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手に持っているのは、シャムロック。クローバー。聖パトリックと蛇聖パトリックアイルランドの聖パトリックデーアイルランドは、旧教徒。グレートブリテンと対立。新教徒、国教会と対立。ルターの宗教改革とか。あるが。アイルランドのキリスト教伝播以前の宗教のドルイド教とキリスト教とを、聖パトリックは、融合させましました。アイルランドの画像とアイルランドエリンの地を歩く「ケルト」紀行武部好伸転載管理人
みなさんこんにちは😃本日2月3日はフェリックス・メンデルスゾーンの誕生日です。今年で生誕217年になります。そんな本日ご紹介していくのは、イザベル・ファウスト、パブロ・エラス=カサド&フライブルク・バロック・オーケストラによるメンデルスゾーンヴァイオリン協奏曲ホ短調、「フィンガルの洞窟」序曲、交響曲第5番「宗教革命」です。ちょうどメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲が聴きたくなっていたので、タイミングとしても良いと考えて今回取り上げていきます。メンデルスゾーン作曲:「イザベル・ファウスト(
こんばんは。昨日の日曜日、家から45分ぐらいの所にあるまだ未訪問だった修道院に行ってみました。週末は16時まで開いているとネットに出てましたので、間に合うように出かけました。修道院の壁が見えました。壁の外に車を置いて壁の中に入りましょう。アーデルベルク修道院敷地内は6ヘクタール、壁の周囲は1100m見えました。中が美しいと言われています。Ulrichskapelle、ウルリッヒチャペル辺りが静かする気が、、、、嫌な予感的中
世界の平和世界が目指す平和とは何だろう。ふと、思った問いから、その代表的なものが「国連憲章」であること。国連憲章が掲げているものの一つに「基本的人権」があること。基本的人権を育む上で大事になるものが「子どもの権利条約」であると、つながっていきました。基本的人権とは、人間どうしお互いを尊重しあうことです。その結果として、人はともに成長していきます。人間は、子どもから大人になっていくので、その基本的人権を育む土台となっていくものが「子どもの権利」ではな
カンタータを歌う会(U会)の次回のお題は「EinFesteBurgistunserGott」(われらの神は堅き砦)BWV80。ライプチヒで宗教改革記念日である10月31日に演奏されたカンタータである。概ねライプチヒにおけるバッハのカンタータは教会の日曜日の行事に合わせて作られ演奏されてきたが、ときどき特別な記念日用の曲がスポット的に入る。例えば、昨年の8月にU会で歌ったBWV130は、聖ミカエル祭(日曜日以外の休日)のために作曲された曲であった。BWV80は、そうした特別記念日のための
バチカンの大聖堂は免罪符大航海時代。暴利を貪った商人、秤のメモリをごまかした商人や、シェイクスピアのベニスの商人如くには、天国の門は開かぬといって免罪符を発行した法王レオ10世も、メディチ家出身の大商人。免罪符がルター・カルヴィン・ツヴィングリーの宗教改革を招き、カルヴィンの思想が資本主義の基礎をなしたが、あれから500年余。バチ漢を満載の地球丸は、未だに免罪符という新大陸を求めて彷徨うのだろうか。
異端審問中世のカトリック教会による異端取り締まりの審問。16世紀の宗教改革期には宗教裁判所が反カトリック教会に対する厳しい弾圧を行った。https://www.y-history.net/appendix/wh0603_1-117.html詩篇39-43ミカ様詳しく拝見したら5つの詩篇が在りました。凄い。内容も深いと思います。対話は臨場感があっていいですね。素晴らしい。いかがでしょうか。2025.8.26.8:48完成。______________________
最近読んで、とても面白かった本です。ヨーロッパ文化はヘレニズム、ヘブライズム、ゲルマニズムを三つの柱としています。世界史の勉強を思い出します。ギリシャ、ローマ帝国にキリスト教が流れていく。ゲルマン諸民族を中心に広がる。ルネサンス、宗教改革により広がっていく。ヨーロッパの魅力を確認します。ありがとうございます。
【昨年5月のブログを再掲載します。解散裁判とか、韓鶴子オモニの逮捕・起訴など、家庭連合は大きな嵐に直面しているように、内部の信者さんたちも、外部の方たちもみておられるだろうと思います。しかし、一人の現役信者であり、アメリカの統一神学校も卒業して、真理をこよなく愛し、永遠に神様の真理を死守したいという情熱を感じながら生きている者としては、真理の崩壊真理でない偽りが真理を押しのけて、正しいものとして教えられているそのことが、家庭連合の一番深刻な問題と感じているの
