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「常茶」表千家における「常茶(つねのちゃ)」とは、七代如心斎が残した「茶の湯は常の事なり」という教えに由来する日常の所作の中に茶の精神を見出す考え方です。特別なことではなく、日々の感謝や、相手への気遣い、自然な立ち居振る舞いを重んじる、表千家の本質的なおもてなしの姿勢です。#常茶#如心斎#表千家#茶箱#茶籠#仕覆#茶の湯の愉しみ#ホームページ更新蒟醬茶箱(見立て)古裂で内張りをし自作の袋を添えて愉しんでおります。
9月号同門猶有斎お家元のことば天然忌にあわせたお話でした如心斎が認めた「時々勤拂拭」の文字ここには「輿太郎へ」と嗣子である啐啄斎の幼名があて名書きされています箱書きには如心斎の正妻が「此のかけものは、その方小さき時羽ほうき、ふくさの事音おしえの節、御書なされ候、大事にいたし可申候、かしく」と書かれているそうです羽箒、服紗は払拭するための道具その道具の扱いとともに常に心を払い清めるようにという教えをこの一行に託し、啐啄斎に伝え
9月のテーブル茶道🍵8月はお休みだったので久しぶりのレッスン今月のお軸は円相9月は七代目如心斎の命日で供茶3月にも供茶のお点前やったなーと微かな記憶…💦今回の主菓子は・お月見(先生手作り)うさぎ🐇をくり抜いたり細かい作業!器は滋賀の膳所焼きお干菓子は・抹茶落雁(先生手作り)・黄金色の芋金貨(舟和)
竹台子中置で濃茶のお稽古でした茶入と仕覆も如心斎のお好みのものです阿古多茶器薄茶を入れて使いますが仕覆に入れて茶入れとして濃茶もできます本歌は桜の木にてつくられ蓋は梅の木だそうです如心斎が依頼し、完成を待たずに亡くなられたため一周忌にて奉納いらい天然忌では決まって使われるのだそうですかぼちゃの仲間の阿古多瓜の形正面と蓋の向きに注意です仕覆は如心斎お好みの裂地如心玉金襴大小の宝珠が
いつも読んで頂き、ありがとうございます。ちょうど、七事式の記事を書き終わり、本日が、七事式を制定した、如心斎の天然忌です。実際の祥月命日は8月13日ですが、新暦に合わせ、9月13日に行われています。千家の兄弟である、裏千家八代一統宗室や、江戸千家川上不白と共に、香道の要素や、闘茶も盛り込んで作定されました。200年以上にわかり、引き継がれている事が、有り難いです。今月の同門誌表紙。秋草も吹き始めましたね。お茶の輪、着物の輪が拡がっていきますように。
9月は表千家の茶道を習うにあたって表千家中興の祖と言われる七代如心斎の命日になります。お家元では9月21日に、その遺徳を偲び天然忌が行われます。今回、自分が習っているお稽古場で天然忌にちなんでお茶湯に始まり、羽根香、花寄せ、組み合わせ点、且座とお稽古をしました。自分の当番は羽根香の亭主を行わせて頂きました。竹台子の一つ飾りの設えなのでなかなか本とかネットに実例が書いてないので困りましたが何とか炭点前をさせてもらいました。花寄せは茶室が華やぎますね。今年は暑かったせいで花を揃
9月のお教室の準備気が引き締まります!9月13日は表千家にて「天然忌」が営まれます7代如心斎のご命日1751年8月13日に亡くなられましたこれは旧暦のことであるため現在の暦では9月13日を天然忌としているそうです如心斎は表千家中興の祖と言われています江戸中期遊芸が盛んになり茶道人口も増えるという時代を背景にして新たな指導方法として「七事式」を制定されました如心斎一燈宗室(弟・裏千家8代)川上不白(弟子・不白流開祖)無学宗衍(
