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今年も8月6日が来ました。わたしは東京生まれですが、わたしの祖父母は広島・呉の人なので、広島は大変身近に思って来ました。母や祖母も呉に疎開中に原爆を体験していますし、被害に遭った親戚もありました。子どもの頃から広島を度々訪れ、原爆のことには心を寄せて来ました。2011年からは母の遺した「大切な人」を歌で綴る朗読劇として上演し続けています。戦争や原爆を悲劇として描くのではなく、少女の母の目を通して見た、81年前の日本。上演する度に母の言葉が沁み入ります。今年も蝉のジリジリ鳴く暑い日の
2025年も、多くの著名人・有名の方々がお亡くなりになりました。(昨年中に、更新できませんでした)なかでも、ぼくは、俳優の仲代達矢さんの御逝去について、まず書こうと思います。ぼくは、あまりお金をもって来なかったので、演劇観賞にお金を使うことは出来ず、演劇とは無縁な人間でした。けれども数年前に、仲代さんが主演を演じる「肝っ玉おっ母」や「左の腕」を観ることができました。とくに「左の腕」のラストのオチを見て、こころを心の底から揺さぶられました。「肝っ玉おっ母」は、
2025年も、あとわずか、となりました。今年の春は能登応援ライブでスタートしました。2024年からピアニストの黒川さんと2人で始めた応援ライブ。3月のライブは念願のチェロも加わり、能登を訪れる事ができました。能登の皆様と本当に温かい時間を過ごす事が出来たこと、わたし達に取っても大変素晴らしい時間となりました。その後しばらくの間体調を崩し、今年はなんの活動も出来ないまま、11月には父との突然の別れがありました。12月26日、無事に四十九日法要を終える事ができ、ひとつの区切りがつ
引き続き、仲代達矢追悼特集でございます。今、連日、テレビで国会中継が放送されていて、衆参両院の与野党から、これからの日本の行方についてあらゆる分野から質問が出されております。かなりの温度差はあるものの、日本人が温故知新を学び続け、前に進むことを願っているわけでございますが、戦争と貧困、右だろうが左だろうが、行き過ぎるとポピュリズムになるということを忘れてはいけないということが大事なのででございます。いかんせん、本物の空母艦をおもちゃのように嬉しがる軽薄な防衛相はいかがなものか。仲
戦後80年の8月6日。わたしは東京生まれですが、わたしの祖父母は広島・呉の人なので、広島は大変身近に思って来ました。母や祖母も呉に疎開中に原爆を体験していますし、被害に遭った親戚もありました。子どもの頃から広島を度々訪れ、原爆のことには心を寄せて来ました。2011年からは母の遺した「大切な人」を歌で綴る朗読劇として上演し続けています。戦争や原爆を悲劇として描くのではなく、少女の母の目を通して見た、80年前の日本。上演する度に母の言葉が沁み入ります。戦後80年の今年、8月に
79回目の終戦の日。ずっと上演してきた「大切な人」の中でも、母が8月15日のことを書いています。幼い頃から軍国教育を受け、自分が生きて戦争が終わるなどと思っていなかったそうです。当たり前のように暗幕をかけ、灯火管制の中生きてきた日常から、玉音放送を聴き、これは戦争が終わったということか…と、その日の夜、窓の外をそっと見てみると、ポツンポツンと、人々が遠慮がちに灯した明かりが、とてもとても美しく、窓を開けると、風が吹き抜ける。久しぶりに人間の暮らしを思い出した気がした。と、言っています。
まだまだ先だと思っていましたが、東京公演まであと1か月となりました‼️今週、ピアノの黒川雄司さんとリハをしました。4年ぶりの「大切な人」改めて、母の遺した本を朗読し、言葉が刺さります。本当にいい本だと思いました。今、1人でも多くの方に観て頂きたい作品だなと改めて思いました。ぜひ、会場にいらしてください😊2024年6月16日(日)ねねぷろじぇくと第21回公演歌と朗読で綴る「大切な人」~私の家族が見た時代~原作:宮崎恭子「大切な人」講談社監修:宮崎総子脚本・演出:
1996年に65歳で死去した、演出家で女優、脚本家の宮崎恭子さんを、趣味の姓名判断で、占ってみました。宮崎さんには、功績を残す。地位や財産を得るが、結婚運や家庭運に注意。社交性があり、人気を得る。厄難、病難、家族縁に注意だが、発展する。といった暗示があります。引き続き宮崎恭子さんの本名、仲代恭子さんを、趣味の姓名判断で、占ってみました。仲代さんには、功績を残す。社交性があるが、家族縁や家庭運に注意。才能や知恵がある。現状維持を心掛ければ、安泰。といった暗示があります。常盤英文です。皆
2020年夏。大文字の送り火の日に上演した「大切な人」会場は大文字の大の字がお庭の先に見える素敵な京都の錦鱗館でしたが…残念のことに、この年は大文字の送り火もコロナで規模縮小となり、点々のみ…「大切な人」の中の、戦争が終わり、灯火管制で真っ暗だった街に点々と家の明かりが灯った情景を彷彿とさせるような、しみじみとした大文字も悪くはなかったですが…やっぱり、せっかくの日に、素敵なお庭からの大文字がお客様と見られなかったのは、非常に残念でした。また、感染対策で、お客様も通常
今年も、8月6日が訪れました。8月6日。広島に原子爆弾が投下された日。世界最初の核兵器。生まれも育ちも東京のわたしですが、祖父母が広島の人であったため、親戚が広島にいたこともあり、原爆資料館にも訪れ、小学生の頃から、原爆や放射能の被害に興味を持っていました。2011年、母・宮崎恭子が遺した「大切な人」を朗読劇として上演しました。「大切な人」は母の少女時代の物語ですが、母が広島の呉に疎開し、原爆を体験した事も描かれています。2011年に上演したときは、その年の3月に起きた原
『魔女夫婦の子ら-578』(2023年07月27日)で見た神崎愛は芸名で、俳優の仲代達矢が主宰する「無名塾」(1975年創立)の公募が始まる1977年以前にスカウトされ、命名されている。仲代達矢は、松本清張原作『砂の器』のテレビドラマ1977年版に、警視庁捜査一課巡査部長・今西栄太郎役で主演している。仲代達矢の妻であり演出家・女優・脚本家(隆巴・りゅうともえ)でもある宮崎恭子(やすこ)も劇団の事務員役で出演している。仲代達矢・無意識レベルのカルマ1932年12月13日(0歳)ー9(
今日は母・宮崎恭子の誕生日。わたしはこの日が大好きです亡くなってから27年も経ちましたが、その月日を感じさせないほど母との日々は色濃くわたしの中に残っており、芸術を愛した母の血は、わたしの中にいつも熱く流れていることを強く感じています。
自分のブログで満足しているのは少ないが、今や日本の重鎮の俳優・仲代達矢(現在89歳、写真左)の妻で、同じ故郷である呉市の出身の故・宮崎(仲代)恭子さん(1996年、65歳で没、写真右)のことを書いた宮崎恭子(仲代恭子)(2013年4月3日作)は好きな記事の一つだ。当時はYahoo!ブログだったが、2009年3月22日に初めて4年目。読者が大分増えてきたところだった。2年後の2015年には、今のAmebaブログのように、記事ごとのアクセス解析が出来るようになり、どの記事の閲覧が多いか分か
昨年、そして、その前の年の今日8月16日「大切な人」を公演しました。2011年から二木てるみさん、若村麻由美さん、山本太郎さん、益岡徹さん…たくさんの素敵な方がこの作品に関わってくださり、毎年公演して来ました。そして、行き着いた、ひとりバージョン。これだけ素晴らしい役者さん達と作ってきたこの作品を一人で読むなんて、ずっと無理と思っていましたが、母の遺したこの作品と、血のつながりのあるわたしが読むことは誰にも出来ないこと…その思いでひとりバージョンにチャレンジし、素晴らしい演奏を
