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夏休みのため、1泊2日の親子交流です。記録として残しておきます。7月に長男が「遊園地に行きたい」と希望したため、あれこれ調べて、今回は「みろくの里」に行くことにしました。長男は、将来ユンボを購入するらしい。遊園地では、大道芸も見ることができました。大道芸人という仕事があることを、子供たちは初めて知ったようです。長男は、海賊船の「スーパーバイキング」に3回も乗りました。子供たちは、ゴーカートが一番楽しかったようです。帰る頃には、「9月もみろくの里に来たい」と話してくれました。翌日
私は、父親として味わえるはずだった子育ての喜びの多くを経験できませんでした。当時の私には、そのように感じられていました。私は、息子と同じ部屋で寝たことがありません。妻が息子と一緒に寝ており、私が一緒に寝る機会はありませんでした。私は、息子と一緒にお風呂に入ったこともほとんどありませんでした。何度も「一緒にお風呂に入りたい」と伝えましたが、その願いが受け入れられることはありませんでした。子どもの成長過程の中で、一緒にお風呂へ入れる時間は、本当に限られています。だからこそ、その時間
私は息子の子育てにもっと関わりたいと思っていました。一緒にお風呂に入りたかった。休日には一緒に出かけたかった。学校行事にも参加したかった。習い事についても話し合いたかった。息子の成長を、父親として一緒に喜びたかった。でも現実には、私の思いが実現することは多くありませんでした。私が何か提案しても、受け入れてもらえないことが少なくありませんでした。学校の行事を知らないまま過ぎてしまうこともありました。習い事も、私の意見が反映されることはほとんどありませんでした。
第2回調停が終わってから、心の中にモヤモヤしたものが消えなかった。調停で話を聞いていると、どこか「親権は母親にあることが前提」で話が進んでいるように感じてしまっていた。もちろん、それが実際にそうだったのかは分からない。でも当時の私は、「このまま息子を失ってしまうのではないか」という恐怖でいっぱいだった。もう一度、弁護士のS先生に自分の思いをしっかり伝えよう。そう心に決めていた。もう一つ、自分自身を苦しめていたものがあった。妻に対する強い憎しみだった。あまりにも苦しくて
月に一度の面会交流で、次男から聞いた言葉に落胆しました。忘れないよう、ここに記録しておきます。次男は、父親である私に手紙を書こうとしたそうです。しかし、その時に元妻から、「ひいばあちゃんに書いたら」と言われ、私に手紙を書くことができなかったと話してくれました。私は、この話を聞いて非常に残念な気持ちになりました。離婚調停でも、子供たちとの交流が交渉材料のように扱われ、「言うことを聞かなければ子供たちに会えない」と感じる場面が多くありました。そのような経験があったからこそ、今回の出来
調停2回目は、婚費について。調停のゴール(着地点)は、成立・不成立のどちらか。不成立の場合は、「審判」がおります。調停における審判とは、当事者同士の話し合いで合意がまとまらないときに、裁判官が強制的に結論を下す手続きのことです。私は妻から婚費を請求されていますが、これがまとまりませんでした。不成立です。不成立になりましたので、審判がおります。裁判所の審判は「夫は妻に月額7万円を支払いなさい」ということでした。そんなアホな。私の同意も得ず、一方的に子
第2回目の調停は、2022年4月19日に決まった。2026年7月の今、当時書き残していた手記を読み返している。ページをめくるたびに、あの頃の感情が鮮明によみがえる。息子に会えない苦しみ。話し合いができないもどかしさ。そして、自分では抱えきれないほどの恨みと憎しみ。今の私は、当時より少し冷静に振り返ることができる。それでも、この手記には、当時の私が本気で感じていたことが、そのまま記されている。(以下、2022年4月、調停前に書き残した手記)私が最も納得できなかったのは、私への
