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2026-04-03トコトコ〜高津宮こちらも咲いてるね〜お隣の公園の桜の下には沢山の人がピクニックしてました階段上ります柄杓の間から龍さん御陵が大きくて前方後円墳で有名な仁徳天皇が主神ご挨拶して〜相合坂あ、カップルで下りなきゃいけないんだ⋯じゃ、こちらから下りますトコトコ〜あれ、ここの木こんなに枝切られてたっけ??榎木大明神トコトコ〜まろんは熊野街道を歩いているようですあ、こちらもお久しぶりに来たね〜太閤下水見えづらいけど、水が流れてるよ豊臣秀吉クンが下水
前回はこちら難波宮跡の後、歩いて大槻能楽堂に行きました。大槻能楽堂です。大槻能楽堂の後、歩いて太閤下水に行きました。太閤下水です。太閤下水の説明板です。太閤下水の後、歩いて三木楽器開成館に行きました。三木楽器開成館です。続きはこちらにほんブログ村
2025-06-28トコトコ〜地図には無いスポット太閤下水見学施設寄ってこか♪覗いてみまーす水が流れているのん分かるかな?トコトコ〜歩道橋を渡りますぷはぁ〜青空ぁ〜歩道橋の上からパチリ歩道橋を渡ると大阪歴史博物館NHKその前に⋯休憩して、秀吉時代の大阪城の石垣のパンフレットを貰おうと思ったら、日本語バージョンのがもう無いんだって⋯トコトコ〜ちょこちょこ、こういう石碑があります変わった建物だなぁ〜郵便局の敷地内紀州邸何気なく歩いてても、こんなのがあるから
今日、チャリ通勤で寒いのを粉らわすために違う道を通ってみた、そうしたら「太閤下水」なる石碑を見つける、寄り道してガラス越しに下を眺めると石垣と水が流れているところが見える。江戸時代初期に作られた時には開渠で、明治時代の下水度改良事業で蓋がかぶせられて暗渠になったようだ。(太閤下水、ここだけ光が入るので苔が生えている)(太閤下水内部写真の写真)因みに、うちの事務所の近所にも見たことないけど太閤下水がある。30年以上でかい駐車場のままで、敷地のど真ん中に太閤下水あるの
5月の末のことになります(*´ω`)どうまとめようか迷っているうちに、時間は過ぎて・・・ブロ友で寺社系の師匠とも言える、尼津彦さんにお誘いいただき、太閤下水の見学に行きました!尼津彦さんの職場の元先輩?で「物知りおじさん」にガイドしていただきました。尼津彦さんとは旧知の間柄で、同じく寺社系ブロガーの味醂さんともご一緒できました!!お二人とも人気ブロガーなので、少し緊張・・・はしてなかったか楽しみのほうが大きかったです!いろいろ案内していただいたのですが、
1年に1回の楽しみ生きた建築ミュージアムフェスティバル大阪通称イケフェス大阪は、大阪の魅力ある建築を一斉に無料で公開する日本最大級の建築イベントイケフェス1日目、今年もガイドブックを片手にたくさんまわってきましたとりあえず、ハイライト記録ですまずは、太閤(背割)下水いきなり渋い場所ですが...抽選のガイドツアーがあたった次第です普段は一般公開していないので貴重な体験でした江戸時代の石積みが残る下水道で、大阪市文化財にも指定され
香典について書きますね。一般的な葬儀においての香典の表書きは御霊前とするのが常識だと言われてますが例外があります。いくつか例外がありますが、一般的でしかも門徒の多い浄土真宗が実は例外に相当するんですよ。浄土真宗は往生即成仏ですから、亡くなったと同時に仏になるという教えなんです。なので、お通夜であっても御仏前が正しいんですよ。むしろ御霊前と書くと失礼にあたるんです。でもね。お通夜に御仏前って書いて持って行くの勇気いるんですよね。浄土真宗のお坊さんや、喪主が理解されてる門徒さんならいい
まず先に謝っておこう。いや、誰かに謝る事でもないのですがワタシってばとっても勉強になったり素晴らしい場所だったりに連れて行って頂いて色々教えて頂く機会が有り難い事に多いのですが・・・何故か記憶にドカンと残って誰かにに伝えたいっって思う部分が若干ですが人とズレています{自覚もあり。なので今回もそんな事になりそうなので、誘って下さった方が記事に上げるのを待っていたのですが、おや上げないつもりかはたまた他の記事がたまってしまっているのかてな訳でタメにな
