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このところの当ブログで、『雲ながるる果てに』(1953家城監巳代治監督)を取り上げました。脚本は家城監督、八木保太郎さんと直居欽哉さんの共作ですが、直居さんは「特攻兵」として出撃し、米軍機に撃墜され奇跡的に生還を果たした経験がある方ですから、実際に見聞きした「特攻兵」の様子が反映されています。「今度は戦争のない国で会おうな」という台詞も実感がこもっています。映画は鶴田浩二さん演じる自ら「特攻」に志願する軍国主義的な若者と、木村功さん演じる「特攻」に疑問を持つ若者、二人の特攻兵が対比されます
さらに続いて、当ブログ2021年3月6日に書いた「反戦映画の“悲劇性”と“美化”のジレンマ」を以下に再録します。***ひとつ前の当ブログで、『雲ながるる果てに』(1953家城監巳代治監督)を取り上げました。鶴田さん演じる自ら特攻に志願する軍国主義的な若者と、木村功さん演じる「特攻」に疑問を持つ若者、二人の特攻兵を対比的に描きますが、宿舎にはその他にも特攻を待機する若い兵が多くいます。いちばん印象に残るのは、高原駿雄さんが演じるのは、たびた
続いて、当ブログ2021年3月6日に書いた「『雲ながるる果てに』出演を熱望した鶴田浩二さん」を以下に再録します。***ひとつ前の当ブログで、鶴田浩二さんが持ち続けた「特攻隊出身」という言説は、主演した『雲ながるる果てに』(1953家城巳代治監督)で特攻隊員を演じたことから始まったという話を書きました。どうも鶴田さん自身も、そのイメージが広まるにつれて、「自分は特攻隊員だった」と思い込むようになったらしいといわれております。ちなみに『雲ながる
ひとつ前の当ブログの最後のところで、『雲ながるる果てに』(1953家城巳代治監督)に触れました。この映画については、当ブログ2021年3月5日に「モリタ健作と鶴田浩二さん」というタイトルで書いていますので、以下に再録します。***ひとつ前の当ブログで、モリタ健作は若い頃に青春ドラマで演じていたキャラクター(例えば、『おれは男だ!』の小林弘二の役とか)で、講演とかしているうちに、自分の実像もそうなんだと思い込んでしまったのではないかというよう
このところの当ブログで、『小学校~それは小さな社会~』(2025山崎エマ監督)を取り上げています。ひとつ前の当ブログで書いた、「新入生歓迎の合奏」のシンバルに選ばれた1年生の女の子が怒られる場面は本当に胸が痛くなりました。練習を指導する音楽の先生(かな?)が「あなた1人が選ばれたんでしょ。責任があるんじゃないんですか!泣けばすむの!?」と強い口調で叱責するのです。シンバルを叩く所を少々間違えたからって、まだ7歳の子どもですよ。手をあげてはいないけれど、これも「暴力」ですよ、言葉による。も
ランクAの下旧家名門の軍人一家の家長と家族の悲劇と没落を、反家父長制度、反軍国主義でシニカルに描いた作品です。上のポスターのイメージとはまったく異なる作品となっています。今の言葉で言うなら、モラハラ、DV父親をとことん批判的に、醜悪に描いています。題名の「異母兄弟」ではなく三國連太郎が演じた軍国主義に心酔している軍人の醜さが、テーマとなっています。三國連太郎の、
ひとつ前の当ブログで書いたように、アベ晋ゾーは戦後初めて教育基本法に「愛国心」を盛り込み、「教育に政治家がタッチしてはいけないのかといえば、そんなことはないわけですよ。当たり前じゃないですか」なんてことをほざきました。『雲ながるる果てに』(1953家城巳代治監督)で描かれた、「お国のためなら」に何の疑問も持たない子どもたちを生産、消費する時代に回帰させたいのでしょうか。教育という領域で「喉元過ぎれば~」は本当にあってはならないことです。昨日の新聞に、キシダ文雄宛てに和光小学校6年生36人が
