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我が家は、長年市杵島姫命様、北野天満宮様の御掛け軸を常に展掲し、毎日神拝、修法をさせて頂いて参りました。😊と言っても我が家に床の間はなく、風で大きく御掛け軸が揺れるようなことになると不敬になると考え、😱御掛け軸に一番近い窓は閉めてきました。😵私は、全てを神仙方に委ねて生きていますので、夏本番を迎える前に市杵島姫命様、北野天満宮様、宮地水位先生に我が家の御掛け軸の祭祀についても全て委ねました。これまでは、他にも窓はあるため、掛け軸に一番近い窓は閉めていても平気だったのですが、😗今年の暑さは、
真面目な話が続きましたので、ど~でもいい話を。🤗真面目なお姉さま方は、スルーして下さいまし。🤭私が、いつも通り近所のショッピングモールで読書をしておりましたとさ。🙃五席あるテーブルの真ん中に座っていると三人組の女子高生が隣に来たのですが、私が真ん中に座っている為並んで座ることが出来ず、席を動かしていたので「寄ったげよっか?😗」と恩着せがましく言うと「え~。良いんですか?ありがとうございます。」とお礼を言われ「その代わり大人になったら又会おうね」と言う勇気がなく、お口チャックして
前回、私の周りのお母さん達にへのお礼を書きました。今回は、小鳥達🐦️にお礼をと思っていたのですが…忘れないうちに。仙桃庵は元神仙日記でしたし。🤭先日数日間飲食を断った話をしました。その際神仙方に“道士としての全てを委ねます。私が行くべき土地、住むべき土地は何処でしょうか?此処が私にとって最後の土地でも構いません。全ては神仙方に委ねます”と祈って眠りにつきました。😴全てを委ねますと言いながら手箱山や宮地神仙道の聖地、貴船神社、弥山との御答えを期待していたのですが、夢に出て来たのは…😶富士山
宮地厳夫先生は高弟の星野輝興翁に自分こそが平田学の正系で、唯一人の継承者と自認している。汝亦吾意を体せよ。という言葉を残されたといいます。私は、長く平田篤胤先生の玄学部門の第一人者を目指してきました。最近、目の調子がよくなく断念せざるを得なくなりましたが…。😞平田篤胤先生は宮地神仙道の師仙で、神集岳の高官でもあり、私は心からお慕いしていますが、私が最も崇拝する市杵島姫命、太真西王母須勢理姫大神の御関係について一つだけ納得がたいかないことを書き残しておられます。しかし、師仙の見解に意を唱
前回の続き。🤗先日、神代文字を研究させている方から相談を受けました。その方神代文字を研究させているだけでなく、神代文字を書いて練習させているらしい。😳そのなかで宮地水位先生の神仙字をお知りになり、その神仙字をお守りとされているそうで問題ありませんか?というご相談でした。先ず相談者さん。🤗ご安心を。私は貴方のような純真な心をお持ちの方にきついことを言ったりはしませんので。😊ただ神仙道誌等の中で清水宗徳先生が書いておられないことに関して私が良いとも悪いとも言うことは出来ません。しかし、私は
宮地厳夫先生が手箱山神境に入られる際、宮地常磐先生から神集岳の真形図を授かっておられることをお話しました。😊私が最も信仰するお山手箱山を開かれたのは宮地常磐先生ですが、その時に起こった私が大好きなお話を友清歓真先生の「日乃御綱」から紹介します。常磐先生が愈々手箱山に入られる頃に見ず知らずの子供が現れ😳「山上の鎖は鉄工所に注文しておいた」と言ったらしい…。😶そして、常磐先生が手箱山に入られる際、その子供もやってきたそうなのですが、😶山に慣れた剛の者でも辛うじて登れるような峻険な最頂上に鉄