いつも読んで頂き、ありがとうございます。今年の夏は、ほとんど着物を着ていませんが、いつまで夏物で良いかは皆さん悩むところ。表千家では、天然忌まで夏物でよいとされています。9月13日表千家七代如心斎の命日が、天然忌です。七事式を考案した如心斎を偲び、七事式のひとつをお稽古するのが、習わしとなっています。過去の研究会。『2019年9月16日の天然忌(表千家茶道)、且座。』いつも読んで頂き、ありがとうございます。昨日の記事の続きです。Mさんのお点前で、円相の前にお
七事式は、言ってみれば稽古のための稽古と思っておりましたので、あまり深く考えたことはありませんでしたが、月刊紙「茶の湯」612号に七事式に関する川上不白の俳句の話題があったので、よい機会かもしれないので、七事式についての思い出やら、考えたことを書いてみることにします。備忘録かわりに記すだけですので、悪しからず。石塚修氏のお話によると、七事式制定に携わった不白が、無学和尚の偈に対して俳句にして噛み砕いて説いたことを紹介されています。無学宗衍の偈は花月互換機鋒看子細旦座是法住法位廻り炭
毎月送られてくる機関紙「茶の湯」に茶の湯と俳諧という連載があって、今月は石塚修氏の原叟宗左、覚々斎の茶杓の銘についてだった。氏は、茶の湯も室町以降の武家文化の影響、和歌よりも連歌との親和性が高く、江戸時代中期になると、俳諧の親和性が高まるとのことだ。その代表的存在が堀内仙鶴(1675~1748)で、江戸で俳諧を学び、のち上洛して俳諧師として名声を得た。覚々斎(原叟宗左)から茶の湯を学び、7代如心斎に俳諧を指導したそうである。紹介された写真の覚々斎の茶杓の「ねむたさをさませ新茶の初昔」句銘
こんにちは、ユリですやっぱり、学校が始まったばかりの土日に義実家に行ったのが週の後半にボディブローのように効いてきまして、寄り切られそうになりながらも週末に到達若干やばい感じがしましたが、何とか走り抜けましたー思うに、金曜日に踏ん張れたのも、「土曜日は朝からお茶のお稽古だから、ここでだらついてるわけにはいかんのだ」という自己暗示があったような気もします趣味大切今回は天然忌の行事/イベントはできないけれど、如心斎の命日にちなんで最初に「供茶」をしてから、薄茶のお稽古を
今日も、秋の陽射しが突き刺すような猛暑日となりました。今日は、まず、表千家七代如心斎の供茶(くちゃ)をしました。いつものように、薄茶のお点前をしていきます。茶筅通しの途中で、茶碗を建水前に置き、天目茶碗を取ります。湯で清めてから、もう一度、湯を少し入れ、拭かずに抹茶を一杓半入れます。天目台を丸回しをして出します。正客が取りに来て、花台の花器を左に寄せ、丸回しをしてから、右側に置きます。少し下がってから、総礼となります。このあと、七事式の「花
三千家ともに替紋として用いられている壺々(つぼつぼ)文の伝来については、京都の伏見稲荷を信仰した宗旦が、その門前で売られていた田宝(でんぽ)を紋に取り上げたものと伝えられている。一方、宗旦と伏見稲荷の関係は、正直なところさっぱり分からない。はっきりしているのは、裏千家においてこの文を使った道具は、8代又玄斎一燈のころからで、「裏千家今日庵歴代又玄斎一燈」(淡交社)には、壺壺香合(八代宗哲作)壺々大棗(八代宗哲作)壺々彫風炉(中川浄益作)壺々彫透煙草盆(
今日は朝から茶道稽古。先日の宗匠稽古で、月末にある実家での稽古場で行われる稽古での道具組を相談。棚物が竹台子になったので、早めに稽古人さん達にも慣れていただくためにも、本日より竹台子の稽古になりました。竹台子となると、大概が9月半ばあたりでしょうか。如心斎好竹台子一ツ飾などで点前をしたりします。そんなことで、早すぎるような気としますが、宗匠稽古となると、時期をきっちりとは合わせられません。ただ、やはり稽古として大切な点前ですので、しっかりと覚えていきたいと思います。
