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帯広での滞在最後は道の駅おとふけ翌朝ふと?!隣の柳月さんを見ると!皆んな並んでいる?勿論並んでゲットして購入店内可愛いケーキとかいろいろとお土産数点購入期間限定ソフトクリームも購入何だかんだで、8時から並び、開店後10時過ぎ迄いる事に……(約2時間のタイムロス)この後釧路に太平洋炭鉱展示館展示館後にして、ラッコ🦦を見に行きます。途中道の駅厚岸は、月曜日定休日高台からの景色は素晴らしいです霧多布岬に風と波が有り、ラッコ🦦は見られませんでした。ラッコ🦦は見れなか
2019の廃線の後、線路がなくなった太平洋炭鉱販売輸送臨港線知人駅の隣は、かつて1963まで旅客輸送も担っていた時代まであった米町駅です古い知人駅前の看板かつての臨港線と並行している街角かつての臨港線左が石炭ヤードcoaldropyardに続く引き込み線、右がかつての臨港線本線ですねまだ線路がここにあったらしい感じはあります弁天が浜の踏切まで1キロ弱かつて、この立ち入り禁止区域の少し先に米町駅があったと思われます
釧路の方に炭鉄港遺産と書くと怒られるかもしれませんが、僕の中では石炭と結びついている鉄道や港湾の文化を全てそう読んでます。ですからイギリスにもたくさんあるわけです笑釧路にも雄別炭鉱や太平洋炭鉱に紐付けられた鉄道や港湾、産業遺産がたくさんあり、それは地域的には空知などとは全く違いますが、似たような構成をしているので興味があります今回は、知人駅(しりと)の跡に行きました。1925-2019太平洋炭鉱販売輸送臨港線の貨物駅でした線路はすでにありませんが、いわゆるcoaldropyardの
釧路ステイ続きです本物ではありませんよwwwいや、生きてはいないけど本物の剥製ではあります^^;お墓参りから親戚のお家へ行くまでの間あいにく土砂降りだったので博物館へ逃げ込みました実は私はこういうリアルな感じの博物館は苦手(¯―¯٥)子供がパパさんに抱かれて👨🍼コーワーイ〰️〰️〰️😭😭とギャン泣きしてましたが(^_^;)私も同じ気持ち^^;続いて…釧路に来ると必ず訪れる太平洋炭鉱の大塊炭の展示太平洋炭鉱です私は炭鉱町で生まれ育ったので石炭や炭鉱の風
いつもご覧いただき有り難うございます。今回は、ちょうど5年前の2019年4月6日に『さよならセレモニー』が実施された太平洋石炭販売輸送・臨港線のその様子です。同線は、その年の3月30日に既に営業運転を終了しており、6月30日をもって廃止され、94年の歴史に幕を閉じました。9:00、1週間ぶりの本線上を列車が走行するということで、セレモニーを前に試運転がありました。11:30、『さよならセレモニー』が始まりました。知人方にDE601、貨車24両を挟んで、春採側からD4
いつもご覧いただき有り難うございます。今回は、坑内掘り炭鉱の石炭を輸送する鉄道として国内で最後まで残っていた太平洋石炭販売輸送・臨港線です。同線は、1925年に開業した釧路臨港鉄道を1979年に太平洋石炭販売輸送が引き継いだ、太平洋炭礦(現・釧路コールマイン)で産出される石炭を、選炭場(春採駅)から船積みされる港(知人駅)までを結ぶ4.0Km(廃止時)の路線です。かつては、旅客輸送や国鉄との貨物の連絡輸送(東釧路駅で接続)を行ない、全盛期には総延長11Kmを越え、釧路の街の発展に寄与し
久しぶりに地元釧路へ。探索仲間のHi会部員と一緒に釧路の炭鉱関連の施設を見学してきました。巡った場所をざっくり動画にしてみました。選炭工場のあたりや、現役のズリ山、石炭を運んでた列車がある場所。釧路コールマインの本社、坑枠工場が見えるあたりや、炭鉱展示館や炭鉱関連のレジャー施設のスカイランドの跡地も見てきました。子供の頃からよく見てた風景ですが、大人になってこんなに炭鉱が好きになるなんて予想外でした。懐かしくて楽しかった😆
2018年に行った太平洋炭礦炭鉱展示館。釧路の炭鉱|北海道釧路市ホームページ北海道釧路市公式ホームページ。市政情報、窓口案内、くらし、観光情報。www.city.kushiro.lg.jp太平洋炭鉱を引き継いだのが釧路コールマイン。国内唯一石炭の採掘を行っている場所。高台に有る施設。1階展示物。地下に有る展示物。坑道を模してます。外にも展示物が展示されてます。また行きたいなぁ。
