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ネットのニュースで、久しぶりのある人の名前を見つけました。それはスーパーボランティアと言われるOさん。その近況に驚きました。何と今は夜間中学に通っているんですって。バイクで片道1時間半掛けて通っているそうです。授業の95%は分からない・・・・と言っていましたが、それでも通い続ける心意気に頭が下がります。子どもの頃は奉公に出ていたので、学校には通えなかったそうです。御年86歳の向学心にブラボーと言いたい。生
宮城県にはキツネのイメ-ジが強い地域ではあります。宮城県の山間部は自然豊かで、狐が身近に感じられる土地柄です。《あらすじ》昔、政治郎(せいじろう)とハルという貧しい夫婦がいたそうです。信心深い猟師(りょうし)の政治郎は、毎日近くの稲荷(いなり)神社にお参りすると、野山で鳥や獣(けもの)を捕って暮らしていました。大雪の降ったある冬の日のこと、政治郎は深い雪の中を方々歩きまわりましたが、その日は一日かかって、やっと一羽のキジしか捕れませんでした。(今日はしかたがない。
奉公結婚戦争明治から昭和にかけての激動の時代を生き抜いたおしんは、今…………。「たのくら」という従業員20人を抱えるスーパーを経営し、事業を拡大させていた…………。ここまでなんとかやって来れたのもあの小さい頃に苦労したおかげですね…………。懐かしいわ…………。少し涙ぐむおしん山形の貧しい農家に生まれたおしん…………生活苦から父親の作造はおしんを「
現在の母の話を書くのは、正直言って書くことでストレス発散している面があると思うんですよね。今の母はこんな(ブログで書いてるような状態)ですが、若い時は苦労人でした。いや、ずっと苦労人だったのかな…何回かに分けて、母の子供の頃や若い時の話を書いてみたいと思います。私の母はお米が有名なとある県で生まれました。母は父親を知らないと言います。祖母は「戦争で死んだ」と言ったそうですが、実際はそうではなく、私生児だったようなんです。父親は戦争で死んだと思っていた幼い
8/15はGate#120「中心軸を意識する日」。地球の中心と宇宙の中心から光があらわれ、一本の光の道ができる時。人類は地球と宇宙を真っすぐにつなぐ存在。自分の中心軸を強く意識して、その光の一部であることを自覚せよ。(数字のメソッド/辻麻里子)💫🔥🌍️🗾🌏️🌊💫父さまが自らの戦争体験を話してくれる時は、いつも『大東亜戦争』と言っていました奉公先のお嬢様がお兄様の戦死を知らされ悲しんでいる姿を目にした、父は「自分が敵をとる!」と自ら志願し戦地で戦って来たのだ、と話し
麻辣湯の素をポチったので、麻辣湯を作ってみた。お店で食べたのとは全然違う。香りは確かにあの感じあるけどさ。まず、圧倒的に油分が足りない。コク…?塩味…?試行錯誤が必要そうだ。極太春雨もまだ買ってないし。週末から山形にお出掛け。獅子舞のお祭りに合わせて飛行機と宿と車を手配しただけで、ずっと放置してた!子連れで早朝羽田発なので、タクシーと朝イチのリムジンバスを予約。マジでGO予約の手数料高すぎない??かと言って、このバスを逃すと同じ停留所からは1時間後の便しかなく、そ
大塚ひかり「悪意の日本史」(祥伝社新書)には、古典に登場する日本人の意地悪な本性が描かれています。この中に「怖いわらべ歌」という一節があり、そこでは童謡に現れる日本人の闇が語られています。例えば子守唄。西洋では「眠れ眠れ母の胸に」であり、ほかにも月の光や寝静まる羊、そよぐ草の音、など心安らぐ内容なのですが、日本の子守歌といえば、起きて泣く子のつらにくさ(中国地方の子守唄)私が死んだからといって誰が泣いてくれようか(五木の子守歌)それでも泣けば山へ捨ててく
おはようございます!ぐっども~にんぐ~!今朝、日めくりを見たら…『日めくり』って…毎日まくるカレンダーにことですモチノロンロン年配者率の高い『ブログ』という媒体ですからナンチテこのブログをお読みの方は100%近くわかると思いますだから…わざわざコンア説明せんでもエエンやけどでもしかしbut…若い子にね『日めくり』って言ったらひめくりひめをくりって?なんなん、それ!?ヤバいこと?…って言われました
銀杏屋敷捕物控」を読む。訳ありの旗本の姫様が住む屋敷に、やはり訳あって奉公に出ることになったお鶴。お鶴の訳は、前の奉...『初雪の日銀杏屋敷捕物控1(双葉文庫)』築山桂https://t.co/YurWXQgbyl#booklog—その後の、転んでもタダのオバサン(@ohoba3)January6,2025初雪の日(双葉文庫つ8-6銀杏屋敷捕物控)Amazon(アマゾン)
