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ともかく、、、「千葉県南房総市」まだ合併前の?それは旧村名?「三芳村」此処は?安房国の国府?平家の落人伝説?それから、、、弥生時代の?仮家塚遺跡?歴史とロマン?あれこれ漂う!さすが南房総……。豊富な見所?見所な観光?AbemaTVhttps://abema.tv/AmebaPickhttps://content.ameba.jp/ameba_pick/start/
占いの氏族、忌部(いんべ)の不思議目次/////第一話上総国(かずさのくに)と「麻」●日置神社の祭神●対極の引き合う2氏族●上総国(千葉県)と麻の信仰●白山と麻の一族の関係第二話菅原道真から読み解く3つの神●菅原道真の雷伝説が表すもの●日置神社と、源頼朝第三話いなべ(三重県北部)と「麻」///////////////第一話[上総国(かずさのくに)と「麻」]●日置神社の祭神天岩戸伝説に登場した占いの二柱を少し前に書きましたが、今日は、も
南総里見八犬伝のなかで一番好きな人物でしたね犬飼現八信道は信の瓊でしたよねちなみにこちらのうちらは南桑ですが何故犬飼現八信道が好きだったのかというと当然犬飼だからに決まっているではないか単純に子供はだからガキ物語のノンフィクションの面白さは史実を織り交ぜてもっともらしくそれが引き込ませるんですよね犬飼現八信道の生まれの安房国なのだけれども何故犬飼現八信道は安房国に生まれたのかというと安房国は阿波国からきているのです古語拾遺によれば阿波国において穀物や麻を栽培していた天富命は東
千葉県の南部地域は、「安房国」なのだが、、、その「国分寺」は、現在、「門」と「薬師堂」しか、残っていなかった。この安房国は、上総国から平安時代後期に独立した国であったのと、昨日書いたように、この千葉県南部と言うのは、「相模湾地震」(関東大震災)に、たびたび、襲われているために、やはり、何度も建て替えることも出来ずに、最終的に、薬師堂のみが、最後に建て替えられてそうだ。現在、関東大震災と言えば、「大正12年」(1923年)の地震だけを見ることが多いですが、、、1703年の「元禄大地震」も、
南房総館山・安房国国分寺門も小柄で、ご本堂も、現状は「薬師堂」だけの存在になってしまっているそうです。市原市五井上総国・国分寺一応、ここは、門が平安時代から残っているそうだ。市川市国府台下総国・国分寺ここは、江戸時代に再建されたそうだ。そのために、門が紅色なのが特徴的だ。ただまぁ、一応、三寺ともに、元々の平安時代に一度すたれて、再建されたという経緯があるそうで、国分寺を見比べると、その地の災害史や、また、勢力、経済力の差と言うものを大いに感じたりするものです。今回は、
千葉駅前のカプセルホテルで、一泊して、、、房総半島最南端の秘境駅へ!いやぁ、すごいところだった、、、(*'▽')高速バス南総里見号https://www.nitto-kotsu.co.jp/南総里見号南総里見号で、、、千葉県最南端・安房白浜駅へ。今まで撮ってきた写真を「PhotoLibrary」にも掲載しています。良かったら、見に来てください!!(サイズの大きい写真も掲載しています。必要であれば、PhotoLibraryにてダウンロードしてください。)https://www
「島唄」を唄いながら。。。。波が無いと思いきや、、、外界よりも、川間の方が、波が有った、、、今回、千葉市のカプセルホテルで、一泊して、、、千葉県の最北端から、最南端まで、二日で、歩いてきたが、、、いやはや、三ヶ国連邦国は、、、それぞれ、個性が少し違っていて、、、少し、考えた。一泊二日で、、、、「三か国」を回らせられてしまった。一つの「県」だと言うのに。。。(*'▽')千葉市で一泊して、一泊二日で、「三ヶ国」を回ってきてしまいました。そして、三ヶ国の「国分寺」も拝んできま
