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※ちかじか直の死の事をこの一番下に追加します。豊臣兄弟第9回竹中半兵衛という男予告動画は変更するかもしれません。小一郎(仲野太賀)と藤吉郎(池松壮亮)は美濃国主・斎藤龍興(濱田龍臣)の家臣である竹中半兵衛(菅田将暉)の調略に乗り出す。だが知恵者と名高い半兵衛は相当の変わり者で、小一郎と藤吉郎は何度も翻弄される。その一方で、二人は斎藤家重臣・安藤守就(田中哲司)から思わぬ申し出を受ける。二人からの報告を聞いた信長(小栗旬)は斎藤家の居城・稲葉山城を包囲するも、窮地の龍興の前に突然、半兵
豊臣兄弟第8回決死の墨俣(すのまた)一夜城予告動画は変更するかもしれません第8回おおざっぱあらすじ小一郎(仲野太賀)らは墨俣へ出陣。だが信長(小栗旬)の真の狙いは墨俣ではなく、美濃三人衆の一人・安藤守就(田中哲司)が守る北方城だった。藤吉郎(池松壮亮)は、美濃国主・斎藤龍興(濱田龍臣)の目を北方城から逸らすための捨て石と承知の上で、墨俣に砦を築く大作戦に着手する。一方、直(白石聖)は、小一郎と夫婦になる許しを得るため中村に戻る。意外にも父・喜左衛門(大倉孝二)から
豊臣兄弟第7回決死の築城作戦予告動画は変更すねかもしれません。第7回おおざっぱあらすじ藤吉郎(池松壮亮)は晴れて寧々(浜辺美波)と夫婦に。幸せそうに笑う藤吉郎(池松壮亮)と寧々(浜辺美波)だが祝言の日、直(白石聖)が中村に帰ると言いだし、小一郎(仲野太賀)は戸惑う。一方、美濃攻めに乗り出した信長(小栗旬)に対し、藤吉郎は要衝・墨俣の攻略を買って出る。小一郎は攻略の秘策を思いつくが、実現には尾張と美濃の国境を仕切る川並衆の協力が必要。2人は
小一郎の土下座「兄は斬れぬ」と信長に背いた夜「豊臣兄弟!」第6回兄弟の絆(きずな)おおざっぱあらすじ大沢(松尾諭)に、信長(小栗旬)の暗殺を企てたという疑いがかかった。小一郎(仲野太賀)の機転で、その場での手打ちは免れるが、このままでは鵜沼城に残った藤吉郎(池松壮亮)の命が危ない。翌日までに大沢の無実を証明することになった小一郎は、調査に奔走しつつ、市(宮﨑あおい)に信長への口添えを頼む。だが市はそれを断り、信長のある過去を語って聞かせる。翌日、手詰まりの小一郎は
大河ドラマ第5回嘘からでた実(まこと)おおざっぱあらすじ小牧山城に拠点を移した信長(小栗旬)は、織田家中で御前試合を開くことを決定。小一郎(仲野太賀)は、試合で藤吉郎(池松壮亮)のライバル・前田利家(大東駿介)の鼻を明かすべく、一計を案じる。そんな2人に、信長は美濃攻めに不可欠な鵜沼城の調略を申し付ける。だが鵜沼城主・大沢次郎左衛門(松尾諭)は、これまで誰の説得にも応じていないという。果たして小一郎たちは、大沢の心を動かすことができるのか?---
豊臣兄弟第4回桶狭間ついに信長(小栗旬)が出陣の決断を下し、小一郎(仲野太賀)と藤吉郎(池松壮亮)は対今川軍の前線基地である善照寺砦に向かう。兄弟にとって初めての大戦が始まるが、彼らの真の狙いはかつて父の命を奪った城戸小左衛門(加治将樹)を討ち果たすこと。信長は出撃前に「人間五十年-」敦盛を舞い善照寺砦に集った兵たちを前に檄を飛ばし、決戦の地である桶狭間へ向かう。城戸を討つ千載一遇のチャンスを前にした兄弟の決断とは!?----------------
故郷の中村をあとにした小一郎(仲野太賀)、藤吉郎(池松壮亮)、直(白石聖)の3人は織田信長(小栗旬)の城下町・清須にやってくる。織田家臣の浅野長勝(宮川一朗太)のもとに挨拶に訪れるが、その場で直は長勝の娘・寧々(浜辺美波)の侍女になることが決まる。兄弟の二人三脚の暮らしが始まるが、藤吉郎は小一郎にある秘密の計画を打ち明ける。そしてついに今川義元(大鶴義丹)の大軍が尾張に向けて進軍を始める。ここから↓豊臣兄弟第3回決戦前夜小一郎(仲野太賀)、藤吉郎(池松壮亮)、直
