ブログ記事19件
群馬県邑楽郡邑楽町石打、寺跡、青面金剛像延宝八庚申十月吉祥日上州館林領石打村
宇部市西岐波の弘済寺跡(上ノ原公会堂の裏)に四、五百年前からあるといわれる白檀の木(ビャクシンの木)は、弘済寺の徳僧が死ぬ直前に、日ごろ使っていた自分の箸を土にさして、これから芽が出たら極楽に往生したしるしであるといって死んだが、はたして僧のいった通り、芽がふき出して今日に至っている。他にも大内義隆が山口から逃げて来た時、食事をした箸を差したら芽が出たともいわれている。大内時代の文章には弘済鎮国寺とあり、大切なお寺であったに違いない.。上の原公会堂に行きます。広済寺
飛鳥の古代をたどる旅──檜隈寺跡へ古墳や古代寺院を歩いて巡るのが大好きなみくるです。今回ご紹介するのは、奈良県明日香村にある「檜隈寺跡(ひのくまでらあと)」。以前にブログ「みくるの森」でご紹介した、「宣化天皇の檜隈廬入野宮跡」、そして「於美阿志神社」と深く関わりのある場所です。この一帯は、古代において「檜隈(ひのくま)」と呼ばれた地域。渡来系氏族・東漢氏(倭漢氏)の拠点としても知られています。記事はこちら【檜隈寺跡|東漢氏(倭漢氏)の信仰を伝える飛鳥の古代寺院(奈良県明日香村
一年半振りに国東半島へとやって来た。目的のお寺に参拝する前に六郷満山の開祖である仁聞菩薩さんにご挨拶する為、旧千燈寺跡へ足を運ぶ。心地よい静寂の中で、しばし読書する。
山口県百名山(中島篤巳著)No.040東鳳翩山山口県の名峰東鳳翩山へ登り丸ヶ岳へ周回するコースを紹介します登山口は大内氏遺跡の凌雲寺跡見学者駐車場です凌雲寺跡への分岐を通過し、西ノ浴川沿いを北上します東鳳翩山登山口の案内の先に架かる電柱の橋を渡ります鳥居の横を進み、祠の中に祀られた八咫烏に参拝します尾根道を辿り東鳳翩山へ向かって進みます障子ヶ岳・大かめかわ山の分岐、丸ヶ岳の分岐を過ごし東鳳翩山山頂に着きました下山は丸ヶ岳へ周回し、植林の下に続く急傾斜を下って車道に下り立ちました
💠5/21梨想の会歴史勉強会歴史研究家・髙橋義泰さんのご案内で、明野・赤浜地区の赤浜神社と承和寺跡(千妙寺の前身とされる)や、佐介時綱の館跡「堀之内」などを視察しました。身近な場所に、知られざる歴史がたくさん眠っていることに驚きと感動…✨古代ロマンを感じつつ、地元への愛着がより一層深まりました。暑い中ご案内くださった髙橋先生、ありがとうございました!#筑西市#明野の歴史#梨想の会#水柿みゆき#承和寺#堀之内#古代ロマン
昨日は会社に早く着きそうだったので、道草をして途中の公園によりました。前回(去年の秋くらい?)までは残された墓地にも入れたのですが、今回は立ち入り禁止になっていて大きなカラスが番をしているようでした。【立ち入り禁止の墓地】【公園】59㎜とは?(リコーCX2)
ずっと書いていませんでしたが、少しの時間でもとご近所巡りはしておりまして・・・熊本にずっと住んでいて一度も行ったことがなかった「妙解寺跡・枯山水庭園」北岡自然公園と言ったほうがわかりやすいかもしれません。天の川からでしたら歩いて・・・10分ぐらいです。妙解寺跡・枯山水庭園·〒860-0046熊本県熊本市中央区横手2丁目5−1★★★★☆·庭園maps.app.goo.gl私たちが行ったのは、雨が降った翌日の晴天の
こんばんは‥(^_-)-☆今日の奈良は、昨日同様に8℃と夜にしては暖かい日になりましたね。奈良は、最高気14℃と昨日より少し暖かい感じですね。寒さの性かしんどいが、暖かくなってきたので、少しづつ散歩を増やそうと思います・・クイズで頭の体操でリフレッシュしましょう!奈良まほろばソムリエ奈良通2級の17回目の問題です。3奈良県の遺跡や古墳に関する事柄について最も適当なものを選びなさい。(25)国内最大の蛇行剣と過去に類のない盾形銅鏡が出土した古墳
掘られているのは8畳分くらいの広さ。たったこれだけの発掘なんですけどね、それでも結構色々出てんですよ。例えば瓦。土中からボコボコ突き出てるのが全部ソレなんですが、量がハンパない。まるでゴミ捨て場状態。そして丸石。チョロっとしか露出してませんが、見えない地面の下にずっと続いています。推定では金堂の建物が建っていた真下全面とのこと。詳しくは→末松廃寺跡発掘調査現地説明会