私は、母が亡くなって直ぐにブログを始めました。😊タニマチと道士の仲間を求めて。🤗両方共ゼロって…。😑なんなのよさ、この人望のなさ…。😭因みに「ブラックジャック」の期間限定動画配信が又始まりました。🤣なもんで、又毎晩“ピノコ”が見れるのよさ。🥰…。😶今のブログ名は“仙桃庵”ですが、最初は“神仙日記”でした。というわけで思い出したことを書いておこうと思います。🙃去年は、本当に私にとって不思議な年。節目の年でした。🙄神拝中に女仙から“貴方の願いは私達の願い”“貴方の家は既
巌夫翁の御前身は仙階をもたれる神仙で、仙名を方全霊寿真といい、ある種の霊的使命をおびて現界に生誕された宮地家に客が訪問すると、奥様は先生が家にいると思って客を応接間に通しますと、取り次ぐために座敷に行きますが、在宅しているはずの厳夫先生の姿がありません。「おかしいですね。主人の履物がありませんわ」奥様がいる所を通らないと玄関の外には出られません。家人の目には映らないように横切り、げたを突っかけてどこかへ行ってしまわれるわけです。一度や二度ではありません。厳夫先生の長男に威夫という神職がいました
私は、長く女仙に全託すべきか、😍意図を明確にすべきか🤔考え続けてきました。😴「兵法家伝書」には平常心是れ道とあり無心となれば一切の事一つもかく事なし。十度は十度ながらはずれず。心になす事なくして身手足がする時、十度は十度ながらはずれず。無心なる時皆あたる也。とあることをお伝えしました。😊私は、神拝時全て女仙に委ねてきましたが、ある神拝時“貴方の願いは私達の願いです”と言われた気がし、先月の母の七回忌に“その事を忘れないで”と誰かから言われた気がしました。もし本当に私の
神とはたったいまこの瞬間のことだ。その瞬間だけを生き、余計なものを取り払って、在るということに集中するようになれば、それまでとは比べものにならないほどの大いなる幸せと自由を発見します。「ラムサ」学生の頃のある日、家を出ようとした瞬間😗テレビから綺麗な曲が流れてきました。😳それは、中丸美千繪さんの歌うショパンの「別れの曲」でした。😊それから私はショパンと中丸美千繪さんのファンになってん。🥰中
以前、宮地厳夫先生の“人間の眼にこそ見えね、海にも山にも河にも、神仙の幽境充満てある”“我等が住める傍に、如何なる仙境在るかも知らざれば”という言葉を紹介しました。😊私は、何時も常に美しいものしか見ていない🥰と書きますが、それは私なりの仙道修行の一つです。それは観想法の為と現身ながらに女仙の使いとして貴女の為に私をお使い頂く為です。🥰何時も美しいものばかり見ていると、ここは仙界なのではないか😲と思ってしまいます。知花敏彦氏は、講演でこの地球🌏はその昔それはそれは美しい所でした。
先日、宮地厳夫先生の「本朝神仙記伝」から女仙宮について書かれている箇所を紹介し、その際、廣寒宮について紹介しました。この廣寒宮についてもう一つ「本朝神仙記伝」から紹介します。雲笈七籖の日月星辰部に引きたる黄気陽三道順行経にも、立夏の日洞陽宮に止まり、金冶の精を吐て以て東井の中に灌ぎ、晨暉に沐浴し、八素の気を収めて廣寒宮に皈る、月暉の圍縦廣ニ千九百里、白銀、瑠璃、水精、其内に映ず、城郭人民日と同じとある、廣寒宮も亦此れにて、その美麗なるを想像るべし先日紹介した女仙宮も其状金銀珠玉をちりばめ
