ブログ記事27件
888句目秋淋しの『し』■子規庵に秋の溢るる狭庭かな季語/秋9月19日は、子規忌でした。俳句をやる人達は、この日に正岡子規に寄せた一句を詠む。そんな、風流な遊びをします。数年前に、子規庵に行った時のレポートをこのブログに載せているので、良かったら『とらをブログ子規庵』で検索してみて下さい。次は、狭庭かなの『な』
写真:photoAC◯今日の俳句三日月にすがた重ねて子規の忌よ草笛季語:しきのき(仲秋)現代俳句子規忌は、俳人・歌人の正岡子規の忌日のこと長い闘病の果てに1902年(明治35年)9月19日に満34歳で亡くなったそうです◇関連記事◇『現代俳句作品集〜700句〜春・夏の章』現代語を基本にした、現代俳句集です。現代語・新仮名・現代的切れ字を基本にして詠んだ句を集めました。よろしければご覧になってみてください。下記の古語や旧仮名・古…ameblo.jp『現代俳句作品集
九月十九日心閑(しづか)子規の忌日を迎へたる(昭和二十六年)九月十九日は正岡子規(1867〜1902)の忌日。明治35年、東京根岸で没。俳句、短歌において革新的偉業を残した。正岡子規の墓は東京田端の大龍寺にある。季語は「子規忌」。子季語として「糸瓜忌」、「獺祭記(だっさいき)」がある。小諸の父の生活は単調であつた。原稿を頼まれゝば書き送り、添削を乞はれゝば選んで返し、人が訪ねてくれば句会をした。鎌倉にゐた時のやうに外出することもなかった。四十六回目の子規忌には山盧に集つた少人数て句会
今日の俳句糸瓜忌や生きる希望のへちま蔓百二十俳史の基(もとい)糸瓜の忌獺祭忌(だっさいき)写生句三字は教科書に子規の忌や今はどこでも草野球柿の句に古都をぞ偲ぶ糸瓜の忌今日の短歌九月十九日「家内」暑きこと秋も半ばになりけれど猛暑続きでエアコン頼み「私」咲き初めし狭庭彩るタマスダレ残暑に添ゆる一服の涼「愛の定義」愛は身近なもの。愛のキーワードは六つ。詳しくは下をクリック思いやり、相互理解、
おはようございます♪庭の吾亦紅最後の一枝を切って活けました吾亦紅はバラ科の多年草薬草です止血,止瀉(下痢止め)作用があり,吐血,月経過多,血便,下痢などに用いる.やけどや湿疹,皮膚炎には煎液を外用する.打撲,捻挫にはすりつぶして患部に塗布する.現在は「吾亦紅」が一般的ですが漢字表記が複数あり、「吾木香」「我毛紅」「我毛香」「我妹紅」などがあり源氏物語には「吾木香」という漢字表記で登場万葉の時代から恋の歌に歌われてきた吾亦紅を紫式部は「
法隆寺
九月十五日子規忌へと無月の海をわたりけり(昭和二十六年)無月、中秋の季語。陰暦八月十五日の名月の夜、空が曇っていて月が隠れている様子。待ちわびた月が隠れて見えないのだが、それはそれでかえって風情があるともいえよう。また九月十九日は正岡子規の忌日「子規忌」でこちらも秋の季語。瀬戸内海を松山での子規五十年忌に参ずるために神戸から黄金丸に乗船し、高浜港に向かった虚子御一行。月の見えない、おだやかな瀬戸内海をゆく旅を詠んだ句。虚子一日一句星野立子編朝日文庫昭和60年3月20日第1刷
坂多き東京に住み子規忌かな夏井いつき先生の俳句生活人選~よ句もわる句も~
俳句生活@子規忌夏井いつき選人選ケチャップを炒め子規忌を匂はせる
俳句生活の発表が有りました。今回はワンランクダウンの佳作入選でした。また精進して参ります。言い訳ですが、忌の兼題はいつも苦手です。籾殻の径に散らばる子規忌かな杉尾芭蕉
子規忌なり牛乳瓶に差す小花さとう菓子(俳句生活~よ句もわる句も~・人選)兼題・子規忌https://www.cataloghouse.co.jp/yomimono/haiku/202209/
昨日の写真がぼけていました。あらためて出します。法隆寺の子規忌(昨日)は和やかないい会になりました。今日は四国・松山で子規忌の予定でしたが、コロナのために中止に。今、午後の3時40分ですが、大阪は嵐の直前という気配です。
今日の俳句子規の忌や柿の実やうやう色づけり子規の忌や今ではどこも草野球糸瓜忌やへちまは子規が希望にて獺祭忌(だっさいき)写生二文字は教科書に百二十俳史の基(もとい)糸瓜の忌今日の短歌九月十九日「家内」風呂上り夜風も吹きて心地よしコロコロコロと蟋蟀の声「私」老親を寝かせて妹も一安心後はゆっくり韓ドラビデオ「愛の定義」愛は身近なもの。愛のキーワードは六つ。詳しくは下をクリック思いやり、相互理解
