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牛から星へ――文字に宿る守破離アルファベットの始まりをたどると、Aの祖先には「牛」、Bには「家」という意味があったという。古代の人々は身近なものに名前を与え、その言葉の最初の音を取り出して、文字という新しい道具を生み出した。やがてその文字は、民族から民族へ、時代から時代へと受け継がれ、形も音も変えていった。フェニキアのalephはギリシャのalphaとなり、さらにラテン文字のAとなった。星を意味するasterからは、astronomy、astronaut、astralな
「断捨離」という言葉から内容は全く別のことなんですが同じ漢字三文字の「守破離」を思い出しました。これ、とても大事だなぁと思っています。もともとは千利休(せんのりきゅう)の和歌からきた言葉だそうで茶道を始め、武道、芸道など、さまざまな学びに共通するプロセスを表しています。守(しゅ)=師の教えや型を忠実に守り、基本を徹底的に身につける段階。破(は)=基本を身につけた上で、他の流派の良い点や自分なりの工夫を取り入れて、型を崩し発展させる段階。離(り)=既存の型や教えから完全に
小林ふみこチーフトレーナー主催の講演会のお知らせです。福岡でも開催されます👇やましたひでこ講演会in福岡|福岡断捨離会「なぜ、今、断捨離なのか?2,000人で響き合うこれからの断捨離」www.danshari-dan.com今日もブログにお越しくださり、ありがとうございます。やましたひでこ公認断捨離Ⓡトレーナーいとうえみです。本日もどうぞよろしくお願いいたします。◆東京へのひとり旅。地下通路の迷宮へ…昨日、無事に講演会
私の中で、「基本」と「基礎」は同じ意味ではない。世の中では「基本練習」という言葉がよく使われる。しかし、本当に基本を身につけることができる人間は、どれほどいるのだろうか。なぜなら、基本とは単なる動作や形ではないからである。基本とは、その事象の根本にある理だ。表面的な形を覚えることではなく、なぜそうなるのか、なぜそう動くのか、その根源を理解することである。例えば武道であれば、技の形を覚えることはできる。決められた姿勢。決められた動き。決められた手順。それらを繰り返し練習すること
私は、躾とは教育の第一歩だと考えている。何を学ぶにしても、まずそこから始まる。躾とは、美しい所作を身につけることである。もちろん、その「美しい」というものを、子どもが最初から理解できるわけではない。これは子どもに限った話ではない。大人も同じである。だからこそ、まずは型を身につける。立ち方。座り方。歩き方。礼の仕方。言葉遣い。「なぜそうするのか」が分からなくても、まずは美しいとされる型を繰り返し身につける。それが躾である。これは、とても大切なことだ。盗んではいけない。
Threadsを見ていて「守破離は利休が言った」みたいなのが流れてきて、それは利休百首から取られた言葉ではなかったか?と思ったので念のため確認したら、以下のようなnoteを見つけました。守破離の提唱者は世阿弥でも利休でもないよ、という話。|田中成幸(たなかまさゆき)仕事柄、人の成長について話すことが多いのですが、ここ半月ばかり、その対話の中に「守破離」という言葉をよく耳にする機会がありまして。この言葉が出てくる会話それぞれに繋がりは無いので、集中的に聞いたのは全くの偶然だと思うんですけど
はる*筆文字アートです♪毎日暑いですねまだ7月やねんけど…Instagramの#ヘンテコ書道部バトン今週のお題は…「守破離」(しゅはり)守破離とはー「芸道や学びにおける成長プロセスを示す言葉」「守」師匠の教えや型を忠実に守り、基本をしっかりと身につける段階「破」基本をマスターしたうえで、他の良いやり方も取り入れ、型を発展・アレンジする段階「離」型から離れ、自分独自の新しいスタイルや境地を確立する段階エンボス加工ハガキに毛筆で書きました。今、半紙を切らし
始まりの村を抜けて初めてのダンジョンに入る人と科学で変化を促すそしき変容のプロフェッショナルサクゾーこと、作井大介ですPythonの学習を始めて今日からkaggleに挑戦するkaggleは機械学習を学ぶ人のために世界中の人が利用するプラットフォーム自分のような初学者も利用するしその道のプロも学ぶものらしいいきなりトップになれるほど甘いものではないからまずは初心者用のダンジョン攻略HousePrice予想から始める始まりの村の周りで
💠青空リトリート青空リトリート|ライトワーカーの日常完璧じゃなくていい。荒削りでいい。疲れたら青空の下で一息ついて。ライトワーカーの日常と飾らない奮闘記が集まる、青空の下のみんなの家。あなたの居場所がここにあります。www.aozoraretreat.com↑↑ブログ更新しました🌿前回、守破離についてブログを書き、もう私の中では完結していたんです。メッセージ受け取りました!って感じで思っていたので。でも昨日10日以上経って、また目にしてしまった『守破離』。。子どものパソコ