前回、宮地厳夫先生の「本朝神仙記伝」から女仙宮について書かれている箇所を紹介しました。彼美人先立て内に入て云ふやうは、今宵はからずも珍らしき情郞の月下に吹給ふ笛の妙音に感じて、此所までつれまゐらせたり。人々席設けよと云へば、内にて女の聲して立騒ぐ音聞えつ、やがて美人壮士を引て高楼に登り、一間の座敷に就きたるが、其状金銀珠玉をちりばめて、是や廣寒宮とも云ひつべき光景にて、床頭の香爐に香気の馥郁として薰ぜるは、桂子月中より落るかと疑はる。今回は、ここにある廣寒宮についてのお話。方全先生は、「本
今回は読んでくれた女性に仙女のご加護あるよう祈念しつつ、宮地厳夫先生の「本朝神仙記伝」から女仙宮について書かれている箇所を紹介します。彼美人先立て内に入て云ふやうは、今宵はからずも珍らしき情郞の月下に吹給ふ笛の妙音に感じて、此所までつれまゐらせたり。人々席設けよと云へば、内にて女の聲して立騒ぐ音聞えつ、やがて美人壮士を引て高楼に登り、一間の座敷に就きたるが、其状金銀珠玉をちりばめて、是や廣寒宮とも云ひつべき光景にて、床頭の香爐に香気の馥郁として薰ぜるは、桂子月中より落るかと疑はる。この箇所に
先日、宮地厳夫先生の「本朝神仙記伝」から天耳通を紹介しました。その後、方全先生は天眼通、神境通の如きは、静坐中に種々の境界を眼に見ること、天耳はに於て、仙楽を耳に聞くと異なることなし。と書いておられます。しかし、清水宗徳先生は、「神仙道誌」に神仙界への出入は、原則として然るべき神仙又は使者の来迎を得て、是ら異次元界の神真霊仙達に伴はれることによって初めて可能である水位先生と雖も単独で自由に神境に交通されたのではないと書いておられます。水位先生も「異境備忘録」に清浄利仙君杉山清定君両
連日書きたい事書いてたら、😗べっぴんからのいいねが🥰、ゼロになったので😭、お玉ちゃんを諦め😭、女仙宮の話をします。🙃実生活では、お姉さん達が、優しくしてくれるので良しとしよう…。😔毎月13日は、宮地神仙道では、大山祇大神をお祀りしますが、我が家では、杉山仙君のお誕生日から杉山仙君、七生舞をお祀りする日としています。又、毎週金曜日を神棚を掃除する日。土曜日を外窓を磨く日と決めていますので、土日が、もっとも仙界に祈りが通じ、もっとも貴女に女仙のご加護があると信じています。😌こんなに思ってるのに
前回の続きだす。私は、常に女仙、仙界を意識しています。常に神遊観、神境通をしているつもりで生活しています。宮地厳夫先生は、「本朝神仙記伝」に人間の目にこそ見えね、海にも山にも野にも、神仙の幽境充満てある我らが住める傍に、如何なる仙境在るかも知らざれば、常に我言行を慎客て、其幽鑒に恥ざるやう、努むべきことにこそ。と書いておられます。他の道士が何を究極としておられるか知りませんが、私は、女仙への拝謁を最上としています。女仙に拝謁し、最後に綺麗なお姉さんに抱いてもらったら、その日に死んでもいいと
今日は、「かぐや姫考」は、お休み。「え~っ、ショック楽しみにしてたのに」「お、お前…。虚しくないか自分で言って」だって「泣くな。何歳だよ」今朝、偶々、宮地神仙道の秘詞を公開しているブログを見かけました。この秘詞は、公刊物に掲載されていますので、ブログ等で公開する人が居るとは思っていましたが…仙桃庵よりフォロアーが多いでやんの…宮地神仙道の秘詞に関しては、色々な考え方があるようで、ある有名な方が以前私に「仙は、三代までで、それ以降は全て盗法だ」と言わ