三次創作小話「忘羨その後」(17-13)半年ほど経った。腹を空かせて街を歩いていると、いつものように人波が自分を避けて流れて行く。愉快だが、寂しくもある。すると、いきなり背中にぶつかった者が。(また俺を殴りたい輩(やから)か?)棒切れを振り上げ振り向くと、尻餅をついた男が「すみませんでした。よそ見をしてぶつかってしまいました」と笑っている。棒切れを下ろすと、立ち上がった男の胸が目線にあった。何か言われる前に去ろう。前を向くと、「この辺に○○屋と言う店はありませんか?」まだ笑
おしん2013年10月12日公開1983~84年にNHK連続テレビ小説として放送され、平均視聴率52.6%という大記録を樹立した橋田壽賀子原作のドラマ「おしん」を、新たなスタッフ、キャストで映画化。おしんの少女時代に焦点を当て、ひたむきに家族を思い、成長する姿を描く。あらすじ明治40年、不作のため困窮を極めた谷村家では、7つのおしんが奉公に出される事となる。初めは家族と離れる事に抵抗したおしんだが、母のふじがおしんを手元に残すために冷たい川に浸かり、お腹の子どもを堕胎しようとする姿を見て
ことに日本人古来の美徳的な志として、「滅私奉公」ってのを奉ってきたわけだが。「滅私」・・・これはさ、自分の中の「ego」を矢鱈と増大させずってことで、非常に大事な側面あるよね。「奉公」・・・出ましたの、奴隷社会対応(^^そいでもって、これをくっつけるとどーなるか?「滅私奉公」・・・我を忘れて奴隷になりましょうこれだけになんのよね(^^つまり、「滅私」が「ego」の増大抑制なのではなくて、「本質の意識と意思」を滅する方へいくわけな。それで、「ego」だけは残るわけよ。本質の「意思」
吉武真仰阿闍梨さまよりご縁を繋げていただき、岡山県では最古の木造建築となる三重塔がある長福寺のお掃除奉公に5泊6日で行ってきました~お掃除奉公とは、食事と宿泊を提供してもらう代わりに、お寺のお庭やお堂の掃除をさせてもらうことなのです。長福寺の住職さんはお一人で大きなお寺を守っていらっしゃいましたので隅々まで手が回らず、吉武さんもお手伝いしていたことから、私もお掃除奉公で参加させてもらいました今年は新しいことが始まっていく年なので、世間の喧騒を離れ、お掃除を一心に行
「昨日みた夢口入れ屋おふく」を読む。口入れ屋の娘、おふくは、派遣する奉公人がいない場合、短期の助っ人として、あちこちに女中奉公に出て...『口入れ屋おふく昨日みた夢(角川文庫)』宇江佐真理https://t.co/QiIcSxqlzW#booklog—その後の、転んでもタダのオバサン(@ohoba3)January29,2024
朝ドラ「ブギウギ」を毎朝楽しみに観ている。昭和一桁の時代、父母が産まれた頃の世相が良く描かれている。父方の祖父と祖母はその頃では珍しい恋愛結婚である。早く言えば駆け落ちで17歳の娘を拉致したようなものであるが、それはそれは大事にしていたらしい。残念ながら、3回目のお産で命を落としてしまったのだが、裁縫の腕を活かし、20代の若さで掘立て小屋から家を一軒建てている。享年27歳であった。その家に子守として小学校に通いながら住んでいたのが、遠縁の少女ユキさん。父の産まれてから物心がつくまで
「童謡の会」色々あって少し投稿が遅くなりました今回みなさんと歌った童謡は、「五木の子守唄」と「竹田の子守唄」です。両方とも歌詞の内容が似通っています。貧しい家の子が子守の奉公に出され、辛い日々を何とか堪えながら過ごしているという、何ともいえない心境が唄われています。続いて歌った歌謡曲は、「白いブランコ」と「誰もいない海」です。両方とも三連符が続く曲で、リズムをとるのが難しいところがありました。「誰もいない海」の歌詞には、「つらくても死にはしない」「淋しくても死にはし
そういえば、氣志團の翔やんがtwitterでアップしてた、、、前から言うてるみたいやけど〜推し奉公かぁー推し奉公かぁ〜と、セカオワのLIVE他は凄く良いと思うけど食べ飲み放題ってLIVEのいつ??前も最中も後も食べれないわーー💦貴族✨食べれるかなぁ
雨ですね。最近、亡くなった母のことをよく思い出します。亡くなってすぐの頃は冷静だったのですが、8年経った今になって、寂しいと思うようになりました。雨の日に、小さかった息子と娘を連れて実家に遊びに行くと、母は玄関で乾いたタオルを用意して待っていてくれたものです。「こんなに濡れて」と言いながら、孫の髪まで丁寧に拭いてくれました。部屋に入ると、今度は温かいおしぼり。レンジでチンして出してくれるのですが、濡れて冷えた体に、熱いおしぼりがとても気持ちよく、思わずおじさ