ひとつ前の当ブログで、『雲ながるる果てに』(1953家城巳代治監督)を取り上げました。『零戦黒雲一家』(1962舛田利雄監督)のラストで石原裕次郎さんと二谷英明さんが交わすセリフ「今度は戦争のない国で会おうな」というのは、それより先、『雲ながるる果てに』の劇中、高原駿雄さんも口にしたセリフでした。『雲ながるる果てに』の脚本チームのひとり、直井欽哉さんは「特攻」の生き残りなので、実際にこういう言葉を残して死んでいった方はいたのでしょう。死を前にして、自分には訪れない未来を思いながらどんな気
ひとつ前の当ブログで、『零戦黒雲一家』(1962舛田利雄監督)のラスト、軍からは「員数外」とみなされ「捨て石」にされるはずだった部下たちを救った石原裕次郎さんと二谷英明さんが敵に突っ込む前に「お互い、今度は戦争のない国に生まれ変わりましょうや」「ようそろ」と言葉を交わすラストが印象に残ると書きました。これとほぼ同じセリフが出てきた映画を思い出しました。『雲ながるる果てに』(1953家城巳代治監督)です。この映画は、松竹の監督だった家城巳代治さんがレッド・パージされ、独立プロで撮った作品です
雲ながるる果てにを観た。驚いた。1953年にこんなに素晴らしい反戦映画が、しかも独立系の映画制作会社によって完成していたとは知らなかった。その後大手の潤沢な予算をかけて作られた戦記モノより良く出来ている。そして驚くことに主演は鶴田浩二ではない、木村功だ。インテリで視野が広く、それでいて皆のことを思っている。本作で何度も描かれる出撃前ののんびりしたひとときは、昔だったらそんなバカなと思ったが、知覧に行って資料を見ると、反戦の気持ちを持ったママ出撃した飛行士の何と多いことか。飛行長や部隊長が類型的な
田宮虎彦原作家城巳代治監督さっそくお話大正10年16歳の利江は陸軍大尉・鬼頭範太郎の家に女中として雇われた利江・りえ(田中絹代)鬼頭範太郎(三國連太郎)範太郎には二人の息子と長患いの妻がいたがある夜、酔った範太郎は若い利江に欲情手籠めにし利江は身ごもったやがて範太郎の妻は息子たちを遺して亡くなり女中を孕ませたという噂に上官から注意を受けた範太郎は咄嗟に利江を後添えに迎える所存であると答えた結婚式の場面で
ラピュタ阿佐ヶ谷「基地」の街からより製作:東映監督:家城巳代治脚本:橋本忍原作:赤江行夫撮影:飯村雅彦美術:森幹男音楽:池野成出演:南廣淡島千景木村功春丘典子花澤徳衛東野英治郎清村耕次三井弘次1960年9月13日公開不発の善ちゃんこと高岡善三郎(南廣)を始めとする弾拾いたちは、米軍の演習場で生活のために命を張って、不発弾や薬莢を拾っては屑屋に売っていました。殊に善ちゃんは弾拾いの名手で、不発弾の処理にも長けていました。彼は弾拾い中に死亡した大谷の未亡
最近ケーブルTVか何かでチラッと見て気になっていた作品。家城巳代治監督の遺作。松竹の所属だったがGHQのレッドパージで退社し、独立プロダクションを立ち上げ、この作品も家城プロダクションの製作である。恋は緑の風の中[DVD]Amazon(アマゾン)3,200〜12,158円あらすじ東京郊外の住宅地に住む中学2年生の純一(佐藤祐介)はクラス委員でクラスのまとめ役。夏休みを前に生徒主催の釣り大会を企画していたが、父兄のらの反対で大会は中止になる。純一は八百屋の娘雪子(
山本有三の代表的な小説「路傍の石」(ろぼうのいし)は戦前、戦後で4回映画化されています。昭和13年公開日活吾一役:片山明彦監督:田坂具隆昭和30年公開松竹吾一役:坂東亀三郎監督:原研吉昭和35年公開東宝吾一役:太田博之監督:久松静児昭和39年公開東映吾一役:池田秀一監督:家城巳代治今回は、4作目の最新作、といっても56年も前の、池田秀一が吾一少年を演じた、家城巳代治(いえきみよじ)脚本・監督の映画「路傍の石」を邂逅します。本記事は、