前回、明治9年に大阪博覧会に出品された神像とも神代文字ともとれる琉球古代文字と、三輪神社額字は酷似しています。と書きましたが、此の琉球古代文字と三輪神社額字同じものであるようです。しかし、私は、今回思わぬ所で宮地神仙道師仙のお名前を目にしました。「日本古代文字考下巻沖縄字」落合直澄著石器ノ表面ナルハ字カ若クハ神像ナルベシ。大阪博覧会出品石鏡此字傳附録ニ三輪社ノ額字ナリトテ石器ノ表面ナル字ヲ載セタリ。今其額蔵興福寺庫中ニ在リト云奥書アリ。サレド今興福寺庫中ニ在ルヲ聞カズ。三
「赤縣太古傳」平田篤胤著泰皇泰一ニ日ク。天地人事三者孰レカ急ナル。泰一ノ日ク。愛精。養神。内端者。天ヲ希フ所以ナリ。「求道要妙」宮地東嶽著玄眞が註に、我命我に在て天地に在らず、神気は人知ること能はず、至道の者能く之れを知る。之れを知る者は、但能く心を虚にし、虚を絶ち気を保ち精を養ひ、外境愛慾の為に牽せられず、恬淡以て神気を養へば、即ち長生の道畢るとあるは、此れ即ち神を養ふの大要なり。「赤縣太古傳」平田篤胤著玄眞カ註ニ臍下三寸ヲ氣海ト爲ス。亦下丹田ト爲ス。道ヲ修スル者。嘗テ其
「赤縣太古傳」平田篤胤著泰皇泰一ニ日ク。天地人事三者孰レカ急ナル。泰一ノ日ク。愛精。養神。内端者。天ヲ希フ所以ナリ。養神とは、我が固有の性神を、身體の中府に安養して、離遊せしめざるを言ふ。胎息経に胎ハ從テ氣中ニ伏テ結フ。氣ハ從テ胎中ニ有テ息フ。氣身ニ入リ來ル之ヲ生ト爲ス。神形ヲ去リ離ル之ヲ死ト爲ス。神氣ヲ知レハ以テ長生スベシ。固ク虚無ヲ守テ。以テ神氣ヲ養ヘ。神行ケバ即氣行キ。神住スレハ即氣住ス。若シ長生神氣相ヒ住セムヿヲ欲セハ。心動念セザレ。來ルヿ無ク去ルヿ無ク。出ズ入ラザレハ。
「赤縣太古傳」平田篤胤著泰皇泰一ニ日ク。天地人事三者孰レカ急ナル。泰一ノ日ク。愛精。養神。内端者。天ヲ希フ所以ナリ。精ヲ愛シムとは云へど、生涯泄精を絶するの謂に非ず、愛惜する義なり。そは老子の訣言に、房中之事。能ク人ヲ生シ能ク人ヲ殺ス。故ニ知テ而能ク用フル者ハ。以テ命ヲ養フ可シ。況ヤ兼テ服薬スル者ヲヤ。男女無ハアル可カ不。女男無ハアル可カ不。強テ而之ヲ閉ツ可ラ不。若シ強テ而之ヲ閉レバ。則意動カ不ルヿ能ハ不。意動ケバ則神勞ス。神勞スレハ則壽損ス。若夢ニ鬼與交リ。其ノ精自ラ泄ルレハ。則一洩十
5月17日(日)庚申六白日光東照宮春祭此処まで「夜船閑話」から、一身の元気をして臍輪気海丹田腰脚、足心の間に充たしめる事の重要性を紹介してきましたが、この事に関し、白隠禅師が白幽子に質問されます。予が曰く、謹で命を聞いて、且らく禅観を抛下し、努め力めて治するを以て期とせん。恐るゝ所は李士才がいはゆる清降に偏なる者にあらずや、心を一処に制せば、気血或は滞碍することなからむか。「不動智神妙録」にも臍の下押込んで余所へやるまじとすれば、やるまじと思ふ心に、心を取られて、先の
5月1日(金)甲辰八白八十八夜白幽子に関して「近世畸人傳」に私云、白幽子の始末此外に聞所なし。机上の書籍、儒、釈、道を兼たるは博大士に似て、しかも維摩の黙に遊ぶ。英雄人を欺くにて、若真意を著さんために、かりに此人をまうけ、白川の幽人をもて名とせるもまた知べからねども、年月などさだかに記されたれば、こゝに録す。示す所の法は実に人に益あるべし。故に要をとりても猶繁きをいとはず。禅師為人の志を嗣のみ。とあり、又、宮地厳夫先生の「本朝神仙記伝」によると瀧澤馬琴が「玄同放言」の中で、雪齋