2022年4月の当時の日記より4月4日(月)S弁護士と打ち合わせ。もうこの先、息子と一緒に暮らすことはないんだと思うと胸に穴があいたようだ。4月6日(水)もう死んじゃってもいいかな。4月7日(木)朝起きると腰痛。普通にあるけないレベル。まずい。なんのために生きているんだろう。なぜこんな思いをさせられるのだろう。私の死が、妻への抗議になるだろうか。このころはそんなことを考えていたと思います。
2022年3月某日初回調停が終わって数日後、役所から手紙が届いた。「児童手当・特例給付受給事由消滅通知書」という文書。息子の児童手当の受給事由が消滅したことの通知。消滅の理由は「監護なし」勝手に息子を連れ去られて、僕の知らないところで勝手に行政の手続きが進んでいる。まだ調停で何も解決していないのに。とやるせない気持ちになる。ある日突然、何の同意もなく息子と引き離されて、一緒に暮らしていない事実だけが一日一日重なっていく。
夏休みのため、今回は1泊2日での親子交流でした。6月の親子交流で子供たちと約束した「大きなプール」に行くため、県内をあちこち探し、長い滑り台と流水プールのある施設を選びました。事前に、マリンシューズやラッシュガード、ワニの浮き輪、ジンベイザメの浮き輪などを準備しました。元妻の実家に子供たちを迎えに行き、約1時間かけてプールに到着しました。流水プールでしばらく遊んだ後、楽しみにしていた長い滑り台へ向かいました。ところが、次男の身長は利用条件まであと2cm足りず、滑ることができませんでした
ハーフは増える。外国人(特に白人)との子どもが欲しいと国際結婚した上で、実子誘拐で日本に逃げ帰って来る女性をとめる事は出来ない。宇多田ヒカルだって、イタリア系のバーテンダーと作った子どもひっさらってシングルマザーしてるし、好きこのんでシングルマザーしてる人の気がしれん。そう言えばスティーヴン・セガールも(コレは男側が逃げたって話だが)シングルマザーのもとでのハーフの娘がいて一時期タレントしてたな。ソレらは、出稼ぎ目的で入って来た外国人とも違うし、そいつらに連れられて入って来た大きい
結婚する前は、釣りクラブに入っていて、船釣りを教わっていました。結婚後はクラブを退会しましたが、今でも毎年1回ほど声をかけていただき、イサキ釣りやアジ釣り、青物釣りに参加しています。今回は、約1年ぶりのイサキ狙い釣行でした。釣果は、イサキ約30匹とウマヅラハギ1匹。たくさん釣れたため、8:20には能竿でした。たくさんのイサキを持ち帰ることができました。今月の親子交流で、子供たちと一緒に食べられるよう、イサキは丁寧にさばき、塩焼き用と、干物にして冷凍しました。また、子供たちが「大
このブログはある日息子を連れ去られた2022年の出来事を、2026年の今書いています。これから書くのは2026年現在、今思っていること。「嫌われたくない」という思いは、ときに反作用のように相手との距離を空けてしまうものかもしれません。あるがままの自分で愛されること。それは理想のようですが、世の理は諸行無常。人の気持ちも移ろいゆくものです。だから恋人たちは愛の中に永遠を探します。永遠に変わらない愛など存在するのでしょうか。シンプルに
妻と妻の弁護士、私と私の弁護士が交互に調停室に入り意見を述べる。それが2~3往復。初回調停は90分ほどで終わった。息子を連れ去られて、すでに60日以上が過ぎていた。私はその間、息子は妻から毒を与えられていると思っていた。少々過激な表現かもしれないが、当時は本当にそう思っていた。人間のカラダが食べたものでできているのであれば、人間のココロは聞いた言葉でできていると思っているからだ。おそらく息子は、妻から様々な私に関する言葉を浴びているであろうことは容
調停は当事者同士(私と妻)が直接顔を合わせることのないようになっている。調停室に妻側(妻と妻の弁護士)と私側(私と私の弁護士)が交互に入退室をする。当然控室も別々。妻側の離婚理由をこの日はじめて聞いた。彼女の気持ちなので、ここでは具体的な言及を控えるが、同席していた私の弁護士が失笑するくらい「そんなこと理由にならない」ものであった。彼女の本意は今もわからないが、とにかく難癖をつけて私と離婚したかったのだろう。そして、私がこの日とても驚き落胆したことは、妻が私に断りなく