鶏頭のをちこち揺るる子規忌かな糸瓜忌に糸瓜一本もて余し病中に子規忌来たるを知りにけり夭折の幸か不幸か獺祭忌発句して子規の忌ささと暮れてゆき【笑い仮面】今日は、子規の没した日だ。思うことがたくさんありすぎて、ちゃんと書けそうにないから、しかたがない。今日は、おとなしく子規の句集を読みかえしてすごすとしよう。ひょっとしたら、俳句の美しさとむつかしさ、それから写生の極意にあらためて気づかされることになるかもしれない。
(東京都台東区根岸子規庵)子規なくて庵に残す糸瓜かな誠司今日は降ったりやんだり…。一度、投函に出ただけで、あとは家に籠っていた。台風はまだ遠くにあるが、明日も雨になりそうで、家に籠ることになりそうだ。ところで、どうでもいい話だが、最近流行(?)の「シャワー」を買った。「ナノバブル水」を出すシャワーで、よくわからないが…(笑)、「極小気泡」を出す水らしく、その泡が毛穴まで届き、頭皮の脂を落としてくれるのだそうだ。保湿効果もあり、水道代も半分くらい節約
2022.9.19一日一季語子規忌(しきき)【秋―行事―仲秋】糸瓜忌や吾も妹を頼りとす山田正子正岡律は、正岡子規の3歳下の妹。財団法人子規庵保存会の初代理事長。幼少期は気弱だった子規をいじめる人に、仕返しをするほど活発で気丈な性格だった。明治25年に肺結核で身動きが取れなくなった子規の看病をするため、母八重と上京。根岸で子規を10年にわたり介護した。律は家族の面倒見が良く、その頃には珍しいキャリアウーマンだった。©宗教法人正宗寺子規堂より引用*2022.9
ご訪問ありがとうございます明日9月19日は、俳人正岡子規の亡くなった日で「子規忌」です子規は、1867年愛媛県松山市に生まれ1902年東京台東区の根岸で亡くなりました死の前日に「糸瓜(へちま)咲て痰のつまりし仏かな」等三句の糸瓜の句を詠んだので「糸瓜忌」とも言いますまた、著書に「獺祭(だっさい)書屋」と署名する事があったので「獺祭忌」とも言われていますお読み頂いてありがとうございました
しなのかわしききにききしわかのなしへちまきやはいくごくいはやきまちへ(道満グリーンパーク内の沼)短歌俳句に回文があるとは寡聞にして知りませんでした。教えて頂いたブログを紹介させていただきます。https://ameblo.jp/mjt-5933/entry-12763608032.html回文とチヨウのブログ以前には短歌の回文をご教示されていましたが今回は俳句です、面白い遊びがあるものですね。早速二句試してみました。時期的に正岡子規さまに許可を得よう
9月も終わりに近づいているのに、まだまだ暑さが続きそうな予感がした1週間だったが。9月19日(日)晴れから快晴となった。(正岡)子規忌=明治35年(1902年)9月19日に34歳で没。最高気温29.2度9月20日(月・祝)快晴の1日だった。彼岸の入り。敬老の日=65歳以上の高齢者が3640万人で高齢化率が25.1%と4人に1人となった。女性は2057万人、男性は1583万人。空の日=民間航空が戦後再開されたのが昭和27年(1952年)から40周年の平成4年(1992年)に国交省が制定。バス
ケイトウ。ノゲイトウだと思う。昨日(19日)は子規忌だった。鶏頭の十四五本もありぬべし子規この句を巡っていわゆる「鶏頭論争」が起きた。私はこの句のどこがいいのか正直なところ判らない。先生方がそれを論争するのにも興味がない。ふるさとは水が出るまで掘る遊び摂津幸彦ふるさとの女陰(ほと)に鳥入る小晦日昨日、安井浩司の「ふるさと」句について鑑賞しようとしたが残念ながら思い通りにならなかった。そこで、安井浩司に近い部分もあるかと考える摂津幸彦に「ふる
ひとりごと云ふでもなくて糸瓜かなへちま棚ましろき胴を束ねたるおりてきていとうりそらのものかしら長瓜の頚づんぐりと入り日かなへちま捥ぐその手に手斧ゆれてをり【笑い仮面】昨日は、子規忌、いわゆる糸瓜忌(へちまき)だった。それで、《糸瓜》の句を詠んでみようと思って、歳時記をひもといてみたら、あんのじょう、子規のことを詠みこんだ句がどっちゃりあって、いささか辟易してしまった。それで、ここは、あえて子規抜きの《糸瓜》の句を
