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10月31日(土)と11月1日(日)に決行した23回目の中山道歩き旅、2日目に五箇荘から武佐宿の手前、西老蘇の集落まで歩いた後、どうしても一度見ておきたかった安土城見物という壮大な寄り道をしたショートトリップの記事のその1(通算だとその20)です。寄り道分も含めて今回歩いたコースは↓の通り。歩いた距離は初日ざっと28km前後、2日目15km前後でした(寄り道含む総距離)。中山道本ルートの最後では、亀川交差点で中山道から外れて県道201号を北上し、安土城見物に向かったところまでをご紹
こんにちはーすんごいお久しぶりぶりでございます。相方とお休みがあいましたので、以前から行ってみたかった安土城址へ行ってきました。クチコミ等で読んだ通り、ちょっとしたハイキングの様な感があり、運動不足の相方と一緒に、休憩しながら廻ってきました大手道の管理所より手前にも、沢山の遺構があり、山一つ丸ごと城郭という事が外からも良く分かって、それだけでも凄いと思います。岐阜城の麓の信長居館跡も、発掘された遺構や、復元図を見ると凄いなと思いましたが安土城は更に凄いという事が、残った
久しぶりに気が向いて、通りかかったついでに登ってみました安土城址。入山に700円っていつのまにか料金上がってるけど、ここを保存するためには必要ってことで。近いとなかなか来なくて、前回はちょうど行政書士試験終わった後くらいに、甥っ子たちと来たときなので6年くらい前。まあ一番下からこれ見たら勝てる気がせんわ羽柴秀吉邸跡。黒金門跡本丸跡天主跡。ここは地下部分です。琵琶湖が見渡せます。右端は伊吹山。眼前の田んぼも、当時は琵琶湖でした。そんなに高さはないんだけど、わりと階段は急でハード
お早うございます今朝も少し楽ですかねしかしまだ暑く中々出掛ける自信もなく・勇気もなく行きたい所も行けず夏も終わりに近付いてますがそうだなぁ沢山の行きたい所の一つ犬山城国宝のお城制覇してみたいなぁと…昔はわざわざお城見に行ってましたね松本城は特に良く行きましたねお散歩がてら皇居周辺も石垣が又全然違います特に桜の時期はサイコーですどのお城も出掛けた先にお城があれば寄りたくなりますよね歩いてはしみじみして石垣や石段そこにお城はなくて
連日の猛暑がお肌に痛く感じる日々ですが皆さんいかがお過ごしですか?こんな時は涼しい美術館でゆっくり絵画を眺めたいものです実は香月。美術館や博物館巡りが好きなんですで、大好きな歴史巡りではもちろん資料館に寄るのが常。ちなみに1番好きなお城は『安土城址』ですそう。言わずと知れた織田信長のお城で現存していたら絶対世界遺産になってたはずと、強く心に思っていますが知っての通り、完成から3年ほどできれいサッパリ焼けてしまってますが、が、です。この安土城址に焼け
記憶の片隅にあった、大切な写真の存在を思い出しました。滋賀県の安土城址。両親を連れてのぼり、かつて織田信長が見下ろした景色を眺めた、新緑の季節。城山のでこぼこした石段を降りるとき、父と母が手をとりあい、支え合っている一枚です。わたしは少し先を歩いていて、山門から振り向いたとき目にした情景を、ファインダーにおさめたのです。7年前のことでした。父の初盆で、彦根に帰省します。昨年のお盆は生きていたので、不思議な感じがします。お仏壇に、8
6月28日に訪れた湖東三山の一つ百済寺の続きです。百済寺天下遠望台前回百済寺本坊喜見院の様子をお届けしました。『百済寺本坊喜見院』6月28日に訪れた湖東三山の一つ百済寺の続きです。沙羅の花前回信長の焼き討ちに会いながらも復活した1000年菩提樹の様子をアップしました。『千年菩提樹…ameblo.jp今回は、天下遠望台から湖東平野の様子をアップします。境内案内図(百済寺WebSiteよりお借りしました)回遊式庭園から天下遠望台に登っていきま
