ブログ記事78件
ご訪問ありがとうございます。記事は憶測で書いてますので内容に誤りがありましたらコメント等でご指摘頂けると助かります。全国のJR駅が見たい時はこちら→☆第三セクター・私鉄駅が見たい時はこちら→☆皆さま、こんにちは!今日は函館本線・茶志内(ちゃしない)駅の訪問記です。ブログの表題に書いたカプセルルームは茶志内駅とは関係がない話ですけど、どうぞ最後まで見てやってください。自分が茶志内駅に来たのは今から7年前のことです。茶志内駅のホームは高さはこんな感じでした。これだけ
探索日2018/08/13釜石線釜石駅を所管駅としていた専用線廃止は1990年代のどこか資料によると、西線は専用線、東線は専用鉄道となっている※路線図は概略西線奥が釜石駅西線はこのへんにのびてくる写真右方向にも多数の構内線が続いていた西線はここを通過遊歩道になった廃線跡キハ100系気動車の走っているとこは釜石線西線はこのへんで左へ曲がっていく直進する遊歩道は、車庫へ続く線路の跡コンクリートに挟まれた砂利
黒部峡谷鉄道年内営業最終日に欅平に向かってます。右下に仏石というのがあるそうですが・・・。おぉ~あれが仏石ですか!一瞬だったのですが、なんとか撮れました。山肌には名前があるのかないのか無数の滝があり、自然の雄大さを感じます。森石駅。ここも先ほどの柳橋駅同様に一般客の乗降が出来ない、関西電力の専用駅。紅葉していく景色ですが、もう冬が訪れようとしています。お天気は悪いながらも、幻想的な風景が展開されます。
1983年、大学サークルの九州合宿で三井三池鉱業所三川抗を訪れました。三川抗内には610㎜ゲージの資材運搬用の軌道が広がり、立ち並ぶ木製架線柱に魅了されました。(1983.2.22三井三池鉱業所三川抗)鄙びたホームに停車中の奇妙なスタイルのL型電機、パンタが上がっていたらノッポな姿が見られたのですが・・訪問の翌年には非電化され、L型電機も消えたとのことです。こちらは、同時に撮った走行中の三井三池炭鉱鉄道の凸型電機。8号機(大正3年製造)を含め古典電機の宝庫でした。
2023年10月19日、出張から帰るだけのこの日、帰路上で無理なく立ち寄れるポイントを探して訪ねた物件…の手前で出会った、ノーマーク物件をご紹介。ただこの前日、スマホを落下させてレンズカバーが割れ、変な光が写りこむようになってしまい…光が入らないように角度に気をつけて撮った結果…いや、そもそも撮影意欲が失われちゃってた結果、写真は今回載せたものが全て。もったいね~。いきなり、ドン。鋼製のラーメン橋で、手前はゲルバー桁?あ、現在地はこちら。タイトルどおり、この橋梁は日本製鉄
2018年10月26日、悲報転じて北陸遠征・初日。この日のネタで記事にしているのは清水倉隧道(仮)(※)、旧・風浪川橋、笹川シンドローム、朝日小川ダム付近の建屋つきシェッド、熊坂隧道、平三郎茶屋冬期歩廊、愛本橋近くの謎タワー。(※)橋立隧道(仮)というタイトルで記事にしていたが、この記事を機会に清水倉隧道(仮)と変更することにした。実際至近にあるシェッド名も「清水倉シェッド」だし、所在地的にもよく見たら橋立より清水倉の方かなということで。まあいずれにしろ仮称なんだけど(笑)。今
探索日2017/12/29鶴見線扇町駅を所管駅としていた専用鉄道2008年3月限りで運行停止したらしい※昭和電工線以外の専用線は省略踏切跡レールが残っている警報機も残る上のやつは遮断棒ではない扇町駅方面を見る工場への進入口構内のレールも残るレールはあそこで途切れている