話しが前後しとんのやけど、鶴橋で活きダコの踊り食い食べる前に行ったんが太閤下水。本能寺の変のあと柴田勝家を倒し、織田信長の後継者と成った豊臣秀吉は直ちに大阪の町作りに着手。ここまでは誰でも知っとうやんか。で、440年前の秀吉が町作りした時の下水が現在も活躍しとう言うから、以前から気になっとったん。検索したらこんな画像出てくるし、440年前の建造にしたらクオリティー高過ぎやろ❗️目地もちゃんと埋めてあるように見えるやん。これは確かめなアカンやん。そやけどなぁ、タダコで見学させてもら
前編では、たこりきで昼シャン・たこシャンを満喫したところまでお話していました。ここからは、大阪の歴史と流行発信地を巡ることにします。ただ歴史ネタは、たこりきのお姉さまから仕入れた情報で急遽決めた計画です。からほり商店街を渡っている御祓筋(おはらいすじ)という小さな道を800mほど北上します。この地図の赤矢印が動線たる御祓筋。たこりきから真っ直ぐ上っていることが分かります。で、青マーカーに向かいます。この道が御祓筋。一説にはかつての摂津国の中央道だったとか。そして現在、南大江小
撮影日:2022年3月11日昨日の「太閤下水」から少し歩いて「南大江公園」へとやって来ました。ちょっと中に入ってみましょう!南大江公園円形に配置された遊具がありますがあっちから上がったり下がったりしながらこっちへやって来て上がったり下がったりしてまたあっちに上がったり下がったりしながら楽しく遊ぶんでしょうね!(自分で何を書いてるのか分からなくなってきた)あっちこっち遊ぶ遊具梅の木も見つけましたよ!ち
撮影日:2022年3月11日1日だけお待たせ致しました。こちら「大阪市立南大江小学校」にあるのは「太閤下水見学施設」です。太閤下水見学施設この「太閤下水(背割下水)」は豊臣秀吉が大坂城築城時に城下町を造成して道路や橋とともに下水も建設したと言う事です。現在もまだ使用されているというのが凄いですね!覗けば水が流れてます案内板も撮影しておきましたので詳しく知りたい方は読んでみてください。ん〜、なるほどなる
街歩きの時にとっても可愛いマンホールカードを2枚頂きました。ガイドさん、きちんと実際のものも教えてくれましたよ。日出町(ひじまち)サンリオキャラクターパーク・ハーモニーランドが立地していることからハローキティと江戸時代には将軍家に献上されたという日出町が誇る特産品の城下かれいが別府湾で泳ぐ様子が描かれています。可愛いですね。町内に5つのマンホール蓋があるそうですが、こちらはバスの駐車場にありました。杵築市(きつきし)「生きている化石」カブトガニは2億
父の病院送迎Dayだったので待ち時間にウォーキング上町台地を散策しました江戸時代に造られた石組み下水道『太閤下水(背割下水)』「背割下水」は豊臣秀吉が大坂城を築城するときに都市整備の一環として作らせた下水道で、背中合わせに建つ建物と建物の裏側に溝を作ったので「背割」と呼ばれたそうですガラス越しに上から覗くことができます事前に予約しておくと中に入っての見学もできますガラスが反射するので綺麗に撮れなかったけどこんな感じで
2021-05-30高津宮やっぱりここだ〜アジサイがええ感じでした(5月30日現在)進みます♪上がります着いたか…柄杓の間から龍〜境内の中に坂?奉納されいる絵がすごそうなのでパチリしときます3枚目、どっかの美術館で見たことあるような…違うかな…また坂だぁ〜坂は下りずに奥に行くと仁徳庭園チラッと覗いてみますそうですか…長細い庭園なのね高津宮を出て、ぷち…いや、かなり迷って、やっと空堀商店街へ途中で曲がって大きな道に出ました前のあの階段を上るみたい…上ったと
2020-11-03『太閤下水』見学可能ですこの窓から見ることが出来るんだけど分からんね確かに、水は流れてましたよ何回か出てくる石碑歩きまーす玉造までやってきましたこの辺りに茶屋があったんですね〜橋は沢山渡りますいつの間にか、本日のメイン暗越奈良街道に入ってましためっちゃ推してるやんくらい、看板出てきますまだまだ、進みまーす
