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泉谷が昭和十七年初めまで存命していたことは確かである。明治九(一八七六)年生まれであるからこのときは六十七歳になっている。昭和十六年から十七年にかけて新世社から出版された『樋口一葉全集』の月報である「一葉ふね」の第五号に小島政二郎による「訂正第二(一葉の書簡また発見せらる)」という記事が掲載されているが、そこに泉谷の書簡が引用されている。「(前略)仕合せなことに、当の泉谷氐一氏がなほご健在で、御親切に詳しい手紙を下さつた。」とあるので、泉谷が一葉全集を読んで、自分の名前を発見
■導入:文士の記憶、名人の目撃四代橘家圓喬の全演目を辿る旅、第八十九席は『安中草三』、別題『後開榛名梅香(おくれざきはるなのうめがか)』です。この演目には、落語史における興味深い「食い違い」が存在しています。圓喬を「唯一の名人」と評した文士・小島政二郎は、著書『下谷生れ』の中で次のように断言しています。「円朝の塁を摩すと言われた名人円喬も、どうしてだか、『安中草三』はやらなかった」ところが一方で、六代三遊亭圓生は『寄席育ち』において、まったく逆の証言を残しています。神田の
下谷廣小路👆歌川広重の「名所江戸百景」シリーズより画題は「下谷廣小路」となっています。西の本郷台地、上野台地など高台の下にあるから「下谷」と名付けられた。むろん、台地には恭しく「神田明神」、「湯島天神神」、「上野寛永寺」などが在って、その「下にある町🟰町民の町」という文化的意味合いも含んでいるのだと思う。明暦の大火(1657)の教訓で生まれた火除地を兼ねた大通り(廣小路)の図となっている。右手は「いとう松坂屋」、大きな風呂敷包みの二人は松坂屋の手代、ズボン姿の武士、稽古社中の一行、
先日、横浜中華街にて、中華粥を食べました。久しぶりの中華粥、優しい味で美味しかったです。「安記」さんに行きました。お粥の供に、揚げパンが最高です。ごちそうさまでした。【たけ平今日の一曲】〜竹山逸郎・生田恵子「こころ妻」〜ドラマ「最高のオバハン中島ハルコ」の録画を観ました。「言いたいことはハッキリ言う」という言葉が妙に響きました。響くということは、自身、なんとなく気を遣って生きているのかな、と、思っていまいました。発言したいことは、ハッキリ言いたい。ふと、小説家・小島政二郎さ
長年繰り返し読んでいる本があります。小島政二郎「食いしん坊」以前にも紹介していますが、無類の食通作家と言われた小島政二郎の食エッセー。1950年代~60年代終わりころまで刊行され「銀座百点」などの先駆けとなったとされる広報冊子「あまカラ」に連載された随筆が単行本化されたもの。“グルメ昔話し”といった内容で、帯には、「全国のうまい物屋を俎上に芥川・久米・横光・菊池寛ら懐かしき作家達の味覚を綴る」とありました。吉田健一「酒肴酒」サブタイトルは「食いしん坊にささげる」。
小島政二郎:静心なく田中比左良表紙絵写小島政二郎は鈴木三重吉の紹介で、結婚したばかりの芥川龍之介を訪問(大正7年)すると、芥川が亡くなる(昭和2年)までふたりは友人として親しく交流した。その小島政二郎晩年の評伝小説『芥川龍之介(1977)読売新聞社』は、小島による私小説的な目線で友人芥川の擦り切れいく姿を描きだしている。昔、芥川龍之介の短編『雛』にいたく感心したことがあったが、幾度か読み返すうちに、銅版画を思わせるその細密な仕上がりに息苦しさを感じるようになってきた。芥川は志賀
映画濹東綺譚小島政二郎『小説永井荷風(2007)鳥影社』。小島政二郎は永井荷風『あめりか物語(1908)博文館』『西遊日記抄(1932)春陽堂』に出逢ったことで小説家をめざし、慶應義塾文学部に進んだが、入学し本科に進みいよいよ荷風の講義を受けられる目前で、荷風が大学教授を辞めたためいたく落胆した。しかも、荷風は文学というよろも江戸趣味に韜晦していき、生活もエゴイスティックで快楽的、社会から乖離した個人主義的な殻をまとっていく。小島政二郎による愛憎ないまぜの私小説的評伝で、晩年の傑作
小島政二郎小島政二郎『下谷生れ(1970)上野のれん会』は、限定560部の豪華版。下谷生れの小島が自身の思い出をタウン誌「うえの」に気の向くまま書いたもの。本当にプライベートな内容で、子どものころに唄ったわらべ歌や、家族のこと、出逢った人など、気随気ままに語っている。昔からの地元民はそーだったそーだったと懐かしんだろうそんな感じの本。この本の装釘と口絵を担当したのが田代光で、もともと依頼された挿絵は4点だったが、友人小島のために8葉描いた。外函と見開きは木版刷で、彫秀こと北島秀松が丹
今、この本を読んでいます。小島政二郎著「食いしん坊」。「最新刊」とありますが、買ったのは何年も前のこと。本棚から引っ張り出してきました。内容は1950年代~60年代終わりころまで刊行され、「銀座百点」などの先駆けとなったとされる「あまカラ」に連載された随筆が単行本化されたもの。“グルメ昔話し”といった内容で、帯には、「全国のうまい物屋を俎上に芥川・久米・横光・菊池寛ら懐かしき作家達の味覚を綴る」とあります。食通の作家では池波正太郎さんが有名ですが、感性に生
カミュの『ペスト』が売れているようですね。古くからの愛読者としては、嬉しいかぎりです。しかし、あの本は小説の形を取っていますが、本質的には「哲学書」ですから、なかなか手ごわいかもしれません。特に、信仰と知性の関係や、真実を伝えることの難しさ、タルーが語る「死刑宣告」の話などは、ひょっとすると退屈に見えてしまうかもしれません。でも、そこで「や~めた」と言って本を投げ出してしまうと、せっかくお金を脱して買った、しかも20世紀文学の傑作を、永遠に読み損ねてしまうかもしれません。そ
「くらまし屋稼業」今村翔吾著江戸時代が舞台の小説。とても読みやすくて、面白いです。半分ほど読みましたが、ストレスなく読み進めることが出来ています。主人公たちのキャラや特技も際立っていて、読んでいて引き込まれます。特に中盤の盛り上がり部分である、脱出劇は興奮しました。どんな手を使うのか気になって、どんどんページを捲ってしまいました。まだ全部読んでいませんが、先が楽しみです。歴史小説や、こういった時代もの小説をよく読みます。他にも無差別に気に入った本を読んでいるので、ダグラス・アダム
048芥川龍之介ほか/著「ずっしり、あんこ」を読了!(7/28)★★★☆☆ずっしり、あんこ:おいしい文藝
○山本夏彦のコラムに鏑木清方翁が「この頃のさんまはちっともうまくない。昔のさんまはもっとうまかった。」と語った一文があったように思います。清方は日本画家明治10年頃の生まれ。こう語ったのは昭和40年頃と思います。これを受けて夏彦は、新聞に載った清方翁の言葉に読者からは昔を懐かしんでいるんだとか、味覚がおかしいのではないかといった批判が寄せられた。夏彦は続けてこれは間違っている。我々が食べているさんまのほとんどは冷凍さんまである。客は安いさんまを買うが高いと他の魚屋にいってしまう。だから魚屋は