探索日2017/12/29鶴見線浜川崎駅を所管駅としていた専用鉄道京浜製鉄所のうち池上/水江地区へ引き込まれていた線を調査廃止は1970年代末日本鋼管は現JFEスチール※日本鋼管池上/水江地区、第一セメント以外の専用線は省略※線路配置は概略緑地帯のラインが日本鋼管線跡池上運河に架かっていた橋梁の橋台西岸の橋台も残っている橋上には二線あったので幅は複線サイズ資材置き場になっている廃線跡左に日本鋼管線、右に第一セメント専用鉄道があった奥は貨
探索日2017/10/07高崎線深谷駅を所管駅としていた専用鉄道1895年(明治28年)7月敷設1975年3月31日廃止『日本煉瓦製造株式会社旧煉瓦製造施設』撮影日2017/10/07場所は埼玉県深谷市上敷免国重要文化財旧事務所旧変電室この中に「ホフマン輪窯6号窯」がある…ameblo.jpあの駐車場の場所に日本煉瓦製造があった工場跡はたつみ印刷、深谷市浄化センターになっている専用鉄道はここへのびてくる
探索日2017/10/07高崎線熊谷貨物ターミナル駅を所管駅としていた専用鉄道1979年9月30日までは籠原駅所管翌日10月1日熊谷貨物ターミナル駅開業、同駅所管となった廃止は1984年頃駐輪場右端が廃線跡車のならびが日本鋼管線跡あの途切れたレールが日本鋼管線の生き残り砂利部分が廃線跡E231系電車のいるとこは高崎車両センター籠原派出所駐車場になっている廃線跡跨線橋上から籠原駅方面を見る駐車場が廃線跡同じく工
水島駅。水島臨海鉄道の沿革について記したボードが。
探索日2017/06/18山陰本線安来駅付近からのびていた専用線この線についての詳細は不明国鉄線とは接続しないナローゲージの専用鉄道かもしれない未成線の可能性もある日立金属線はこのへんにのびてきていたキハ47形気動車の走っているとこは山陰本線奥へ続く小道が廃線跡道が日立金属線跡わずかに湾曲しているのは線路の名残かこの先は島根県道229号線になる道路が廃線跡水路を渡るレールが残っている?実際に車両が走っていた軌道か?
三池鉄道はかつて福岡県大牟田市および熊本県荒尾市で運行されていた総延長18.6kmの専用鉄道で、三井三池炭鉱から採掘された石炭と従業員輸送に使用されていました。開業は1891年。100年以上炭鉱の足として活躍しましたが、1997年三池火力発電所向け石炭輸送廃止に伴い三池本線他ほとんどの路線が廃止。シーメンス製20tB凸電の牽引する従業員輸送列車は原万田付近にて1974年に撮影。写真の客車ホハ202-204は元国鉄63系電車を電装解除したものです。廃線跡を含む遺跡はは2015年に「明治日本
1983年、大学サークル合宿のおり三井三池の通勤列車を訪ねました。編成は、シーメンス社製の1号機が牽引するコハ100形とホハ200形の2両編成でした。(1983.2.22三池港駅付近)三池港駅構内の側線で待機中の列車、乗客用ホームは100m程手前にありました。(1983.2.221号機三池港駅構内)ホハ200形は三井三池の63形として知られる自社発注車で、妻面のベンチレータや中段固定の三段窓など、写真でしか見たことがない国鉄63形そのものでした。(1983.2.22ホハ204
探索日2016/12/31日豊本線苅田駅を所管駅としていた専用鉄道駅から途中までは日豊化学工業苅田工場専用鉄道と共用豊国セメント線の廃止は1970年代初頭苅田駅東に残る貨物側線用地豊国セメント線はここからむこうへ続く遊歩道が廃線跡専用鉄道はマンション左端を通過ブロック塀手前沿いが廃線跡カーブしていた線路用地を踏襲したため敷地が折れ曲がるここに線路があった道路拡幅に利用された専用鉄道用地線路があったのは道路左寄り豊国セメント線
寒立馬(かんだちめ)で知られる、下北半島尻屋崎(青森県東通村)にある日鉄鉱業尻屋鉱業所。かつてその鉱山から積出港である尻屋崎まで、主産物である石灰運搬のための約2kmの専用鉄道が存在していました。1958年から運転を開始した762mm軌間のナローゲージ、動力はディーゼル機関車でした。路線はエンドレスで運行本数はかなりの頻度であり、津軽海峡から北海道を俯瞰して走る絶景のロケーションでした。1994年に効率化のためベルトコンベアー方式に移行して鉄道は廃止されましたが、工業所はいまだ操業を続け
