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こんにちは!りょうこです。與謝野源氏、3巻を読み終わりました。3巻は、光源氏が、やりたい放題な状況から、→自分のスケベ心で女三宮と結婚→紫の上に見放される(気持ちの上で)→親友の息子が女三宮にほれ込み、無理やり関係を結んで妊娠させる(女三宮は同意していないので、真の被害者は女三宮だが、源氏としては「若いモノがふたりで私を笑っていた」と受け止めている)と、坂道を転げ落ちる(?)様子が描かれます。源氏って、紫の上に見切られてるのに、気がついてないんだよね。いつまで
「源氏物語5」角田光代訳「若菜上・下」「柏木」「横笛」「鈴虫」まで光君39歳~50歳頃この長い長い物語、起承転結で言えば、いよいよ「転」。特に「若菜」は最高傑作と言われるだけあって、どうなるか知っていてもぐいぐいと惹き込まれる。女三の宮の所の唐猫が御簾を捲り上げて、物語が動き出す。柏木はその唐猫を手に入れ、女三の宮の代わりとして愛情を注ぐ。「(唐猫が)来て、ねうねう、といとろうたげになけば、かき撫でて、うたてもすすむかな、とほほ笑まる」(=原文)の辺りは、柏木の一途な思いが切な
いつもご覧頂きありがとうございます。『女君で紐解く「源氏物語」』その五〜女三の宮〜今回は、女三の宮にスポットを当てます。2024年10月24日木曜日13時30分開演日比谷コンベンションホール「若菜上」女三の宮の登場から、光源氏へ降嫁。「若菜下」蹴鞠の折の垣間見の場面。柏木が女三の宮を見て、心を奪われます。御代がかわり、御賀の時のために、源氏は女三の宮に琴を教えます。そして女楽の場面。紫の上、明石の君、明石女御、女三の宮、4人が華麗に演奏!柏木と女三の宮、密通。。。
くらしのオーダーメイド館403のコラム「風呂敷で楽しむ和のくらし」今年2024年はNHK大河ドラマ「光る君へ」に因み、源氏物語の頃の生活について、学びながらお伝えしたいと思います。今月は「源氏物語の頃の衣食住10」風呂敷で楽しむ和のくらし/住まいのオーダーメード館403インテリア・建材のオーダーメードができる!リフォームや快適な住まい生活作りに役立つ、住宅関係の製造業者を全国から集めたポータルサイト住まいのオーダーメード館403には、住まいを快適にする住宅建材から生活空間を
二週間もある!と思っていたらもう明日、第27回本当にあっという間に時が過ぎていく・・・・今日は梅雨の晴れ間お洗濯からお布団干し、靴の陰干し、部屋の喚起とやることはいっぱいだけれど、気持ちいい汗昨夜は意外と涼しく北側の廊下を網戸にしておいたらエアコンも扇風機も無く、眠れました久しぶりに自分のベッドでやっぱりエアコン使わないと朝起きて、顔がすっきり、ほっそりしている足も浮腫まないのか?起きた時、ロボット歩きではなく、サッサッと普通に歩ける自然の風で寝たい
やっと(元気が出て)見た、水曜日の趣味どきっ!女三の宮の回!!私の最近の楽しみ…でも来週で最終回😭😭😭実は私が今読んでる角田光代訳の源氏物語は4巻まで刊行されてて読み終わってるんだけど女三の宮は5巻から出てくるの!!!だから若干のネタバレというか…まあ事前学習と思って番組を先に見てしまいました🥺💕女三の宮は、朱雀院(光源氏の腹違いの兄、かつての弘徽殿女御の息子)の娘なのよね!番組の中でも言われてたけど、女三の宮はとくに部屋の名前とかもなく、三番目の姫君だから「女三の宮」。先生は、一
ついに「源氏物語掛軸」が完成しました‼️8月から習いに行き、月2回の作業。しかもけっこう難しいのをいきなり始めたので😅とにかくあたふたしまくりでした。源氏物語「鈴虫」の場面です。寝そべりながら扇に和歌を書く源氏。隣にいるのは源氏の正妻で、出家した女三の宮。出家したから、髪が短く尼削ぎに描かれています。脇には女房(侍女)。右上には蓮が咲く池。御簾と廊下。几帳。この几帳と、雲はきらきら光ってきれいです。これ、元はメルカリに出ていた風呂敷です❗