昨日の土曜はめずらしく休み😄暇だったしパラパラと降ってた雨が止んだ午後から散歩がてら祭りを見に行ってきました〜到着鶴谷八幡宮安房国司祭やわたんまち13〜14日開催ただでさえあぢー🥵のに歩きだから余計にしばらくすると神輿がきた〜次もきたこの後に神輿が続々とくるんだけどまた少し雨か降ってきたから2基見て帰りました。
安房国一ノ宮洲崎神社階段地獄登ってからの景色は素晴らしい疲れを忘れます安房国一ノ宮洲崎神社御祭神天比理刀咩命天比理刀咩命は安房神社の御祭神天太玉命の妃神です品川神社は洲崎神社から天比理刀咩命をお迎えしたとされています。2社はセットなのか安房国一ノ宮は安房神社と洲崎神社となっています。もともと安房神社だけが一ノ宮でしたが洲崎神社が江戸時代に追加されたそうです。海岸に一の鳥居があります。天気の良い日には富士山が見えます。
千葉県民の日(6月15日記念日)1984年(昭和59年)に千葉県が制定。1873年(明治6年)のこの日、印旛県(旧下総国の一部)と木更津県(旧上総国・安房国)が合併し、県庁を旧両県の境界の千葉郡千葉町に設置して千葉県が誕生した。1984年に県の人口が500万人に達したことを記念したもの。「県民が、郷土を知り、ふるさとを愛する心をはぐくみ、共に次代に誇りうるより豊かな千葉県を築くことを期する日」としている。
2025年5月安房のパワースポットを巡ってきました。その33.燈籠坂大師です。大山不動で安房国巡りは終わりましたが、埼玉に帰る前に富津市にある燈籠坂大師の切通しトンネルに寄っていくことにしました。R127の城山トンネルの東口の脇に燈篭坂大師のゲートがあり、くぐった所に駐車場があります。駐車場からはすぐの所にあるトンネルを歩いていきます。館山の赤山地下壕でも見ましたが、ここも岩肌の縞模様がきれいです。駐車場の先のトンネルで内房線をくぐると、丁字路に出、すぐ右に切通しト
2025年5月安房のパワースポットを巡ってきました。その31.大山千枚田その32.大山不動です。石堂寺・莫越山神社からR410を北上し、大山千枚田にやってきました。途中にあった小野次郎右衛門生誕地公園は閉鎖されているようで草むらになっていたので、そこはパスしてきました。小野次郎右衛門忠明は元の名を御子神典善といい、徳川秀忠の剣術指南役になった人ですが、指南役になるまでの人生が面白く、見ておきたいスポットだったので残念でした。さてこの大山千枚田ですが、この日は下の駐車場が貸切に
2025年5月安房のパワースポットを巡ってきました。その29.石堂寺です。智蔵寺から東に向かい、丸山川の左岸の細道を少し上ると長安山東光院石堂寺(天台宗)の駐車場があります。1300年前に創建された勅願寺で、行基とか慈覚大師といった有名人が関わる古刹です。駐車場から歩いていくと、まず目に入るのが多宝塔です。板壁や扉には彫刻はなく、亀腹の白漆喰がワンポイントになっています。本堂は建立されてから500年以上という古いもので、廻縁の左右にも階がついています。正面側は木
2025年5月安房のパワースポットを巡ってきました。その28.智蔵寺です。沓見の莫越山神社から北西へ少し行ったところに富士山智蔵寺(曹洞宗)があります。由緒書きにある武田信勝は上総を治めた真里谷信勝のことで、甲斐武田氏の一族です。石柱の間を入ると自然石を削ってつくった階段になっています。滑りやすい階段を慎重に上っていくと、辺りはだんだん緑色になっていきます。正面に石仏が見えてきました。石仏の手前で右に曲がると緑のスロープになっていました。両側に六地蔵
2025年5月安房のパワースポットを巡ってきました。その27.莫越山神社(沓見)その30.莫越山神社(宮下)です。手力雄神社から東へ向かい、R410を北進すると、最初の信号を曲がった先に莫越山なこしやま神社の一ノ鳥居があります。道路を塞ぐように建っているので、横をすり抜けていきます。一ノ鳥居から行くと、ニノ鳥居が横向きに建っています。ニノ鳥居の横が駐車場です。莫越山神社はここ南房総市沓見の他にもあり、どちらも延喜式内社を主張しています。ニノ鳥居をくぐると、石垣の上に
