ブログ記事208件
4月の後半になって最初の映画鑑賞は岐阜への“プチ遠征”。シネックスで2作品とロイヤル劇場での1作品、3本連続鑑賞となりました。ロイヤル劇場の2週間の上映企画は、「“妖艶”と“清純”を合わせ持つ女優・太地喜和子特集」ということで、私が鑑賞したのは第1週に上映された、瀬川昌治監督の映画『喜劇・女の泣きどころ』です。映画は、2人のストリッパーが各地を巡業しながら起こす騒動を描いたコメディ作品。太地喜和子とコンビを組むのが中川梨絵で、私が“プチ遠征”してまで見たかったのは彼女の出演作だからです
昔の女優さんで太地喜和子さんという人がいる。男っぽい性格、艶っぽさ、男心をくすぐる可愛い仕草。唯一無二で誰にも真似できない、尊敬してやまない方だ。太地喜和子さんの今の姿を見たかった。。48歳で亡くなってしまった。
「顔役」(1971)勝新が初監督に挑戦した刑事映画をAmazonプライムビデオで観ました。初見。製作・監督・脚本・主演は勝新太郎。予告編はありません。暴力団の取締り強化を図っている大阪府警。大阪では、政治家をバックに持つ大淀組と新興の入江組とが中町信用金庫の不正融資をめぐって抗争中で、入江組の組員が大淀組の沢本(蟹江敬三)に理髪店で射殺される事件が発生。事件の報告を受けた捜査四課の立花刑事(勝新太郎)は、後輩の相棒和田(前田吟)とさっそく捜査を開始。といっても、向かった場所
海外出張のとき、僕の思い込みから、ホテルで働く人たちに疑いを向けてしまった。日本に帰ってから、数年も経ってから、それが自分の勘違いだったと分かり、遠くアメリカの空に向かって、深くお辞儀をした。この話を書いていて、ふと思い出した場面がある。それは、寅さんの映画だ。マドンナは太地喜和子。赤とんぼで知られる播州竜野の芸者を演じていた。彼女は男に騙され、大切なお金を取られてしまう。物語の途中、寅さんは駅前の焼き鳥屋で、年老いた日本画家と知り合う。演じているのは宇野重吉。
続編をお届けします(文末に前回記事へのリンクを貼っています)。永年古書店(現在は廃業)を営むかたわら作家活動を続けてこられた出久根達郎さんのエッセイは、その経験から得られた豊富な知識や情報がコンパクトに読めるのが魅力です。今回も、氏の「行蔵は我にあり」(文春新書)から4人を選び、ユニークで、時に脱力系のエピソードをお届けします。どうぞ最後までお付き合い、お楽しみください。★太地喜和子(女優)とにかく女優として、女性として、その奔放ぶりがよく話題になったのを覚えています。15歳で東映の
あ?え?う、うんこのフレーズ使う人に初めて遭遇した女優さんを形容する時に良く使われている印象で、記事ではよく目にしていたんだがね荻野目慶子とか大竹しのぶ、藤あや子、古くは太地喜和子なんて唯一無二で、ハマったら、抜け出せない魅力に満ちている彼女たちは、私の中では天然石として認識しているが、少し下の世代や若者の女優さんは打算を感じる方が多く、恥じらいを持った記者会見ですら、カチンコ後の演技にしか見えなかったたまに感性一致の母親も(会見後)まー、わざとらしい女!と、言っていたので、うん、我が
★★★109分シリーズ17作監督:山田洋次出演:マドンナ:芸者役の太地喜和子、渥美清、倍賞千恵子、下條正巳、三崎千恵子、前田吟、笠智衆、太宰久雄、佐藤蛾次郎、岡田嘉子、宇野重吉、寺尾聰【寅さんの見た夢】さくら、おいちゃん、おばちゃん、満男などを食い殺した巨大な人食いザメを釣ろうとする船長の寅次郎が、サメと格闘。映画「ジョーズ」は1975年か。~~~~~日本画の大家と知らずに、上野の飲み屋で酔いつぶれた画家・池ノ内青観(宇野重吉)をとら屋に連れて帰る。宿