源氏物語には430人以上もの人物が登場するという。婚姻関係にある夫とは別の男性との関係から産まれた不義の子で、物語において重要な役割を演じているのが冷泉院と薫。冷泉院は桐壺帝の子として桐壺帝の2代後に皇位を継ぐが実は光源氏の子。光源氏は桐壺帝の子であるので、冷泉院は桐壺帝の血は受け継いでいるものの実際には桐壺帝の孫となる。物語の中では、桐壺帝は冷泉院を自分の実子と考えていたように描かれている。3部構成ともいわれる源氏物語の第三部の主人公は薫。薫は光源氏の子となっているが、頭中将
吉田山荘での源氏物語の会、10月31日に参加してきました。今回が全5回の最終回です。前回は光源氏の人生の実りの時期だったのですが・・・『源氏物語の会2回目』源氏物語の会は、百人一首の会の派生として昨秋にスタート。第5週の火曜日の11月29日、1月31日、5月30日、8月29日(今回はここ)、10月31日の5回のシ…ameblo.jp一気に暗転し、人生の冬の時代を迎えます。光源氏は若い頃、父の后の藤壺女御と道ならぬ恋をします。後の冷泉帝が実子であるという重い秘密を背負います。四十歳の時
『源氏物語』では、深泥丘界隈が2回登場します。1度目は第39帖「夕霧」で、2度目は第53帖「手習」から最後の巻である第54帖「夢浮橋」にかけてです。全54帖に及ぶ大長編が、深泥丘界隈で幕を閉じます。物語の中で最も重要な場所の一つと言えますが、紫式部が物語の締めくくりにこの場所を選んだのには理由があると感じています。今回と次回の2回にわたり、描かれた場所をご紹介してまいりますが、内容について詳しく触れていきますので、未読の方はご注意ください。源氏に降嫁した女三宮への想いを断ち切れない柏木
さて、その夜明け方、八の宮がお勤行をなさっていらっしゃる間に、薫の君は、あの老女(弁の君)とお会いになるわ。弁の君は、姫君の御後見として仕えていて、年は60に少し足りない程だったけれど、優雅な嗜みのある様子の人だったのよ。弁の君は、故・柏木の衛門の督がずっと悩み通して、挙げ句の果てに御病気になり亡くなってしまった経緯をお話するわ。薫の君は「長年気がかりで知りたかった経緯について、お知らせ下さいと仏にも祈って来た効があったのか、こうした夢のように哀れな昔話を、思いもかけない機会にきく事が出来
源氏物語名場面⑧出生の秘密産まれたばかりの薫を抱く源氏『源氏物語絵巻』国立国会図書館デジタルコレクション◇他言無用母:女三宮(源氏の北の方)生物学上の父:柏木(頭中将の嫡子)戸籍上の父:光源氏(48歳)当時権力者であった源氏は薫が女三宮と柏木の不義密通の子と知りながら我が子として育てた。あたかも故桐壺帝が知ってか知らずか(気付いていると仄めかしているとも読める場面あり)源氏と藤壺の不義の子/後の冷泉帝を生涯わが子として大事に育てたように。▭
柏木の衛門の督は、女三宮の御出産や御出家の事を聞き、もう回復の望みも無い位容態が悪化するのよ。柏木は、北の方の女二宮の事をお可哀想に思い、今更こちらにお越しいただくには宮の身分上軽々しい事だろうし、父・大臣も母・北の方も何かの折にうっかり女二宮のお姿をお見かけする様な事態もあってはならない、と思うのよ。そして「一条のお邸にどうしてももう一度行きたいのです」と言うけれども、両親が許さないのよ。それで、衛門の督は、誰彼なしに自分の死後の女二宮の事を頼むのよ。女二宮の母・御息所は、この結婚
お山の朱雀院は、女三宮のお産が無事終わったと聞き、早くお会いしたいと思うけれど、引き続いてずっとご病気だとばかり伝えられるので「どうなる事か。。」と、お勤めも怠りがちになり、心配ばかりしているのよ。源氏は「女三宮が五十の賀の席で久々に父・朱雀院に会って以来の方が父院が恋しくてたまらないのは、もう二度とお目にかかれなくなってしまうからでしょうか。。」と申していると、人を介して院にお伝えするのよ。朱雀院は耐え難い程悲しくなって、出家の身としてはあるまじき事と思いながらも、夜陰に紛れて山を降り
『源氏物語』五十四帖の巻名のひとつ。第36帖。巻名は作中で柏木(下記)の未亡人落葉の宮が詠む和歌「柏木に葉守の神はまさずとも人ならすべき宿の梢か」に因む。『源氏物語』に登場する架空の人物の通称。「柏木衛門督」とも呼ぶ。頭中将(内大臣)の長男。・・・以上ウイキペディアより源氏48歳紫の上40歳女三宮22歳薫1歳夕霧27歳柏木32歳ーーーーーーーーーーーーー柏木の衛門の督は、一向に快方に向かわないまま新しい年を迎えたわ。父・大臣と母・北の方の悲嘆する様を見るにつけ、
