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この世の光を全て奪った様な輝きを持つ美しい壷に厭わない言葉をかけない人はいないからいつの日も異彩を放ち佇み続ける私は毎日それを眺め百万円の値打ちをつける全国の骨董市で販売しては目を見張るお客の顔を綺麗に映しそれはまるでスーパースターやアイドルを見るかの様に憧れを独占してはいるが触れる者はいないその光景に一種の孤独の影が見える店仕舞いには磨き上げ木箱にそっと入れる時安堵のため息がいつも壷の中に吸い込まれる良く云えば古参者悪く云えば売れ残りその夜私の手
主なき蛻の居響きたる声あの日あのとき
ー撮影後記ー河口干潟の西に沈みゆく冬の淡い陽光や遠くの峰々から吹き下ろす冷たい風、夕暮れ間近の寂寥感、そして、ねぐらへ帰る鳥達の様子など、寒暮のさまざまな情景を切り撮ってみました。(*テーマに則して切り撮った作品ですので、撮影日は異なります。)
信じられないくらい美しい空絵に描いたような雲がうかび風もいまは穏やかだがじきに今日も強風になるだろうここに渡って寒さをしのいでいる白鳥もこの冷たい強風には首をすくめ顔を背中の羽に隠しじっとしているより他ない沼は凍らない気温それなのにしんしんと雪の降るときよりも寒さが凍みるこの寂寥感はなんだろう旅につぐ旅が生まれついた約束なら
称賛する声罵倒する声同情の声全てがとおくへ消えてゆくヒトニハマカセナイバックミラーはいらない振り向くつもりもないヘッドライトが照らす謎めく美しい闇誰も知らない領域へと誰よりも先に踏み込んで鮮やかな足跡を残そうやヒトニハワカルマイI’machamp,Iamachamp信じるだけじゃ足りないからI’machamp,Iamachamp他人の想像超え励むぶっちぎるぶっちぎる呆れた眼差しでサヨナラするがいい非常識な奴と名前を書
よくもまぁ、·····一体何をしてきただろうか。平々凡々に育ち、平々凡々にここまで来た。ま、悪事を働き捕まらなかっただけでも一般小市民としてわきまえた人生。何も考える事なく、川の流れに流されるまま、ここまで来た感じ。一言でいったら、つまらないどこにでもある人生。後から、ほのぼの思うもの、ではなかったと思いたい。あまり細かく思い出すと、一つひとつが寂寥感とノスタルジーに押し潰されそうで、後ろ向きには考えたくない。早生まれって、入学、入社、等々なんだか、損し
夜は寂寥感が半端なく、息子や主人のことを想いながら2人に会いたくて堪らなくなるのです。昨夜もベッド横のテーブルに並んだ2人の遺影を見ていて大切な2人がもうこの世にいないなんて…私も2人のところに逝きたい…そんな思いに囚われていました。そしたらふと長男のことを思ったのです。次男が救急搬送され、2時間半かかって病院に駆けつけた時、お嫁さんのIちゃんから見せてもらったカルテ?を見て、真っ先に長男は涙を流しました。仕事柄、「もう助からない…」と理解したようでした。主人が亡くなった時も
1984年、リチャード・ブローティガンはピストル自殺した。翌1985年、リチャードの生前に出版された最後の小説「ハンバーガー殺人事件」の翻訳書が刊行された。もちろん読んだけど、ずいぶん昔のことだ。ストーリーは憶えていない。ただ、読後の寂寥感だけは憶えている。時を経て、2025年末、去年の暮れに「風に吹きはらわれてしまわないように」という小説が刊行された。「ハンバーガー殺人事件」の新訳だった。翻訳者は松本淳で旧訳と同じだったが、改題されていた。改題の理由は、巻末の訳者解説に記されていた。
人は、どれほど華やかな人生を歩んできたとしても、その価値を本当に測れるのは、最後の最後――死にゆく瞬間の、たった一度きりの評価に委ねられているのかもしれない。途中でどれほど満たされても、あるいはどれほど挫折を繰り返していても、人生の総決算は、死の間際にふっと訪れる**「心の最終状態」**で決まる。私は最近、そんなことをよく考える。死ぬ瞬間に、笑顔でいられるかどうか。それが人生という長い旅の、真の意味での「勝敗」を決めるのではないか。そんな極端な考えが、ふと胸をよぎることがある。も