⸻1.地理と多様性が生んだ歴史構造🗺️ドイツの歴史を理解する出発点は、その地理的条件にある。中央ヨーロッパに位置するドイツ地域は、古代から交易路と軍事進路が交差する空間であり、外部勢力の通過点であると同時に、内部が分裂しやすい条件を備えていた。ライン川、ドナウ川、エルベ川といった水系は経済発展を促した一方、山脈や森は政治的統合を困難にした。この結果、ドイツ史は「一体化よりも分散」を基本構造として進行する。ここで重要なのが「多中心性(権力や文化の中心が一つに収束しない構造)」とい
ドイツの教会へ行って思うのはあれ?ここ、カトリック教会?それともプロテスタント教会?どっちだろう?(元ルター派教会、現在は記念館となった聖ニコライ教会)私は6年間、プレスビテリアンの元ミッション・スクールへ通った講堂=礼拝の場所に華美な装飾はなく通った教会も質素な物ばかりドイツの教会はゴシック、ネオ・ゴシック時にはルネッサンス様式だったり私が知っているプロテスタント教会にしては豪華すぎるのだ世界史で皆が習ったルターの宗教改革ドイツ出身の
11月から投稿があいてしまいました💦ごめんなさいルーテル松山教会12月14日は、待降節(アドベント)第3主日の礼拝でしたいよいよ来週はクリスマス12/21(日)10:45〜クリスマス礼拝礼拝のあと祝会、お食事&ケーキでお祝いごちそうがあるそうですおたのしみに12/24(水)19:00〜降誕祭キャンドル礼拝礼拝後、フィンランドパンケーキ食べましょうこちらは12月6日(土)に開催したみんなの食堂のようすですpannukakkuという、フィンランドパンケーキを作りました
台北観光で最後の最後に訪れた行天宮では宗教改革が行われ、お線香お賽銭お供物が無くなったそうです人々は何もお供えする事なくお願い事をお伝えしますそして一生守って下さるというしっかりとしたカードの様な物まで頂きました本来、宗教ってそういうものではないかと考えさせられる出来事でした人々の家庭を破壊するまで寄付を募るのは違うんじゃないの?と思いを至らせる宗教改革を行った台北の行天宮なのでありました住所氏名年齢をお伝えして家族孫達王子をお守りくださいとお願い事を致しまし
廃仏毀釈は明治政府の神仏分離令に発する「仏教の弾圧」と言っても良い宗教改革であった明治政府がキリスト教に対抗するためなのか詳らかではないが、神道を国教として推進する為、聖徳太子以来の神仏習合を改めた。神仏分離令を発したわけだが、これまで冷遇されてた!?神道サイドが過激に反応し仏像を破壊したり燃やしたり仏教それ自体を迫害したり後日、政府が過激な行動を抑制するよう指導したが中々収まらなかったそうな江戸時代の仏教の特権の廃止、虐げられてきた神職の復権、寺院自体の破壊や僧侶の還俗化などが進行した。
マルティン・ルターさんマルティン・ルター(MartinLuther)1483年11月10日生まれ、1546年2月18日、62歳没。ドイツのザクセン地方の小村アイスレーベン生まれの神学者、教授、聖職者、作曲家、宗教改革指導者。聖アウグスチノ修道会に属する。1517年、『95ヶ条の論題』をヴィッテンベルクの教会に掲出したことを発端に、ローマ・カトリック教会から分離し、プロテスタントが誕生した宗教改革の中心人物である。宗教改革三大文書付「九五箇条の提題」(講談社学術
たましいを注ぎだして祈り始める(マルチン・ルター)かつて一人の敵がルターのいのちを狙い、宿に忍び込んだことがありました。次の日、その男はボスのもとへすごすご帰り、ルターがほとんど一晩中祈り続けていたこと、更にそのような祈りの人をどうしても殺すことが出来なかったと伝えたといわれます。ある日、ルターはメランヒトン(注:ウッテンベルグ大学教授で、ルターの宗教改革をともに助け戦った神学者)が危篤であることを知らされ、大急ぎで彼のもとへ走り、すでに昏睡状
昨日10月31日は「宗教改革記念日」でした。1517年の同日、マルティン・ルターがヴィッテンベルグ城教会の門扉に『95か条の提題』を貼り出し、免罪符販売問題などでローマ教皇庁に対して問題提起を行ったのが「ルターによる宗教改革」の始まりでした。ヴィッテンベルク城教会の門扉は掲示板となっており、教会へ問題提起をしたい場合にその内容を貼り付ける場所として使われていたそうです。お金を払えば罪が許されるとするのはキリスト教的に正しいのかという素朴な疑問が宗教改革の出発点でした。10月31日に貼った
