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期間:2024/01/30〜02/07天井:300(100&200時に星4と交換可)倍率:2倍初回:半額覇)三好長慶:吟風弄月の雅戦)三好義興:副王の大器戦)甲斐宗運:茶臼の恩讐薬)津田宗及:見巧の宗匠戦)太田資正:道灌の再来星3武)成富茂安:疑心暗鬼・弐覇)黒川晴氏:機耐性・参武)永井直勝:波乱万丈・弐覇)田村宗顕:機特効・参武)佐多忠増:猪武者・弐星2武)小野鎮幸:奇襲©コーエーテクモゲームス
2024年1月23日--------------------------------------------織田信長、、、天下人に近づいた人物ですよね。その部下が天下人になりました。2023年1月23日--------------------------------------------情報分析力、、、大事ですね。愛蔵版戦国名将一日一言Amazon(アマゾン)1,894〜3,410円
期間:2024/01/23〜01/30天井:300(100&200時に星4と交換可)倍率:2倍初回:半額薬)今井宗久:飛躍の昨夢戦)太田資正:道灌の再来覇)大谷吉継:金蘭の契り戦)三好義興:副王の大器戦)北条早雲:倫道二十一箇星3戦)島津忠恒:心眼・参覇)田村宗顕:機特効・参星2覇)籠手田安経:機特効・弐©コーエーテクモゲームス
期間:2024/01/14〜01/16天井:300(100&200時に星4と交換可)倍率:2倍初回:半額戦)百地三太夫:隠形潜匿の極戦)宇佐美定満:武経要略の諭戦)武田信繁:一言九鼎の賢戦)瑞渓院:寸草春暉戦)井上九郎右衛門:道白山の英明戦)太田資正:道灌の再来戦)佐治一成:佐屋路の渡舟戦)陶興房:歴戦の宿将星3戦)渋江政光:即死耐性・参©コーエーテクモゲームス
2023年6月11日に、NPO法人越谷郷土研究会にて実施した講演「戦国武将太田資正の生涯と中世越ヶ谷」。事務局の許可を得て、公開いたします。前半は“いつもの”太田資正パワポ、後半で越谷地域と資正の関わりを論じました。講演パワポ「太田資正と中世越ヶ谷」20230611越谷郷土研究会.pdfdrive.google.com
スケジュールも部隊長も何もかもほっぽりだして、まず最初に大手柄武将を発表する、というのは前代未聞かもしれません。9月20日に陣触れが出された合戦イベント「沼尻の合戦」について、本日はいきなり大手柄武将を発表しちゃいましょう(°0°)!!なぜそんな急いで発表するのか。理由がないわけではありません。今回、大手柄武将の候補検討をする段階で、ほとんどの武将がいつものそれに比べて登用している人が少ないことに気づきました。未だ世にあまり知られていない合戦の宿命といえましょうか。多くの
前回『【信長の野望20XX噺】真・戦術の極・弍(1)』流石にニーマルネタばかりで、本来の趣旨から逸脱してしまったいるし、個人手ににも飽きてきた……ちょっと考えねばならん。まあ、とりあえず何も思い浮かばんので吟味し…ameblo.jpの続き。先ずは九郎右衛門さん。生命割合下位二人味方回復0.70対象生命20%未満時防+50%結構便利な気がする。壁役とのセット運用等で活きるのでは?それでなくとも起死回生辺りとの組み合わせで結構な活躍が期待出来る。固有もいい感じ。何なら、彼自身を壁役
期間:2023/06/23〜06/30天井:300(100&200時に星4と交換可)倍率:2倍初回:半額戦)百地三太夫:隠形潜匿の極戦)宇佐美定満:武経要略の諭戦)武田信繁:一言九鼎の賢戦)瑞渓院:寸草春暉戦)佐治一成:佐屋路の渡船戦)井上九郎右衛門:道伯山の英明戦)太田資正:道灌の再来戦)陶興房:歴戦の宿老星3戦)渋江政光:即死耐性・参©コーエーテクモゲームス