実現したいものがあるとする。それは目標かもしれないし、夢かもしれない。それが叶ったとき、夢は終わる。胸に残るのは、わずかな安心感と、理由のはっきりしない寂寥感だ。満たされたはずなのに、どこかが静まり返ってしまう。そのときになって、ようやく気づく。価値があったのは、結果そのものではなかったのだと。先の見えないまま、手探りで進んでいた時間。間違え、疑い、引き返したくなりながらも、それでも何かを信じて、もがいていた時間。あの張りつめた感覚は、達成の瞬間よりも、ずっ
小倉百人一首寂しさに宿を立ち出でてながむればいづこも同じ秋の夕暮れ寂寥感というとこの句が思い浮かぶ人は人生で何度この心境に陥るのだろうかこの寂しさはこの虚しさはなんだろういつまで続くのか言えば真意を汲み取ってもらえず悪者悪役レスラー口をつぐめば御しやすい人いいように使われて口だけ謝意で終わり何もいらない物も言葉も成長を見せてほしい生きている内に安心させておくれ物欲はない何もないただ懸命に取り組む姿勢を見たい残念ながらまだまだ足りな
エトランゼ神戸の落葉踏みをれば山崎みのるエトランゼ・・外国人の意ですが、外国のように、その土地にとけこめないでいる感じの場合をいうことがあり、掲句の場合もそんな感じに解せばよいと思います。落葉も神戸だとお洒落に見えるのでしょうね。たとえ風に吹かれて軽やかに散ったとしても、落葉はどこか寂寥感のイメージを負っています。写真の1枚目は、新宿御苑の桜紅葉と落葉。日の匂いの中の桜落葉もよいものです。エトランゼ神戸の
【2025年10月29日】この秋、2度目の美術館参りである。先日は、国立西洋美術館に『スウェーデン国立美術館素描コレクション展』を見に行った。副題に「ルネサンスからバロックまで」とあるようにいくぶん古い時代の作品群のせいだろうと思うが、かつて多くの場面で素描(とくに身体の部分などの)に感動していた自分ではなかった。特に好きな手の素描などを探してみたもののさほどの感動、感情の刺激はなかった。今回の美術展は、若いころ(50年ほど前)とても心惹かれていたユトリロである。職業人とし
秋の草たち。寂寥感が漂います。
こんな遠くまでやってきました。オホーツクにそびえたつ大きな蟹の爪。最果ての地という感じがします。遥か向こうは遠くロシアの地。冬には流氷で埋まるそうです。夏でも寂寥感が漂う気がします。
開幕した大阪・関西万博の会場。私が関わって、お手伝いにも行った、万博漫画展も、今日、撤収作業を終えたそうだ。出張の様子は、こちら。『EXPO2025大阪・関西万博の出張業務終了!』一日中立ちっぱなしで、足腰が痛い。ブロ友のひららさんが、来週、イタリア館に行くそうなので、偵察しておきました!イタリアンミュージックの演奏やってる。しかし疲…ameblo.jp展示物は、東京へ帰ります。人の気配が消えた会場で、独りぼっちになったみゃくみゃくの姿が、なんだか切ない。
作家の高見順はたしか「旅」と言う詩の中で旅は帰れるから楽しいのであってと書いている私は故郷は無い一応帰る家はあるけれどそこにはもう誰もいない誰も帰りたい帰れない何度かそんなありふれたフレーズの挿入された歌謡曲を聴いたことがあるけれど自分にとっては無縁のことだ帰りたいなら帰ればいいさ自分は帰れないさすずめだから帰るのはもはや意味が無いと行く行くことで帰ると言う感傷を捨てることが出来る帰るところの或る人は帰れない理由がある
秋といえば…。食欲の秋。行楽の秋。スポーツの秋。芸術の秋。読書の秋。ファッションの秋。収穫の秋…。まずは真っ先に食欲です。暑い暑い過酷な夏がやっと過ぎた気がする。mouも50代なもので夏は厳しすぎた!毎日、何かをするとほんともう汗ダラダラで、キツかったなぁ〜!考えてみればジムには何とか通っていたものの、他、なーんにもしない夏だったなぁ…だって暑すぎるのだものやっと!やっと色々とやる気が出てくる季節ですね夏はいつもパッとまとめ髪にして通勤していたけれど、今日はすご
ジャン・シベリウス(1865~1957)は、北欧のフィンランドが生んだ偉大な作曲家です。特に、交響曲と交響詩の分野で偉大な功績を残しています。交響詩の分野で傑作を多数書いた後、1898年から1899年にかけて作曲した<交響曲第1番>が高く評価されて、30歳代半ばにして、シベリウスはシンフォニストの仲間入りを果たしました。そして、1901年に次の交響曲を完成させ、翌年に、ヘルシンキで自らの指揮で初演されました。それは大成功となり、今日に至るまで、シベリウスの全交響曲の中で最も演
