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2013年2月28日首里城沖縄の初日は、さっそく首里城の観光です。首里城と言ったら、2千円札の守礼門ですよね。と言うわけで、ハイ、守礼門で〜す・・・!アハ・・・、すいません。工事中のため、こんな姿でした。そこで、写真が置いてありましたので、ご覧下さい。えっ、これでも満足できない。ハイ、そのようでして、観光地の三大ガッカリの一つがこの守礼門だそうで、それ以外の二つは、札幌の時計台と高知のはりまや橋だそうです。ガイトさんが言っていたのですが
首里城は沖縄那覇市にある城趾で、14世紀に創建され、1429年から最後の国王・尚奉が明治政府に明け渡す1879年まで琉球王国の国王の居城でした。この首里城は内郭と外郭に分けられ、内郭は15世紀初期に、外郭は16世紀中期に完成しました。しかし1453年、1660年、1709年に3度焼失した後、1945年の沖縄戦で4度目に焼失した首里城は、1992年、沖縄の本土復帰20周年を記念して復元されました。そして2000年に首里城跡が「琉球王国のグスク及び関連遺産群」と
前略、前記事⬇️の続きになります『おもろまち駅とおもろ天空橋』知人がショッピングモールで暴れて警察に捕まったから迎えに来てって連絡があり、それは大変だって慌てて身支度しようとしたところで目が覚めたうむ…夢の中でハッキリと…ameblo.jpゆいレールで、おもろまち駅から首里駅まで移動しまして🚃あたしには毎度のコトですが、道を間違えたことに気付いて戻ったりしながら首里城公園の入口までやって来ましたゆいレール全駅訪問のノルマは前日までに達成したので、沖縄滞在最終日のこの日は観光客に化けた
前回の続きです。今回は奉神門から正殿前までです。首里城奉神門です。この門をくぐると正殿前広場です。城でいえばこの内部が本丸です。壁の赤塗料「久志弁柄(べんがら)」について、久志(名護市)の水辺に存在する鉄バクテリア由来であることが分かり、前回の復元時は、正体を突き止められず使用されませんでした。奉神門の正面を拡大しました。赤枠が2019年に焼失した建物です。奉神門解説板です。今回は焼けませんでしたが、沖縄戦で焼失していたので、1992年に復元されま
1月5日(木)『2023.01.05沖縄旅行:首里城公園①守礼門~瑞泉門』1月5日(木)ちょっとここで琉球王国について約450年間にわたり、日本の南西諸島に存在した王制の国琉球王国とは、今から約570年前(14…ameblo.jpイラスト:ホームページより拝借漏刻門「漏門」とは、中国語で「水時計」という意味。この門の上にの櫓の中に水で時間をはかる水槽(水時計)が設置されていた。門を過ぎた広場には日時計があり、その二つで時刻をは
<2022年3月18日>観光ガイド付きの首里城見学ツァー。3年前に焼失した「正殿」の上に仮設の箱があって、「土台」がむき出しになって見物できるようになっていました。首里城の中心である「御庭」の解説です。「奉神門」の真正面ですから、まさに「正殿」があった位置。別棟で修復作業が進む「大龍柱」の解説もありました。「北殿」と「南殿」の解説。「土台」の周りを一周できます。焼失したことで、土台の発掘調査ができたことになります。創建から4回も焼失し、少なくとも7
<2022年3月18日>観光ガイド付きの首里城見学ツァーは「正殿のあった」御庭まで来ました。このときは養生壁に囲まれた「一大工事現場」と化しており、壁に「首里城復元に向けた取組み」が紹介されていました。「正殿」の復元工事も始まります。「奉神門」から内側には、板張りの見学コースが造られていました。見学コースから修復中の「漏刻門」、「廣福門」も見下ろせます。高い位置にある見学コースにはところどころに眺望の解説画像があります。実際の眺望と見比べながら歩いて行きました
<2022年3月18日>観光ガイド付きの首里城見学ツァー。「奉神門」をくぐって「御庭」のエリアに入りました。正殿も南殿も北殿もなくなり、現在は大工事現場です。これを見せつけられると、本当に火災で焼失したことが実感できます。かろうじて養生壁に「ありし日」の姿が描かれていました。10年前の2012年に訪れたときの映像を再掲しておきます。そんな「ありし日」の姿を、ガイドさんが懸命に説明してくれました。「首里城復元に向けた取組み」が説明されています。正殿
