ブログ記事1,161件
家族介護しています。足腰が悪く、転ける事が増えた身内に。立ち座りが不安定で心配なので、こだわって椅子を探してました🤔⚫︎グラグラしない安定感。⚫︎高さ⚫︎手すりつき⚫︎手すりに体重がかかっても、椅子毎倒れる心配のない物。そして、⚫︎お部屋に馴染む椅子でした。お値段以上で、良い感じです♪硬さや高さ、安定感抜群でした!不二貿易ファブリックソファーフレンズ1人掛け(グリーン)71158846[71158フジボウエキ]楽天市場14,280円ファ
こんばんは!度々出てくるうちの母ですが、バリバリの明るい認知症です(笑)ゴールデンウィークも、子どもと実家に帰りましたが、母「名前なんやったかな?兄ちゃんは何歳になったん?えー!!もう中学生?で、弟はどっちやったかな?誰ちゃん?何歳になったん?えー!!もう6年生?で、お兄ちゃんはどっちやったかな?何歳になったん?えー!!お祝いあげないかん。お父さん、お祝い包んであげて!!」この会話、エンドレスです。はい。(笑)父も、母に催促されて、お財布片手にソワソワしています子どもや私も慣れっ
/年金生活の元ヘルパーよっちんです\老人ホームで働いていた時認知症のあきらさんには驚かされることがいっぱいあったよ「火事だー」事件もそのひとつ『【驚愕】幻覚を見て叫ぶおじいちゃん』還暦すぎてヘルパーになったよっちんです「お風呂なんて入らないよ~」「また、盗まれた~」「ごはん、食べてないよ」「あんた、誰?」そんな高齢者が愛おしくなるブ…ameblo.jp介護をしていると、昨日まで穏やかだった方が急に豹変したり、「財布を盗まれた!」と疑われたりして
最初に介護が必要になったのは祖母じゃなくお父さんの方の祖父だった。病名はパーキンソン病。当時はまだ難病だと言われていた頃だったってお父さんが言ってるのは覚えてる。家での介護はほとんど祖母がしていた、トイレの付き添いとか、ご飯とかまだその頃は祖母も元気に...というか腰は曲がっていたけど認知症にはなっていなかったから介護もできてた。車椅子や病院への付き添いはお父さんが連れてってたんだけどね。祖父が誤嚥で何度も入退院してた記憶はある。だってよく家に救急車が来てたから...
大体、仕事を終えたあとに、実家へ電話をかけるのが日課になっています父の話では、母の幻覚はまだ続いているようです。また、薬も父が勧めるとなかなか飲まないのに姉が勧めると素直に飲む。おむつ交換や着替えも、父がすると文句が出るのに姉だと受け入れることが多いそうですきっとそれは、一番近くにいる父だからこそ。安心できる存在だからこそ、遠慮のない感情が出てしまう。そんな“信頼の裏返し”なのだと思いますそれでも父にとっては、やっぱりしんどいものです。話を聞いていると、父がぽつりと
こんにちは。『お別れホスピタル』を読みながら感じたことを綴る連載、第7話です。今回は、カルテ7の辺見歩さんの回を読んで、私が強く考えさせられたことを書いてみたいと思います。この回を読んでまず心に残ったのは、人を支える側もまた、深く傷つき、揺れながら現場に立っているということでした。介護や看取りというテーマを考える時、どうしても私たちの目は、本人や家族に向きやすいものです。もちろん、それは自然なことです。病気や老いと向き合う本人。不安や葛藤を抱えながら見守る家族。そこに大き
祖母が家の中で足を引っ掛けて転んで立ち上がれなさそうだったから急いで救急車を呼んだ。その時はお父さんが付き添いで病院へ行って暫くして電話が来て、「祖母の両股関節にボルトを入れることになったからしばらく入院することになった。」って言われて、必要なもの取りに来てまた向かっていった。数回かな?家族全員でお見舞いに行ったんだよねあまり大人数で押しかけるもの悪いからって見てる限りではものすごく元気そうだった。退院してからボルト入れてるからなのか、歩行がさらに困難になった...。こ
みなさんこんにちは。地域包括支援センター藤岡の楽園です。藤岡の楽園地域交流スペースで毎週火曜日に活動されている自主グループ菜の花の会様ご協力のもと、4月28日家族介護交流会を開催しました。地域の皆さまへの回覧や認知症カフェ等でお声かけをしたところ、当日は31名の方がご参加くださいました。当日はミニ講座として、「介護保険ってどんな時に使うの?~いざというときに困らないために~」をテーマにお話しさせていただきました。皆さま熱心に耳を傾けてくださり、「介護保険について理解できた」「お世