2025年10月31日今日は何の日かハロウィンキリスト教の聖人の祝日「万聖節」の前夜祭。古代ヨーロッパの原住民ケルト族の収穫感謝祭がキリスト教に取り入れられ、現在のハロウィンになったとされている。ケルト族の1年の終わりは10月31日で、この夜は死者の霊が家族を訪ねたり、精霊や魔女が出てくると信じられていた。これらから身を守る為に仮面を被り、魔除けの焚火を焚いた。これに因み、31日の夜、南瓜をくり貫いて作ったジャック・オー・ランタン(お化けカボチャ)
【世界勤倹デー】1924年(大正13年)10月31日、イタリアのミラノで開かれていた国際貯蓄会議で、会議の最終日にあたる10月31日を「世界勤倹デー」とすることに決めた。日本は1952年(昭和27年)に加わっている。【ガスの記念日】1872年(明治5年)9月29日(新暦では10月31日)、日本で初めてのガス灯が横浜の神奈川県庁前に点灯された。日本瓦斯協会が1972年(昭和47年)に制定。【ハロウィン】11月1日のキリスト教のすべての聖人の祝日「万聖節」の前夜祭で、アメリカなどでは
2016年01月10日以下は前章の続きである。欧州の人々は千年たってその馬鹿さ加減にやっと気づき、宗教改革を経てやっと敦会離れをしていった。自然科学が息づき始めたのもこの頃からだ。例外もある。米国にはその宗教離れを起こす前の欧州から移民して来た人たち、たとえばアーミッシュとかの古いタイプの信者がそのまま根付いてしまった。それを象徴するのが1925年、日本では大正14年に当たる年にあった生物学教師ジョン・スコープスの裁判だ。実はその年、テネシー州議会が「万物は創造主がお創りにな
10月31日は宗教改革日26日(日)の礼拝で今年も🍫ルターチョコ🍫があなたを待っています礼拝は毎週日曜日朝10時半から夕6時半から説教動画をユーチューブに朝6時から流しています
静まる時を持ちましょう。〈今日も一日お元気で365日18日〉宗教改革を指揮したマルチン・ルターは、「わたしは、あまりにも忙しいので、どうしても三時間は祈らなければならない」と言いました。忙しいときこそ、静まるときが必要です。静まると、何が一番か重要なのか分かってきます。忙しいから祈れないのではなく、祈らないから忙しいのです。静まると忙しさから解放されます。田
ホテルに洗濯物を置きに行ったら,もう5時近くでした。明日は,ポーランドに向けて飛び立つので,ジュネーブの街を見るには今日しかありません。奥さんはホテルでゆっくりしたいということで,またまた一人で街歩きに出かけました。トラムで旧市街に向かいました。路線は複雑な経路ですね。同じ線路に3系統走っていました。番号を照らし合わせて,間違いないように乗りました。MonumentinternationaldelaRéformation宗教改革記念碑まず,宗教改革記念碑
ユーチューブの某世界史チャンネルにウィクリフの解説動画がUPされていたので視聴。「英国国教会の成立」の解説動画の中でチラッと出てきて気になっていた人物なので解説はありがたい。何で聖書を英語訳にしたら異端になるの?(ラテン語訳聖書以外は認めない、ってこれ未だに理解出来ない。)と思っていたが、それ以外にもウィクリフは色々過激な発言していたようでドキドキした(この時代的にかなり危ない)宗教改革の先駆者というだけあってプロテスタント的な考え方をしていたようだし(この頃はプロテスタントは存在してい
(『人間革命』第2巻より再編集)105〈車軸〉14戸田は、カラカラと笑いだした。彼らの純真さが、たまらなくかわいかったのである。「みんな不景気な顔をしているじゃないか。法論で連戦連勝して不景気な顔をしていては、しようがないな。君たちは、現代の法論というものが、どういう性質のものに変わってきているか、そろそろ悟ってもいいころだ。昔は、法論というと、互いに一切をかけてやったものだ。つまり、法論して
ヨーロッパの二世局が、真の父母論に対する声明文を発表したようです。英語が元で、韓国語、日本語に翻訳されたものがあるようですね。会社のお昼・・・、いつも空を見上げて歩いているのですが、ちょっと面白い雲でした・・・。足元の小さな花にも目をやります・・・。下の写真には、花の蜜を吸っている、ありさんも写っているの分かるかな?紅葉も進んできているようですね。新しい神学(真の父母論)に関するESGD(ヨーロッパ二世局)声明文原文リンク:htt
サヴォナローラといえばルネサンス期の貴重な芸術品を燃やさせたとして私の中では印象が悪いのだが、宗教改革にも影響を与えた人物だったというのは知らなかった。ルターもサヴォナローラの読者だったとは…。しかし化粧も娯楽も入浴も禁止って、つまんねー世界だなと思う(しかも違反者は拷問って…)そういうのが好きなら勝手にやれば良いが、それを押し付ける考えは嫌。でも腐った教会のやり方を批判し、枢機卿の帽子を贈って懐柔させようとした教皇側に従わなかった(帽子も受け取らなかった)というのは上記を覗けば良い部分