10月13日が命日・忌日の有名人・著名人1974年満73歳没(食道癌)エド・サリヴァンさんテレビ司会者『エド・サリヴァン・ショー』1987年85歳没(?)ウォルター・ブラッテンさん物理学者トランジスタの発明ノーベル物理学賞⇒『ウォルター・ブラッテン(1902年2月10日生~1987年10月13日没、物理学者、発明家)』1992年満48歳没(乗用車が桟橋から海に転落する事故)太地喜和子さん女優2000年満73歳没(白血病)ジーン・ピーターズさん
シリーズ第17作。ヒロインは太地喜和子。それにしても綺麗な女性だねえ。宇野重吉と寺尾聡の親子共演。寺尾さんがあまりにも間抜けな役柄で酷い(笑)宇野重吉とおいちゃん(下條正巳)は劇団民藝絡みで何か含むところがあるらしいのだけれど。オープニングテーマの2番がいつもと違う歌詞なんだなあ。「当てもないのにあるよな素振りそれじゃ行くぜと風の中止めに来るかと後振り返りゃ誰も来ないで汽車が来る男の人生一人旅泣くな嘆くな泣くな嘆くな影法師影法師」やはりどの作品もそれぞれ良いんだよ。2
東京名所No.0059【太地喜和子墓所】太地喜和子は、昭和後期から平成初期にかけて活躍した実力派女優です。志村けんのファンとして知られ、バラエティ番組「志村けんのだいじょうぶだぁ」ではコントで共演したこともあります。1992年(平成4年)、乗車していた車が桟橋から海に転落する事故を起こし、車内から脱出できずに死亡(48歳没)。墓所は豊島区の勝林寺に置かれています。【所在地:豊島区(勝林寺)】
黒猫亭事件-2005-ドラマはYouTubeでご覧頂ける可能性はあります1978年9月2、9日放映解説この作品は、1947年(昭和22年)12月『小説』誌第3号に原題『黒猫』で発表された作品で、原稿用紙で200枚の中編である。金田一耕助ものとしては『本陣殺人事件』・『獄門島』に次ぐ3作目となる。ただし、発表は『獄門島』より早かった。1950年、第2回探偵作家クラブ賞短編部門の候補作品にノミネートされる。発表時に掲載された「作者の言葉」では、「出来るだけドスぐろい犯罪をドスぐろく」書こう
仲良く暮らす市(勝新太郎)と錦木(太地喜和子)。「寝てんだか起きてんだか、わかりゃしない」。市の留守中に丑松(中村嘉葎雄)が錦木を訪ね、何も言わずに身請けされたことが不満な彼は市の首には百両がかかっていると言う。二人が抱き合っているところに帰ってきた市。*****仲間の一人を市に斬られた連中は自分たちが市を斬ると鍵屋(小池朝雄)に言うが、神条(高城丈二)は「どうやって斬られるか見に行ってやろう」。*****錦木が身請けの理由を市に問うと、市は「堅気さんと夫婦になって…子どもを産んで…」。
勝新太郎が自ら監督した「座頭市」。藤岡重慶を見るとテレビドラマの「どてらい男」をどうしても思い出してしまう。*****危険な吊り橋で市(勝新太郎)はすれ違った三味線弾きの老女(伏見直江)と言葉を交わすが、彼女は川に転落してしまう。女郎屋が何軒もある銚子の「扇屋」まで、娘に会いに行くと市に話していたのだった。彼女の三味線を背に銚子まで来た市は、子ども(小海秦寛)に案内されて扇屋を訪ねる。三味線達者な人の娘としか彼にはわからなかったが、三味線の皮に書かれていた「のぶ」を手掛かりにしようとする
『顔役』映画トーキー98分カラー昭和四十六年(1971年)八月十二日封切製作国日本製作言語日本語製作会社勝プロダクション製作勝新太郎西岡弘信脚本菊島隆三勝新太郎撮影牧浦地志美術西岡善信音楽村井邦彦録音大角正夫照明中岡源権編集谷口登司夫助監督辻光明出演勝新太郎(立花良太)山﨑努(杉浦俊夫)太地喜和子(滝川真由美)藤岡琢也(栗原支店長)伴淳三郎(赤松)山形勲(尾形千造)前田吟
3764作目はソフトポルノっぽいけど雰囲気だけの作品を…。『僕のふしだら』2024年作品ーあらすじー自分に自信がなく、劣等感に悩む高校3年生の結城美菜実。酒におぼれる父親から逃げるためには希望の大学に進学して親元から離れるしかなく、そのためには何よりも時間が必要だった。ある日、そんな彼女の前に人ならざる存在の「ササヤキ」が現れる。ササヤキは美菜実に時間を止める能力を与え、その代償として彼女にとめどない性欲も与える。時間を停止させるたびに太腿に刻まれた性欲のカウンターが上がっていき、
