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暇なんです。4月から凄く忙しくてブログもままならなかった。右手親指の付け根がCM関節症ってのになって仕事で手を使いすぎで診断書書いてもらってしばしお休みをもらったので暇すぎるんです。って事です昨日は紹介状もらって専門医のとこへ。私関節の骨変形しとるんだそうです。しばらく装具とゆうものをつけて様子見からの現状維持ができなければ骨切り手術になるそうです。お気をつけくだい。加齢です。暇なんで行こうと思っていた内海の遊郭跡へ。先に常滑に行ったのですが内海の
10月29日(水)10年くらい前から飲み友のT姐さんと色街を探訪しています大阪府はほぼ終わっているので今回は京都まで足を運びました京都府八幡市橋本小金井2京阪電車「橋本」駅より徒歩1分「橋本遊郭」1958年(昭和33年)の売春防止法により公娼制度下にあった公的な遊郭は姿を消しました(その後も営業していたかもしれませんが)その後お客が来なくなった妓楼は荒れ果て解体寸前だったのですがこの建物に惚れ込んだ中国🇨🇳の女性が買い取り資材を投じて改修を行い現在は「橋
地下鉄7号線「虎坊桥」駅のD口(西南口)から出る。すぐ近くに「北京湖廣会館」がある。ここは京劇などが見られる場所。この右手にあるカフェ点绛唇もなかなかよい。自転車に乗って、西へ。「魏染胡同」を北上。京报馆(昔の新聞社の社屋と、社長の自宅)。参観可。中の様子は過去記事へ。昨日の目的地は「琉璃厂」。厂は工場。琉璃厂位于北京和平门外,是北京一条著名的文化街。历史上,远在辽代,这里并不是城里,而是郊区,当时叫“海王村”。后来,到了元朝这里开设了官窑,烧制琉璃瓦。瑠璃瓦を焼いていた工場
華国花街鬼譚シリーズの第1巻。霜月りつさんの新シリーズだったので、手に取った本。話が中華風?て、人物や職業の読み仮名も中華風なので、読みにくいというか覚えられないというか。読みにくいものは覚えない、と割り切って読んでからは、サクサク読めました。ストーリーは面白く、ミステリー要素もあり、ボケツッコミもあり、ワクワクします。1巻で、主人公である怜景と蒼薇の生い立ちが書かれており、この巻だけでも楽しめますが、続巻もあるので、この後の2人の展開が楽しみです。
和文化・おもてなしマナー講師の安達和子ですNHK大河ドラマ「べらぼう」で興味が湧いた「遊郭」なぜ「遊廓」と呼ばれるのでしょうかそれは「遊廓」が、堀や塀で周囲から区切られていたことに由来するそうですよ~ドラマにもよく出てくる「大門」吉原遊郭の出入り口は基本的に「大門」だけだったようです吉原遊廓をぐるりと囲んでいたという「お歯黒溝(おはぐろどぶ)」は当初は幅五間(約9メートル)もあったそうですよこのような構造から公許の遊里は城郭(城の周囲に設けた囲い)にみ
去年の5月ふらりと津島に立ち寄りました。あの有名なベンガラの遊郭跡まだあるかなーと思いながら、、、。どの人のブログを見ても有名な遊廓跡の建物に辿り着けずに何度も足を運んだり回り道したり見つけるの大変みたいなんです。パラレルワールドなんかな?見つからないんかなーとか思いながらまたまたたいした下調べもせずに歩きました。場所は遊廓として新天地と呼ばれていた池須町ではない事と津島神社の側。天王川公園から津島神社に行く途中投稿された写真の周りの景色を頼りに探したら駐車場に
最近勧められて見始めたアニメ、「薬屋のひとりごと」超絶ざっくり言うと、花街で育ち、薬屋の養父を持つ少女(猫猫)が、ある日人さらいに遭い、宮中で様々な謎や事件を解き明かしていくといった感じのお話。話の舞台は昔の中国で、猫猫(マオマオ)の育った花街のことや帝の4人の妃、それに仕える侍女の心情や生活など、「女の世界」の事情がうまく描かれていて、一気に見てしまった。😅連続物を見出すと、引き込まれて何も出来なくなるな〜💦で、昨日たまたま買い物に行った時、ふと本屋で見つけたコミックエッセイ本!京
本来の目的は明智光秀ゆかりの地の福知山城に来たのだけれど城から西の方の神社の近くに明らかに駅から遠いのに転業旅館だらけ、レトロな建物でいっぱいでした~はまきん?屋号でしょうねこちらは立派な妓楼ですね、転業料理屋ですねレトロな建物もっとたーくさんありました!