マルです。小田氏治が戦った武将の一人、犬好きの太田資正。多分猫好きの氏治とは真逆な人物です。まず武人としての評価ですが、太田資正は上杉謙信、佐竹義重らからも信頼される智将として活躍していました。一方の氏治は、不本意ながらポンコツ武将として有名です。【氏治をはめた太田資正の策】1566年11月手這坂の戦いで劣勢となり、小田城へ引き返そうとする小田軍。ところが先回りして小田城へ到着した太田軍が「当主が帰還した」と騙して門を開けさせ攻め込み、小田城は奪われます。1569年11月太田資
上杉謙信、、、完全ではない。私はもっと不完全、、、とほほ。愛蔵版戦国名将一日一言Amazon(アマゾン)2,826〜3,410円
寿能城跡寿能城は岩槻城主・太田資正の四男、潮田資忠によって築かれた城です。現在城址は宅地化のため遺構はほぼ失われていますが、物見櫓跡が寿能公園となっており、資忠の墓所があります。モミジバスズカケの木大木で人が小さく見えます。モズが鳴かないでじっとしていました。オオイヌノフグリも、太陽の光を受け沢山咲いています。ホトケノザ
何が驚いたって、突入前の緊急受け取りほったらかして、当日に報酬貰うまでフィーバーがあることを知らなかったこと。そして、ずっと皆勤賞だったのに昨日深夜のを寝過ごしたこと。そして、今日明日は絶対にスマホを操作できない時間が長く複数あるけど、「まあ、いいか……。」と思っていること。熱は徐々にではあるが、確実に冷めていっているのだなぁ。まあ、良い。吟味していこう。先ずは宗久さん。味方全体防バフ25%前列味方回復0.80+マスずらし無効付与デメリット無し全体防御として最高値。前列限
期間:2023/01/24〜01/31天井:300(100&200時に星4と交換可)倍率:2倍初回:半額薬)今井宗久:飛躍の昨夢戦)北条早雲:倫道二十一箇戦)太田資正:道灌の再来覇)大谷吉継:金蘭の契り戦)三好義興:副王の大器星3戦)島津忠恒:心眼・参覇)田村宗顕:機特効・参星2覇)籠手田安経:機特効・弐©コーエーテクモゲームス
情報分析力、、、大事ですね。愛蔵版戦国名将一日一言Amazon(アマゾン)1,894〜3,410円
いやぁ、この二日間失礼した。さて、今日こそはもう一つの正月ガチャ。先ずは長慶さん。敵全体物ダメ0.25+0.75+1.5倍毒付与2Tボス特効25%(物攻)全体攻撃1.00を0.25と0.75に分けておる。これってつまり、溜めとか乗るの0.25部分だけってことか?だとしたらなんてクソ仕様。嫌がらせとしたか思えない。もちろん、ボス特効25%如きで覆せるクソさ加減ではない。毒も物足りないなぁ。全体確定毒というのは面白いと言えば面白いのだが……。固有も微妙。合格点のスキルアップ
期間:2023/01/01〜01/11天井:300(100&200時に星4と交換可)倍率:2倍初回:半額覇)三好長慶:吟風弄月の雅※倍率は暫定薬)津田宗及:見巧の宗匠戦)三好義興:副王の大器戦)甲斐宗運:茶臼の恩讐戦)太田資正:道灌の再来星3武)成富茂安:疑心暗鬼・弐覇)黒川晴氏:機耐性・参武)永井直勝:波瀾万丈・弐覇)田村宗顕:機特効・参星2戦)松浦興信:奇襲武)小野鎮幸:奇襲©コーエーテクモゲームス