大河ドラマは久しぶりの戦国時代が舞台なので、毎週わくわくして見ている。ドラマの主人公は明智光秀だけれど、今のマイブームは信長。先日は、過去旅の振り返り記事で、信長ゆかりの『岐阜城』へ登城した記事をアップしたけれど、今日は、今から4年前の2016年10月に『安土城』、いや『安土城址』へ行った旅を懐かしく振り返る。(近江旅行のひとコマ)………………甲斐の武田信玄は「天命われにあり」とおもったればこそ父を追って権力の座についたわけだし、奥州の伊達政宗も敵に拉致されてゆく父
STAYHOMETOWN@滋賀シリーズ第十弾。2012年9月16日、湖東方面徘徊の際に見つけた、いい雰囲気の橋たちをご紹介。この日のネタで記事にしているのは、木濱橋と立田橋。なぜかボケた写真から始めるのがシャクなんだが、まずはこの橋。場所はコチラ。西から正対。地図でわかるとおり、正面は織田信長の居城であった安土城跡擁する安土山である。お名前は、「百々橋」。お誕生日は「昭和貮拾六年成」。欄干はコンク
今回より3月連休中に「日本100名城」のお城巡りとグルメ旅として、「滋賀県と福井県」を訪問した様子を紹介します。昨今の「コロナ騒動」に関して、当時は現在のように「緊急事態宣言の前夜」と言えるほどの緊張状態ではありませんでしたが、3密(密閉・密集・密接)を回避するように心がけ行動しました。いつものように早朝出発。中央自動車道を西へ西へと向かうルート。山梨県と長野県の県境付近では雨が降り、時折雪がちらつく中で緊張しながら走行。そんな中で、前方に虹が見えてきました。「今回も良い旅で
昨日は、朝ラン🏃💨後に、近江八幡へ移動🚃💨今日は、近江八幡にある、憧れの安土城址🏯に行くため、レンタサイクル🚲で、琵琶湖東方面をぐるぐるまわり、安土城址、日牟禮八幡宮、八幡山と充実した、サイクリング🚴ができました😏
新年明けましておめでとうございます🎍今年はツーリングにいっぱい行こうと決めた事もあって開いた一日を早速実践した(ちょっと大げさ)行き先はこれと決めていなくて天気が良さそうで、渋滞もなさそうな琵琶湖方面へGoここはずっと前に偶然辿り着いた誰もいなくて静かな湖畔対岸は琵琶湖に鳥居が立っている超有名な場所だよほら誰もいないココで昼食する事にした今年は貧乏+エコツーリングを目指してその辺の落ち葉で湯が湧かせるヤカンを持参した風邪は穏やかと言っても琵琶湖からの風はビュービュー来る
安土城城郭資料館に展示されている、この安土城の模型。実はすごい仕掛けがあるのです!ぱっかーん!なんと真っ二つに分離するのです!!内部の様子。襖絵なども精密に再現されています。精巧に作られていて驚きます!資料館は安土駅のすぐ側です。公共交通機関でも訪問できますネ。信長公は安土城下で今日の大相撲のルーツとなるような相撲大会を開いていたようです。来年(もう来月!)の某国営放送の大河ドラマは明智光秀の物語とか。。優
なんだか、現在と戦国を行ったり来たりしている昨今のBlueCafeです、(笑)安土城跡から下山して、滋賀県立安土城考古博物館へ。戦国武将の謎を探る歴史番組でもよく紹介されていますね。私の大好きな、BS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史捜査」来年、復活するそうで楽しみです!!そのお隣にある安土城天主信長の館。安土城の最上階を復元展示しています。絢爛豪華!!そしてこちらは、安土町城郭資料館。安土城天守の全貌を立体的に見ることが出来る復元模型が展示さ
安土城の天守跡から下界に降りる道すがら、大きな仁王門が現れた!『総見寺』と言って信長公が安土城築城の際に移築して菩提寺とした寺との事。火災で本堂は焼失してしまったがこの見事な仁王門と三重塔が現存している。室町時代の仁王像!(重要文化財)明治以降に本格的に開拓されて100年足らずの北海道が地元の私にとっては、ここ東海地方は正に1/1歴史テーマパーク(しかも無料)の歴史ファンにとっては正に天国なのである!