こんにちは、明智光秀ゆかりの地を巡って比叡山の門前町坂本に来て、お腹が空いたので蕎麦屋に入りました!外観からしてこれは?!遊郭?妓楼?テンション上がりましたわ屋号かと思ったら生そばと書いてありますが!!中は完全に妓楼でしょ!右の小窓は店主が入口の様子を見る所でしょ?!左は待合室でしょうか?いずれにしても普通じゃないこれは?女性?これは男性?隠す事無く置いてあります。湯葉が入ってる蕎麦を食べました☺️旦那が先に中庭のトイレに行ったので見てきたら?と言われて見に行ったらうおー!!!!!
旧東海道歩きは「品川宿(歩行新宿)」をめぐります。「品川宿」は「遊里」でもありました。宿駅に遊女がいるのは古からのことで、鎌倉時代の『吾妻鏡』にも書かれています。江戸時代になると府中では吉原を公認の遊郭とし、他の場所に遊女を置くことを禁じます。街道の宿場に対しては、万治3年(1660)遊女を置くことを禁じています。禁令はその後もくりかえし出されているのですが、宿々の旅籠屋では、食(めし)たき女・食売女と称して、遊女と同じように売春をさせたのです。ここ品川宿でも、昨日書いた善福
これは私の妄想物語美凰との上辺だけの付き合いで志煌は感情の昂りを見せたことはないしまして今夜のように声を荒らげて他所の男の事を取り沙汰した事もない。美凰はあくまでカモフラージュ。(俺はずる賢い男だ。生業が妓女だからと言って蔑んでいる訳では無いが……ことKカンパニーの陶が関わっているのなら飛んで火に入る何とか。この子を使わない手はない)そんな考えが頭を巡った。彼女の待つ部屋へ案内される僅かな時間に志煌は策を練り始めた。世間は狭い。確かにこの花園妓楼は上海でも
これは私の妄想物語どこかで胡弓の音が聞こえる。楼主の趣味で日本庭園風に設えた丸窓を開け放ち涼しい風を取り入れ灯篭に火を入れて、暗闇にぼんやり浮かび上がった緑の多い庭を眺めながら、志煌(ジオン)は馴染みの妓女美凰(メイファン)の膝枕でウトウトしていた。白くふっくらとした女らしい指先が志煌の頭を撫でている。「志煌様、、そろそろ夜も更けて来ます」志煌は大きく伸びをした。「よく寝た。お前の膝は本当によく眠れる」「嬉しい事を…」美凰が志煌の額に軽く口付けを落とした。
落語会が終わりせっかくなのでブラブラ。前回歩いたのは遊郭跡を巡り始めたばかりだったので色々見落としてます。『遊郭跡跡地巡り豊橋遊楽荘(小池遊郭)』豊橋には吾妻遊郭とゆう花街が元々ありましたが昭和19年1944年戦時中軍の宿舎として徴用されその歴史を終了せざるを得なくなりました。戦後吾妻遊郭は隣町…ameblo.jpベンガラの壁と破風や欄干がいかにもな妓楼。玄関の建具は新め。電灯には屋号があります。こちらも玄関に屋号にタイル前回見逃していた鑑札もあります。左側の窓が洋
ここね、今は洗濯機置いてあるけど、妓楼の時はトイレだったのですって。なぜなら、男性はトイレに行った時里心がつくそうで、ふと妻や子供を思い出して現実に戻るらしい、そうならないように派手な装飾で夢の中にいるような演出をしてるんだそうです。遊女さんを思うと切ないです。ここはダンボールの部屋です。裏は淀川かな?船から妓楼に入れたみたいです。とにかくオーナーさん頑張って修復してくれてます。
たくさん見る所ありすぎます。ここから、御客さんを見てたのね綺麗なステンドグラスこの天井凄い‼️まだまだ続く❗
