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Hallo!林川未来です!前回、嫁さんが着ていたワンピース。↓jouetie(ジュエティ)というブランド。買ったのは嫁さんなのですが、娘も大変気に入って…買ってすぐから娘ばかりが着て、自分の部屋に取り込んでしまってたのですよ(^_^;先日嫁さんがそれを奪取し、初めて着てお出かけ(B面みきおさんと)。そのあと、さてクリーニングに出そうと言うので…チャンス!じゃあその前に!と私が借りました(๑˃̵ᴗ˂̵)(こっそり娘の部屋から私が持ち出して、また元に戻す、なんて訳にいきませんからね
cakesの連載。今回は、あえて子どもに頼ってみることで、表れてきたさまざまな変化について書きました。>子どもたちが朝ごはんを用意してくれるようになったのは、私が普段から子どもたちに「頼る」ことを心がけているからだろう。親は完璧な存在などではなく、間違えることもあるし知らないことも多いし、カッコ悪いところもたくさんある。だから、親ができないこと、知らないことは助けてほしい。子育てで困ったときには、子どもに頼ってみるといい!?|女装パパが「ママ」をしながら、家族と愛と性につ
わが家のキャッシュレス生活に「パパpay」が導入された。「ごはんちゅう歌を歌わない2pay」「パパの仕事を増やさない5pay」など。100pay貯まると好きなものを買ってもらえるらしい。
『ときどき女装するシングルパパがふたりの娘を育てながら考える家族、愛、性のことなど』の書評を「図書新聞」3月6日号に、東條慎生さんが書いてくださっています。これまでの小説作品と結びつけて、「変身すること」「愛」などのテーマ性からこのエッセイ集を読み解いてくださっていて、書き手としてとても嬉しいです。
cakesの連載。今回は、子どもにとって将来とは、仕事とは、ということについて書いています。>こう振り返ってみると、先述した水泳の先生と同じような道を辿ってきたのかもしれない。生死に関わるような体験や強い決断をしたわけではないが、「こうなりたい」とどこかで強く思い続けていて、10年も20年もかかって、少しずつその姿に近づいていったのだ。子どもたちがもし、将来のことや進路のことで悩んだら、私は特に口を挟まずに見守っていると思う。それでも何か相談を受けたなら、ここまで書いてきたようなこと
私のオヤツのブラックサンダーを次女が食べたがったので、「あかん!これはパパのや」と断ると、「パパの小説ぜんぜん売れてなかったで」と叫んで逃げていった。その様子を見ていた長女が、「でもいま書いてるのは面白いから売れると思うよ」とフォローを入れてくれた。……消えたい。
FNNプライムオンラインさんから、エッセイ集『ときどき女装するシングルパパが娘ふたりを育てながら考える家族、愛、性のことなど』(WAVE出版)について取材を受けました。シングルファーザーの生活のリアルについても語っています。>こうした気持ちの揺れ動きを「親になることは、もう1人の人格ができる感覚。今までの自分と親としての自分。その間で揺れることもありますが、最終的に『親としての私』と『ひとりの人間としての私』は一つになると思ったんです」と話す。仙田さんにとって子育ては「子ども時代をやり
スクールカウンセラーさんのところに行った帰りに、集団下校中の近所の1年生たちに「がくちゃーん!」と呼び止められて、一緒にお喋りしながら帰ってきた。「わたしは将来何になりたいでしょう?」とかクイズを出されたり。楽しかった。
前に働いていたところのパートのお姉さんが、「娘が30歳になったけど、赤ちゃんのときより子どものときより、今が一番かわいい」と言っていて、親にとって子どもの可愛さはずっと右肩上がりなんだなと思った。
離婚前の生活で長女が繰り返し悪夢を見ていたらしい。枕元にミニーちゃんの長靴があり、それを下駄箱に戻しに行こうとしたらミニーちゃんに噛みつかれるという夢。いつも汗びっしょりになって起きていたらしい。離婚して引っ越してから見なくなったとか。
現代ビジネスで、一般社団法人ひとり親支援協会代表理事の今井智洋さんと、ひとり親家庭の実態についての対談をしています。>両親がそろっていると、家事と育児のほかに、経済的な面でも子供を「両手」で支えられます。ふたりで役割分担ができるし、片方の手が埋まってしまっても、もう片方の手でフォローすることができる。でも、ひとり親家庭の場合は「片手」しかありません。子どもが小さいと育児に費やす時間も分業できず、育児のために自分の仕事はセーブせざるを得ないところがあります。記事はこちらから☟
cakesの連載。今回は、コロナ禍のもとで過ごした年末年始の出来事を振り返っています。>かれこれ30分は走っただろうか、ようやく公園らしきものが見えてきた。特に広くもなく、滑り台やブランコのあるありふれた公園だ。子ども達は自転車を停めると一ヶ所に集まり、「オニゴ(鬼ごっこ)やろう!」と叫びだした。汗びっしょりになり、太ももに鈍痛を感じていた私はベンチで休もうとしたのだが、小4の子に「お父さんもやろう!」と誘われてしまい、仕方なく仲間に入った。記事はこちらから☟マンガにア
今日は空手の寒稽古。嵐山の渡月橋近くで、子どもたちは膝まで川に浸かり、突きを100本やってきた。終わると足が真っ赤になって痛い痛いと言っていたが、よく頑張った。
