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マ・オーンの記事マ・オーンで検索したら他の記事見れますから見てね〜🫶💁🫶🙋👍大発見心の象形文字心と貝どちらの象形文字もハート形でした心臓が二個描かれている古代エジプトの壁画絵がありましたなぜどうして心臓が二個なのか謎解きのスタートGOGO古代エジプトといえば『死者の書』やがて『死者の書』は翻訳ミスで『死者の復活の書』が正しいと訂正されましたイの一番にわかったこと
[書遊び]「仲間の漢字」<貝のある漢字③>⭐lightです。●古代の「貝」は、呪器(じゅき)とされたり、財産として珍しがられ大切にされました。金属製のお金ができるまで、お金として使われました。「貯」の甲骨文字(赤色字)の中の子安貝(こやすがい)から、たくさんの漢字が生まれました。●『賛』<音>サン<訓>ー・もとの字は「贊(さん)」で、「兟(しん)」と「貝(かい)」を合わせた形。・「兟(しん)」は二本のかんざしを並べた形で、貝にかんざしをそえて祈り、神
緑色は穀物の色みどりご嬰児心臓は赤色ですが嬰児の心臓はグリーン色なにせみどりごですからね緑みどりいろ緑色は穀物の色穀物の神様は処女地にたねをまきましたやがて大地から穀物の新芽が発芽してきました新芽は新生児のことです新生児はコブラ王と隼神のふたごでした双子ですから心臓は二個ですね緑色した穀物神の子供ですからみどりご嬰児ですね
東平安名崎近くにある、宮古島海宝館へ以前から気にはなってました日本1に出会えるシェルミュージアムですキケンな生物たち展もやってるやん入場者限定の貝の名前あてクイズタカアシガニでっかい貝やなワイドーは、宮古島の方言で頑張れの意味オオジャコガイでっかい貝のオンパレード世界最大の二枚貝年齢120歳、重さ100㌔わたしはこの貝を探さねばいっぱいあるねー友達はこの貝でした水字貝スイジガイと読みますすごいカタチ宮古島市の貝だそうです耳みたいこれじゃない?ソヨカゼヤ
わたしの家の車庫にツバメが巣を作った。昼間はどこかにでかけているが、夜は巣の中で寝ている。かわいい。ツバメは蚊などの虫を食べてくれる益鳥であり、家に巣を作るとその家を守ってくれるという言い伝えもある。うれしい。毎日ツバメの姿を見るのが楽しみである。ツバメは身近な鳥だが、案外日本の古典文学には登場しない。和歌の世界では万葉集に1首見られる。燕来る時になりぬと雁がねは本郷(くに)思(しの)ひつつ雲隠り鳴く(巻19・4144)
阿津耳《あつみみ》は、扶桑之君《ふそうのきみ》が、日々、元気になられていく様を見て喜んだ。だが、その喜びとは裏腹《うらはら》に、扶桑之君《ふそうのきみ》のことが頭から離れず、鬱々《うつうつ》として、高天原に戻ることが出来なかった。扶桑之君《ふそうのきみ》を受け容れるのはよいが、楚《そ》の追手が攻めてきた時、どのように戦えばよいのか、よい知恵が出てこないのである。今のところ、かしこねの海の守りは堅い。豊浦宮を中心に、大潟《おか》のタツル族、津島わたつみ族、知佳島《ちかしま》の西方昆《にし
九鼎御廟《きゅうていごびょう》は夏《か》王朝以来、華夏《かか》の魂であった。だが、周王室の力が失われるにつれて、九鼎御廟《きゅうていごびょう》の神事に関心を寄せる王もいなくなった。神事を取り仕切る鬼谷巫覡衆《きこくふげきしゅう》の存在もまた、弱く薄くなっていった。それは、黄河中原に王の中の王である帝王《ていおう》がいなくなることを意味していた。この先細りの状況を憂え、鬼谷《きこく》一族を応援する一人の青年がいた。鄒衍《すうえん》と言う若き天才学者であった。後に、易経《えききょう》の陰陽
昆迩(こんじ)の表情が急に険しくなった。「だが、大陸ではそうは参りませんでした。殷《いん》は、紂王《ちゅうおう》の暴政によりて天帝の国は亡び、姫神の世もまた滅びました。新たに周王朝が誕生し、天帝に代わって天子の時代となりましたが、天地陰陽《てんちいんよう》を敬う徳治《とくち》の御代は長く続きませんでした。」「今では、天の道も地の徳も失われております。周天子の力は弱まる一方で、群雄割拠《ぐんゆうかっきょ》なす戦国の世であります。これ地の神、母神の祈りを怠り、子安貝《こやす