来る10/1に、さいたま市岩槻区の久伊豆神社「資正公いわつき桔梗の宴」というイベントが開催されるそうです。このブログを始めた時に「埼玉県の武将」として紹介した太田資正公(有名な太田道灌公の弟の孫=異説あり)を紹介しましたが、資正公は岩付(もちろん、今の岩槻)城主でした。後北条氏に追い出されて佐竹氏を頼り、今の茨城県の石岡市にあった片野城で後北条氏と戦いました。「太田三楽斎」という名前でも有名です。河越夜戦で撃ち取られてしまった上杉朝定(ともさだ)公の家臣で、主人を撃ち取ったのが後北条
これまでの執筆&講演活動をまとめました。(新聞などメディア情報も追加しました)■執筆記録<4>柴田昌彦(2023)「太田道灌死後の父道真政治的位置後編」、埼玉史談第67巻第3号<3>柴田昌彦(2022)「太田道灌死後の父道真政治的位置前編」、埼玉史談第67巻第2号<2>柴田昌彦(2021)『玉隠と岩付城築城者の謎』(まつやま書房)<1>中世太田領研究会(2019)『太田資正と戦国武州大乱』(まつやま書房)共著、第二章「太田資正と武州大乱」を担当■新聞•メディア
【問題】自らの子に居城から追放された太田資正は、その後、次のうちどの大名のもとへ招かれたか?【選択肢】佐竹氏伊達氏織田氏朝倉氏【正解】佐竹氏【解説】資正は、永禄7年(1564)に息子の氏資によって岩付城(埼玉県さいたま市)を追放された。その後、佐竹氏に招かれて城を預けられ、同氏と軍事行動を共にした。
期間:2022/01/01〜01/08天井:300倍率:2倍初回:半額薬)今井宗久:飛躍の昨夢※数値は暫定戦)北条早雲:倫道二十一箇戦)太田資正:道灌の再来※一部倍率不明の為、判明次第反映覇)大谷吉継:金蘭の契り戦)三好義興:副王の大器星3戦)島津忠恒:心眼・参覇)田村宗顕:機特効・参星2覇)籠手田安経:機特効・弐©コーエーテクモゲームス
謙信越山、論点そのものの捉えた方には疑問を呈する。「上杉謙信を越山させた太田資正」とすることは読み誤りであり、核論を見失う展開である。謙信越山(jbpressbooks)Amazon(アマゾン)1,346円領土拡大、侵略、侵攻、戦闘、飢餓対策、略奪…。これらの解釈を主体や軸として論ずることは越山の真意・核論を見失う事例ともいえる。越山は「関東に何があったのか」ではなく「越後に何があるのか」が本来の核論である。《何が変わり》《何がかわらなかった》のか。©2021雷
人気漫画に小田原城特典イラストカードに|小田原・箱根・湯河原・真鶴|タウンニュースタウンニュース週刊少年マガジンで連載中の人気漫画『東京卍リベンジャーズ』(和久井健/講談社)のキャンペーンでもらえる特典カードの背景画に、小田原城が描かれている。ナガサキ平和リレー:/307枯死の被爆樹“生前”の姿とどめ/長崎|毎日新聞毎日新聞長崎市立城山小の敷地に建つ被爆遺構の「旧城山国民学校校舎」(国指定史跡)。現在は平和祈念館として活用され、県内外の児童らが見学に訪れる同校舎で
先月、太田資正公生誕500年祭?のお勉強会に参加したんですよ。↑これが岩槻駅に貼ってあったのでね。手前のインターネットカフェが人質立て籠り事件があったばっかりの所でその斜め前が講演会場でした。講師の先生は東大卒の方で今手元に資料がなくてお名前がわからないんですけど。「信長の犬」を観てから太田資正のファンになっちゃったものでにわか歴女です。周りの皆さんは歴史に詳しそうなかたばかりでちょっと居ずらい感じでした。その時お侍さんが入り口に居ましてねそのお侍さんがきのう岩槻で岩付城の秘密を教
攻城日:2018年10月6日↑主郭Ⅳ郭間堀切①↑片野城は、茨城県石岡市にある城跡デス♪↑"片野城址"解説板↑城跡は、JR常磐線石岡駅の北西およそ7kmにあり、現在は森林や畑、神社などになっています。↑"史跡片野城址"石碑↑迷将名将"太田三楽斎資正"の居城として知られる片野城は、往時は東西およそ300m南北およそ800mもある規模の大きな中世城郭で、石岡市の指定史跡となっています。石岡市ホームページ_片野城址片野城址|石岡市公式ホームページwww.city