祖母におむつが必要になった。最初は祖母が自分で交換できていたけど...でもどんどん交換ができなくなった。おむつを脱がせるのも履かせるのも、誰がやるかで突然始まる家族会議最終的に祖母のことが気になるお父さんがやることになった。ただ、おむつはベッドで寝て交換するタイプじゃなく、普通の紙おむつ。祖母を介護が必要な人用の椅子で支えながら、狭い洗面所で祖母のおむつを替える日々...。お父さんも体が悪いのに...見ていて大変そうだったけど、手を出すと怒り出すから任せるしかなかった。
3月30日(月)、子どもの居ない伯父伯母夫婦宅を訪問しました。伯父から今後の流れを説明して欲しいという依頼でした。前回の電話(2月2日)以来でしたが、認定調査は終わったようでした。しかし、伯父は「腹が立った」と言っていました。「そこまでプライベートなことを聞かれないといかんの?」と憤慨していました(^^;)当事者の立場に立てば、無理もないことですね。伯父は、要支援2でした。見るからに運動機能の向上が目標になりそうな感じです。伯母は、私にお茶を出すのに1時間かかりました。
👇以前の記事『母のお散歩』数日前、姉の娘(姪っ子)から「じいちゃんが知らないうちに、ばあちゃんが家を出ていったみたい」と連絡がありました実は、これが2回目です。前回は「公民館に行かない…ameblo.jpいつものように仕事を終えて、母に電話をかけたときのこと。出たのは姪っ子でした。普段から気にかけてくれて、両親の様子を見に来てくれている優しい子です。その姪っ子が、小さな声でこう言いました。「今ね、ばあちゃんは帰ってきたけど……さっき、いなくなって警察呼んだとよ」と父と食事を
腰が曲がった人の介護がこんなに大変だとは思わなかった。転ばないように常に体を支えなきゃいけない。こちらの力が弱くても全身の体重を使ってでも支える。車や椅子に乗るとき立ち上がりが大変な祖母のズボンのウエスト部分を掴んでいた。けど、今調べたら(移動介助では)あまりよくないと書いてあって...「じゃあ椅子に乗せる時とかで持ち上げる際どうするの!?」って普通にさっきびっくりした...。こういう一時的なときはしょうがないのかな?ケアマネさんにも介護の動作は教えてもらえなかった
義父はショートステイ最終日は、お風呂に入って帰ってきます。家では夕ご飯を食べて、歯を磨いて、そのまま寝るのがいつものルーティーンです。17時には消灯でも先日は、帰ってくるなり「風呂に入ろう」と言って、服を脱ぎ始めました私:お風呂入って帰ったよね?ルーティーンと違うぞ?「お風呂、まだお湯ためてないんだけど…」と心の中で思いつつ、耳の遠い義父に向かって大きな声で「今日は歯を磨いて寝ようか」と伝え、歯ブラシを持たせました。それはそれでよかったのですが、お風呂に入ろ
【ヤフコメで話題】「介護する側の心身負担と出口の見え方」「家族介護の現実と社会的支援の必要性」-介護経験者の声から見える課題(Yahoo!ニュースオリジナルTHEPAGE)介護を担う家族の心身の負担や、介護の終わり(出口)について、Yahoo!ニュースのコメント欄で話題になっています。コメントでは、長期間にわたる家族介護の経験から、介護する側が常に優しく接することがnews.yahoo.co.jp(1)苦しみという個人の痛み介護というのはする方もされる方も苦しみだ。ケアマネと
3年前、夫の父が突然亡くなりました。脚立から落ちて、あっという間の出来事でした。心の整理もつかないまま、次に直面したのは、残されたお義母さんの生活でした。お義母さんはその頃、家事をほとんどしていない状態が続いており、一人での生活は、思っていた以上に大変な状況でした💦私たちは遠方に住んでいたため、すぐに支えに行くことも難しく、「どうしたらいいのか」と悩みながら、役所に相談に行きました。私はケアマネジャーの資格は持っていましたが、実際に家族として介護