<2022年3月18日>観光ガイド付きの首里城ツァーは「奉神門」をくぐります。「下之御庭」の解説です。「御庭」の全体図です。この「奉神門」の内側が、殆ど焼失してしまいました。「奉神門」の内側へ。「奉神門」の解説です。「奉神門」をくぐれば、正殿前広場へ出ます。
<2022年3月18日>観光ガイド付きの首里城見学ツァー。「廣福門」の内側に入って来て「大龍柱」の修復現場を見学。次にガイドさんが立ち止まって説明してくれたのが、このポイントです。「首里森御嶽(すいむいうたき)」。王国の重要な儀礼の際に拝まれる場所です。門の上にがじゅまるの木が生えている形でした。次に「奉神門」をくぐります。門をくぐるまえに「奉神門前の天水甕」の解説がありました。門の前に4つの大きな甕が埋められていたそうで、消防用に水をためておいたも
2019年5月に初めて沖縄へ行ってきました。旅のメインはMYFIRSTSTORY(マイファーストストーリー)のライブ参戦でしたが、旅の2日目と3日目は1度は行ってみたかった美浜アメリカンビレッジや首里城公園へ。このブログには旅の記録として首里城公園で撮った写真を載せていきます。感想などは後日追記するかもです。では、さっそく守礼門(しゆれいもん)から奉神門(ほうしんもん)まで!・首里駅から守礼門まではこちら・首里城正殿から世誇殿まではこちら・東のアザナ(展望台)はこちらーーーーーー
ただいま和歌山県にて柿の摘蕾(てきらい)の仕事をしているので、写真のストックが切れてしまいました。よって何時ものように古い写真をテーマ別に載せる予定です。仕事の疲れから枚数が10枚位に成るかもしれません。今回は「日本の城」を載せてみました。掛川城天守2014年11月10日撮影静岡県掛川市掛川にあるこの城は、平成6年(1994年)4月に日本初の「本格木造天守閣」として復元(木造復元天守)されたものです。岡崎城2014年12月9日撮影愛知県岡崎市康生町の岡崎城は徳川家康が生まれた城として
【これまでのお話】初探訪の首里城公園は、有料エリアに辿り着くまでの道程もそれは素晴らしい建造物と眺望のオンパレードでございました。旧字で記してきた門の新字表記は以下の通り。守禮門=守礼門・歓會門=歓会門・廣福門=広福門前編ではこの図の「14木曳門」までの歩け歩けっぷりが記してあります。パンフの図がやはり見やすいですね…後編のために最初に貼っておきます。スタンプラリー用紙を渡してくれたときに、係の方が勧めてくれたのが「西(イリ)のアザナ」だった。(余談ですが沖縄独特の方角呼称ってものす
2015年の暮れ、全日本選手権。北海道に、あの時は何泊したんだっけか。とにかく観光要素ほぼゼロ。出発直前最終日の日中、市場から海鮮を親のところに送ったくらいかな。あー、競技会はほとんど観たことないんですが。アイスショーで何度も足を運んでいる神戸もほとんど観光できておらず、弓弦羽神社とレッドロック(ローストビーフ丼が有名ですがワタシの定番はステーキ丼)に足を運ぶ回数が増えるばかり。ゆえに、今回沖縄に初めて降り立つに当たっても、旅本は早々と購入しこそすれ見事にノーチェック。
こんにちは今日も良いお天気☀️なのに土日はあまり天気が良くないようですね土日は特に晴れて欲しいモノです😅やーっと金曜日❗❗今週もあっという間なようで長かったー( ̄▽ ̄;)💨残りの勤務時間がすぐ終わりますよーにwそれではまた沖縄旅行日記の続きをどーぞー❗☆.。.:*・°☆.。.:*☆.。.:*・°☆.。.:*前記事でご紹介した守礼門でお気付きかと思いますが、私たちが居るのは首里城公園✨目指すは首里城です❗❗✨歓会門を抜けるとまた門が見えてきました瑞泉
那覇空港に到着後、レンタカーを借りて首里城跡に来ました(^^)↓↓↓先ずは正殿への道守礼門です(^^)誰も居なくなるまでは待てないよね!?てか親子連れに声をかけられ写真を撮ってあげた(^^)↓↓↓園比屋武御嶽石門(そのひやんうたきいしもん)は守礼門と首里城の正門にあたる歓会門の中間にあります(^^)首里城の城郭歓会門(^^)首里城の城郭内へ入る第1の正門である(^^)瑞泉門(^^)漏刻門(^^)広福門(^^)奉神門(^^)↓↓↓首里森御嶽(すいむいうたき)城内に