七事式を制定したのは表千家7代如心斎が中心となりその高弟川上不白(不白流の祖)中村宗哲(千家十職の塗師)と裏千家8代又玄斎(如心斎の弟)と大徳寺の大龍和尚、無学和尚といった禅僧らです江戸時代半ばのこと茶の湯が一般庶民まで広がったため1・大勢が稽古に参加できる2・ゲーム的な要素をとりいれモチベーションを高めるしかし3・七つの式には「偈頌(げじゅ)」が付けられ禅的な境地も求めるそういう稽古だそうです今日の研究会では
初釜ということで長板の皆具を準備しました師匠のところで1月に何度か炭・濃茶・薄茶のお稽古をしていただき家でも繰り返しました大丈夫と思って油断していたのでしょうね座り火箸に立ち火箸は忘れずにできたのですが茶入と茶筅を置く位置を逆にしていましたこれは生徒さんの前でのことです間違ったのですよ!私ごめんなさいその場ではそれとなく入れ替えましたがやりにくいことと言ったらありません茶筅通しをしようとしたら茶入の左かわに茶筅が置い
「如心斎の時代は、今日言う稽古事、すなわち点前の熱心であった時代と言えます。如心斎自身、その高弟たちと日々茶の湯をしたり、点前をしたり、七事式をしたり、その切磋琢磨によって、その心を磨く事を主眼として居られた時代であったように思います。」⭕️「点前は技量ではなく、技量はむしろ、自然その精神と境涯と共に向上するという考え方であります。」⭕️「(不白筆記(堀内家秘蔵)より)茶手前ハ師匠ニ不似ヲ好也」を引用して「茶の本義は形ではなく、その人にあるのであるから、その人、その人の本来の持ち味の出るの
数江教一氏の如心斎についての小論子、宗員(啐啄斎)に宛てた遺文より⭕️「第一茶道讲家風、古法ニ随(シタガ)ヒ、新法ヲ不可用事但、新法ヲ少シニテモ相立候ハバ、家滅亡之基ニ候、新法ヲサへ相立不申候ハバ、家長久、茶道繁昌、気遣相間敷(アルマジク)候条、平生(ヘイゼイ)相慎可申候」「これを読んで非常に面白く感ずるのは、後継の啐啄斎に、決して新法を用いてはならぬと、厳しく誡めている事である。茶の湯に新風を取り入れたのは、実に如心斎その人にほかならぬが、その当人が、新法には手を出すな、断じて古風
林屋辰三郎氏の、利休没後100余年の状況を俯瞰した記事が興味深いです。氏曰く⭕️「千家の中興者たちは、一世を蔽う遊びの風潮のなかに、これに即応しつつ新しい“禁じられた遊び”を案出したのである。禁じられた遊びには魅力がある。そこで一般には許されぬ、特別に免許を必要とする遊びに、茶道を仕立て上げたのだ。そしてその遊びの中に、伝統的精神をもりこむことを考えた。その為に免許の段階が作られ、千家では習事、茶通箱、唐物、台天目、盆天、乱飾、皆伝の七段階で、この段階の規定によって段階を超える事が禁じられ
目次と編集後記
紹欽曰く(茶話抄より)「「利休形の茶といふハ常に古風を忘れず、よろつ目立たぬ様ニ、しふとく、しつはりとするその心得なり、花やかなる事、はつみたる事、かならずこれなき事なり」といったことを掲げている。如心斎は新風の中に古風の、利休以来の伝統的な茶の湯の精神を生かす事を常に念頭においていたのであり、その点如心斎の茶は、新しくてまた古いもので有ったと言わなくてはならない。」「よろず目立たぬ事を心がけた事は、新奇を衒うことになるのを自戒したのであり、また流行に奔る事を「しふとく」引き締めたので有る
興味深い一文が有ったので記しておきます。「たた一筋に茶をたてる斗にてハ、其座しめり過て、あるいはしまらず」で、茶を点てる稽古ばかりで、そこに主客の礼法を伴わなかったら厳粛なものがなく、その稽古の場がだらけて、しまらないものになり、引いては「世上の雑談などに」なって、雑談しながら茶を点てるような始末になりかねないのであり、そこで如心斎は礼法を伴った稽古を案出したのである。つまり心のしまった稽古をしなくてはならぬしたのである。」私見補足)稽古中、弟子が今している点前に関係のない事を喋りながら