マツコ部屋でもとりあげられた京都の橋本駅にある妓楼です。今回はまいまいツアーに参加しました!ここには昔80軒ぐらい妓楼があったそうです!この美しい建物を解体するのはもったいないと思った中国の方が買い取って旦那さんとリフォームしながら解放して見せてくれてます。ありがたいです😭避妊具の自動販売機があります!珍しい❗😲昭和初期まで、この廊下の窓から見える道が男性であふれかえってたので「男川」と言われたそうです。この地区の妓楼の家で生まれ育った80代の女性が案内してくれました。こんなに妓楼が注目さ
ずっとインスタとfacebookでフォローしている小池遊廓有楽荘にある富久有さん。時折落語会をしていたのでいつかお邪魔してみようと建物のなかが見たい下心でやっと行くことができました。落語も楽しみだったんですけどね。なにせ初体感だったから。見に行った方は登龍亭師鉄さん鉄道会社に入社したあと落語の道に進まれたそうです。岐阜県地元の方です。防災や鉄道など身近なテーマでお話が進みます。個人的に爆笑したのは伊勢鉄道と近鉄とシンデレラのコラボした伊勢デレラ。とっても面白か
遊女を思ってか?古い夢と書いてあるものが掛けてあり、その下に曼陀羅が掛けてありました。しーんと静まり返ってるこの地にポツンと妓楼のカフェがあります。玄関です、遊郭の建物の玄関個室が4つはあるかと思います。私が通された部屋からは川が見えます。妓楼のシンボル的なコウモリ🦇マークがありました。蠣の釜飯頂きました🎵ずっとここにあったのかな一階を散策させて貰いました。二階へ行きます。
3回前のブログで、「つと」さんのお話をご紹介しましたが、つとさんの仕事、「茶立女」とは。16世紀後半、大坂では秀吉による大坂城築城、城下町の整備が行われます。大坂城の南側(上町台地、地理的にええとこですわな)には武家町が作られました。上町台地の西側、湿地には町人町が。秀吉亡き後、徳川の時代になって幕府による治水事業が本格的に進みます。町人が開発を請け負い、新川の開削、新地開発が行われます。新地(堂島新地、堀江新地、曽根崎新地)の誕生です。新地の振興策として、茶屋が認められます
前回より続き。鯛よし百番の内部に入ります。もう凄すぎて、目があっちこっち忙しい。順番としては、まず控え室に案内されます。(この部屋もすごかった!)順序よくうまく説明できないと思いますが、写真だけでも、凄さが伝わるのでは。ちなみに、百番のHPで見学会の申し込みやVRもあるのでご興味あるかたはご覧になってください。登録有形文化財のお食事処「鯛よし百番」|hyakuban.jp玄関。足元。玄関あがったところにボーダータイル。よく見ると、
瀬戸市は細い道が何本もありました。いきなり目に飛び込んできました!旅籠屋?妓楼?渋いですね~✨普通の家なのか、どうなのか?味がある建物ですね~✨これです!これです!瀬戸市でただひとつ有名な瓢箪の飾り窓がある小さな妓楼!!!すいません🙏普通の家かもしれませんが、カフェー建築っぽい✨花街には必ず温泉があったのです☺️
推し活で初めて福岡に来たので、誰も行かない料亭跡地に来てしまった(笑)最近感じたのですが、このように入り口を木で見えなくしてる所はきっと営業してるのかと思います、普通の旅館ではない、と思う見るからにいい感じ!て事で福岡散策でした!