ひとつ前の当ブログで、『雲ながるる果てに』(1953家城監巳代治監督)を取り上げました。鶴田さん演じる自ら特攻に志願する軍国主義的な若者と、木村功さん演じる「特攻」に疑問を持つ若者、二人の特攻兵を対比的に描きますが、宿舎にはその他にも特攻を待機する若い兵が多くいます。いちばん印象に残るのは、高原駿雄さんが演じるのは、たびたび抜け出しては女郎屋に行き、好きな女(利根はる恵さん)と過ごして朝帰りするちょっといい加減な男ですが、彼が出撃するとき(すなわち「死ぬ」わけです)、仲間に「今度は戦争のない
ひとつ前の当ブログで、鶴田浩二さんが持ち続けた「特攻隊出身」という言説は、主演した『雲ながるる果てに』(1953家城巳代治監督)で特攻隊員を演じたことから始まったという話を書きました。どうも鶴田さん自身も、そのイメージが広まるにつれて、「自分は特攻隊員だった」と思い込むようになったらしいといわれております。ちなみに『雲ながるる果てに』には、西村晃さんも出ています。『雲ながるる果てに』は、松竹の監督だった家城巳代治さんがレッド・パージされ、独立プロで撮った作品です。特攻隊として散った同期生の慰
ひとつ前の当ブログで、モリタ健作は若い頃に青春ドラマで演じていたキャラクター(例えば、『おれは男だ!』の小林弘二の役とか)で、講演とかしているうちに、自分の実像もそうなんだと思い込んでしまったのではないかというような話を書きました。仮面をつけ続けるうちに、仮面の下も仮面と同じ顔に変わっていたというやつですね。同じようなことで思い出すのは鶴田浩二さんです。晩年の鶴田さんの頑固な日本の男のイメージの核にあったのは「特攻隊」の生き残りという経歴だと思いますが、実は鶴田さんは「特攻兵」ではなく、特攻
ラピュタ阿佐ヶ谷絢爛東映文芸映画の宴より満席のため、1996年公開の「ユージュアル・サスペクツ」以来階段に座っての鑑賞でした。これが結構キツかった。尻の痛さはもちろん、上半身を固定して観るだけで一苦労。ただし、映画自体は地味な題材ながらも良作でした。製作:東映監督:家城巳代治脚本:内藤安彦原作:早乙女勝元撮影:飯村雅彦美術:中村修一郎音楽:池野成出演:江原真二郎佐久間良子南廣山田五十鈴大村文武小林裕子曽根晴美春丘典子1960年4月5日公
何の折でしたか、三国連太郎が若い頃老け役づくりのために歯を抜いてしまったことを晩年<若干後悔していた>と佐藤浩市が語っているのを聞いて(いろいろと深い葛藤のあった)息子の前で晩年になって見せる三国の素顔にちょっと感慨がこみ上げましたが、その<若干後悔していた>映画というのは家城巳代治監督の『異母兄弟』(独立映画1957年)。田中絹代を妻に威厳と打擲で組み敷く壮年の夫役で、1957年田中は48歳、三国連太郎35歳、年齢差を更に上回る老け役のために歯を抜くわけです。木下恵介監督『善魔』でデビューし
家城巳代治監督で新藤兼人脚本という左翼映画。これは、黒澤明の「素晴らしき日曜日」かと思うような話でしたね。窯焚きに誇りを持ち市井の中で一生懸命生きる若者たちを江原真二郎と丘さとみが屈託なく演じている。共感するのは、その能天気な人たちでなく競輪ばかりする仲代達矢だ。江原真二郎がこんなに明るい青年役をやっていたとは知らなかった。勉強できる状況であれば勉強して窯焚きだけに甘んじないようになるべきなのだ。どうもこういう映画は、窯焚きでもいいじゃないか腕白ならみたいな気がするのが、個人的にな趣味に合わない
今日は引き続き、映画鑑賞...学ぶぞ、学ぶ。2本目は引き続き、例の「山田洋次監督の100本」から家城巳代治という監督さんの昭和30年の作品「姉妹」を。その姉妹を演じたのは野添ひとみと中原ひとみ...ダブルひとみだ。叔母夫婦の家に下宿しながら学校に通う高3の圭子と中3の俊子、その姉妹のお話。中高一貫の女学校のようで、そのおかげかいつもふたりは一緒...その姉妹の描き分け、姉の圭子はしっかり者で、おてんばの妹の俊子をいつも叱ってばかりという構図