市の憂い織田伊勢守信賢の居城である岩倉城攻めを目前に控える織田信長(小栗旬)。信長は、信賢からの降伏の申し出に応じず、岩倉城下に火を放ち町を焼き払えと家臣に命じています。信長の妹・市(宮﨑あおい)は、信賢が裏で駿河を本拠地とする大名の今川義元と通じ、いずれ尾張すべてを手に入れようと目論んでいるのではと考えていました。信長は、その話を戦の支度を整えながら聞いています。不思議な鐘留守を命じられた藤吉郎(池松壮亮)は、市に呼び出され、面白い話をするよう頼まれました。そこで藤吉郎は、幼い頃に
尾張中村の貧しい農家に生まれた小一郎(のちの豊臣秀長・仲野太賀)は、田畑を耕し土と共に生きる暮らしに満足しながら日々をすごしていた。ある日、音信不通の兄・藤吉郎(のちの豊臣秀吉・池松壮亮)が意気揚々と姿を見せる。若き戦国武将・織田信長に仕官して大出世を目指しており、小一郎に自分の家来になってほしいと願い出る。城下町の清須に出てきた小一郎は主君・信長と運命的な出会いを果たす。そして、ついに「桶狭間の戦い」の火ぶたが切られる。信長の奇跡の大勝利に、武士として生きていく覚悟を決めた
読者のみなさま新年あけましておめでとうございます。皆様のご健康とご多幸をお祈り申し上げます本年もどうぞよろしくお願いいたします謹賀新年2026年元旦荒木村重研究会スタッフ一同天野セミナーのご案内も以下に掲載しています。どうぞ、ご覧ください。新年のご挨拶動画-YouTubeYouTubeでお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや家族、世界中の人たちと共有しましょう。youtube.comニュース!歴史ファン必見!「天野セミナー」第
地域に眠る歴史の魅力を再発見する「有岡歴史企画」。大変ご好評をいただいている天野セミナーの第3弾の開催が決定いたしました!今回のテーマは、伊丹市民なら誰もが知る有岡城主・荒木村重と、後の天下人・豊臣秀吉。信長という絶対的なリーダーの下で、この二人はどのような関係だったのか?「実はライバルだったのではないか?」という刺激的な視点で、戦国時代のドラマに迫ります。講師は戦国史研究の第一人者・天野忠幸先生!講師には、昨年に引き続き天理大学教授の天野忠幸先生をお迎えします。天野先生は「荒木村重
2026年NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』の放送開始に先立つ形で雨後の筍の如く発刊されていく主人公・羽柴(豊臣)秀長関連本。それらに先行して発刊された『図説豊臣秀長』が番組の制作発表より前から編纂が始まっていたというのもうなずけます。『『図説豊臣秀長』河内将芳著』2026年の大河ドラマは『豊臣兄弟!』ですが、羽柴秀吉・秀長兄弟は『きょうだいの日本史』に登場しませんでした。『『きょうだいの日本史』『日本歴史』編集委員…ameblo.jp本書もまた秀長の生涯を記した評伝という事にな
大和大納言豊臣秀長天野忠幸著補佐役か、もう一人の秀吉か2026年大河ドラマ「豊臣兄弟!」の主人公、豊臣秀長、その実像と足跡を濃密に描く決定版!豊臣秀長は、兄・秀吉を補佐しつつ、いかに天下統一事業を推進し、南近畿の統治を行ったのか。秀長の再評価を問う一書。「中世から近世へ」シリーズ最新作!著者天理大学人文部教授天野忠幸氏静かなる統一政権の首領豊臣政権の壮大な方針を先駆けて実施した武将。刀狩・検地をいち早く自領で展開。巧みな宗教政策や人材育成は、、後の江戸幕
令和7年2月23日(祝・日)有岡城跡にあるアイホール(伊丹市立演劇ホール)にて、天理大学教授の天野忠幸さんに「村重と光秀ふたりはなぜ信長から離れたのか?」をテーマにおはなしいただきました。参加者は定員の倍の200名。予定を大きく上回る参加者で埋め尽くされた会場はじめに荒木村重研究会役員で村重子孫の西﨑Gouさんより、荒木村重研究会のブログを是非ご覧くださいと挨拶があり、その後天野先生が登壇され、天野セミナーが始まりました。織田政権は急成長して部下によって滅びるという運命をたどった、
歴史と文化のまち伊丹有岡有岡歴史企画天野セミナー2令和7年2月23日(日・祝)15時から※2時間程度の予定テーマ「村重と光秀ふたりはなぜ信長から離れたのか?」遠藤周作「反逆」から35年主人公ふたりの反逆の理由を現代の歴史学者天野忠幸さんはどのように語るのでしょうか?場所アイホール(伊丹市立演劇ホール)伊丹市伊丹2丁目4-1参加費無料定員100名(先着申込順)お申込みは下記より行ってください。2/20(木)締切りお申込み有岡歴史企画「天野セミナー2」受付