今回の釧路への旅の目的は「石炭」北海道で石炭といえば夕張や三笠、赤平、砂川、歌志内などの空知石狩地方。でも釧路には現在国内唯一の営業採炭を続ける坑内掘炭鉱の太平洋炭鉱がある。そして、運炭のための臨港線。かつて、北海道の開拓と日本のエネルギーを担っていた石炭と鉄道。この釧路の炭鉱の歴史と技術に触れられるのが「炭鉱展示館」コロナ禍で、案内説明の係員は不在で、向かいの体育館で入場料を支払い入館できる。入り口ある「日本一の大塊炭」私が両手を広げたよりも大きくて、もう、これだけで圧倒されち
長いお付き合いの先輩のご先祖様の話である。この4月にお会いしたときにふとしたことから話が始まり、メモをとる暇もなく、また、そうするのも失礼かと思い、頭にメモしたものなので正確さに欠けるかもしれない。フィクションと思ってお読みいただきたい。その先輩を仮に浪岡さんとする。浪岡家は新潟・下越地方の聖籠町の在であった。新潟市近郊の日本海に面した町である。浪岡さんの曽祖父は長男ではなかったので、家の田畑を継ぐことはなかった。そうした境遇にあった当時の次三男と同様、曾祖父も妻と幼い長男を連れて故郷を
久しぶりに母親と妹を連れてお散歩🚙💨に出かけてきました❗自分の都合でね釧路市へと行きましたよ👍️途中釧路湿原展望台によったよ👍️天気も良く良かったよ👍️まずは太平洋炭礦炭鉱展示館はじめて行くもので通りすぎてしまったよ(笑)小さな展示館でしたね👍️中をちょいと見て写真📱を写して帰ってきましたよ❗それから昼飯は蟹🦀ですね❗郷土料理くしろ駒形家先に個室を予約していたのですんなりと入れて良かったよ👍️花咲蟹まるごと一尾丼+蟹茶碗蒸し🏘️
太平洋炭鉱の臨港線は2019年6月末日で運炭列車の運行は終了となってしまいましたが、令和になった現在まで石炭列車として此の日本でよく残ったものだと今更ながら感心してしまいます。知人の貯炭場で石炭の中を走る国鉄機DD13形のD801知人貯炭場2012年11月5日貯炭場から遠くに目をやれば太平洋の大海原の向こうに雪を被った日高山脈を望めます。運炭列車と貨物船とても平成や令和の時代とは思えないような風景です。知人貯炭場2012年6月21日仕業前D801に
2015年初春の運炭列車は知人側にD701、春採側にD801が連結されて、めったに見られない凸・・・凸のプッシュプル編成で運転されました。撮影場所太平洋炭鉱石炭販売輸送臨港線春採-知人完全結氷した春採湖畔をいく2015年1月9日北辺の冬の陽射しは昼間でもなお低く、太平洋側の千代ノ浦ではパーフェクトな斜光線の運炭列車を見ることができました。2015年1月9日凸型のD701を先頭に知人に向かう運炭列車2015年1月9日2014年の年の
太平洋炭鉱石炭販売輸送知人貯炭場に於いて撮影日:2012年11月1日石炭の原を紫煙を吐いて凸型DLが走ります。石炭を満載して貯炭場に向かいます。背後の山は阿寒の山々です。11月になるのに未だ冠雪はしていないようです。先頭のDE601は手前の引き込み線に入ります。因みにこれは石炭を降ろした後の列車ですが(^^ゞ後部のD801は海側の引き込み線に推進で入ります。貯炭場では2両のDLが並びます。石炭は無人で荷下ろしされます。操
総延長4kmの短い路線とは言え、太平洋炭鉱石炭販売輸送の臨港線の沿線風景は、長閑な雰囲気の春採湖の湖畔風景と荒々しい波が打ち寄せる太平洋に面した海岸の風景と言う両極端な表情を楽しむ事ができました。ただ海の風景と俯瞰撮影が好きな私は、その両方の好みを叶える事のできる紫雲台から撮ることが多くて、釧路港の沖合に貨物船が停泊しているような日は一日中海側に張り付いて、いつも同じような写真ばかり撮っていたのは後悔のタネです。撮影当日は6往復すべてのスジで運転されました。太平洋炭鉱石炭販売輸
撮影日:2009年10月14日秋晴れのこの日は出炭量も多くて6往復すべてのスジで石炭列車が運転されました。もっと幸運なことに通常は知人側に付くDE60の代わりに、この日はD801が付いて運炭列車は凸+□・・・□+凸の編成となり、とても楽しい一日となりました。春採湖畔を行く知人の貯炭場を後にして太平洋岸を走ります。遠く阿寒の山々は冠雪し始めました。千代の浦は編成写真を撮るのに好都合です。この日の牽引機を流し撮ります。ロッドの動きを撮るに