演技と現実の境界はどこにあるのか?三人の女優、海堂あき、一森笙子、伊作万紀子が語る。これも見終えるのに体力が必要な吉田嘉重監督の作品。*****撮影中の女優、海棠あき(浅丘ルリ子)は女優としての演技を冷静に分析する。あきを写真に撮る男(原田芳雄)。*****同じく女優の一森笙子(岡田茉莉子)は撮影開始をあさってに控えて声が出なくなったので、「告白的女優論」には出演できないと女優志願の付き人、リエ(太地喜和子)に言わせて、マネジャーの南川(三国連太郎)をあわてさせる。*****同じく女
『獄門島』(日本、1977年)を観た。戦後、金田一耕助は戦友の鬼頭千万太の訃報を知らせるため、瀬戸内海に浮かぶ獄門島を訪れ、鬼頭一族に相まみえるのだが・・・。市川崑監督・石坂浩二主演の金田一耕助シリーズ。※下記、ネタバレを含みます。美女が次から次へと現れる!獄門島の美女率100%!!!今作のヒロインである大原麗子は勿論のこと、風格のある美女が勢ぞろい。島の床屋の娘である坂口良子さんが可憐な美貌でハッとする。豊川悦司版の金田一シリーズ『八つ墓村』
横溝正史に関係する記事を書いていてふと、「横溝正史シリーズ」の主題歌って、YouTubeにあるかなと思って調べたらありました、ありました♪茶木みやこさんの「まぼろしの人」という曲だそうですついでに、第2シーズンのテーマ曲もあげておきます【Amazon.co.jp限定】新幹線大爆破ネガスキャンリマスターBlu-ray豪華版(Amazon.co.jp特典:A4クリアファイル2枚セット)[Blu-ray]Amazon(アマゾン)第1シーズン犬神家の一族→本陣殺人事件→三つ首塔→悪
内田吐夢監督原作・水上勉脚本・鈴木尚之音楽・冨田勲40年ぶりくらいに観ました。名作とは思っていたけれど好きな作品かというとそうでもなかった。白黒が反転する場面に怖いイメージが付きまとってました。今回、観てかなり忘れていたところが多かった。キャストに高倉健の名前を見てえっ、健さん出てたっけ・・なんて。でもやっぱり、面白い。上映時間三時間以上なんてまったく感じさせなかった。あらすじ、ざっくり。
昭和が懐かしい中卒・高卒・大卒格差をモロに受けている世間知らずの5人の青年が、若さを武器に自分たちの力で人生を切り開こうとする青臭い昭和の青春群像劇。ダンプカーを月賦で買うんだが、「月賦」という言葉を何十年ぶりに聞いた。理屈の前に行動するのは若さのいいところではあるが、やはり「アホやな~(苦笑)」というのが散りばめられていて、見ていて気をもんでしまう。一人抜け、二人抜けして、結局残ったのは正男(石立鉄男)と浅男(前田吟)の二人。この二人がそれぞれ、正男は矢部清(河原崎長一郎)の妹・雪ちゃ
唐沢寿明さん主演の「白い巨塔」が再放送されている事をお嫁ちゃんから聞いたので数話を録画して見ていましたとても良いんですがやはり比べてしまうんですそして見たくなるんです田宮二郎さん版今までは再放送か配信を期待していましたが思い切って?「宅配レンタル」をしました日曜日の午後に届いて1~7話までイッキ見しましたがやはり唯一無二でしたバイプレーヤーが強烈にクセ強曽我廼家明蝶さん小沢栄太郎さん金子信雄さん渡辺文雄さん中村伸郞さん加藤嘉さん井上孝雄さん小松方正さん
3月6日木曜日〜その24時に休む。6時、目覚める。ねじめびわ茶。OneHarmonyNaturalMineralWater、十勝のむヨーグルトプレーンで喉を潤す。『任侠映画伝説高倉健と鶴田浩二上巻』を読む。P289には、千葉真一さんをはじめとした、東映第6期ニューフェイスのリストには、太地喜和子さんの名前が有る。(写真)コレクションのS51年4月6日号、集英社刊『プレイボーイNO14』の「第34回兜町のヒットメーカー"浦宏"が完全ガイドする元金50万円20万円コー