今日の賀茂川散歩番外編西の湖のカモちゃん先週は琵琶湖湖西路へ今日は湖東へ行ってきました琵琶湖最大の内湖西の湖ですここは大規模な葦原があり鳥見さんたちにはツバメの塒で有名です多い時には数万羽にもなるそうですもちろんもうツバメちゃんたちはいませんが・・・でも水鳥さんがお出迎えしてくれました静かな水面を飛び去るキンクロちゃん遠くでカモちゃんが羽繕いお散歩コースでは見かけないカモちゃんですオオバンちゃんにぴったり寄り添うお子ちゃ
前回のブログからずいぶん時間が経過してしまいました😥小谷城めぐりの続きです。小谷城めぐり終了後米原駅で購入した駅弁を食べながら安土駅へ向かいました♪秋の味覚が詰まってて美味しかったです😁安土城へは自転車を借りて行こうと思ってましたが、雨が降っていたため自転車屋さんや資料館の方から『今日はこんな雨だから誰も行っていない危険だからやめた方がいい。』と止められたので、資料館で見学してスタンプを押して終わりにしました😰いつか本物の安土城を見たいな😅
巨大なお釈迦様の足跡!佛足石。なんと室町時代のもの。信長公が安土城建設の為に転用したものだ。そろそろ下界に向けて歩み始めましょう。琵琶湖が見えてきました。つづく。
こんにちは、ヒューガなのですきのうは滋賀のオフ会に参加してきたのです菩提寺PAのオリ御大とステラ姐さん像にご挨拶なのですコロ兄ぃがきのうのブログで報告してたように…蒲生IC近くの古墳公園に寄ってきたのです渋滞を避けて朝早く出てきたので時間が余っちゃったのです丸い古墳は「久保田山古墳」なのですてっぺんに上ったら向こうに別の古墳が見えたのですコロ兄ぃ、向こうの古墳のてっぺんを制覇するのです~四角い古墳は「天乞山(あまごいやま)古墳」なのですこの円墳、方墳は「あ
滋賀県琵琶湖畔の安土城跡。長い長い石段を登って行きます。魔王信長様は、この長い石段を上り下りしていたのですね。石段の一部に使われた石仏!比叡山を焼き討ちするなど、神をも恐れぬ信長。一説には、安土城の巨大な天守閣から見下ろす場所に天皇の御殿を作っていたのだとか。天皇を見下ろす。つまり自分自身が天皇よりも格上であるとすら考えてのかもしれないという事。織田信澄、森蘭丸屋敷跡の石碑。つづく。
滋賀県の琵琶湖畔の安土を訪ねたのは2019年6月20日。ご覧のような長い石段を登るうちにじっとりと汗をかいてきます。石段にレールが敷設されて何かを上げたり下ろしたりする作業が行われている最中のようでした。巨大な石垣が現存しています。『秀吉邸跡』の立札が。安土城には多くの有力家臣たちの住まいも建てられていたようです。秀吉と、おね(ねね)もここで喜んだり、悲しんだりしていたのでしょう。つづく
お昼から晴れ間が出そうなので、近江八幡までちょっとドライブ。クラブハリエ日牟禮館・日牟禮カフェでゆっくりお茶をいただくのが今日の目的でした。ハロウィンのデザインがあちこちに見られました。緑をのんびり眺めながらのティータイムも良いですね‼️八幡掘が良い感じです。近江八幡水郷めぐりですね。さあ!天守閣(天主閣)址を目指して登ります。安土城では天主閣と呼ぶのですね。住んでおられたからかな…?琵琶湖、遠くには比良の山並みが眺められます。西の湖が綺麗です‼️夕暮れまで充分に時間が
戦国三英傑の一人、織田信長!『泣かぬなら殺してしまえホトトギス。』学生時代に歴史で習った織田信長。その後、TVドラマや小説で繰り返し見てきた信長。『殺してしまえホトトギス』が信長のイメージを100%近く表現していると思います。長島の一向宗虐殺、比叡山焼き討ちなどは有名ですが、その他にも自らに仇なす者への残虐さは戦国一と言っても良いでしょう。その信長が明智光秀に討たれた『本能寺の変』京都にある本能寺は、修学旅行や個人的な旅行で訪れた事のある人は多いと思いま