認知症祖母との日々は10年に及びました新年度になると、お世話になっていた医療介護スタッフの方の異動があったりしますまた温度差の大きい季節介護家族も5月病のようになることがありました心身に負担のかかりやすいこの時期特に、どうぞ心身を、お大事になさってください
おはようございます!特養ケアマネママのこむぎです保育園の送り出しで、子供に「ママ、お仕事行かないで〜」と泣きつかれ、後ろ髪を引かれながら出勤してます30歳、仕事も育児も全力疾走の毎日です!さて、今日は特養(特別養護老人ホーム)で働くケアマネとして、そしてかつて現場で奮闘していた元介護職として、ご家族からよく相談される「面会時の差し入れと、とろみの問題」についてお話しします。「施設に入ってから、大好きな飲み物も制限されて可哀想で……」「面会のときにお茶を飲ませてあげたいけど、むせるの
colorfulgarden研究所の彩乃紬生(あやのつむぎ)です💕。医療福祉業界で心療内科のリワーク(復職支援)に従事するかたわら、企業のメンタルヘルス面談や色彩心理学をもとにしたカラーセラピーや心療内科で効果的な代替医療(アロマやメディカルハーブ、ハンドケアなど)を実践しております。colorfulgarden研究所のHPはこちら💁⬇️からふるが~でん研究所ColorfulGardenLaboもっと彩り豊かな日々を生きたいあなたに…colorfulgarden.netこのブログで
「親不孝者と言われても」…親の希望「家で家族だけで介護して」はどこまで尊重すべきか?男女でずれる介護観の現実「親不孝者と言われても」…親の希望「家で家族だけで介護して」はどこまで尊重すべきか?男女でずれる介護観の現実もし将来自分が要介護状態になったら、どこで誰に世話をしてもらいたいと思いますか?家族介護の実態と葛藤、制度利用の壁――。都内に暮らす家族のケースを通じ、高齢社会で不可避となる「介護の現実」を考えます。家族だけの介護は、本当に幸せなのでしょうか。(このリード文はAIが作成しまし
こんにちは。アラフィフWケアラー同居嫁のリアルな日常をつづるmanyuです。※家族構成などは一番最後に載せてます。義母は、入退院を繰り返しています。入院時の病名は◯慢性心不全◯慢性腎不全退院時には、決まって主治医から言われる。※もう記憶できる「特に治療はしていません。食事と運動です。入院中は塩分6グラム未満です。家でも、塩分と糖分を控えるように」T総合病院の循環器科、Y先生が主治医。入院時は、今でもY先生が主治医になってくれるので、言われることは毎回同じ。時は遡り、
祖母はどんどん夢と現実がわからなくなっていった。ある日突然「あの子が(自分)5千円を盗んでいった!」と大騒ぎ。認知症になってから金銭のやり取りしてないから全然身に覚えがなかった。お父さんが「そんな大金あげてないよ」と言ったら「ええ..?ほんとう?」ってお父さんに祖母所持の財布を見せてもらって落ち着いた。5千円なんて学生のお年玉くらいのときしか持ったことがないよ...。認知症あるあるの数分後に「ご飯まだ?」「お風呂まだ?」「あなた誰?」の頻度が日に日に酷くな
人に気を使いすぎてしまうとあとからどっと疲れてしまうことがあります相手のことを考えているはずなのに気づけば、自分がしんどくなっているそんな状態を、何度も繰り返してきました以前の私は相手の気持ちを考えることが当たり前で「こうしたほうがいいかな」「今の言い方、大丈夫だったかな」そんなふうにずっと頭の中で考えていましたでもそれを続けていると気づかないうちにどんどん疲れてしまっていたんですそこで少しずつやめてみたことがあります①「全部に気を使うこ
祖母は認知症になる前からリウマチ患者だった。両手はもうそれ以上指を伸ばせないってぐらい変形してた。蓋があるものは、全部開けて渡して、祖母は「ごめんねえ...」っていつも謝ってた認知症になる前はシルバーカー?手押し車?みたいなのを押して買い物をするのが好きだったけど、病院以外に外に出してあげられなくなった。あってもお父さんが運転する車の中で景色を見るだけ外で何か起きたら転んだら事故に遭ったらっていつも考えてた。車に乗せるときも、どこの位置のほうが良いのか...