今日は母・宮崎恭子の命日。早いもので、25年経ちました。そして、その母の意思を継ぎ、良い舞台を作りたいと実母と立ち上げた「ねねぷろじぇくと」は今年で10年になります。今は、2人の母は天国ですが、いつも、生きている時以上にサポートしてくれています。そして、今年はわたしの歌手デビュー30年でもあります。あの時も2人の母は応援してくれたなぁ。色々な節目が重なったこの年。母たちの思いも大切にしながら、わたしらしい何かを皆さまにお届け出来たら…と思っています。6月27日
田中美佐子さんのブログのご紹介です。娘さんが、高校を卒業されるので、今日は、最後のお弁当です。とても美味しそうなお弁当です。母親のお弁当作り、お疲れさまでした。娘さんが大学生になっても、お弁当を作る意欲が伝わってきます。東京ガスの素晴らしいCMを思いだします。瞳で演技ができる女優の田中美佐子さんに、夢中でした。彼女の振り返った時の瞳に、
皆さま、どんな年末をお過ごしですか?今年も残すところあと2日となりました。2020年は皆様に取って色々な思いで過ごされた年だったと思います。でも、わたしは決して2020年はひどい年だったとは思っていません。たくさんのことに気づかせてくれた、とてもありがたい1年でした。今年もらった大切なギフトを持って、来年は益々わたしらしく、歩んで行きたいと思います今年は公演は一回しかできませんでしたが、ずっとやろうと思わなかった動画配信と言うものにチャレンジできた年でもありました。「舞台は生のもの
75年前の今日、広島の呉で、洪水がありました。今なら大きなニュースになるような、沢山の方が亡くなる大洪水でしたが、終戦直後の事で本当に小さな報道しかされなかったそうです。戦争中、軍が松根油を使うため、木を乱伐したために起こった洪水だそうです。この洪水で赤ちゃんだった実母は流されました。奇跡的に助かりましたが、助かっていなかったらわたしと言う人間も今いないのでしょう。このエピソードは「大切な人」の中でも語っています。ただ今、動画無料配信中。鑑賞ご希望の方は下記のメールにお
大変、久しぶりの投稿となりました。皆さま、いかがお過ごしでしょうか?わたしは、とても元気に過ごしておりました色々な事があった2020年上半期、わたしなりに沢山の気づきもあり、より、豊かな気持ちで生きております。8月16日、大文字の送り火の日。送り火の見える素敵な会場、京都の錦鱗館で、2011年から上演を続けている「大切な人」を今年も上演する事が出来ました。ただ、会場から「今年はお客様20名で」という事で、ねねぷろじぇくと初の、動画配信をする事にしました。いい動画
朝は陽も射し、台風の影響もなく、「大切な人」無事にメイプルホールでのリハを終えました。久々のホールでの公演に、やることは山積みでしたが、ホールで、照明が入るとまた、違いますね。とても美しいです。写真も撮る間も無く、お見せできないのが残念ですが、当日のお楽しみで…。お問い合わせ頂いていた当日券に関してですが、5枚のみ出せることになりました。開演1時間前から、ホール入口にて、販売致します。先着順になりますので、無くなり次第終わりとなります。ご了承ください。また、ご予
「三角岩」はやがて、父との懐かしい、それでいて少々気恥ずかしい思い出になった。喜んで「三角岩」をねだっていた自分が子供心にも決まり悪くて、この話は、その後友達にも、夫にも話したことがない。しかし「三角岩」で滑稽なダメ親父を演じたにも関わらず、私にとって父のイメージは生涯尊厳に満ちていた。かなりの圧迫感と気むずかしさを持った、やや貴族的な誇り高い男。それでいてメロメロに情の濃い父親として私の心に、どっかと存在し続けたのである。とはいえ私が18歳で俳優学校に入ってからは、父と話をする機会もぐ
公演まで後2日となりました。今日は恭子と父のエピソードをお届けします。「大切な人」より山角岩のダメ親父幼い頃私は寝床に入って眠る前、両親によく「オハナシ」をせがんだ。私の一番のお気に入りの「オハナシ」は「三角岩」という実に他愛のない父の作り話だった。昔々あるところに三角岩という大きな岩なって悪い狐が住んでた。人を騙してあんまり悪いので、ある日お父さんが狐退治に出かけるが、逆に散々な目に合わされる。そこでヤスコという女の子が出かけてあの手この手を考えて、見事キツネをやつけて、みんな