朱雀院50歳の御賀は、そんなこんなで延期になっていたのよ。ただ、柏木の衛門の督の北の方の落葉の宮(女二宮)だけが10月に朱雀院の居るお山にお祝いに行ったわ。舅の太政大臣が万事お世話をなさったので、盛大な中にも細やかに配慮された格調高い儀式だったのよ。柏木も、体調は優れないものの無理に出席したわ。さて朱雀院は、女三宮の病気の事を聞いて心配するのよ。ここ何ヶ月も源氏が二条の院の紫の上の所にばかり居て、女三宮の所にはほとんどお越しにならない、と人が申し上げるので胸が潰れる程心配なのよ。
源氏は、例の手紙がまだ腑に落ちないのよ。人の居ないところで繰り返し読むと、言葉遣いが歴然としていて柏木の中納言本人に違いないと思われる節があるわ。。言葉を尽くして書き続けている文章はなかなか優れていて感動的だけれど「恋文などこうもはっきり露骨に書くとは。。文章はできるだけ簡略にしてぼんやりと書き紛したものだった。そういう用心深い細かな気配りはなかなか出来難い事だったのだなあ。。」と、女三宮と共に柏木の衛門の督の浅慮をも軽蔑するのね。そして女三宮に対しても、自分がじかにこんな疎ましい秘密
源氏は、六条の院に行くと、留守の間に溜まった仕事があるので、すぐに紫の上が居る二条の院には帰る訳には行かないのよ。そこへ使いの者が来て「紫の上が息絶えてしまわれました」と告げるのよ。源氏は何の分別もつかず、二条の院に帰るわ。邸内からは人々の泣きわめく声が聞こえて来るわ。お仕えしている女房達が残らず自分も死出のお供をしたいと泣き惑う有様はこの上ないわ。。源氏は「たとえ息が絶えたとしても、物の怪の仕業ということもある」と験力の秀れた験者たちを残りなく呼び集めるわ。験者たちは、本当に黒
短歌を紹介する番組で選者の吉川宏志先生というひとが源氏物語の女三宮の歌、立ち添ひて消えやしなまし憂きことを思ひ乱るる煙くらべにを紹介していてこの「煙くらべ」という言葉にひどく感銘をうけた話をしていた。女三宮というのは源氏物語の中ではあまり好ましくない人物として描かれる。源氏は女三宮と出会ったころすでに四十代で紫の上と安定した関係を築いているのだが朱雀院の頼みでそのころ15歳くらいの女三宮を正妻として迎える。ところが彼女はあまりに
柏木は、そこから女二宮のお邸には行かず、父大臣のお邸にこっそり帰るわ。あの猫の夢が、確かに妊娠の印として正夢になる事は無いだろう。。と恋しく思い出すのよ。「なんと言う大それた事を。。これでもう堂々と世の中に生きて行く事も出来なくなってしまった。。」と恐ろしいやら恥ずかしいやらで出歩く事もしないわ。柏木は「帝の御寵愛のお后と間違って過ちを犯し、それが発覚した場合にも、これほど苦しみを味わうのなら、いっそ死ぬ事になっても辛くも思われないだろう。自分の場合は、それほどの大罪のは当たらないにし
源氏47歳紫の上39歳女三宮21歳明石の御方38歳明石女御19歳夕霧26歳柏木30歳ーーーーーーーーーーーーさて、柏木の衛門の督は、中納言に昇進していたわ。自分の信望が増すにつけても、女三宮への失恋を嘆かわしく思って堪らなくなり、女三宮の姉の女二宮を北の方にいただくのよ。女二宮は身分の低い更衣が母君なのね。この方のお人柄は、普通の人に比べるとそのご様子は上品であるのだけど、初めの女三宮の印象が強かったので、どうしても柏木の心は満たされないのよ。ただ世間体的に
紫の上は、何かにつけ女三宮などの威信が増大して行く中で「自分は、ただ源氏お一人の寵愛にすがって今まで人に引け目を取ることなく来たものの、歳を取り過ぎてしまったら寵愛もしまいには衰えるだろう。。そんな惨めな目に逢う前に出家したい」と思い続けていたのよ。でも、それを源氏に言うと反対されるから言うのを遠慮しているのよ。帝まで女三宮についてご配慮されるので、源氏は女三宮を疎略に扱う事も出来ず、女三宮へ通う夜が紫の上と等分になってくるわ。これも当然と紫の上は思うけれども、心には酷く堪えていたのよ
源氏:41~47歳、紫の上:33~39歳、女三宮:15~21歳、明石の君:32~38歳、明石女御:13~19歳、夕霧:20~26歳、柏木:25~31歳ーーーーーーーーーーーー柏木の衛門の督は、「高嶺の花に恋をしても無駄」という小侍従の返事をもっともな言い分だとは思うのよ。でも、せめて一言で良いから、女三宮と直接お話がしたいものよ、と思うのね。こんな事情さえ無ければ、源氏を立派なお方と当然尊敬するのに。。と思うのよ。(※源氏は女三宮を体面的にしか大切にしないので。)3月の晦日の