母は元気な頃から便秘傾向であり、緩下剤を使っていた時期もありました。「認知症と便秘」一見、関係なさそうに見えますが実は深いつながりがあります。カギになるのは「腸脳相関」という考え方。腸と脳はお互いに影響しあい、どちらかの不調がもう一方にも影響するといわれていますもともと便秘傾向がある方は、・腸の動きが弱い・便をため込みやすい・腸内環境が乱れやすいといった特徴があります。そこに加齢や認知症が重なることで、便秘はさらに悪化しやすくなります。そして、さらに便秘が続くと、腸
我が家はバリアフリーじゃない。足腰が悪い人には動けなくなるまでこの家がどれだけ辛いか分からない。祖母は階段を使う度に両手を床につけながらゆっくり両手を両足を交互にしながら昇り降りしていた。お父さんも体が悪いから手すりを掴みながらゆっくり歩いて昇り降り。正直リフォームしたかった..。でも、そんなお金がないとお父さんが言ってできなかった。祖母が病院に行く度に季節関係なく、お父さんが祖母をおんぶして車に乗せてた。それしか方法がない...。
祖母が寝たきりになってから祖母の妹?が勝手に来るようになった。こっちは何も知らされていない。初めて見る人だったから正直「誰?泥棒?」しか頭に浮かばなかった。祖母の部屋に入るなり大きな声で数時間は世間話をしてる。その人はトイレも使うから自分がいつ行けばいいかわからなかった...。自分は一言も喋らずにその人が帰るまで部屋で待機帰り際お父さんに「ちゃんと世話しなさいね!」それだけ言って帰っていく。それが何度もあった。お父さんはその人が来ることを知っていたみたいだけ
自宅介護をして暫くしてケアマネさんが来るようになった。祖母の洗髪や話し相手もしてくれた。でも自分にはケアマネさんについての知識が何もなかった。介護への困りごとを相談していいのかわからなかった..。相談したくても主にお父さんがケアマネさんと話してるから相談ができなかったあの時ちゃんと言えていたら何か変わったのかな...。家の中はもう壊れてた。皆イライラして他の人に頼れなかった...相談できなかった。些細なことですぐ口喧嘩「祖母の面倒は〇〇の担当じゃん!」「なんでちゃ
人に気を使いすぎてしまうとあとからどっと疲れてしまうことがあります相手のことを考えてよかれと思ってやっているのになぜか、自分がしんどくなってしまうそんな経験、ありませんか?気を使えることは本来、とても素敵なことです相手のことを考えられるやさしさでもあると思いますでも疲れてしまう人にはある共通点があるように感じるんです“相手の気持ちを背負いすぎてしまうこと”相手がどう思っているか気になりすぎて・言葉の裏を考えてしまう・表情や空気を読みすぎてしまう・必
汚い話だけど書く。徘徊するようになった祖母は便も自分で対処できなくなった。壁中、トイレの中、部屋の中、廊下便を両手で触った跡がベタベタと、至る所についてた。最初はちゃんと対応できてた。でもそれが毎日になって1日に何度もになって「またか...はー...」ってなる自分がいた。昔の自分なら考えられなかった...使い捨ての便座シートも買って置いたけどなぜか便座シートは少ししか汚れてなくてそこ以外は汚れていた。ケアマネさんにも最初の頃はろくに頼っていなかった。こういう時
祖母の病院の付き添いで車椅子を押す。横断歩道が一番怖かった。段差に引っかかって祖母が前に倒れたら...段差の途中でタイヤが止まったら...いつも怖くてでも押すしかなかった。認知症になってから目が離せなかった。家中を徘徊するから家の外に出ないように見張る。ソースだと思ってイソジンを食べ物にかけようとする。勝手に洗濯を始めようとして焦って見に行ったら...混ぜてはいけない洗剤を入れようとしていた。間に合ってよかった。でも次はわからない。その繰り返しだった。