自然の岩壁や露岩に、造立された石仏「磨崖仏(まがいぶつ)」。私の暮らす鹿児島市にも磨崖仏群がある。それは、鹿児島市下福元町の清泉寺(せいせんじ)跡。1869年(明治2年)廃仏毀釈により、「清泉寺」は廃寺となった。だが、その跡地には、磨崖仏が残されている古記録によると、この寺は飛鳥時代、百済の僧・日羅上人(にちらしょうにん)により創建されたと伝えられている。日羅上人は、今昔物語に登場する人物で、聖徳太子が師事した高僧だという
山鹿市鹿本町御宇田に所在する市指定史跡の中正寺跡(御宇田五山跡)です。平安時代から室町時代にかけてこの地を治めていた御宇田氏が定めた御宇田五山の一つです。※写真は2020年9月撮影
今山(いまやま)山口県山口市山口大学の南東にそびえる今山登山平清水八幡宮に参拝し登山道へ向かう遊歩道のような快適な道を進むと途中で道案内の石仏に2体出会う多聞寺跡に立ち寄り東鳳翩山からショウゲン山へ続く山脈を眺め分岐まで引き返し今山へ続く急登に取り付く今山山頂には2つの山頂標識が置かれているが展望は無い山頂の先へ移動すれば西に向かって展望が広がっていた
宇土市花園町に所在する市指定史跡の如来寺遺跡です。宇土市HPによると、文永6年(1269)、古保里越前守の娘と伝えられる素妙尼に請われ、寒巌義尹が三日村(現宇土市花園町三日)に三日山如来寺を開きました。この如来寺遺跡はその寺跡と言われています。また、発掘調査の結果、古代の遺物も出土し、古代における集落遺跡であったこともわかっています。※写真は2020年5月撮影
熊本市中央区水前寺公園に所在する市指定史跡の水前寺廃寺跡です。国指定名勝及び史跡の「水前寺成趣園」の西側に位置します。成趣園の正面入口の前を左折して少し進んだところに所在します。説明板によると、水前寺廃寺の塔基壇があり、現在、4個の礎石が残っています。近隣の発掘調査の成果から、8世紀後半以前の瓦葺の塔跡であると考えられています。平成28年熊本地震後の調査によって、塔の基壇の築造には質の異なる土を交互に積む版築技法が用いられたことが分かりました。右奥の石積み部分が塔基壇です(石
菊池市七城町橋田に所在する市指定史跡の橋田寺(きょうでんじ)跡です。菊池川左岸の川に近い場所に位置します。菊池市HPによると、橋田寺は天台宗の寺で、用明天皇(572~587)の頃に、百済の日羅大師がこの寺を創立したと伝えられているそうです。元中4年(1387)に合志鑑岑が寺を修復したと言われ、天正5年(1577)には隈部氏と合志氏の両軍が長坂城(山鹿市長坂)で戦った際に、敗れて退いた合志軍が橋田寺を焼き払ったと言われています。その時に焼けたと思われる仏像や、不動明王、多聞天像、涅槃
奈良県桜井市大字山田の『山田寺跡』に行って来ました。飛鳥資料館の展示を見て跡地に行きたくなりました。飛鳥資料館|公式サイト飛鳥資料館の公式ホームページです。奈良文化財研究所の調査研究を中心に、飛鳥の歴史をご紹介しています。飛鳥寺跡、山田寺跡、川原寺跡、石造物、高松塚古墳、キトラ古墳など、飛鳥の遺跡を詳しく解説する施設です。www.nabunken.go.jp山田寺は蘇我氏の一族である蘇我倉山田石川麻呂が、641年に氏寺として建設を開始したものでした。大化5年(649年)、石川麻呂は中大兄
合志市竹迫に所在する市指定史跡の医音寺(いおんじ)跡です。県道138号(辛川鹿本線)沿いの竹林の中にあります。セブンイレブン合志竹迫店から道路を挟んで斜め向かいになります。説明板によると、医音寺は比叡山正覚院の末寺でしたが、明治の初めに廃寺になったそうです。その後、昭和48年(1973年)に当時の合志町教委が寺跡を整理した際に、竹林の中から僧侶の墓石等が発見され、寺跡内の1ヵ所に集められました。この地域を治めていた合志氏の第15代合志親為の逆修碑は原位置を保っており、集められた墓石