2025年5月安房のパワースポットを巡ってきました。その26.手力雄神社です。高家神社から千倉の街を抜けて北へ向かい、R128に出ている手力雄たぢからお神社看板に従って、車1台が通れる程度の細道に入ります。右側に田んぼを見ながら行くと左側に階段があります。車を止める場所がなかったので、少し戻って左にあった社務所の前に止めて、改めてお参りに行きます。階段を上った所に赤い両部鳥居があり、扁額には神力山(みたきやま)と書いてありました。かつて神力山手力雄大明神と呼ばれていた
2025年5月安房のパワースポットを巡ってきました。その25.高家神社です。南房総の旅の3日目の最初は延喜式内社高家たかべ神社です。舗装された広い駐車場から参道に入ると、まず社号標が建っています。境内にあちこちに料理祖神と書かれています。古い歴史を持つ延喜式内社ですが、料理祖神アピールの方が強いです。鳥居をくぐると正面に石段があります。石段の手前を右に逸れると御神水があります。竹筒につけられた蛇口をひねると御神水が出てきます。石段を上ると拝殿があり、茅葺屋
2025年5月安房のパワースポットを巡ってきました。その24.布良﨑神社です。野島崎からR410で海岸沿いを西に向かい、館山市に入るとすぐに、板に書かれた布良﨑神社の大きな看板が出ていたので寄ってみました。国道から入るとすぐ駐車場になっていて、その先に拝殿がありました。元々予定にはなかった神社ですが、安房神社の下社で、元宮だったということなので、寄って大正解でした。一見お寺のお堂のような拝殿の扁額も、板に社号が書かれていました。本殿は神明造りで、質素なものです
2025年5月安房のパワースポットを巡ってきました。その23.野島崎です。下立松原神社から南下し、R410を東進するとすぐに野島崎公園の駐車場があります。小さな漁港に面した駐車場から歩いていきます。漁港はよく見る港湾施設のようなものはありません。岬の方へ歩いていくと二手に分かれます。左の石段を上って厳島神社の方へ行きます。厳島神社は水の神様である市杵嶋姫命を祀り、海上の安全を守ってくれています。房総の最南端ということで絶好の立地です。石灯篭の向こうにニノ鳥
2025年5月安房のパワースポットを巡ってきました。その22.下立松原神社です。洲崎神社からフラワーラインで東に向かい、南房総市に入り、県道86号で館山市内方面に少し行くと擬宝珠のついた橋があります。橋を渡った所にある大きな岩の上に下立松原神社の社号標が建っています。その後ろの岩には何かが祀られていたような穴がありました。社号標から先の道路は、右側が切り立った崖になっていますが、石仏を納められるような感じの穴がいくつかあけられています。斜めの地層に沿って緩い坂を
2025年5月安房のパワースポットを巡ってきました。その21.洲崎神社です。洲埼灯台からフラワーラインを少し南下すると洲崎すのさき神社があります。国道から車で参道に入ると左右に駐車場があります。大鳥居の注連縄には久那土大神と書かれた木札がついていました。さっき行った洲埼灯台の帝釈天の拝殿の注連縄にもついていました。参道を緩やかに上っていくと八脚の随神門があります。木鼻の獅子はウーパールーパーみたいな感じで、ギザギザの歯がマンガチックです。左大臣・右大臣が座
2025年5月安房のパワースポットを巡ってきました。その20.洲埼灯台です。坂田海岸からフラワーラインを西進し、細い道を入るとすぐに洲埼すのさき灯台の階段があります。階段の途中に分岐がありますが、灯台入口の看板の方へ行きます。階段を上った先の門柱には洲ノ﨑燈䑓と書いてありました。灯台の下には「洲埼灯台は東京湾の入口」と書いてありました。東京湾は富津岬から奥だと思っていましたが、長い間間違って認識していたことがわかりました。100年以上の歴史があります。灯台