太閤下水施設を見学してみませんか?太閤下水とは、豊臣秀吉による大坂城築城の際に原型が作られたと言われている石積の下水溝で、江戸時代から何度も改修を重ねており、今もその一部が利用されています。近代に造られた下水道が、改良されながらも現在まで使われ続けている事例は全国的にみてもほとんどないため、中央区・西区などで今も使われている太閤(背割)下水約20メートルのうち、将来にわたって保存が可能な約7kmが史跡として大阪市指定文化財に指定されています。見学施設は、谷町4丁目駅から徒歩
4/7土【難波宮遺跡探訪】谷町散策~熊野街道「太閤下水」「直木三十五文学碑」「大村益次郎碑」13:00「難波宮」。14:00~17:00「大阪歴史博物館~遺跡ガイドツアー」。17:30ホテル帰着。旅行4日目。6:30起床、朝風呂。この旅の為に買い換えたデジカメ~何故撮影時刻が印字されない?今さらに説明書見たり、観光資料と地下鉄路線図であれこれ思案。今日の散策コース、メインは「難波宮」「大阪歴史博物館」に決め、ホテルを出たのは10時過ぎていた。この旅、一番楽しみにしていた<古代の浪華探
今回最初にご紹介しますのは、太閤下水(背割下水)と呼ばれるものです(~_~)真田幸村(ここでも、本名の信繁でなく幸村という名を使わせていただきます。)と直接関わりがあるものではありませんが、幸村たちが活躍した大坂の陣当時の町並みを知る上で重要なものだと思われます(~_~;)大阪市営地下鉄谷町線:谷町四丁目駅から南西に進みます(^^♪南大江小学校敷地の西端にある施設です(#^.^#)通りすがりに、のぞき窓から見学することができるというものになっています(~o~)大阪市ホームページに
大阪の史跡シリーズ(?)です。谷町四丁目近くにある太閤(背割)下水を知っていますか?大阪城築城(1583年頃)当時に道路整備と共に石積の下水溝を作っていたようで現在でも使用されているようです。あまり目立たない史跡なのでわたしも偶然発見しました。わかりにくい写真ですが上の写真のガラス部分から下水が覗けます。6月~11月(夏季は除く)の第2・4水曜日には事前申込は必要ですが見学できるようです。
昨日は良いお天気でしたので、歯医者の帰りに近くの大阪市中央区界隈を散歩がてらに少し散策してきましたまずはNHKさんのブラタモリ~大阪はなぜ日本一の商都に?~で紹介されました中央区石町1丁目の北大江公園北東側に位置する雰囲気のある石階段オフィス街とは思えない非常に情緒感じる階段ですね♪ここは昔は上町台地の北端、公園の西側の斜面は上町台地の北西の端、半島のように突き出た上町台地の端っこだったようです回りは大阪湾や湿地帯だったらしい現在からは想像することさえ難しいです次に
ようこそ、いらっしゃいました!晴天に恵まれた土曜日ちょっとだけ休日出勤でした。仕事が予定より早く終わったので、金剛・葛城の山並みを望む、古き街並みが残っている御所市内の散策に出発~ッJR御所駅周辺は歴史を色濃く残す、古い街並みがあります。行者街道と書かれた道標がありました。吉野や大峰山の霊場を目指して、行者が行き来した道なのかな?こういう街並みは大好きですね!歴史的な街並みらしく、背割下水の標示がありました。大阪の太閤下水と同じく、区画整理の際に背中合わせの家屋の境界線代わりに
11月のはじめ、四天王寺ワッソまでチャリで行った帰りにぶらり立ち寄ってみた!前日の夜に、たまたまみていたテレビ番組『ブラタモリ』でタモさんが行ってたところへ。大阪の都会にこんなものがあったなんて~衝撃!太閤下水。江戸時代のまま、今も使われてるそうで。この下を流れてました~相方さんに聞いたら、存在は知ってたって~さすが!アングラのプロw私もそうですが、番組をみた人が次々とやってくる~平均年齢は高いけどね。この路地の下にも流れてるらしいよ。番組でゆってた、このあたりの町名の境目