上杉謙信の関東遠征は、同時代には「越山」と呼ばれました。特に、永禄三年(1560)から同四年にかけて行われた、最初の大規模「越山」は、北条氏の関東覇権を転覆させたことで有名です。関東の覇者北条氏を圧倒し、小田原城まで追い詰めた謙信(当時は長尾景虎)は、「関東管領」と地位と「上杉」の名字を得ることになります。しかし、大きな成果を上げた永禄三・四年の「越山」ですが、北条氏を制圧するには至りませんでした。新関東管領・謙信と関東諸将との関係も、一部とは決裂に至り、謙信は安定的な関東統治の形を作る
天文十五年年(1546)の河越合戦(いわゆる川越夜戦)は、関東における北条氏康の覇権を決定的なものとした大戦。太田資正は敗者となりました。しかし、ここからの復活・反撃は、資正が並の武将ではなかったことを周囲に知らしめます。拙稿「太田資正と武州大乱」(『太田資正と戦国武州大乱』二章)で紹介した資正の逆襲。資正の息子が書いた『太田資武状』や、黒田基樹先生によって信頼度が再評価された『年代記配合抄』は、この時の資正の活躍を鮮やかに描き出します。2020年6月に、ツイッターのフォロワーが154
父である太田資正を裏切り、岩付から追放した嫡男・氏資。資正好きの私ですが、実は資正を追放した氏資も好きです。彼には彼の“正義”があったことが、状況証拠から想像できるためです。多分に妄想混じりですが、氏資から見た父資正の奮闘を考えてみた2019年11月の連投ツイートをまとめます。太田資正本が脱稿し“次”を考えています。気になるのは息子・氏資。父を追放し、家臣団をまとめながら、親北条の新岩付太田の確立を目指して奮闘した男。父より更にマイナー。大成せず若くして討死。スポットが当たらない人
永禄七年(1564)に起きた、太田資正の岩付追放。岩付太田氏は、・父を追放して当主となった嫡男氏資・追放された資正と、父に従った次男政景に分裂。この時、岩付太田氏の譜代の家臣達もまた、引き裂かれることになりました。岩付太田を学ぶ中で、私にとって最も印象深かったのは、河目家の分裂です。父と嫡男は氏資に付き、次男は追放された資正に従う。資正と氏資の対立によって、河目家もまた、二つに割かれたのです。この河目家の分裂についての2020年9月の連投ツイートを、補足しつつまとめます。以
こちらは、2019年8月の次の連続ツイート。『太田資正と戦国武州大乱』の第一章、会長が書いた「太田資正はどこからきたのか」の原稿を読んだ時のワクワク感で連投したものです。太田氏最古の系譜史料とも言うべき太田資武状には、道灌には実子が無く、それ故甥を養子に迎えたとの記載があります。しかし、道灌に実子資康がいたのは歴史的事実。太田資武状の記載は、一体、、、この謎に真正面から向き合った会長の原稿に痺れました。(ツイート時の内容をまとめつつ、少しリライトしました)最古の
太田道灌以後の太田氏の系譜。旧説では、道灌養子の「資家」が、扇谷上杉方の太田氏の惣領となり、岩付太田氏の始祖となったとされてきました。しかし、黒田基樹先生は、近代的な一次史料(と信頼度の高い二次史料)ベースの研究を踏まえて、これを否定。扇谷上杉方の太田氏の惣領の座は、六郎右衛門尉→永厳と受け継がれたのであり、「資家」は傍流の裏切り者であった、とされることになりました。旧説と黒田先生説、系図上で描くとどのような関係になるのかを、2019年10月頃に絵にしてみました。一次史料に基づく黒田