ラッセル車に描かれた歌舞伎調の顔ってどんな顔?と、嬉しいリクエストを戴いたので、調子に乗って太平洋炭鉱周辺の鉄道車両たちを紹介します。但し、鉄道風景を撮るのが好きな私は、機関車の詳しいことまで判らず模型製作のお役には立てないと思いますのであしからず(^^ゞ珍しくミニ機関車?まで機関庫の前に集まっています。普段この右に居る車両は本線の脇に置かれていて、後ろに水タンクを積んだ貨車を繋げて沿線の除草剤散布など行っている機関車だと思います。2015年6月11日これがラッセル車に描か
釧路に日本で最後まで残った太平洋炭鉱でしたが、採炭された石炭は専用線で太平洋石炭輸送の春採駅まで運ばれていました。この専用線は軌間610㎜のナローゲージで、以前は東芝製の電機が活躍していましたが、晩年はニチユ製16tボギー機関車が活躍していました。太平洋炭鉱161号。満載の石炭を春採まで運びます。帰りは空車です。162号163号。車体幅が狭いのでかなりノッポに見えますね。164号。日本輸送機製16t機関車です。
2012年9月7日この専用線もよく通ったものです。ロッドを持ったD401この機関車が付いたら一日いる価値があるとまで言われましたがこの日は残念ながら一往復しか走りませんでした。釧路港の貨物船とも度々一緒に撮れました。知人で石炭を下ろし千代ノ浦に差しかかります。珍しく機関庫が開いて、中で何か行われています。興津の坑口も楽しいところで、こちらは今も健在の筈です。たぶん此の先が坑内の入り口初めて訪れた頃は辛うじて名物のノッポELが居ましたが
釧路の石炭採掘業者は、太平洋炭鉱から釧路コールマインに社名が変わりました。太平洋石炭販売輸送の線路を巡って見ました。この3月31日で臨港線は廃止になりました。春採駅です。中に人はいました。貨物車が置かれてました。選炭工場です。雪深いので、ベルトコンベアも屋根付きでしょうか?真下にくると、ベルトの動いてる音が聞こえます。太平洋炭鉱の資料館です。これで穴を掘ってたのですね。臨港線の港側の知人駅です。車輌の通らなくなった港近くの線路です。
ワタクシも釧路に引っ越してくるまで知らなかったんですが、釧路市というところは海底炭田が稼働している日本唯一の炭鉱。山の炭鉱ではなく、海底炭鉱です。うちの近所に「釧路コールマイン」という会社がありまして、そこがこの炭鉱の採掘をしております。釧路川の河口東側にこの海底炭田から掘られた石炭が出てきて、それはこの新聞の一面にも写っている列車に積まれて会社の敷地内に持ち込まれます。地域的な名称で言うならば、釧路厳島神社の裏手で陸上に出て、そこから弁天ヶ浜や千代ノ浦を経由し、春採湖の湖畔を走り
クライシスマネージャー河野通船(こうのみちふね)公式ブログ「危機管理」仕事術───────────────────────────────第36号2019年2月5日発行■「雪も痩せる」さっぽろ雪まつり札幌市は雪まつり真っ最中。私は今、防衛省の防衛モニターをやっていますが、担当の陸上自衛隊第11特科隊も雪像を製作しています。週末見に行きます!その方に教えて頂いた事を特別に公開!「雪がやせる」特に風の強い日との事。意味がわからない?女性じゃない
月刊シニアビジネスマーケット”リーダーたちの肖像”のコーナーで太平洋シルバーサービスの奥谷真澄さんにインタビュー太平洋シルバーサービスの親会社は大正9年創業の太平洋炭鉱で元々は北海道で炭鉱を運営していました。石炭から石油へという日本のエネルギー政策が変化する中で不動産業などに事業を転換し平成14年に釧路にある最後の炭鉱が閉山し太平洋炭鉱は歴史の幕を閉じることに。。。その激動の流れの中で今から30年以上前の介護保険制度がスタートする前に創業されたのが太平洋シルバーサ
日本一の大塊炭。釧路の太平洋炭鉱の炭鉱展示館にドドンと置いてある。6000トン。写真を撮ったら最初は入りきらなかった。直径4センチ以上が「塊炭」。なので大塊炭と銘打つのもわかる。かつてはこの石炭のなかに夢や希望が詰まっていたんだろうなぁ。
太平洋炭鉱の福利厚生施設として作られた、道東随一の巨大レジャー施設『太平洋スカイランド』私の記憶も相当あやふやですが、当時の事を思い出しながら、記事にしてみたいと思います。まずは、先日(11/12)の出張時に撮ってきた画像を掲載します。iPhone撮影なので、視野角が狭いです。太平洋側より見た正面画像です。円形部分は、最上階の底部迄、吹き抜けになっていて、壁に沿ってスロープになってます。円形部の1Fに入口があり、入ると猿の檻があったな~。真ん中に噴水があって