摂津・河内・和泉の三国は、現在で言えば大阪府の全域と兵庫県の神戸・阪神地域に該当し、戦国時代には首都圏たる「天下」を構成する畿内5か国(山城・大和・摂津・河内・和泉)のうち3か国であるとともに首都京都の玄関口を果たしていた地域でもあります。高校日本史Bの教科書でも応仁・文明の乱から織田信長の登場までは飛ばされる傾向にありますが、当該期の畿内戦国史の研究が進んだことでその重要性が知られるようになってきました。本書はこの3国に焦点を当て、摂津・和泉の守護だった細川氏、河内の守護だった畠山両
戦国時代の地域史『摂津・河内・和泉の戦国史:管領家の分裂と天下人の誕生』は、天野忠幸、宇野千代子、新谷和之による書籍です。戦国時代の首都圏であった摂津・河内・和泉(現在の大阪府と兵庫県の一部)の歴史を詳細に描いています。この地域は、畠山氏、細川氏、三好氏、織田氏といった戦国大名たちの興亡を経て、豊臣政権の本拠地となりました。堺や、兵庫津や尼崎の港町の繁栄や、商人や僧侶が新たな文化を担う様子も描かれています。荒木村重については、第一部第四章「大坂本願寺と織田信長」などに記載されています。荒木
令和6年2月4日(日)有岡城跡にあるアイホール(伊丹市立演劇ホール)にて、天理大学教授の天野忠幸さんに「伊丹城?有岡城?あなたはどう呼ぶ?」をテーマにおはなしいただきました。参加者は87名。はじめに山梨県甲州市から駆けつけてくださった荒木村重子孫の荒木Mさんより、江戸時代初期に甲州市にあった徳美藩の藩主伊丹氏は伊丹城主伊丹氏の子孫だった、甲州市と伊丹市には深い縁がある、との挨拶をいただきました。その後天野先生が登壇され、天野セミナーが始まりました。最近、村重が注目され
去る2月4日(日)の15時〜、伊丹市のアイホール(伊丹市立演劇ホール、JR伊丹駅前)にて、天野忠幸さん(天理大学教授)による講演会が開催されました。会場内は、ほぼ満席・盛況になりました。私を含めた当研究会の会員も、準備・後片付け役を兼ねて、参加させていただきました。(当日参加された方との公平性の点などにより、)講演内容の掲載は差し控えさせていただきますが、天野忠幸さんの着眼点・分析は素晴らしく、親しみ易い内容で楽しめました。晩には、当研究会の有志の会員が天野忠幸さんをお招きし、夕食会も開
・黒田基樹氏の『国衆』を買った書店で本書を購入する。・地図と三好氏略系図、細川氏略系図、松永氏略系図、足利氏と近衛氏の略系図、主要参考文献、三好氏関係略年表有り。欲を言えば人名索引も欲しかった。・織田信長上洛前の畿内は複雑怪奇である。略系図を逐一確認しながら読む。・室町幕府足利将軍家の分裂と細川京兆家の内紛に乗じて台頭する三好氏の興亡を物語を読むように楽しむ。・三好長慶と安宅冬康の連歌に興味を持つ。・戦国時代は将軍の権威が失われたとか、将軍擁立のような旧態依然とした体制にこだわる
赤い羽根助成事業歴史と文化のまち伊丹有岡有岡歷史企画講演「伊丹城?有岡城?あなたはどう呼ぶ?」講師:天理大学教授天野忠幸さん参加費無料●日時:令和6年2月4日(日)15時~●場所:アイホール(伊丹市立演劇ホール)(伊丹市伊丹2丁目4-1)定員:100名●対象:どなたでもお申込み下記よりお申し込みください(お申込み多数の場合は抽選。抽選の場合のみご連絡致します。)http://www.city.itami.lg.jp/SOSIKI/SHIMIN/MACHI/Z
先月、某ニュースサイトで荒木村重に関する記事が書かれていたので、どのような内容が書かれているのか興味があり、目を通してみました。すると、従来の説が未だに見映え良くもっともらしく書かれており、見過ごすことも出来なかったため、最近の説を今回改めて紹介させていただきます。以下画像資料をご覧ください。#荒木村重、#織田信長、#毛利家、#谷口克広、#天野忠幸、#砂川博、#小和田哲男、#有岡城、#尼崎城、#三木城