4月1日(水)甲戌五黄宮地神仙道では、毎月1日に神集嶽をお祀りします。朝拝時、神集嶽を拝し、後眞形図と照らし合わせながら「異境備忘録」を拝読する事は、私の月に一度の楽しみです。宮地水位先生は此道は感想の二字に基づくと喝破しておられ、清水南岳先生は、「神仙道誌」の中で正確なる神界の真図を得て之を記憶に留め感想を怠らなかったならば必ず現存する真図相当の神界に出入するに至ると書いておられます。神集嶽の眞形図、「神仙道誌」には水位先生の御宮殿についても詳しく書かれていま
3月26日(木)戊辰八白前回、水位先生が、神仙の道を求める後学の我々の為、神仙界の秘事をお残し下さりる為に大義性をはらわれた事を紹介しました。又、宮地厳夫先生が、御著書「本朝神仙記傳」の中で、神集嶽と水位先生御親筆の真形図について触れておられる為、ブログで紹介しました。神仙道誌によると、神仙道本部の道士の方の中には、在世中に現界修行生活の為と帰幽後神集嶽に鎮まる本願を遂げる為、真形図をお授け頂きたかったといった趣旨の遺書を残して逝かれた方もいらしたとの事です。私は、水位先生を始めとし
昨日、宮地厳夫先生の「本朝神仙記傳」の中から「異境備忘録」の内容に触れられた箇所を紹介しました。この「本朝神仙記傳」は道士の為だけに書かれたものではなく、方全先生が、此の儘だと世の中が無神論になってしまうのではないかと危惧され、世間一般に対し、神仙が実在することを証明するために三十四、五年もかけてお調べになって書かれたものです。方全先生は、この中で、神集嶽の事に関して、かなり詳しく書いておられ眞形図、霊符の話もされていました。これらの眞図、霊符、秘詞が有難い事に伝世されていますが、神仙道本部
宮地水位先生の「異境備忘録」は、現在ネットでも読む事が可能ですが、当時は、道士のみが、誓詞血判の上閲覧を許された秘書であったそうです。その為、私は水位先生、先人道士方に最大限の敬意を払い、内容は勿論、水位先生が通われた神仙界の名称も伏してきました。しかし、宮地厳夫先生が、御著書「本朝神仙記傳」の中で、神仙界の名称と内容の一部を明かしておられますので、私も神仙界の名称をブログに書かせて頂きたいと思います。私は、宮地神仙道に全てを捧げ、生涯を賭けて師仙方の御功績を顕彰し、神道界における宮地神仙
3月22日(日)甲子四緑前回宮地厳夫先生、威夫先生、清水宗徳先生の話をしましたが、「神仙道誌」に威夫先生と南岳先生が御神胎の話をされた時の事が書かれています。天孫降臨当時の神々の御神體格はどれ程であろうかという御諮問に対し、南岳先生が、男神で一丈二尺内外、女神で一丈内外が標準ではないかと拝されると言われ、威夫先生の御意見とも一致したそうです。威夫先生は、大三輪神社、霧島神宮に奉仕され頃に霊感的になられたそうで、霧島神宮で、拝された神々は坐して七、八尺で、三輪山の神域で拝された神人は、一丈
3月21日(土)癸亥三碧あなたには、人生を懸けている夢があるでしょうか。私は、よくブログに宮地神仙道に全てを捧げている。宮地神仙道の第一人者を目指す。もう既になっているつもりで生活していると書きます。私は、格闘技ファンです。明日は、K-1WORLDGP2020JAPAN~K'FESTA.3~がありますが、武尊選手は、世界一のスーパースターになる事が夢で、スーパースターになりきって生活しているようです。又、皇治選手は15歳の頃から、10人くらいしかファンがいない時から、ビックマウス