※松本人志とヒロミ(右)光ってる誰かさんに憧れてその人を目指すのはぜんぜん悪くはないけれど、どこかの時点で”乳離れ”しなきゃ…そんな時は早晩必ずやって来ます。武術では”守•破•離”と称したりしますが(師の技をひたすら体に染み込ませるのを”守”その師の技を発展させるのが”破”師の教えから抜け出て、自分独自の技なり流派を作るのが”離”…)、「俺は俺なんだ」憧れのあの人にはなれな
3年目になる、まだまだひよっこ茶道教室です、くりから庵の生徒さん、現在13名うち3名は中伝(唐物、盆点まで)4名は小習(貴人点、飾り物、包帛紗、長緒などなど、、)6名は月に1回しか来れない方や、入門したばかりの方は平点前を学んでいます。👏が、、夏に入れば皆一斉に!それぞれやっていることを中断して、茶箱をやります両手に持つも、運ぶも絶妙な大きさの箱は利休型と言われ、これが茶箱です。そこに茶碗、棗、茶筅、茶巾、お菓子器など茶を点てるに必要な道具が、入っており、そこに収まるよう
2015年3月の投稿です谷町店さんが発祥のお店との事です美味しいおそばが食べたくて谷町四丁目の『守破離』さんに行ってきました十割そば
守破離の「離」がなんなのか、やっと分かったような気がする。私は、自分自身が輝くために踊っているわけではなく、この世界にある美を、私の心身を通して表現するために踊っているのだと。「守」は、師から教えて頂いたことや基本を忠実に守ることで、「破」は、その守りの殻を破り、新たな境地を目指すもの。でも「離」は、一体何を意味しているのだろう。ずっとそう思ってた。きっと「離」は、踊りから離れることではなく、自分から離れる「無我」の境地なのだと思う。「無我夢中」という言葉を考えると、物事に熱中して
今回は珍しくちょっとばかし真面目なお話誰かに(何かに)教えを乞うのなら、そこには「教わる側の姿勢」というものがあります。指導する立場だからといって、偉ぶるつもりは毛頭ありません。教わったことの「一挙手一投足」をすべて同じようにする必要があるとは思わないし、逆にそのまま真似してもらっても一向に構いません。ただ一つだけ考えてほしいのは、「オリジナリティを出すなら、まずは全てを聞き入れてからにしてほしい」ということです。それが私の流儀です。現在、自身の試験勉強と並行して、長男の勉強
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教員35年の経験をもとに、がんばる先生と女性の心に寄り添う伴走サポートをしています。対話・自然・カードで、安心できる場を大切にしています。まねる・疑う・自分らしく歩くまずは「まねる」ことから始まる「守・破・離」という言葉があります。もともとは、芸事や武道などの修行の段階を表す言葉として知られています。最初の「守」は、教えを守ること。師匠や先輩のやり方を素直にまねて、基本を身につける段階です。これは、学校現場にもよく当
今宵のお酒は京都市伏見区にある「松本酒造」の「澤屋まつもと守破離雄町」2200円ソラマチのはせがわ酒店で購入。今月はせがわ酒店の社長がメインで開催している「酒コンペティション2026」の受賞したお酒もあったけど、気になったこれを購入裏ラベル蓋を開けるとき「ポン」と音がしてシャンパンを開けた時のようでビックリ調べたら守破離シリーズ最大の特徴とも言えるシュワッとした発泡感を感じ、火入れながらもフレッシュな雰囲気を楽しめます、だって。もちろん美味しいそしておつまみにはライフで買っ
こんにちは「星とこころをつなぐカードカウンセラー」☆かれいどすこーぷ☆のさんちゃんです★わたしのこと★どうぞよろしくお願いします♪⋆⋅⋅⋅⊱∘─────────────∘⊰⋅⋅⋅⋆またしばらく時間を空けてしまいましたこの間の私は、日々「やるやる詐欺」との戦いに明け暮れていました(笑)このブログにも続きが止まってしまっている記事がいくつかあって💦ある時はそれを時間の無さのせいにしたり習慣化ができないという悩みにして解決法をいろいろ試したりして
宿命を知り天命を開花させる自分の取説が手に入る☯よしこの算命学鑑定☯はじめましての方はこちら娘の茶道のお稽古。久しぶりに上生菓子とお抹茶をいただいて最高でした✨️先生は夏着物だそうでまぁ涼し気でとても美しいお色でした。夫と焼き鳥屋さんへ2人飲み。1週間、結構はじめまして鑑定と講座で緊張していたので生ビールでリラックスしました!【感想139】子育ての守破離東京都40代女性よしこより歳を重ねていくと自分のことよりも他のことが増えていく。★夫や親の病気や介護
守破離この言葉を一週間の内に3回聞いた。直接、自分が言われたわけではなく、会話の中に登場した。これは、何かのメッセージ。1回目はかなり唐突な印象だった。その人からその言葉が出てきたことも意外だった。守破離の意味を、ChatGPTに聞いてみた。守破離(しゅはり)とは、学びや成長の3段階を表す日本の考え方です。守(しゅ)師匠や基本の型・ルールを忠実に守り、徹底的に身につける段階。破(は)基本を習得した後、他の流派や方法も学び、既存の型を発展・応用する段階。離(り)型に