すみません。誤って途中で削除してしまいました。再度記載しました。文面は元の文面とは少し違うと思います。「いいね」下さった方申し訳わりません。夕霧の大将は、女三宮との結婚を全く考えなかった訳ではなかったのよ。だから、そのお方がすぐに身近においでになる事にとても平静ではいられなかったのね。一通りの御用にかこつけては、女三宮の御殿の方に参って女三宮の御様子やお人柄などを観察されるのよ。女三宮は、たいそう初々しくおっとりとしていらっしゃるばかりなのね。でも、それほど際立って奥ゆかしい
桐壺にいらっしゃる明石の女御は、入内以来ずっと里に下がれずに居たのよ。東宮がお離しにならないからよ。でも、まだ年若い女御は、窮屈な宮仕えを苦痛に思って居たのよ。夏頃、女御は御気分が優れなく辛がっていらっしゃるので、どうやらおめでたの悪阻だったご様子なのよ。まだいたいけなお年頃なので、お産はさぞ大変だろう。。と誰もが心配するわ。そのうち、女御はやっとお里下がりが叶うわ。紫の上は、女御のお部屋をお訪ねするついでに女三宮にもご挨拶に行きましょう。。と源氏に提案するわ。源氏はそれを喜ん
次の朝、源氏はこちらのお部屋(東の対:紫の上のお部屋)で目覚め、女三宮には(昨夜訪れる事が出来なかった言い訳の)お手紙を差し上げるわ。手紙は白い梅の枝につけてお届けになったのよ。女三宮からのお返事は手間取るだろうから、奥に入って紫の上に白梅の花をお見せするわ。「梅もいろいろ他の花に目移りしない時節に咲くから注目されるかも知れない。桜の季節に梅を並べて比べてみたいものだ。。」と言っているうちに女三宮からお返事が届くわ。源氏は、紅の紙に包まれた目立つそのお手紙に、紫の上の手前どきりとする
この年、源氏は40歳になったのよ。帝も、国を挙げての行事としてお祝いするご意向だったけれど、大げさな儀式ばった事はお嫌いなので、全てお断りするのよ。正月23日は子の日に当たったので、髭黒の左大将の北の方の玉鬘の君がお祝いに「若菜」を源氏に送ったのよ。実はその計画は、前から秘密にして準備して居たので、源氏も辞退出来なかったのよ。で、この儀式のお道具類は、玉鬘の君が美しく用意したのよ。参賀の方々が参上したので、源氏も御座所に出た時に玉鬘の君に逢ったのよ。お二方の心の内には、昔の様々な
その年も押し詰まったわ。朱雀院は、相変わらず病気が重いままだったのよ。院は心急かされて女三宮の裳着の式を思い立つわ。朱雀院のなさる行事も、恐らくこれが最後となるだろう。。と帝も東宮も唐渡りの品をたくさんお送りになるわ。六条院からもおびただしい献上品が届くわ。秋好む中宮からは、その昔、中宮が御入内の時に朱雀院が送った御髪上げの用具にお祝いの意味を込めて新しく細工を加えた物が入れられていたわ。中宮からは「いつも髪に挿しながら昔の帝のお情けをしみじみと感じておりました。この美しい小櫛も
「若菜」(わかな)は、『源氏物語』五十四帖の巻名のひとつ。第34帖。本巻は源氏物語中最長の巻であり[1]、現在では通常本文の存在しない「雲隠」を除いて「若菜上」(わかなじょう)および「若菜下」(わかなげ)とし、それぞれ第34帖、第35帖とされていることが多い。源氏の絶頂期であり、同時に衰運の始まりとなる時期である。本巻の巻名は、光源氏の40歳の祝いの席に養女の玉鬘が若菜を差し出したことおよび光源氏の歌「小松原末のよはひに引かれてや野辺の若菜も年をつむべき」に因む。・・以上ウイキペディアよ
今夜の夜勤美女は若菜さん。初めてお会いした時源氏物語の五十四帖の中で「若菜」の巻は最長の長さを持っていることを説明して親しくなろうとしたことを思い出した。🤣若菜で思い出すといえば、もう40年近くも昔、大学3回生になって現在でも盛んに交流が続いているゼミが結成されてまもなく、そのゼミの場でなんらかの拍子に「若菜」というワードが出た時のこと。ゼミの運営委員長で、その後40年にわたり親友の河童の郷久留米市田主丸に住むナカムラが、間髪を容れず、『六条御息所(ろくじょうみやすどころ)の生き霊❗