昨年秋に岐阜を旅した時に廃線跡散策してきましたー🚙名鉄八百津線廃線跡散策の後に…。【八百津駅跡から真っ直ぐに伸びる道が】丸山水力専用鉄道なんです木曽川丸山ダムの建設のために敷設された鉄道です。関西電力専用鉄道でした。跨道橋が残っています【1954(昭和29)年にダムか完成し廃線に】県道381号線&358号線に転用されています。細い道なので対向車に注意付近は紅葉の名所・蘇水峡が【蘇水峡橋を渡るとトンネルが】鉄道トンネルを転用したものです実は出口が2つありますトンネ
かつて明智と八百津を結んでいた鉄道路線が2001年(平成13年)に廃止となった名鉄八百津線昨年秋に岐阜を旅した時に廃線跡散策してきましたー🚙【廃線跡は歩行者専用道路に】八百津に向かうまっすぐな道まさに線路後の活用です旧中山道沿いから撮影しました。【町の入り口近くにある駅跡】碑が残る八百津駅跡です。1面1線の有人駅でした。周りは道路と住宅に変わってしまいまして…。かつては丸山ダムまで伸びる鉄道がそ・れ・が、丸山水力専用鉄道です廃線跡がが残るので次回に~
鹿児島本線の大牟田駅1996年までコンテナ貨物の取り扱いがありそれに使用されていました。その後はトラック輸送に切り替わりましたがオフレールステーションとしてコンテナ取り扱いは残っています。2017年末くらいまで三井化学専用鉄道の貨車入換用のDE10の留置場としても使われていたそうです。三井化学専用鉄道との連絡もなくなったので貨物鉄道としての機能はほぼないが貨物列車の通過は残っている。おわり
東洋活性白土(とうようかっせいはくど)は、新潟県糸魚川市で活性白土と酸性白土を製造販売していた企業です。専用線は工場から国鉄北陸本線糸魚川駅までわずか800mを結ぶ軌間610mmのナローでした。1982年(昭和57年)10月の工場閉鎖まで最後まで蒸気機関車を使用、2号機は日本で最後の実用蒸気機関車となりました。糸魚川駅を出た列車は雪山を望む野原を抜けると、模型のレイアウトのような工場内へ。一日わずか三往復の運行でしたが、その玩具のような佇まいは見る者に郷愁を抱かせるものでした。2号機は
探索日2016/12/29鹿児島本線上戸畑信号場を所管駅としていた専用線資料によると、新日本製鐵八幡製鐵所専用鉄道の第三者利用者となっている九州工大前駅の場所が上戸畑信号場跡新日鉄化学工業線は、このへんで八幡製鐵所専用鉄道(くろがね線)をオーバークロスしていた八幡製鐵所方面へのびていた線の跡むこうが新日鉄化学踏切跡舗装面に痕跡が残る駐車場右端が廃線跡貨車の並んでいるとこはくろがね線『新日鐵住金八幡製鐵所専用鉄道【現役線】』撮影日2
明治から昭にかけて、筑豊地区では炭鉱用の鉄道が網の目のように敷設されていましたが、中でも屈指の採掘量を誇った貝島炭鉱の運炭用鉄道として開通したのが国鉄宮田線と貝島炭鉱専用鉄道でした。石炭産業の斜陽化に従って次々にその姿を消した運炭鉄道の中でも、最後まで古典蒸気機関車が活躍したのもこの路線でした。訪問した1974年にはすでにメイン路線であった筑前宮田ー庄司間は廃止され、筑前宮田ー六坑間2キロを残すのみでしたが、のどかな田園風景と、巨大な炭鉱施設の中を走る輸入機関車の姿が見られる稀有な存在でした
探索日2016/10/10東武鉄道東上線高坂駅を所管駅としていた専用線日本セメント東松山専用線、東武鉄道高坂構外側線などとも呼ばれている葛袋荷扱所までの一期線が1955年10月に開業1970年代に高本荷扱所まで延長開業1984年8月1日廃止道がほぼ廃線跡この先に高本荷扱所があった鉱業所跡は清澄ゴルフ倶楽部になっている道路が東松山専用線跡踏切跡左右に線路が走っていた警報機もしくは遮断器の土台?ここから明瞭な線路跡が現れる
