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《2017年8月18日》前にも何度か書いたが、ギュンター・アンダースという反核の哲学者がいる。アンダースには「核兵器とアポカリブス不感症の根源」という重要な論考を収めた『時代遅れの人間上・下』(青木隆嘉訳、法政大学出版会、1994年)や『核の脅威――原子力時代についての徹底的考察』(青木隆嘉訳、法政大学出版会、2016年)などの著作がある。アンダースと広島の原爆投下作戦に加わったパイロット、クロード・イーザリーとの交流も知られているが、石戸諭さんという人があらためて二人の交流についての
庭の様子今朝は気温が下がり霜が降りました☀雪が待ち遠しい…スキー場オープンが待ち遠しいです☃宮柊二記念館長賞受賞作品は、なすきゅうりかぼちゃにトマトしそすいかうちの畑はしんせん市場です⤴️⤴️😍Tシャツスキーに野球のTシャツ⤴️⤴️長女のスキートレーニングは昨日で終了☆間もなく雪上トレーニングになります⛷️年末の国際大会オリジナルTシャツを買いました😁背中には選手の顔入り😍オイコス職場で先日頂いたオイコス⤴️⤴️美味しくてビックリ❗摂取した後は階段を駆け登ってみ
訪問ありがとうございます川底に泉あれば水の舞ひ岸の桜の落花(らくくわ)また舞ふ水の湧く様子は、見る者を清新な気分にする。魚沼川の支流の川底に泉の湧く場所があり、美しいと思って見た少年のころの記憶(2024.3.31記事)*2024.3.31(日)*自分が、どんなにたくさんの人やものに支えられて生きているか_ありがたいと思うその感激が、さらに幸せを呼ぶ〜link癒〜いつの時代もあり続ける空と共に〜縁〜あなたに出会えたことにありがとう
訪問ありがとうございます堅香子の花咲く北の越の野をおもひて雪の消えん日を待つ堅香子はカタクリの花の古名歌人仲間を花の群生地に案内するため雪解けを心待ちにしている歌(2024.3.8記事)*2024.3.10(日)*🌷いつか必""使命の花"は咲く🌷〜link癒〜いつの時代も゙あり続ける空と共に〜縁〜あなたに出会えたことにありがとう
訪問ありがとうございます河口よりのぼりくる風草焼きの炎の先を折り折りに堰く春の草焼き。土手を焼く炎は、河口から吹き付ける風によって、ときおり堰き止められて萎え、また燃えさかる。(2024.3.1記事)*2024.3.2(土)*🌷"自分なんか''と失望するんじゃなくて"自分ができる精一杯をやろう"と挑戦を重ねていけば、未来は開けていく🌷〜link癒〜いつの時代も゙あり続ける空と共に〜縁〜あなたに会えたことにありがとう
『日本挽歌』(宮柊ニ/短歌新聞社文庫/1994.11.10初版)原本1953年初版(東京創元社刊)苛酷な戦争の時代をくぐり抜け、戦後の歌壇に第一声を挙げたのは、いわゆる「戦後派」と呼ばれた人々だった。そして宮柊ニは、この世代の人々を代表する、もっとも重要な歌人だった。本集は、その第5歌集である。ものものしいタイトルは、釈迢空によるもの。師・北原白秋と並んで、宮が終生、敬愛し続けた先達だ。巻頭に近く、次の2首が目につく。「七階に空ゆく雁(がん)のこゑきこえこころしづまる吾が生あはれ」「
宮柊二歌人宮柊二は新潟県の出身、わが事務所近くの旧制中学校を卒業し、相馬御風・北原白秋の影響を強く受けた。先日、知人が古書廻りの帰りに立ち寄ってその折の戦果を開陳していったが、その中に宮柊二の昭和30~40年頃の短文を集めた随筆『机のチリ』があり、これは私も持っている。宮柊二はシンプルな装釘本が多く『机のチリ』もそうした一冊、この本と似た装釘の歌集『多く夜の歌(1961)白玉書房』は特にお気に入りの一冊で、瀧口修造の清潔感がある二葉の口絵がこの歌集を引き立てている。まさに短歌集にぴっ