昨日、このメンバーで、最終リハーサルを行いました。左からアイリッシュハープみつゆきさんチェロ山岸孝教さん、ピアノ黒川雄司さん昨年も同じメンバーで公演している作品ですし、先日もリハはしたので、「今日は、気になるとこを確認し、通してやってみましょう」ということで始めたリハでしたが、気になる部分の確認から、ここは、この曲でいいのか、このタイミングでいいのか、どうしたらより良くなるのか、皆であーだこーだアイディア出し合い、一ヶ所で2時間以上(笑)このままで、今日通しでき
今日は、長崎に原爆が投下された日です。そして、母の遺した「大切な人」の朗読劇の公演まで、あと1週間となりました。祖父母は広島の人、そして、母は宮崎恭子は長崎生まれ。「大切な人」の本の中にも、広島と長崎のエピソードは沢山出て来て、わたしにとってこの2つの場所は、知らない土地とは思えません。8月6日と9日の事、原爆資料館で感じた事、小さい頃から胸に刺さり、遠い過去の他人事とは思えませんでした。今日は、「大切な人」に出てくる祖父母と、母・恭子の分骨されている京都のお寺に、お墓
今日は8月6日。広島に原爆が落ちた日です。私の祖父母は広島な人なので、「大切な人」にも原爆の話は出てきます。沢山の親戚が原爆の被害にあったそうです。今日はその中から、朗読劇「大切な人」では語りきれなかった、原爆のお話をお届けします。「大切な人」の公演まで、あと10日。今年も平和を祈ります。原爆によって広島の親戚は皆それぞれに被害を受けた。一家全員が死亡した家、一人だけ生き残った家、子供が死んだ家。それぞれに長く悲しい物語がある。午前8時過ぎの広島では、工場に行く挺身隊の学生
8月16日、箕面市のメイプルホールで「大切な人」を公演するということで、初!箕面FMに出演させていただくことになりましたパーソナリティの植田洋子さんは、先日の「人生が楽しくなる朗読会」にも来てくださり、とってもステキな方だったので、とても楽しみ。「徹子の部屋」いえ、「洋子の部屋」で、じっくり生放送で1時間お話を聞いてくださるそうです。ネットで、全国、いえ、世界中から聴けるそうなので、お住まいが箕面市でない方も是非、聴いてくだい!メッセージも送れるみたいです!ぜひ、送ってくだ
今日は、「大切な人」のリハーサルでした。ピアノの黒川雄司さん、チェロの山岸孝教さん、アイリッシュハープのみつゆきさん。皆さんの演奏が素晴らし過ぎて、コンサートを聴いてるよう1年振りに集まったとは思えないほど、「明日本番でもいいんじゃないか?」ってくらいでした(笑)自分で言うのもなんですが、この公演は他にはない、本当に素晴らしい朗読劇だと思います彼らの演奏を聴くだけでも、すごいです!1人でも多くの方に聴いて頂きたいです!皆さん、演奏だけでなく、人間も最高の方々で、ねね
『大切な人』より。「心優しき息子」(続)私がシナリオ研究者の試験を受けた30歳の頃、日本映画は黄金時代。小林正樹、黒澤明、市川崑…。素晴らしい監督に恵まれて夫は俳優として幸運なスタートを切り、家庭の中にいながら私も大きな影響を受けていた。結婚を全うしようとすれば、女優業は全うできないだろう。どこか諦めていた私の仕事欲はシナリオなら結婚と両立するかもしれないという思いの中で、静かに膨らんでいたらしい。「検討用台本でもいいから、シナリオ書けるようになりたい。」思いは閃光のようにきらめいて
こえのブログ。「大切な人」の公演までの間、「大切な人」の原作から朗読をお届けしています。私の名前はミヤザキヤスコ。そのまま芸名に使って女優名は宮崎恭子。結婚したので戸籍上は仲代恭子。30歳になってシナリオを書くようになったとき夫の恥にならないよう、誰だか分からないようなペンネームをつけようと隆巴と命名。性別不明、国籍不明、読み方不明。さらにこの名前、種を明かせば父の隆蔵、母の巴から一文字ずつもらったもので、私にとっては独りよがりの秘かな想いがこもっている。父母の名前を付けて夫が演じるため