元摠見寺三重塔・二王門編です。摠見寺跡地を目指して下山します。おーウィキ先生によると、摠見寺は『安土城築城時、信長によって城郭内に建立された。近隣の社寺から多くの建造物を移築したようである。具体的には、重要文化財に指定されている二王門や三重塔などを挙げられる。安政元年(1854年)本堂など主要な建物のほとんどを焼失した。その後、徳川家康邸跡と伝えられる場所に仮本堂を建てた。』とあります。本能寺の変後には焼失を免れ無事だったけど、江戸時代末期には、焼けてしまったわけだ。実に残念だ
翌2014年9月23日9時40分。ホテルをチェックアウトすると長浜駅へ向かう。長浜駅前には「秀吉公と石田三成公出逢いの像」がある。石田三成は長浜市石田町の出身で、羽柴秀吉が長浜城主になった頃から仕え始めたといわれている。秀吉が鷹狩で喉が渇き寺に立ち寄ったところ、寺小姓であった石田三成が、最初に大きめの茶碗にぬるめのお茶を、次にやや小さい茶碗にやや熱めのお茶を、そして最後に小さい茶碗に熱いお茶を出した。最初にぬるめのお茶で喉の渇きを解消し、最後に熱いお茶を味わってもらうと
平日の水曜日に滋賀県近江八幡に行ったときに信長好きの自分は安土城址にまだ、行ったことがなかったので行ってきました。朝、まだ、早くて開門前で誰もいてませんでした。写真の奥に見えるところから歩いてみなさん、階段をあがっていくんだと思います。こちらのところで入場料を支払って入ります。このあと、開門の時間にこちらに戻ってきて入ろうかなと思いましたが、まだ、次に行く場所があるので、この日はあきらめまし
はーい!奈央でーす。安土城址の入り口に戻ってきました。え?安土って文字が見えないって。ごめんなさい。ほらね。安土城址ってちゃんと書いてあるでしょ。今、私がいるところは安土城の大手道の入り口です。後ろに見える山が安土山で、右手の稜線の頂上に天守閣が聳えていたそうです。下の図を見るとわかるでしょ。大手道をまっすぐに進んで、あとはくねくねしながら階段を昇っていくと天主台に着くはずなんです。安土城大手道から天主への道しばやんの日々HPよりお借りしました。創建当時の予想図で
yamadakikakuyoutubelist●http://www.youtube.com/user/yamadakikaku●-------------------------------------------------------------------------------------------------------yamadakikakuyoutubelist●http://www.youtube.com/user/yamadakikaku●--
あっつい最中、100名城の一つである近江八幡市の安土城址に行ってきました。今日の大津の最高気温は35℃。こんな暑い日に山城である安土城址に来る人なんてほとんどいないだろうねぇ、と旦那と話しながら行ってきたら、予想よりも人がいてびっくり。まぁ、来ていた人たちは50代~60代の男性か、50代くらいのご夫婦が多かったかな?年齢層高いねぇ、と旦那に話しかけたところ、「いやいや、君が老後の趣味が先どりしすぎ」と突っ込みが。で、山頂の天主址を目指してLet'sgo!ということでひたすら上って