残念ながら記紀に書かれて事の全てが真実とは限らないようです。今、私は、神典、尊敬する先人の神典研究、解釈の本に加え、神社伝承史の本を常に座右に置き、拝読し、神話の真実を知るべく努めています。私が今繰り返し読んでいるのは、原田常治さんと小椋一葉さんの本です。勿論神社伝承の全てが正しいわけではな