続いて、知佳島《ちかしま》からやって来た西方昆迩《にしかたのこんじ》が、阿津耳命《あつみみのみこと》の前に現れると、懐《ふところ》から碌玉《りょくぎょく》を手繰《たぐ》り寄せて祭壇に捧げた。「高天原《たかまがはら》は阿津耳之命《あつみみのみこと》に申します。われ奄美族西方昆《あまみぞくにしかたのこん》の末裔にて、知佳島之宮《ちかしまのみや》を守る海人《うみびと》、西方昆迩《にしかたのこんじ》なり。一族の勾玉を若木神《わかきかみ》に捧げて、わが思いを明らかに致します。」昆迩《
お越しくださりありがとうございます。今日から12月、もう師走です。昨日から急に寒くなりました。冬の雲に変わったなぁって空を眺めていると虹を見ました🌈久しぶりに虹を見ました🌈うれしいなぁ~🌈良いことありそう🌈虹を見られた皆さまの元にも良き事がたくさんありますように🫶✨🌈朝1番にお気に入りのカレンダーたちをめくりました。さぁさぁいらっしゃい、しあわせサンタさん🎅🎄✨夜はまさよさんの八百万の神様手帳のワークがあります。楽しみにしています❣️熊野旅の後、福岡県に行ってました。1
写真整理も兼ねて…天神の街中にあります若宮神社◆御祭神◆豊玉姫命こんな所に今まで気づかなかったラグビーボール🏉かと思いましたが子安貝でした天神の病院に来る時はやらせていただいてます若宮神社「若宮神社」天神の中心部にある鎮守の杜、神社・歴史観光スポット。-ハカテン市営地下鉄天神南駅から少し歩いたところ、今泉1丁目、国体道路沿いに鎮座する若宮神社。西通り南端の道路を渡った向かい側、繁華街の中にありながらひっそりとした静けさに包まれた鎮守の杜。神社という神域が持つ厳かな雰囲気と
タカラガイ🐚星宝貝かな?子安貝とも言い、女性の御守りや子宝などを助ける女性性との繋がりが深いエピソードが良くある貝のようです📖←案外男性が持つのも良い貝ですね☺️以前、持っていたひとまわり小さなタカラガイは御相談にいらしてくださった方🤱に何となく御守りにとちょっとしたおまじないのやり方も添えて差し上げたのですが、瞑想や海のまじないにもよく使ってたのでまたどこかで見つけたいなと思っていた矢先先日、思わぬところでいただきました(誠にありがとうございます)ひとまわり大きなタカラガイになってま
いつも読みましたの記しにいいね!して下さり有難う御座います。\(^-^)/読書感想文をupする予定でしたが感想が長くなり仕上。また後日にします。お話かわります。↓新年を迎えるとき過去のブログを1年分削除した年が何回かあります。これからは削除しないつもりです。記録は大事\(^_^)/それからなんでもいいので毎日続けることが、大事今年はブログ毎日upにチャレンジします。なんでもいい毎日続けることで何か見えてきたりさとり、気づき、学ぶことがある(らしい)(^-
毎日1つは更新が目標の私のブログ~昨日は少し疲れてしまい、書けませんでした目標達成ならずでしたが、睡眠をとるのも大切なことそんな日もありますが、とにかく毎日更新を目標に毎日頑張ります昨日は、日曜だからと、みんな朝はゆっくりして~お昼から久しぶりのお出かけ海沿いをドライブしながら、貝殻博物館に行ってきました1回行ったことはありましたが、今日は改めて、ゆっくりと我が家、家族みんなで海で貝殻拾いするのが大好きです海が近い環境に生活しながら、貝殻拾いとか、散歩とか…それ
今日は、鬼束ちひろの「REQUIEMANDSILENCE[Disc4]」から、「いい日旅立ち・西へ(instrumental)」を聞いている。落合淳思の「漢字の構造-古代中国の社会と文化(中公選書108中央公論新社)」(以下「落合論文2」という)は、西周中期の「冊命」について、以下のようにいう。(1)賜与から「冊名」へ「西周中期には、王が臣下に官職を与える「冊命」という儀礼が始められた」「それまでは臣下の奉仕に対して上位者が銅の地金や宝貝(子安貝の貝殻)などを賜