「茶話抄」は如心斎の茶話を、弟子“横井淡所”が抄録したもの。我が意を得たりの事が記されていたのでここにあらわします。古田紹欽氏曰く(茶話抄の解説として)⭕️「如心斎は室常清の言っているところに深く感銘し、茶湯は業や芸にしてはならぬとし、最も警戒すべきは道具の茶になる事であるとしている。覚々斎から如心斎の時代にかけて、茶道具の鑑賞が盛んになり、銘を附して珍重する事が行われ、引いては茶道具の値段が経済的価値の上で云々される様になり、茶道具を所蔵する事が投機的にすらなったのである」「その事を
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炉開きです。棚は寿棚。「柚子の黄はむいざ口切らん真壺かな」この「いざ口切らん」というとこが好き💕(口切りはしないけど)。、炉開きの晴れやかさや新たな決意を感じます。如心斎(表千家)の句とお伺いしましたが、掛けさせていただきました。石蕗石蕗も思い出深い花(野菜)ではあるのですが‥炉開きに西王母を使うのが夢なんです😑。うちの椿はいつ咲くのでしょう‥千福の祖母は島根と山口の境あたりがルーツなのですが、この辺りでは石蕗を佃煮にして食べるようで、子供の頃、摘むのを手伝った覚えがあります
9月29日は旧暦8月15日中秋の名月十五夜でした美しい月が上がりましたそして翌日9月最後のお教室でしたお二人の生徒さんが時間差でおみえになりました薄・虎杖・背高泡立草で出迎えまずはお月見の趣向でお濃茶です円相を高くかけて見上げたお月さまです十五個のお月見団子を三宝に盛りお供えしました花入:唐銅細口花:薄・ヒヨドリソウ・背高泡立草陰点前のときにお団子はさげて主菓子として出していただきました竹台子中
21日は天然忌のお稽古。(表千家中興の祖、七代・如心斎の命日を天然忌と呼び、供茶をして遺徳を偲ぶ)9月は如心斎の好まれた、竹台子一つ飾りで供茶をした後、やはり如心斎が制定された七事式のうち、且座などをするお稽古場が多い供茶は、二月の利休忌の時、夫の急な入院でお休みしてやっていないからと先生のお気遣いで。天目茶碗にお湯を入れてから、お茶をはくので、のんびりしていると湯気で茶杓が湿る。いつもよりは素早くを心がけた。竹台子一つ飾りは、釜の蓋を切るのもまっすぐ、柄杓もまっすぐ置くとか、水指を勝
棚:竹台子仕覆:鳥二重蔓牡丹金蘭茶入れ:老松溜塗り割蓋茶杓:象牙主菓子:栗きんとん先週に引き続き、表千家7代如心斎好みの道具で設えられており如心斎への敬意を感じた✨如心斎好みの本物のお茶入れは妙喜庵にあった枯れてしまった松の木で作られているそうです(先生はウチは無印だとおっしゃっていました)一つ一つの道具にもストーリーがあるんですね!長緒を考えたのも如心斎だったとか…今回、ずっと苦手意識があった長緒ですが何とか一
今回は点前の解説ではありません。物外の境風すずし大あぐら如心斎宗匠の投機の語(悟りを開いた時に発するその境地を吐露した言葉)人真似では無い投機の句は珍しい。「自分を離れ物を離れ、しかもその上に大座して、涼風が身体中を吹き抜けるほど清々しい」という意味。知られた話ですが、ある人が炭手前で炭を炉中に落としてしまったところ、その人は知らぬ顔をして他の炭を注ぎ落とした炭は灰の中に埋めてしまったと言う。見ていた一同が、これを上手と讃えたところ如心斎は、それを戒め、拾って注ぎな
本日9月13日は表千家のお家元にて天然忌が行われました(多分)「天然」というのは表千家7代、中興の祖とよばれる如心斎の道号だそうです如心斎=天然宗左御命日の日に如心斎を偲びます師匠から教えていただいたお茶湯(おちゃとう)(湯を入れた中に抹茶をぱらりと落としそのままお供えします)でただの円相(正式には円相の中に天然の文字があります)にお供えしました竹台子に中置きですガラッと秋めいた室礼ですお供えしたあとは秋の味覚をい