2023年の初仕事は、クリニックの待合室のお正月花いけ込みでした患者様がいつもいけばなをとても楽しみにされているそうです🌸🌸嬉しいなぁ枝若松シンピジューム(蘭)この緑色のは、お正月の時期に出回る花だそう梅白梅センリョウ赤ドラセナお仕事ではないのですが毎月高齢の母(母も華道家)がお世話になっているお寺さんに奉公いけばなで伺っています1月16日のいけばなです↑表玄関の花↑裏玄関の花受付け横の青い壺は母が担当ここがメインですからね表玄関と裏玄
昭和30・40年代までの、クボタ、ヤンマー、イセキなどの田植機の無い時代、数人の雇い人を家に泊めて一気に田植えを済ませた。当然、秋の穫り入れも同様であった。子供であった著者も当然、手伝っていた。著者の住む福江では豊北町あたりの人を雇っていたようだが、農作業の時期を互いにずらして、他地区の農作業に出かけていた。近所の友人の記憶では豊北町田耕地区の人を雇っていたとか!参考滝部の奉公市(下関市豊北町昭和3年)奉公市は雇用者と被雇用者とが対等の立場で互いに感謝し、共益の立場で農作業に関し
ラムネは活発な方だと思う。寿限無よりずっとパワフルに暴れまくる。最近は人間に登ることを覚えて、不意を突いて後ろからよじ登り肩に乗ってくるようになった。しかし爪を立てるのでそれが皮膚に食い込み薄着の時はとても痛いのでつい叱ってしまう。先日、兄もラムネに登られたようだった。かなり痛かったらしくラムネを叱っていた。側に行くと内容が聴こえてきた。「あんまり悪い事したら2年間奉公に出すからね。いい?わかった?」奉公って…時代劇かいっ思わず兄にきい
祖母や母の話では・・・僕の親父は相当にやんちゃな人間だったそうです。中でも親父が高校の卒業式でやらかした事件は僕も幼い頃に嫌と云うほど聞かされました。内容に関しては触れませんが、その事件を重く感じた父方の祖父は卒業式を待たずに東京で商売(佐藤商店)をしていた母方の祖母に奉公に出す事になった様です。親父はその情報を嗅ぎ付けて雲隠れした様ですが橋の下で野宿をしていた所を駐在さんに補導されそのまま東京へ奉公に出された様です。昭和26年・・・親父が18歳の時で
ご訪問ありがとうございます倒産、夫の病気を人生のギフトと捉えて立ち上がった【DNAシフトセラピスト】小谷禮子(自己紹介はこちら)日差しは強いけど、3階の我が家は、風の通り道のようで、心地よい空気です。秋がすぐそこに来ているのを風が教えてくれます。最近、朝早く起きたときにする私の日課は、自分の過去世を見に行く事です。これとても楽しいし、気づきがあります。何百回と生まれ変わった人生を、追体験するのも悪
よろしかったら、父の自伝の続きをどうぞ。店員時代(1932-1939)昭和7年4月8日、静岡市の廿日会祭だった。市内の浅間神社を見物、そして歩兵34連隊の軍旗祭を見た。今日はお客様だが、明日からは他人の飯の喰い始め、我が人生の第一歩。送って来た母親も帰ってしまった。右を見ても左を見ても知らない人ばかり。覚悟はしていたが、こんな思いは初めてだった。でも、今日より明日、明日より明後日、やがて一週、二週。住み込み店員のみで20人、全家人合わせて30人余りは居た
お約束通り、今日は父の自伝の「少年時代」をアップさせていただきます。我が激動の75年少年時代ハナハトマメマスミノカサカラスガヰマス等と云うと昔言葉の形容詞のように聞こえるが、大正時代の小学校の読本巻(今の国語の教科書)の書き出しだ。書方(書道)の手本にも次のような文句があった。ノメクタニエコヨフラソツレルキア、次へきて、ミセガオホイがあったようだ。大正も遠くなったものだ。小生、昭和4年度掛川第一小学校の卒業だが、当時尋常・高等合わせて150余名程のように記憶している
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初出は3年前です。「母の日に寄せて」。季節の風物詩ということで(笑)今は特に恨みに思っていたりこだわっていたりはありません。あ、忘れてた!私に転送するべき私の奨学金を着服して、まだ小学校に上がったばかりの弟たちに学資保険かけられたりしていたわ・・・。弟たち、結果的には大学には行かなかったけれど、それなりに成功しているのがせめてもの😿実は、I'msoooooverit.(昔のことで水に流した)ではありますが・・・。母は頼めばインスタントコーヒーを入れてくれたし、