しばらくの間、朝歌《ちょうか》に反抗する残党が、あちこちで騒乱を起こしては、朝廷の鎮圧軍が出なければならなかった。西から桃林渓谷《とうりんけいこく》を渡って来る軍団があると聴けば、何もしないわけには行かなかったし、北に遊牧の民が何日も逗留していると聴けば、「すわ、金姒老愠《きんじろうおん》が動いたのではないのか」と慌てた。朝歌《ちょうか》の城下にも敵はいた。大半の元夏后兵《もとかごうへい》は、ひっそりと身を隠して、官吏の追及を逃れていたのだが、中には、秘かに徒党を組んで野盗とな
5月の読書会のお知らせとなぜか摩多羅神のおはなしだらだらとした、だらしないブログですがよろしければよんでみてください🙏読書会が開催されます新型コロナの影響もあり世の中いろいろと自粛の動きがあるところではありますしこの度、秋田市でも緊急事態措置の解除もあったようでもありますしいろいろありますが今月の5月30日の土曜日に秋田市のステキなカフェメリッサで午前10時30分から読書会が開催されるコトになりました。ワタシは主宰者ではありませんが告知をさせていただけ
長江の入りには、長江口城《ちょうこうぐちじょう》がある。兆高《ちょうこう》の頭《かしら》である瑞高《ずいこう》が城主である。「瑞高《ずいこう》に挨拶もせずに素通りすることは出来まい。」八潮《やしお》は、かつての兆高《ちょうこう》に気を遣って誘ったのだが、「われ、すでに逆鱗童子《げきりんどうじ》として生まれ変わった身。もはや、海賊、瑞高《ずいこう》には、一抹の未練もない。長江口城《ちょうこうぐちじょう》に寄る必要はなし。」童子《どうじ》は、さっぱりと応えた。だか、何やら兆
八潮《やしお》は、右足の義足《ぎそく》が板についてきたようで、船に乗ると機嫌が良かった。本来、閩聰《びんそう》を送り届けるだけの航海であったのだが、思いもよらず、兆高軍団《ちょうこうぐんだん》をはじめ、閩聰《びんそう》と新たな子安貝《こやすかい》を手に入れた。気分を良くした八潮《やしお》は、帆を挙げるとルイに声をかけた。「ルイは、以前、閩聰《びんそう》の浜市《はまいち》に出かけたことがあると言ったな。」「われは、このあたりの海が故郷じゃ。海の青さ、潮の流れ、風の匂い
仙勲《せんくん》は、何事も楽観的に考えることのできる幸せな人物である。先ほどまでの悲壮感は、どこ吹く風で足取り軽く、本体の天幕に戻った。だが、閩聰《びんそう》はそうは行かなかった。掟破《おきてやぶ》りの罪を覚悟して臨んだ帰郷である。海賊瑠乎《かいぞくるお》の悪だくみは予想外であったとはいえ、わた衆から預かった珊瑚《さんご》を全て投げ出し、さらに秘密の倉の珊瑚《さんご》も全て浜市に放出した。結果として市の秩序を守ることはできたが、果たして、掟破《おきてやぶ》りの罪を免れたと
空《くう》の素早い行動によって、日が天頂《てんちょう》に昇る頃には、珊瑚《さんご》と子安貝《こやすかい》の取引が始まっていた。苗族《みゃおぞく》の本隊がやってくる前に子安貝《こやすかい》の交換は始まった。浜市《はまいち》では、子安貝暴落《こやすかいぼうらく》の危機感が高まっていたので、珊瑚《さんご》と子安貝《やすかい》との取引は熱気をおびた。すると、子安貝を珊瑚に交換したばかりの百越《ひゃくえつ》の者に、青銅《せいどう》の酒器《しゅき》を持った苗族風《みゃおぞくふう》の男がやっ
八潮《やしお》は子安貝《こやすかい》のことを忘れていたわけではなかった。率直に巫女神《みこしん》にお願いしてみようと思ったが、すでにその姿はない。巫女神《みこしん》の前では大人しかった麻植《おえ》だが、どう応えてくれるであろうか。いささか心配であったが、頼んでみることにした。「麻植《おえ》殿よ、改めてお願いしたい。子安貝《こやすかい》のことであります。南海の子安貝《こやすかい》を蚩尤祭祀《しゆうさいし》の為に、集められているとか。その一部でも分けて頂ければありがたいのです。」