息子を連れ去られて約2カ月。ようやく調停が始まった。妻が息子を連れて突然出て行って、理由もわからずひとりぼっちにされた2カ月だった。私はこのとき、自分がどうしたいのかがまだわかっていなかった。妻との関係を修復したいのか息子と一緒に暮らしたいのか3人にとっての最善最高はなんだろう。調停に臨む前はとにかく妻の気持ちと理由が知りたかった。裁判所に到着した。自分の人生で裁判所に当事者として訪れることがあるとは思ってもなかった。そうそう、「調停」と「
月に2〜3回、子供たちが小学校から下校する時間に合わせて、その姿を見に行っています。不審者と思われないよう、車は少し離れた場所に停め、目立たないように見守っています。長男は、父親だと周りに気付かれないよう、いつもこっそりと手を挙げてくれたり、こちらをちらっと見てくれたりします。1年生の次男は、そんなことは気にせず、大きく手を振ってくれます。今日も、子供たちは元気に歩いていました。ほんの数秒、お互いに手を振り合い、「元気だよ」「見てるよ」という気持ちを通わせることができました。
私が痛感したのは、日本では、子供の意思に反して実子誘拐・親子断絶を実行した側が、結果として有利な立場になってしまうケースが多いという現実です。子供と継続して会うためには、実子誘拐犯と高葛藤にならないよう、被害者の父親側が理不尽なことにも耐え、下手に出続けなければならない――私は、そのような構図を経験しました。面会交流調停では、私は一貫して「子供の意思を尊重してほしい」と訴えました。しかし、元妻からは「子供の意思ばかり言ってくるな」と反論されました。日本では、たとえ子供自身が「父親に会いたい
月に1回の短い面会交流です。私は、「面会交流」という言葉に違和感があります。犯罪者でもない父親が、なぜ子供と「面会」なのでしょうか。私は、「親子交流」と呼ぶ方がふさわしいと思っています。もっとも、法律上「面会交流」という言葉が使われているため、現実にはその名称に従うしかありませんが。私は、元妻に子供たちを先に連れ去られ、親権を奪い取られた父親です。それでも、子供たちの父親であることには変わりません。5月の親子交流では、「6月は釣りに行こう」と子供たちと約束していました。島へ船で渡
2022年2月10日S弁護士から電話があり、調停が3月1日に決まった。決まったけど約3週間後。いよいよだけどまだ先。息子と離れて生きる1日1日は重たい。妻への憎しみ苛立ちに毎日さいなまれる。調停、どうなるんだろう。私は、どうしたいんだろう。
近所のドラッグストアに買い物へ行った時のことです。5歳くらいの子供を連れた母親が、子供に向かって発した言葉に、私は思わずハッとしました。買い物を終えた子供が、商品を袋に詰める台の上に乗ろうとしていました。すると母親は、「いらんことするな。ADHDか!」と、強い口調で子供に言いました。子供は何も言わず、そのまま店の外へ出て行きました。その光景を見て、私は元妻のことを思い出してしまいました。元妻は、自分の思い通りにならないことがあると、すぐにイライラして激昂する特徴があります。長男が1
夜の睡眠が細切れ。細切れの中、見た夢は台所に立つ妻の姿。「いつからの計画なの?」と問う。洗面所の鏡は何も映さない黒い板に。夜の訪問者、インターホンを鳴らされるも姿が見えない。おかしな夢ばかり見る。また別の日には、妻に次の男がいてそいつと暮らしている。私は息子を私に残してくれと懇願していた。出かけたいのに靴がなかなかはけない。起きている時間も寝ている時間も悪夢ばかり見る。このブログは4年前の出来事を2026年の今執筆している。過去の記録