寂しいですそうですかで終わらない人間もいるお寂しいですねお察しいたします話し相手になってもその方の寂寥感喪失感は筆舌に尽くしがたく分かりますと言いたくても言えないもどかしさがある時薬1年では効かず2年3年かかるのでしょうか難しい本当に悲しい心はどうしようもないものだから
おはようございます。今日で9月も終わりですね~。涼しくなるかと思っていたらまさかの蒸し暑さ。気温自体は28℃30℃少し越すくらいなんだけど、湿度が高くて除湿でエアコンを入れました。自分だけなら何とか我慢したけどネコ達がね…。この夏は24時間エアコンの中で生活してたので、いきなりの蒸し暑さで過ごさせたら熱中症になっちゃいます。ネコ達の為には徐々に涼しさに慣らしていかないとね。急激な気温湿度の変化に対応できない子達になってしまいました。さてさて来
良かった〜〜〜外出しておいて家に居たら罪悪感寂寥感に苛まれるところであった若い人に誘われ嬉しく日にちが迫って体調が優れず気重になってそれでもなんとか気持ちを立て直してGO!若い人達からエネルギーをもらって元気に1日を過ごすこの繰り返しが楽しかったりする面倒を見ていた乳児が手を挙げて横断歩道を渡ろうねと面倒を見てくれる幼児に成長した頼もしい限り私の人生の春はこれからなのかもしれない
今朝、8時半頃の曼珠沙華もう殆どの蕾が開きましたね🤗残っている蕾は全体の1割くらい…明日の予想最高気温は32℃という、曼珠沙華もビックリの真夏日予報🥵きっと明日で全部咲き切るでしょうね🥰今年も咲いてくれて有難うね決して寂しくはないですよ⁉️蒸し暑さにめちゃんこ弱い私ですからね、寂しくはないんだけど、寧ろ早く去って欲しいんだけど、どうして夏の終わりってなんか特別な寂寥感(寂という字を使いたくなかったけど)を抱いてしまうんでしょうね…森山直太朗の『夏の終わり』、玉置浩二と井上陽水の『夏
初めて吉祥寺の広島風お好み焼屋へ多分ラスト納涼会久々10名集って宴会老いも若きも飲め哉呑めラストオーダーが来て精算を済ませ席を立ち又次回を約して1人…1人と去って行く寂寥感をかなぐり捨てそして私も…独り家路を急いださて秋めいた朝…月1恒例鎌倉掃除旅へ☆
ここのすき家、店内めちゃめちゃ綺麗。セルフオーダーで店員は日本人レス。容器は全部使い捨て。未来的というか寂寥感漂いますw。ブラックミラーに出てきそう。にんにくの芽牛丼。オクラサラダも付けて。にんにくの芽がちと硬いかな。えらい沢山にんにく入ってました。あとで嫁に臭いと言われた。食べログはこちらすき家八丁堀四丁目店(八丁堀/牛丼)★★★☆☆3.05■予算(夜):~¥999tabelog.com
今日も大学の課題に取り組む日々。今日は午前中ちょっと外出したら風が涼しかった。そろそろ秋かな。今週末で8月も終わり。暑いのは嫌だけれどちょっと寂しい。日没が早くなってきただけで既に寂しいのに。スイスへ出張行った時、冬だったせいで朝8時半にオフィスに着いた時まだ真っ暗だったことを思い出した。先週スウェーデンへ行っていた夫によると、今の時期北欧は夜9時くらいまで明るいそうだ。9月の半ばにイタリアへ行った時は、泳ごうとしたけれど風が吹いていて寒かったな。iPhoneの写真を見てみたら
就職してから、初彼女とは頑張ればたどり着けるレベルの遠距離になり、会う頻度・連絡頻度も減っていき、別れを予感する状況でした。その状況で二人目のTさんと関係を持ちましたが、彼女になることはなく、自分としては彼女がいなくなってしまう寂寥感(というか、定期的にSEXができなくなる危機感)を抱えており、次の彼女を探す日々でした。新しい彼女を探すにあたり、まずは手近な職場で探そうと思い立ったのですが、、、中々難しい状況でした。その時の職場は工場であったため女性比率は高めだったのですが、8割が既婚
昨日は訪問でクタクタだったからブログも書けなかった今日は新しい仕事(そろそろ1年になるから新しいって言えなくなってきた)夜は訪問の会議だった仕事には慣れたけれどなかなか人に慣れることができないどこに行ってもアウェイだから!?そんなのは当たり前この年になって違う世界に入ったのだからアウェイに決まっているきっとこの仕事を辞めるまで(辞めても?)ホームグラウンドにはならないだろうわかっているが時々ふと寂寥感に襲われる誰かとベッタリしたいわけじゃないむしろ偏