もはや、御三家の当主も賄賂《わいろ》で繋がっている朝廷の役人にも、この状況では手の出しようがなかった。兵を司《つかさど》る夏宣陶《かせんとう》配下の司馬袁《しばえん》は、婦好妃の兵士に囲まれて動けなかった。むしろここで、兵を動かせば、まさに帝に対する謀反《むほん》となることは明らかであった。既に、夏越祭祀《なごしのさいし》は婦好妃に委ねられた。あるべき姿に戻ったのである。しかも、このことは、御三家の筆頭、夏宣陶《かせんとう》一派と、今、目覚めた、正妃十家《せいひじゅ
【櫻天に舞う】「大地を覆う木」の象形と「子安貝・両手を重ねひざまずく女性」女性が「首飾りをめぐらす」の意味から、首飾りの玉のような実を身につける「ゆすらうめ」を意味する「桜」という漢字が成り立ちました。#桜#櫻#漢字の成り立ち#華墨Hanasumi#山田陽水
いくつもの棚に山積みされた品々の前に、幾人かの冠を被った少年が整列し、一人一人、棚の内容と数を口にした。「ゆな島の赤サンゴ、百本組五十袋。亶州《たんしゅう》の青サンゴ、百本組三十袋、ルソンの白サンゴ、百本組五十袋。」甲高い声が、山積みの荷に響き渡った。魁《かい》は一つ一つの口上を聞きながら棚を確認して歩いた。「宮の島の子安貝《こやすかい》百個の百袋、ルソンの子安貝《こやすかい》百個の二百袋、粤潮《えつちょう》の子安貝《こやすかい》百個の五百袋。」さすがに、魁《か
「口では申し上げられませんが、徐伸《じょしん》には分かっているように思います。」「まあよい。いずれにしても、丁《てい》家は亡びたのなら、丙《へい》家がその後を狙ってくるというのは当然のことであろう。ならば、婦好妃《ふこうひ》の命も危ないと言うことになるな。婦好妃《ふこうひ》がなぜそのような暴挙に出たのであろうかは分からぬことよ。」さすがに、奄美之潘《あまみのはん》である。商帝の内情にも詳しい。亀《かめ》は、潘《はん》がどのようにして、商帝の周辺情報を得ているのか不思議であった。
「さすが昆《こん》殿である。察して頂いてありがたい。」癸召《しょう》は、直ぐにでも取引の話に持ってゆきたかったのだが、有襄魁《ゆうじょうかい》が、間に入った。「実は、今回の夏越祭祀《なごしのさいし》では、婦好妃《ふこうひ》の特別の思いによって、国中の妊婦一人一人に子安貝《こやすかい》が配られるというのです。子安貝《こやすかい》は、出産の護符でありますが、母神の象徴でもあるので、身分の貴賤に関わらず、ご婦人方なら誰でもが欲しがるものであります。だが、子安貝は、どこにでもあるものではなく、
八潮《やしお》は、櫛彦《くしこ》や父、曽良《そら》を離れるのは不安はあったが、それ以上に、南海の海への憧れに胸が膨らんていた。櫛彦《くしひこ》と曽良《そら》を見送った昆《こん》は、帆を上げると、ひとつ柱の島を後にして、知佳島《ちかしま》を目指した。その知佳島《ちかしま》では、昆《こん》の帰りを今や遅しと心待ちにしている者がいた。腹心《ふくしん》の皓《こう》という男であった。「頭《かしら》のお帰りを、お待ち致しておりました。豊浦宮《とようらみや》の落成とあって長逗留《ながとうり
すると、もう一人の男が、寄って来て話し出した。「閩聰《びんそう》には勇気をつけられたよ。あの年で、愚痴や泣き言の一つも聞いたことがなく、自分のことよりも、われらの事ばかり心配してくれた。」浅黒い肌に、丸々とした目の青年である。「それに、魚採りの名人じゃ。冬の厳しい寒さの中でも海に網を張り、魚に不自由したことはない。命の恩人だ。われも閩聰《びんそう》と同じく南の島からやってきたが、ここの北風は尋常じゃなく、とても南海の人間が生きる島ではない。だが、閩聰《びんそう》のお陰で、生き延
以前参拝した福岡天神に鎮座する【若宮神社】その時は社務所が開いてなかったので御朱印を頂かずに帰っていたのですが、近くの警固神社で頂けると聞き、再度訪問させて頂くことに新型コロナの影響か気持ち人が少ないかな~とは思いますが、やっぱり天神人混みに疲れながら、警固神社を通りすぎ5分程で着きました今回はあまり参拝者がいなかったので、ゆっくり手水舎の子安貝子宝安産のお守りです街中の神社なので、周りにはビルや駐車場が多いですが、境内は静かでした御朱印は書き置きですが、警固神社の社務所で頂け