実家で片付けをしていて、お菓子の缶に保存してあった大量のネガフィルム(200本以上)を発見!45-50年ほど前のものですが乾燥剤も入っており保存状態は良好です。早速専用スキャナーを購入してデジタル化作業に入りました。鉄道写真に凝っていたころで、懐かしい記憶が次々と蘇ってきます。全部スキャンするには相当の時間を要しそうですが、一つ楽しみが増えました。これから少しづつ貴重な画像をアップしていく予定です。スキャナー50年前のネガフィルム200本以上糸魚川(新潟)東洋活性白土
探索日2016/10/08秩父鉄道影森駅からのびていた762mm軌間の貨物線1928年5月31日開業、1959年2月28日廃止らしい影森駅右端は昭和電工の倉庫倉庫前へ続くレールが昭和電工線に接続していたか?ここが線路跡?このへんを専用線が走っていた道路になった廃線跡整った曲線は鉄道跡の証線路跡の道路は昭和電工の私道やと思う一般にも開放されとるけど駅方面を見るS字カーブも専用線由来あれが昭和電工秩
いつもご覧頂き誠にありがとうございます。今回は、ノスタルジック鉄道コレクションのフリーランス列車、富井化学工業従業員専用通勤列車Aを投稿します。前回は、Bを投稿しましたが、時代背景的にはBの車輌から時が経ったタイプという感じでしょうか。※前回のBについてはコチラ。『【ノス鉄】富井化学工業従業員専用通勤列車B【TOMYTEC】』いつもご覧頂き誠にありがとうございます。今回は、富井化学工業従業員専用通勤列車を投稿します。TOMYTECのノスタルジック鉄道コレクション、通称ノス
探索日2016/08/08羽越本線羽後牛島駅を所管駅としていた専用鉄道第三者利用者として三菱金属鉱業(現三菱マテリアル)秋田精錬所などへの専用線が接続していた廃止は1989年3月側溝の左沿いが廃線跡右の道は当時からある側溝の右に線路があったこの道がほぼ廃線跡猿田川を渡る橋梁の跡は残っていない道路になった東北肥料線歩道のあたりに線路があった犬釘を模したモニュメントレールを表した囲いここで使われていたレールか?
探索日2016/05/03常磐線亀有駅を所管駅としていた専用鉄道廃止は1967年10月1日らしい亀有駅には貨物側線が見当たらない工場からの貨車はスイッチバックし、駅東方のヤードに進入していたか?黒いミニバンの位置が日立製作所線跡日立線は左へカーブしていく高架橋は常磐線同線は専用線廃止後、高架複々線化亀有駅からここまでの専用線用地は複々線化に利用されたと思われる奥へ続く民家の列が廃線跡敷地のカーブに注目していただきたいカーポートの位置とその右が
探索日2016/05/02常磐線勝田駅を所管駅としていた専用鉄道同工場では鉄道車両も製造していた廃止時期は不明1993年9月20日まで、勝田駅から事業所内へ従業員専用列車が運行されていたらしい専用鉄道は人も運べるからな勝田駅の地図には今も専用鉄道が表記されているホテルライフイン勝田駅西の位置に従業員輸送列車のホームがあったあの途切れたレールが従業員列車用の線路やと思う手前の線路が日立製作所線跡奥が勝田駅工場方面を見る踏切跡レールは取り払
探索日2016/05/01助川駅と大雄院駅を結んでいた軌間762mmのナロー軌道助川駅は現在の常磐線日立駅旅客輸送は1960年5月31日限りで廃止貨物は同年10月5日で終了とのこと日立鉱山はJX金属日立事業所になっている駐車場が大雄院駅跡日立鉱山電車は茨城県道36号線沿いの一段高いとこを走っていた橋梁跡コンクリート製これも専用鉄道のもんか?微妙やな奥のやつは橋の跡やない斜面上の水平なラインが廃線跡か石積みがある鉱