2023年4月より天理大学教授になった、現代の畿内戦国史を代表する研究者である編者による武将列伝の下巻です。上巻はこちら『『戦国武将列伝7畿内編【上】』天野忠幸編』沼の住民御用達出版社としておなじみの戎光祥出版が送る戦国武将列伝は例によって沼の住民向けコンテンツです。最初からマンガ『新九郎、奔る!』でおなじみの室町幕府…ameblo.jp下巻も貞藤の曾孫という分家の立場から宗家の当主となった伊勢貞孝に始まり、大河ドラマ『麒麟がくる』で一躍知名度を上げた三渕藤英、三好長慶
沼の住民御用達出版社としておなじみの戎光祥出版が送る戦国武将列伝は例によって沼の住民向けコンテンツです。最初からマンガ『新九郎、奔る!』でおなじみの室町幕府政所頭人の伊勢貞宗・貞陸親子から始まる沼の住民向けぶり。そのタイトルに相違して武将どころか戦わない公家でしかない葉室光忠やある意味幕府の重鎮である大館尚氏(常興)・晴光親子に斎藤基速、武田元光に朽木稙綱など、まったくといって知名度のない武将のオンパレードで、細川政元や六角定頼、細川高国あたりが有名な武将というラインナップです。
池田城跡(大阪府池田市城山町)を訪問池田氏は、摂津の中でも最も有力な国人の中の一人でした。村重以前の代から、荒木一族は、池田氏に仕え、頭角を表していました。そして、村重もまた、池田氏の重臣として活動し始めました。永禄六年(1563年)、(当主)勝正の家督継承時、池田四人衆と言えば、池田豊後守、池田周防守、池田重成(久左衛門、知正か)、荒木村重であり、村重は、勝正に相当信頼されていました。足利義昭・織田信長に味方する勢力と三好三人衆(三好長逸、三好宗渭、石成友通)に味方する勢力の戦いで、
信長公記によると、―荒木摂津守五六人召列、伊丹を忍出、尼崎へ移候…(『信長公記』より)(村重は5~6人の従者のみ引き連れ、密かに伊丹(有岡城)を抜け出して尼崎城へ移動した)とあるのは周知のことですが、これに対して歴史学者の天野忠幸氏は「村重は、実は数百の勢を率いて有岡城包囲網を突破し、尼崎城へ移動」と発表しています。荒木村重の戦いと尼崎城天野忠幸http://www.archives.city.amagasaki.hyogo.jp/publishing/bulletin/cont
現在の三好一族研究の第一人者と呼ぶべき気鋭の研究者が中公新書で著した一冊目(のはず)です。戦国時代に之長・元長・長慶の三大に渡ってその地位を向上させ、長慶の代には「天下人」と呼ばれるまでになった三好一族の盛衰をまとめています。本書で登場した新たな知見としては・三好一族の興り・三好康長の出自に関して(元長の弟ではない)・松永久秀がその死を嘆いた主君は義興ではなく長慶の3つが主なものです。一つ目は三好一族は阿波守護を務めた小笠原氏の末裔と自称していますが、他の戦国時代に勃興し
こんにちは。今日も来て下さり、有難うございます。松永久秀さん。最近この肖像画が見つかったそうです。風流を解する方で、お着物も、珍しい文様というか、お洒落ですね。(これは私の持ってる雑誌です)元々、この方は、高槻(大阪)の出身ではないかという事です。元々身分は高くなかったけど、三好長慶に取り立てられて、大出世をして、少なくとも、56歳までは、奈良でナンバー1の実力者でした。東大寺の近くに、大きな城も、建てて、権勢を誇っていました。その城(多聞山城)は、信長もうらやむほどの城だっ
※YouTube「細川ガラシャの信仰に学ぶ」阪神壮年の集い2021.9.26午後4時-YouTube※10/11(月)午後5時現在、“471回視聴”してくださっています。何回か見てくださっていることもお聞きしていますので、471人の方という意味ではありませんが、400人以上の皆さんが、視聴してくださったのではないかと思います。感謝します!細川ガラシャさんのことを、このような形で、多くの方々が知ってくださることに、少
※YouTube「細川ガラシャの信仰に学ぶ」阪神壮年の集い2021.9.26午後4時-YouTube●松永久秀の命を受けて、結城忠正と共に、キリスト教を壊滅すべく、ロレンソ修道士と対峙した清原枝賢(しげかた)でしたが、逆に、真理に目が開かれて、キリシタンとなり洗礼を受けたのでした。その清原枝賢とは、どのような人物だったのでしょうか。清原枝賢は、儒教の教典を講じたり・研究したりする家柄の博士で