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ジャガーといえばデビル、デビルといえばジャガーというほどのライバル関係に会ったふたり。ジャガー2回目の引退試合もデビルと。1回目もそうだし、2回目も、って同じ相手を2回選んで引退試合した選手って過去にいたんだろうか、、、、1年のキャリアを超えてここまでライバルになれなのは素敵ですね。
なんと、、、デビル誕生日は7日、過ぎてました、デビルさん、ごめんなさ〜い。ということで、デビル雅美写真館いってみましょう(^o^)デビルさん、お誕生日おめでとうございます(^o^)
ジャガーとデビルの女帝コンビ。ダイナマイトギャルズ、極悪同盟、JBエンジェルス、レッドタイフーンズ、獄門党などいまで時々パートナーと並ぶ姿が拝見できるレジェンドたちですが、そして最近はクラッシュも。ジャガーとデビルの女帝コンビはいまではふたりが並ぶ姿をみることができなくなってしまいましたね。さらにヤングペアそしてデビル軍団の最強ペアこのあたりもまったく見ることができず当時を知るファンとしたら寂しいですね。
女帝、それぞれの全女引退。ジャガーは特に肩叩きもなくきれいに引退。デビルは引退をきめたあとのカナダでリフレッシュしたあと、肩たたきの負けブックをかなりのまされての引退。対象的でしたね。しかし、デビルは復帰後、神取といきなり引き分け、力は衰えてないことを証明。逆にジャガーは飛鳥、バイソンと復帰したけれどなかなか現役の選手についていけずはじめは苦戦してましたね。デビルのほうがブランクもなかったこと、引退したときよりも身体を大きくして神取と戦ったこともあるかもしれないけれど、あれだけ自分に
実質84年の川崎の対クラッシュからタッグリーグ優勝までが活動期間。その後もまれに組んでましたが、大きな活躍はなく。それでもジャガーのベストパートナーは?ってきけばヤングペアの塙ではなくデビルって答えが帰ってきそうだし、デビルはタランチェラという最高のパートナーがいたからどっちもいいんですけど、お客様へのアピール度と最強のペアって考えると女帝コンビのジャガーなのかな?とも思います。1度くらいペアとしてWWWAタッグを巻いてもよかったようにも思いますが、、、タッグリーグ優勝後に挑戦となったらタ
1984年のタッグリーグ直前、ジャガーとギャラクティカの2冠戦の調印式も兼ねてのイベントでしたね。この年は1978年のクイーンエンジェルスが優勝したタッグリーグに並ぶ正式なペアがずらーっと揃った大会でみていてワクワクしましたね。女帝コンビ、ダイナマイトギャルズ、クラッシュギャルズ、JBになる前のフレッシュコンビ、極悪同盟、ギャラクティカとゴンザレスのメキシコ最強ペア、そして新人から中野と小倉のペア。もちろんフレッシュコンビや中野&小倉はこの時点での優勝は難しいでしょうが、それ以外の五チーム
1983年、デビル軍団は前年からダイナミックジャガーズと抗争真っ只中。ファンはなんとなく実は仲良しでしょ?と知っていたけど、一見さんは、え?そうなの?仲良くてリングの上だけあんなに凶器とかでやっちゃうわけ?と信じられなかったと思いますが。女帝コンビ結成一年前にファンにパチリと撮られてます(笑)横田の表情がファンサービスとともにこの写真とられちゃっていいのかね?といいたげな表情に見えますが、いかがでしょうか。むかしはプロレス雑誌にこういうファンが送った一枚が載るページがありましたよね。そ
1984年にデビル軍団が解散してベビーフェイスになるデビル雅美ですが。実は1981年に何試合か、ベビーフェイスとして戦ったことがあるのです。それは1981年4月19日A班人吉大会横田&デビル(2-1)ジュディマーチン&グレーブル1981年4月21日A班愛媛野村大会ミミ&デビル(2-1)マーチン&ジョイスグレーブル1981年4月25日A班日野町大会デビル(時間切れ)マミ1981年4月26日A班日進大会ジャッキー&デビル(2-1)マミ&マーチン1981年5月20日A班吹上大会ミ
84年のタッグリーグでデビルが着ていた水着。テレビマッチだと84年のタッグリーグ初日のvs極悪同盟、それからノーテレビの同率四チームのトーナメント一回戦のvsダイナマイトギャルズできていましたね。キャンバスが無地なのでローカルでも着ているようです。長与戦?しかしこの水着、タッグリーグがおわるとせっかく横田と揃えたのに、もう何回か着たからいらない!と思ったのか、この日だけ貸したのかわかりませんが、大森ゆかりが山崎とのタッグでクラッシュギャルズと戦うテレビマッチで着ております。山崎が横田が
1984年の一月3日、マラソン大会の日。近くの神社で祝詞をあげていただいたあとにこの神社からマラソン大会スタート。ユウとタランチェラはさりげなく素顔なので隠れてますね。この年、売り出しのダンプ松本に改名が決まった松本が前列、ダイナマイトとクラッシュが二列目、立野が三列目で小倉が二列目??ミミもいる貴重な一枚。しかし、ミミとタランチェラはこの時点で引退がきまっていたのでしょうね。
1984年のタッグリーグは選手間でももりあがったようです。翌年のタッグリーグのときに去年はあんなに選手同士でも盛り上ったのにね、という話をダイナマイトがしておりました。翌年もりさがったのは女帝とダイナマイトだけだとおもいますけれど、前年のもりあがりはたしかに見ている方も女帝だろうね、で、対抗はクラッシュ、川崎の決着を決勝でつけるんだろうな、とわかってはいましたが、それでもドキドキみてました。そんなタッグリーグの前夜祭?別会場でタスキをつけて全選手集まっての記者会見。?あんまりこの年の全
84年のタッグリーグ、女帝コンビが優勝したのですが。準決勝のダイナマイトとの試合の写真をあつめてみました。ローリングセントーンが決まり手!はじめてこの技をうける選手みました。堀、あっぱれ!ですよね。
え?と思うでしょうが実現しているんですよ。1979年3月12日トミーがモンスターに挑戦したノースアメリカン選手権が行われた愛知大会のセミ前。ゴールデンペアvs若き日の女帝コンビ(横田利美&高橋雅美)全員美がつくビューティ対決か?試合はもちろんゴールデンペアが女帝コンビをやぶっております。すごい貴重な試合ですよね。見たかったカードでした。