cakesの連載。今回は子どもたちと一緒に過ごしたクリスマスの思い出を振り返りました。>翌朝に目覚めた長女は包みを開き、木琴を手に取ると、天井を見上げて「サンタさんありがとう!」と叫んだ。日常的に使う言葉だが、これほど打算的でない、内側から湧きあがってくるような感情のこもった「ありがとう」は他では聞いたことがない。記事はこちらから☟「サンタさんありがとう!」天井に向かって叫んだ娘の思い
cakesの連載。今回は、京都アニメーション制作の映画「たまこラブストーリー」について書きました。>人生において、人はまさに成長しつつあるさなかに、「あ、いま成長した」と認識することはできない。振り返ってみて、さらに過去の自分と比較してやっと「あのときにはできなかったことができるようになっている」とわかるのが成長だ。つまり、成長とは過去完了形でしか認識することができない。だが「たまこラブストーリー」は、成長を、完了した出来事としてではなく、いままさに起こりつつある状態として描いている
歌舞伎町で怖い人に追いかけられて腕の骨を折られる夢を見て汗びっしょりで起きたら、隣で次女が気持ち良さそうに寝ていた。足の裏をくすぐってみたら、寝ながら「んふふ」と笑った。
書きかけの小説を、長女が読んで感想をくれた。めっちゃ緊張した。書いたものを読んでもらったのは初めて。
cakesの連載。今回は、「犬を飼いたい」と子どもが言いだしたことをきっかけに、ペットとして動物を飼うとはどういうことか、について考えました。>「犬は何歳まで生きるか知ってる?」「知らん」「だいたい10歳から15歳くらいまでやねん。だから今から飼ったら、長女が18歳とか23歳までずっとお世話していかなあかん。けっこう覚悟がいるんや」「えっそうなん。でも覚悟する」「あと、犬は人間より先に死んでしまうってことやねん。死んでしまったらすごく悲しくなるかもしれん」私がこう言うと、長女は黙って
「どうなりたいか」より「どうありたいか」をはっきりさせたほうが今が輝く、ということを子どもたちに伝えたい。
善逸が聡子さんに求婚してるシーン。長女が描いた。
cakesの連載。今回は、コロナ禍のもとで開催された保育園の行事にうちだけが欠席したことから、子どもの意思と親の「こうさせるべき」との関係について考えました。>子育てをしていると、親が「こうさせるべき」と思うことと、子どもの意思とが対立してしまうことがある。どちらを優先するべきかで悩むことになるわけだが、私は基本的には子どもの意思よりも親が「こうさせるべき」と思うことのほうを優先させるべきだと考えている。というのも、子どもには見えていない風景が親には見えていることが多々あるからで、「谷
みさえ「このおっぱい星人!」ひろし「おっぱい星人じゃない!」しんのすけ「あ!あそこにおっぱいが歩いてる」ひろし「え?」みさえ「ほらやっぱりおっぱい星人」ひろし「おっぱいが歩いてたら普通見るだろ!」
「鬼滅の映画のラストで煉獄さんのカラスが泣いてるところがよかった、マンガにはなかったけど」と長女が言うのでマンガ版を見返してみたら、確かにカラスは涙を流していない。細かいところまでよく観てる。
cakesの連載。今回は、「鬼滅の刃」と子育ての関係について書きました。>この3体(4体)の鬼の、あまりにも「人間」的なエピソードを長女が気に入り、そこから鬼たちの家族への思いや絆を感じ取っていることが私は嬉しい。善悪の判断基準は相対的なものでしかない、あるいは悪とみなされる側にもそれなりの論理があるということだけでなく、許されない行いをした人がいた場合、その行為は責められるべきだとしても人としての尊厳は損なわれないということを、物語の底から掴んでいるのだとわかるから。記事はこちら
ささやかなハロウィンパーティーのつもりでケーキふたつ作ったところで、近所の子どもたちがたくさんやってきて、総勢9人の子どもたちの胃にあっという間に吸いこまれていった。
長女「パパー、ニキビ柄で、画面も全部ニキビで、小説もニキビのことしか書けないパソコンが10円で売ってたらどうする?」私「いや……絶対いらんわそんなパソコン」
cakesの連載。今回はアニメ「ヴァイオレット・エヴァ―ガーデン」について書きました。>最初は自分が満たされるためにであったとしても、他人のために行動するうちに、成長し、救われたと感じて、自分は大切に思われている、生きている価値のある人間なんだと実感できる、ということもあるだろう。ヴァイオレットのあり方は、「精神的幸福度」の乏しい子どもが自分を大切にすることを覚えていく、そんな姿に重なるのだ。記事はこちらから☟ヴァイオレット・エヴァ―ガーデンと「手なし娘」
いらない段ボール箱に子どもたちが描いた絵。沖縄の海、らしい。
ダンゴムシの墓が、知らないうちに庭にできていた
cakesの連載。今回は、友達のはからいで、1年半ぶりに家族旅行に出かけた日のことを書いています。>——旅行から帰ってくると、楽しかったけどちょっと寂しい気持ちになるね。——なんで?別に寂しくないよ。長女は不思議そうに私を見つめた。私はちょっと考えてこう返した。——子どもは、初めてのことが多いやん?初めてランドセル背負ったり、漢字を覚えたり、跳び箱飛べたり。大人になると、同じことの繰り返しが多くなるねん。だから、たまに新しいことをしたり、行ったことない場所に行ったりするとめちゃくち