今日は…子規忌正岡子規、本名は常規(つねのり)幼名を処之助(ところのすけ)そして後に、升(のぼる)と改める生涯に2万3千もの俳句や短歌を残す♪お互い素敵な夢を叶えましょう心の扉を明日へと開いて…もう一度輝く星のようにLetmewonder暗い夜空にまたひとつ秋が流れた♪いぜん行った場所にまだ秋海棠が咲き残っていたすでに病におかされていた32歳の秋…貰った絵の具ではじめて水彩画秋海棠を描いた病床に秋海棠を描きにけりー正岡子規ー描いた秋海棠はピン
9月19日は何の日?記念日・年中行事苗字の日(日本)明治3年旧暦9月19日(1870年10月13日)、戸籍整理のため、太政官布告により平民も苗字を名乗ることが許されたことを記念。それ以前は、特例を除き庶民は苗字をもつことが禁止させられていた。長い間、名前だけに親しんでいたためか、面倒だったのか、人々は苗字を名乗ろうとしたくなかったらしく、これは根づかなかった。そのため後の1875年2月13日に、政府が苗字を持つことを義務づけた。この2月13日は「苗字制定記念日」と
ご訪問ありがとうございます明日(9月19日)は子規忌です子規忌とは俳人正岡子規の亡くなった日の事です正岡子規は、1867年に愛媛県松山市で生まれ1902年、東京の根岸で亡くなりました子規は死の前日に「糸瓜咲て痰のつまりし仏かな」等三句の糸瓜の句を詠んでいるので「糸瓜忌」(へちまき)とも言いまた著書に「獺祭書屋」(だっさいしょや)と書く事があったので「獺祭忌」とも言われていますお読み頂いてありがとうございました
「今日の俳句」子規の忌や今はどこでも草野球糸瓜忌やへちまは子規が希望にて笑顔無き子規の横顔糸瓜の忌獺祭忌写生二文字は教科書に獺祭忌俳史百年礎はここに「今日の短歌」九月十九日「家内」秋入梅(ついり)夜更けに雨のしとしとと降りて寝苦しつい目も覚めぬ「私」娘はも会えば我が子の心配をしては迷いぬよく聞いてやり「愛の定義」愛は身近なもの。愛のキーワードは六つ。詳しくは下をクリック思いやり、相互理解、信頼尊敬、相思相愛、対等
嚏して屁をこきせはし子規忌かな子規の忌といふてなんでか発熱すその朝にあいつは糸瓜を詠み了へて墨東の水澄みすぎて獺祭忌傾城のいとしや子規忌過ぎゆける【笑い仮面】画像:https://www.travelnews.co.jp/news/area/201907261521595539.html
9月19日は彼岸の入り、この間まで汗が吹き出すも、いつのまにやら秋の気配を感じています。9月19日は伊予の松山出身正岡子規の忌日でも有ります。もう随分以前の事ですけれど、俳友四人で愛媛県松山市へ行った時の事を思い出しました。何年前になるかしら?NHKのテレビドラマ「坂の上の雲」(司馬遼太郎の小説)を観ていた、あとの頃だったと思います。「子規堂」にも「愚陀仏庵」にも「坂の上の雲ミュージアム」にも、それからそれから何処へ行ったかしら?もう十年前かなー、あの頃
青柿や村の茶房のボブ・ディラン宮武孝幸昨年の第104回法隆寺子規忌「献句録」から。斑鳩町の俳句結社と法隆寺が提携して100回以上も続いている法隆寺子規忌だが、コロナの影響で今年は地元結社の数人だけで法要が営まれることに。今日の句、村の茶房が鮮明に目に浮かぶ。子規の唱えた写生とは俳句が「575の言葉の絵」になることだったが、この句など、まさのその写生の句だ。作者は奈良市に住む。斑鳩のげんげ小屋句会の世話役の一人だが、彼は草餅作りの名人である。毎年、餅のすばやい丸め方を女性たちに伝授する。
・子規忌、糸瓜忌などを含む当季雑詠を募集します。・締め切りは7月末日、投句料は2句1組で千円(郵便小為替がのぞましい)。・選者は朝妻力、茨木和生、塩川雄三、西谷剛周、坪内稔典。・作品は9月20日の子規忌法要の折に献句します。・今年はコロナのために一般の法要(当日句会)を中止、斑鳩吟社代表が焼香します。応募句は「第105回法隆寺子規忌献句作品集」として法隆寺へ献句します。・選者の特選句については作品集と共に賞品を送付します。・行事の主催者斑鳩吟社・法隆寺・送り先・問い合わせ先