東京に戻ってきた道夫(原田大二郎)は駅で柳田と偶然出会う。転職を繰り返した柳田は故郷の秋田へ帰るところだった。道夫は大阪の大きな電気関係の会社に勤めていて出張で北海道へ行く途中だと言って、遠回りになるが柳田と同じ列車に乗る。生まれたところで静かに暮らすのがいいと柳田に話すのだった。網走。いまだ入院中の長姉、初子(吉岡ゆり)に会いにきた道夫だったが、病んだままの彼女は弟を認めない。海に向かって中学校の校歌を唄う道夫。死ぬつもりで網走に帰ってきた彼だったが死にきれず、鈍行列車で函館に向かう。「私は
2025年-令和7年1月28日シネ・ヌーヴォ昭和50年作品瀬川昌治特集、本作品は22年11に当劇場で観ていて好印象を記しています。太地喜和子ストリッパー3部作の最終作。フランキー堺は出ていません。改めて観るとストーリー展開では無く、エピソードの切替の速さで魅せているのに驚きます。3部作の最終作にて、太地喜和子との名コンビ共言える中川梨絵の抜擢が雰囲気を盛り上げていて良いね!
2025年-令和7年1月27日シネ・ヌーヴォ昭和49年作品瀬川昌治特集、初見。お話の主人公はストリップ小屋の主八田(フランキー堺)ですが、ダンサーお駒を演ずる太地喜和子が開巻から終始、良いね!作品の展開はドタバタなんだけど、後半で戦後の混乱期の出自が絡んだエピソードで変化を付けてるのが、この時代がギリギリの状況設定だね!
今朝、太地喜和子さんの夢をみた🌅新年の初夢かな🤔今年に入って、たぶん夢を見た記憶がないから、3日の朝だけど、初夢つーことで🤭太地喜和子さん大好きな女優さんだった🤩あまりにも早い48歳という年齢で、あちらの世界へ行ってしまわれた🥹当時、芝居仲間が、太地喜和子さんが出演している舞台のスタッフで入っていて、『喜和子さんが亡くなった😱』と連絡が入ったっけ。ワタシは直接のご縁はなかったけれども浅利香津代さんの付き人を辞めてしばらくして、太地喜和子さんと同じ舞台に
私は映画の『男はつらいよ』が大好きでして。初めて観たのは小学校4年生の昭和51年のお正月ですかね。『男はつらいよ』が好きだった親父に連れて行ってもらって。大好きだった桜田淳子ちゃんが出てるってもんですから(笑)それからは毎年1月3日には必ず映画館に行ってたんですよ。そんなわけで、今年の1月3日。全作持ってるDVDの中から〝一番の傑作〟と言われるコチラを鑑賞。『男はつらいよ寅次郎夕焼け小焼け』昭和51年7月公開マドンナ・太地喜和子皆さんも年末年始のテレビに飽きる頃でしょうか
太地喜和子前ブログで少し触れた新延修三『朝日新聞の作家たち—新聞小説誕生の秘密』。新延修三は昭和3年に朝日新聞に入社。最初は学芸部に配属され一年余で社会部に転属したが、二、三年後に再び文芸部に戻ると、新聞小説作家の発掘と交渉にあたった。朝日新聞の夕刊に中編小説が連載され出したのは、昭和2年6月、片岡鉄兵『生ける人形』から。それまでは、朝刊に現代小説が一本、夕刊に時代小説が一本という陣容だった。読者獲得のために各社質量ともに新聞小説を競っていた。作家もまた新聞に連載することでステータス
https://youtu.be/J4i8IoA3St8?si=Wv8gXZJImQ60CloM-YouTubeYouTubeでお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや家族、世界中の人たちと共有しましょう。youtu.be貴方の未来を輝かせます💕黄金の幸運の女神伊邪那美です💕夢仲間と一緒に宇宙旅行にアアっヤッパリ💢💢ダラダラと眠っていた魂がズキズキした全ては繋がっている今の自分に怒っている出来事は全て必然性である神は