『修行は、生きている証』と、房仙先生は諭してくださいました。辞書を引くと、修行とは、単に何かを「知る」ことではなく、自分自身が変わるまで実践を積み重ねること、だそうです。房仙流書道は、ただ書き方や筆使いを学ぶだけではありません。・書道を通して自分を変える。・生き方の舵を取る。自分の人生をプロデュースしていく。そんな感覚があります。のんべんだらりと生きるのも一生なら、多少の厳しさを覚悟して学び続けるのも一生。感動や喜びが深いのは、もちろん後者ですよね。今月の課題は、孫過庭『
「若者の心理を読み経営に活かす」をテーマにした講話をお聞きしました。講師は、元少年刑務所の刑務官であり、現在、燕市議会議員の大島靖浩さん。子どもの育ちや若者支援に関わる私にとっても、とても学びの多い時間となりました。愛着形成が人生の土台になる講話の中で印象に残ったのは「愛着形成」の大切さです。愛着形成とは、安心できる大人との関わりの中で、「自分は大切にされている」「困った時は助けてもらえる」という感覚を育んでいくことです。この土台があると、自分や周囲を信頼しやすくなります。一
みなさん、こんにちは^_^ドラゴンマスター🐉モンク流〜HypersonicSoul〜です。今日は、最近よく相談を受ける…イメージや好きなどをどんな風に創造していったらいいんかね?重くなってしまっている氣がするんよ。どうしたらいいんかね?…と思っているあなたについて書いてみますね。よく聞かれるのが、仕事で憧れてる人が居て…あんな風に生きてみたいんよ!…どうしたらいいんかね?実はモンク流〜HypersonicSoul〜も、昔からぼーっとしていて憧れる生き方の人がいなかったです。しかし
こころにしみるしみるの漢字沁みる染みるどっちがわたしの心情に近いだろうか…と調べてみる。やはり、タイトルに使った『沁みる』の方が心に入っていく感じが表れてるかな?大阪市内のお昼どきお日さまが一番高い場所で光ってます今日は長女のお買い物に付き合うため市内にやってきました❣️まごむは…朝8時過ぎから起きててまだ寝てないということで移動の車でなるかな?と思っていたら寝ました💤せっかく寝たのでIKEAに着いたけどこのまま寝かせてあげようとわたしと二人、車中で
【刀を抜く前に、機械はすでに語っている】居合術という武道がある。鞘に納まった刀を、一瞬で抜き放つ技術だ。その姿だけを見ると、「速さ」を追求する武道に思える。だが実際には、居合の本質は速さではない。静けさである。呼吸、間合い、姿勢、重心。そして、「抜く前」にすでに勝負が始まっているという感覚。私は産業機械のメカニックとして現場に立ちながら、居合との奇妙な共通点を何度も感じてきた。機械は、ただ壊れる瞬間だけを見ていても理解できない。異音、微細な
守破離の「離」について、私の見解を語りたいと思います。「離」とは、「独自の新しいものを確立する段階」とあり、途方もない先のことか、天才にしか到達出来ない極地という印象を抱く人も多いと思います。私はそう思っていました。しかし、「離」は誰にでも到達できる、というより到達しなければならないものだと思います。守破離における誤ったイメージとして、「“離”とは師を超えること」というものがある気がします。これはとんでもない誤解です。私はこれまで多くの素晴らしい先生方に武道武術をご指導いただき
あるセラピストの書を一掃した‼️「障がい者のありがとうは敗北宣言」と仰った貴女から、さよならします❗️😄万歳‼️(独り言です。)
指導する上で大切なポイント。それは導くということ。答えを教えてやらせることではない。ただ、それは理想論なのかもしれない。なぜなら、答えがわからずにやりたいようにやらせることは、光がない暗闇の道を進むのとほぼ等しいから。まずは答えとなるやり方、道筋を教えること。その後、自分なりのやり方や方法があるならそれを認めること。まずは守をやってみる。やり方を自分なりに破してみる。そして、離となるオリジナルを試みる。導くのはやり方を教えた後でもいいのかもしれない。
第26回房仙会書展2日目2026年4月25日土曜日2日目も始まる前から集合する場が静かに動いていました集合は11時でしたが10時半にはもうみんなが自然と集まり始めていました誰かに言われたからではなく「今日もいい場にしたい」そんな気持ちが一人ひとりから伝わってきました朝のミーティングでは米沢から朝一番で駆けつけてくれた千葉陽平会長が挨拶をしてくれました会場の空気がぐっと締まりましたではなく和みましたそして1日目の午後から
最近、ふと感じることがあります。日本語の細やかな美しさが、どこか少しずつ、曖昧になってきているのではないかと。たとえば、カギカッコの中の句点。本来、カギカッコの中の文末に句点は打たないのがルールなのに、氣づけば、あちこちで見かけるようになりました。けれど、これは単に「正しい・間違い」の話ではないと思うのです。日本語の文法は大切です。けれど、それは枠(わく)。その枠を鬱陶しいと思いあえてそれを崩すという「かぶき」も「アリ」でしょうでも、文法という「型」=「枠(わく)