2025年5月安房のパワースポットを巡ってきました。その19.洲崎第二砲台跡です。今日は赤山地下壕や沖ノ島の戦争遺産を見てきたので、ついでにもう1箇所寄ってみます。坂田海岸のトイレの近くに車を止め、房総フラワーラインを100m程行った所から南へ少し入ると洲崎第二砲台跡があります。民家が数軒あり、その一角に遺構の上に建つ家があります。炸薬填実所の大きなコンクリートの塊の上に住宅が建っています。坂を上るとこんな感じです。この先は他のお宅の敷地に入ってしまいます。道路
2025年5月安房のパワースポットを巡ってきました。その18.沖ノ島です。昼食の後は海上自衛隊の航空基地に沿ってぐるっと回って沖ノ島に来ました。砂州でつながった陸繋島です。砂浜を歩き、島の南岸へ行きます。潮風や波で風化してしまったベンチがありました。鬼の洗濯板のミニチュア版のような海岸線を歩いていきます。海岸線は行き止まりかと思ったら、右に自然の岩を削った階段がありました。お辞儀をしないと頭が当たってしまう低い鳥居をくぐって階段を上っていきます。
2025年5月安房のパワースポットを巡ってきました。その17.赤山地下壕です。館山城跡から西へ少し行くと、赤山地下壕があります。豊津ホールの前に車を止め、ホール入口で受付をして、券売機で買った入場券を係の人に渡すと、ヘルメットと懐中電灯が渡されます。地下壕の入口はホールの裏にあります。説明板の横の入口には頑丈な門がついています。動物が入り込まないよう、出入りしたら閉めなければなりません。地下壕の内部には照明がありますが、足元には多少の凸凹があるので注意が必要です。
2025年5月安房のパワースポットを巡ってきました。その16.館山城跡です。館山城跡は今は城山公園になっています。駐車場に入り、トイレを済ませてからスタートです。天守閣を模した博物館が上の方に見えました。緩やかな坂の左には遊具があって、幼稚園児たちが遊んでいました。辺りをキョロキョロ見ながら坂を上っていきますが、石垣は見当たらず、切り立った岩壁がありました。谷側の方も急峻な崖になっていました。茶室がありました。この前の階段を上ると山頂広場です。茶室にも山頂
大阪を朝発ち、2時前に安房鴨川へ、その足で阿波国西側の館山市まで走る。崖観音で有名な大福寺を見てから館山城へ。江戸時代の人気作家、曲亭馬琴が著した長編小説「里見八犬伝」は、戦国時代に安房国を拠点に活躍した武将、里見義実の歴史を題材としている。館山城は里見八犬伝ゆかりの城だ。ここは館山市立博物館が併設されており、八犬伝の錦絵も数多く展示されている。この山城の坂道を登ること20分。入城時間に間に合うため坂道を必死で駆け上がること20分4時半ギリギリに入場。4:45までに出ることを条件に入る里
2025年5月安房のパワースポットを巡ってきました。その14.洲宮神社その15.安房国分寺です。安房神社からR410を北上すると、すぐに洲宮すのみや神社があります。奥に入って鳥居の手前左側が駐車場です。鳥居をくぐって参道をまっすぐ行くと、石段の上に社殿が見えます。石段を登ったところに気根の垂れ下がる大きなイチョウの木がありました。しかしニノ鳥居とか狛犬とか石灯篭といったものはなく、延喜式内大社の社格を持つ古社ですが、参拝客もおらず、寂しい境内です。洲崎神社と論社とな
2025年5月安房のパワースポットを巡ってきました。その13.安房神社です。館山の2日目の最初は安房国一ノ宮の安房神社です。道路沿いに一ノ鳥居がありますが、駐車場は奥にあるので、社号標の向こうから車で入っていきます。参道の右側にある御手洗池の手前を右に下の宮の方へ行ってみることにします。すぐに右側に斎館があります。この裏に遺跡があるようなので行ってみます。斎館の建っているところにかつて洞窟があったようですが、昔社殿を建てる時に崩してしまったのか、今はもうありませ