⋆「戦争は悪だ」と言えり宮柊二かなしみの過去いましめにせん*宮柊二・・・・・昭和時代を代表する歌人著名な第二歌集『山西省』は中国山西省各地で兵として5年間戦った時の短歌を収録「戦争は悪だ」と詠んだ短歌は・・・・中国に兵なりし五ヶ年をしみじみと思う戦争は悪だ第11歌集『純黄』
●宮柊ニ●梅の花ぎつしり咲きし園田ゆくと泪ぐましも日本人われ笛を吹く緑の体(たい)の小河童(こがっぱ)も悲しからむと妄想に持つ横浜に呼名風太郎の群れを見て雨ふる銀座をいま歩きをり惨たる戦争態の来らむを知らざりし殉死の将軍かなしピアノ鳴る音きこえきて現しかる人生(ひとのよ)を思ひ悲哀なども思ふプラハにて人の綴れる一文の忘れがたくて冬過ぎにけり雨ののち吹く風ありて風のなか色くれなゐに顕ちてくる合歓熱きものこみあげて来ぬ思へばあはれ様々に人は謀りき
本のおはなし。図書館で借りました。『宮柊二集8』(岩波書店、1990)随筆集です。ーーー角川『短歌』2020年6月号梶原さい子「八つの名言ーー救いでもあり、喝!でもありーー」(pp70-71)に紹介されていた、北原白秋の言葉の出典を調べるためでした。梶原さんは「宮柊二『短歌に見る人生』の中に出て来る」と書いていましたが、全集では『選歌随想[一]』(1966(S41))中「才なくて」にありました。原典にあたるのは大事です。※梶原氏を責めるつも
開通から44年「三才山トンネル」が無料化・地元の期待は?長野Yahoo!ニュース1972年=昭和47年に着工した三才山トンネルは、総事業費43億円余りをかけて工事が進められ、4年後の、1976年=昭和51年10月に開通。猫も食ひ鼠も食ひし野(や)のいくさこころ痛みて吾(あ)は語らなく宮柊二(しゅうじ)webun.jp昭和の歌人、宮柊二は1939(昭和14)年、27歳で召集され、翌年に中国・山西省の各地を転戦した。この歌はその折の飢餓の様子を思い出し...<あのころ>名匠、
きょうは、晴れ。あしたも晴れでしょう。きょうの尾鷲の最高気温は24.2℃。(最低気温は11.3℃)全国トップは宮崎県の西米良で28.3℃。三重トップは伊賀市の上野で26.1℃。ただいまの尾鷲の気温は15.3℃。『四字熟語』【明鏡止水(めいきょうしすい)】一点の曇りもない鏡や静止している水のように、よこしまな心がなく明るく澄みきった心境を指す。「明鏡」は一点のくもりも
前回、在原業平に関する記事を書いてふと思い出したのだが、歌人の宮柊二さんの短歌に次の作品がある。むらさきに菫の花はひらくなり人を思へば春はあけぼの最後の「春はあけぼの」は、もちろん清少納言の枕草子から引いたものだろうが、この短歌には枕草子だけではない隠し絵が描かれている。むらさきに菫の花はむらさきの菫の花は、紫式部に重ねているだろう。初冬や春先、紫の花を咲かせる菫に、紫式部という名の菫もある。ひらくなり人を思へばこの箇所だ、わざわざこの記事を書くことになった箇所は。(
まぐはひしのちの疲れの懈(たゆ)き身を遣らむかたなし蚊遣香のにほひ-宮柊二/『小紺珠』1948不思議な事に、美は善であるという完全な幻想が、往々にして存在するものです。美しい女が愚劣な事を言った場合、それを聞いても愚かさは見ずに、聡明さを見るのです。その女が醜悪な事を言ったり、したりしても、何か愛すべきことのように思うのです。況してや、女が愚かな事も醜悪な事も口にせず、しかも美人だったりしようものなら、すぐさま、奇蹟のように
いや~驚いた。かかりつけ医が、宮柊二の親戚だったのだ。私が俳句を詠んでいるのを知って、俳句や短歌の話題になったとき、その話がでた。前にブログで小野十三郎の作品を取り上げたときに、いつも私のブログを読んでくださるSさんが、小野十三郎と遠縁だったとコメントしてくださったが、今回の宮柊二の話といい、本当にこの世はいろいろなことがつながっているんだなあと実感した。その先生によると、なんでも親戚の間では、宮柊二のようにだけはなるな、と言われていたそうである。本屋の長男で、家業を継ぐべき身でありながら、家