参観日に出席することができました。元妻は、すべてが思い通りになり、非常に機嫌が良いのだろう。長男と次男の授業を半分ずつ見ました。子供たちが学校でどのように過ごしているのか、その様子を見守りました。次男は授業中にもかかわらず、何度も私に手を振ってくれました。とても嬉しそうな様子で、その姿を見るだけで私も嬉しくなりました。↓長男の絵参観日が終わった後は、子供たちと一緒に歩いて帰りました。子供たちが小学校でどのように過ごしているのか、その一端を見ることができたのは嬉しいことでした。
2022年1月24日今朝、夢を見た。息子が今住んでいるアパート(もちろん夢なので想像)を訪ねる。もう少しで会えるのにその先に進めない。ドアは開いているのにそこにたどり着けない、というところで目が覚めた。調停が始まるまでなにもできないのでしょうか。日一日、息子の愛着が私から離れていきます。日一日、私が不利になっている気がします。日一日、息子が汚染されている気がします。妻はまっとうなやり方ではないのに、なぜ守られるのでしょうか。なぜこちらばかりが悲
離婚問題が始まってから、毎日が重かった。仕事には行く。お客様とも会う。やるべきことはやっている。しかし最低限のことしかできない。心がついてこない。1月20日の朝、私は腰痛で目を覚ました。心だけでなく身体まで悲鳴を上げ始めていた。仕事のモチベーションも上がらず、早めに会社を切り上げて帰宅した。家に帰って片付けをしながら考える。なぜこんなことになったのだろう。なぜ息子に会えないのだろう。なぜ私ばかりが苦しまなければならないのだろう。そんなことばかり考えていた。その
妻と息子が家を出てから、ちょうど3週間が経った。この頃の私は焦っていた。時間が経てば経つほど状況が悪くなっている気がしていたからだ。息子は今何を聞かされているのだろう。私のことをどう思っているのだろう。会えない時間が長くなるほど、父と子の距離が離れていくような恐怖があった。いてもたってもいられなくなり、私は厄払いの寺社へ向かった。神様にお願いしたことはひとつだった。「私と妻と息子についている悪いものを落としてください」今思えば、離婚問題そのものをどうこうしてほしいという
妻が息子を連れ去って3週間が過ぎようとしていた。休日だったので、外に出てウォーキング。歩きながら湧き出る思いをただ湧き出るままに。息子は今どうしているだろう。元気にしているのだろうか。何を思っているのだろうか。歩いても歩いても気持ちは晴れなかった。当時の私は、なぜ妻がこんな行動を取ったのか理解できなかった。話し合いもなく、突然息子を連れて出ていく。それまで積み上げてきた家族の時間や関係性を断ち切るような行動に思えた。極端な話だが、「何かに取り憑
2022年1月14日朝起きられなくなった。朝が怖い。無くしたもの、帰らない日常を思い知らされる。私は幸い近くに親がいて妹がいる。いてくれてよかった。ひとりならきっと耐えられない。何度も命の選択が脳裏をよぎる。妻と話ができれば。責めてないけど、理由が知りたい。こんなやり方をしてまで妻が望んでいることはいったいなんなのだろう。わからない。納得がしたい。息子の幸せを考える。いろんな選択肢があるがなにが最良最善なんだろう。
小学生は冬休みが終わり、三学期が始まる。小6の息子にとっては卒業までの最後の日々。冬休みに連れ去られた息子はいままで通ってた小学校に通うのだろうか?私はS弁護士から「様子を見に行かない方がいい」とアドバイスを受けていた。なぜ?と思ったが、「相手が会いにこないでと言っているのに、会いに行くことは相手方の嫌がることをするということ。調停で不利になる」とのことだった。もちろん、会いに行っても法的には問題ない。私としては妻側の勝手な振る舞いに今は何もできないのかと苛立ちを覚える。
予約をしてたS弁護士の事務所を訪ねる。これまで弁護士という職種の方との接点がなかったので、どう判断していいのかが分かりかねるというのが正直なところ。そもそも、精神状態が普通じゃないからね。弁護士に相談する状況状態がすでに日常とはかけ離れている。私は一度の面談でS弁護士に依頼することを決めました。良い悪いは今となってはわからないが、おススメとしては最低3人の弁護士に相談・面談して決めるのがいいと思う。結局大事なことは、能力ではなく、どれだけこちらの立場に寄り添ってくれるか