こちらも尾頭橋公園のまわりにありましま。自動販売機の所が遊郭の入り口でカフェーだったのでしょう、そして待合室だったと思われます。両側の柱はタイル張りになってますね。入り口と出口があるのも典型的な遊郭ですね!人が住んでるので、静かに静かに😓遊郭の近くには八幡温泉があります。遊郭→近くにお風呂がある。全くの民家なのか定かではないかが、カフェー建築にも見えますり尾頭橋駅さようなら👋
中村区出身のお友達に案内して貰い中村遊郭巡りに行きました。当時の「名楽園」です。数年前にあった立派な妓楼は解体されて破風の門だけジブリパークに移築しました。解体前に行きたかった…⤵️古い町並みのお店妓楼ではないか(笑)でも日本家屋とカフェー建築にも見える唯一また残ってる遊郭らいし建物裏に回ってみました味があるね➰渋い✨こちらの妓楼は今は蕎麦屋になってます。高級なのでお蕎麦だけ食べました。続く
先日書かせて頂いたブログ「伊勢音頭の舞台」の続編の様な形ですが、伊勢神宮の外宮から内宮へ向かう参宮街道の古市。本来なら、外宮方向より内宮方向に行きますのが、正しいのかも知れませんが、宇治山田駅からある程度までバスで向かいまして、そこから再び宇治山田駅方向に歩くと云う方法を取りました。というよりも、そう計画されてました。なんでだろうと思ってましたら、バスで通って納得。外宮→内宮に進む伊勢の参宮街道、途中ものすごく上り坂なのです。なるほど・・・と云う訳で、「伊勢古市参宮
河内長野に妓楼が残っている、ということで見に行ってまいりました。ここは、私は知らなかったのですが、マニアには結構有名だそうで、先達の方々のブログなどがございます。いくつか見ました中で、こちらのブログをリンクさせていただきます。歴史などしっかり書かれています。長野新地-南河内にあった謎の歓楽郷|遊郭・赤線跡をゆく|(yonezawakoji.com)長野新地は昭和8年、それまであった長野遊園に、市内に散在していたカフェーを集約する形で開設された経緯があるようで
久しぶり気の向くまま彷徨ってきました。いやいや、いつも彷徨ってますけど。強風のため電車の遅延が半端なかったので無事に帰宅できるかな不安を抱き電車に乗りました。三河三谷駅みたにだとずっと思ってたらみやだった。駅から目的地までにもゆっくり見たかった光景防火建築帯国道沿いに建ち並ぶレトロなソレは何度も車で素通りをしてやっと歩いてみることができた。写真に収まるとよくある地方の商店街みたいだな。ちょっと違うのはこの建物の裏側が海なのです。しゃくり上げて撮る通路から覗く
美香茶楼旧第二友栄楼「橋本の香」の数軒先に、元妓楼の第二友栄楼があります立派な門構えの妓楼ですが、こちらは、ごく一般的な妓楼だとか「橋本の香」と同じオーナーさんが、クラウドファンディングで資金を集めて中国茶カフェ「美香茶楼」にリノベーションしました奥に日の丸が見えます戦地に赴く兵隊さんのために、置かれていたそうですあふれる昭和感なぜか百恵ちゃんの写真が・・・赤いシリーズの作品かな鮮やかなグリーンの壁は新しそうY字形に交差する階段
橋本の香(旧三枡楼)明治から戦後にかけてここ京都府八幡市にある橋本は、多くの旅人で賑わう遊郭でした京都から京阪電車で行くと、橋本のひとつ手前の駅が石清水八幡宮、次の駅はもう大阪府です橋本駅で下車すると、石碑が目に入ります橋本渡舟場三丁とあります(一丁は109m)この先には淀川がありそこに渡し舟があった事がわかります橋本は、石清水八幡宮の門前町としての役割もあった町駅前の民家二階の手摺に擬宝珠(ぎぼし)が付いてる!透かし彫りも裸電球もある!これはも
前回より続きこちらは4軒長屋。4軒には意味があるそうで。5軒だと2対3に割れて揉める。4軒だと、2対2なら話し合い、1対3なら諦めるそうです。争いを避ける知恵ですね。別の筋骨。清水楼3階建ての元妓楼。かっこいい!鑑札、ありました。ガイドさんのお話、忘れてしまいました(;∀;)この芸者さんの絵は元々清水楼に飾られていたもの。今はお向かいさんに置かれています。その経緯を忘れてしまいました。