前回のつづきです。佐倍乃神社[道祖神社]の表参道沿いにある史跡にも行きました。表参道は神社鳥居前から南へ向かう道です。表参道と言っても、現在は利用する人は少ないと思います。歩きやすい靴で行くことをお勧めします。参道沿いも桜が咲いていました。市指定史跡笠島廃寺跡(宮城県名取市愛島笠島字西台32)以前にも来たことがあるのですが、以前と変わらず案内板が設置されているだけでした。案内板に書かれているように、寺院の詳細はわかっていないそうです。
~三寒四温~春が訪れる前には3日寒くて4日暖かいそれが暫く続いて段々と春がやってくるらしいがここんとこずっと寒くね冬に逆戻りしちゃったのかなって思うぐらい冷え込みます🥶昨年と同じく桜の開花は早いのかなって思っていましたがまだ先の様ですまだマンボーだし、その方が有難いけどねっ寒すぎるのは敵わんこんばんわ味醂です{身体が縮こまるwさて、前回の続き春日神社と偶然見つけた初吉稲荷社を出て次の目的が特になかったのですが、まだ時間も有るのでちょっと気になっていた神社に向かう
酒見地区の水上の水と、少彦名神社の中間あたりに八津寺(通称ヤッテラ)の跡地があり、案内してもらいました。散策のメインはここ!八津寺は祭り唄にも登場するし、酒見地区は大福寺地区と隣でつながりもあるので、きっとそれなりのお寺だったんだと思う。酒見地区には禅宗の龍護寺が今もあり、そこにある薬師如来像はその八津寺に元々あったと詳しい方から教えていただいたこともあって八津寺廃寺跡地がとても気になっていました八津寺のお坊さんの遺構だそうです。遺構の後ろ一体が跡地じゃないか。ということでした
今回ご紹介するのは・・・奈良県明日香村小山の大官大寺(だいかんだいじ)跡(23)Iwouldliketointroducetoyou...TheruinsofDaikandaijiTemple,quietlylocatedinOyama,AsukaVillage,NaraPrefecture大官大寺はは飛鳥時代に明日香地域で建立された寺院の中で最大といわれながら未完成のまま、AC711年に藤原京の大火によって焼失。DaikantaijiTemp
基礎の敷石が有り立派な建物建っていたで有ろう事はわかりますが、それだけです。道路により、3つに分割されててしまってます。静岡市駿河区に有る、片山廃寺跡に行って来ました。片山廃寺跡は奈良時代の寺院跡で、火災によって建物が焼失しその後再建されなかったらしいです。南西のエリアです。なんと現在片山廃寺跡は、国指定史跡にも関わらず、高速道路と大谷街道により3つに分割されてしまっています。策で囲っては有りますが、入口が有り中に入る事が出
多摩の市町村シリーズ・第13弾!みなさんは「中央線3寺文化」という言葉をご存じでしょうか。【中央線にある3つの「寺」が付く駅】高円寺吉祥寺国分寺これらの駅は「寺」が付くという共通点とそれぞれが独特の文化を生み出した地として「中央線3寺文化の地」とくくられることがあります。その中でも1970年代に「ヒッピー」文化が生まれ、独特の空気を生み出していたのが国分寺。私はヒッピーも70年代の国分寺も知らないのですが、こうした独特の文化が作られる「国分寺」がどんな街なのか、気
今年はこまめに動いてアレもコレもと思ってましたが新年を迎えるとすぐに石が降りて来ました私は結石の持病があります石が下がってくると腰が痛くなります横になってTVを見るだけの生活でしたそして車のエンジンも壊れてしまってどこにもいけませんそんな時ミーくんが遊びに誘ってくれましたそれで養老の千体仏を見に行きましたここには大きなお寺があったそうで今は基礎石だけしか残ってませんこの基礎石は前回来た時には気がつきませんでした石の大きさ
崇福寺跡に、2回目行って来ました。今回は、金仙滝迄行き、塔跡等迄行って来ました。金仙滝
百穴古墳群の先に崇福寺跡が有りそこまで歩いて山道を歩きました。森林浴を満喫してきました。(゜_゜;)
天満神社の、道を挟んだ向い側(西隣)になります。道路側に鳥居があります。神社?お地蔵さんも、横一列に並んでいます。鳥居の下?に、ありました。海臨寺跡です。お堂がありました。額には、海臨寺とあります。昔、海臨寺という、真言宗のお寺があったそうですが、なくなり(跡)になり、その後に、海臨寺というお堂ができたらしいです…地蔵堂です。もう少しだけ、ブラブラします。