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今日は週休日です。お天気もよく家でダラダラしてるのはもったいないので、ドライブへ。向かったのはこちらです。武蔵国十三仏霊場第12番深谷山瑠璃光寺仁王門佐文山(江戸時代の能書家:佐々木文山)筆の扁額仁王門は享保年間の建立とされ、明治と昭和61年に改修されています。天海僧正が徳川家康公の遺骨を日光に奉還する際、表向きは川越喜多院から忍・館林方面に行列を仕立て向かいましたが、実は川越から古鎌倉街道で深谷を経て向かい、瑠璃光寺に立ち寄り遺骨を狙う盗賊をやり過ごしたと
初めまして数年前から神社仏閣にご挨拶をしております。気がつけばスマートフォンの寺社の写真が多くなり、このままでは参拝の時に感じたことや気づいた事など忘れてしまうと思い、ブログを始めてみました。今日は初午なのでおいなりさんを作りました。いつもは市販の味がついている油揚げを作用しますが、今日は1からお揚げから作りました。子供達からも美味しいとお褒めの言葉を頂きました。こちらは去年の春休みに伺った太宰府天満宮の天開稲荷大明神です。奥之院の岩の中の祠が神秘的でした。そしてここ数日、偶然な
年末に行って辿り着けなかった「摺鉢山古墳」に行って来ました。この前「この辺だと思う」と思った近くでした。あの時は地図が全く分からなかったのに、今回は不思議とするりと頭に入って来ました。「着いたでちよー」階段を登って行くと「石のベンチがあって、皆さん休憩してるでちよー」。本当は前方後円墳だったそうだけど、今は小さい丘って感じです。埴輪とか土器が出て来たそうです。誰のお
2026年1月3日年始3日目です1月3日は元三大師のご縁日なので、上野の寛永寺を巡礼しました元三大師の事は清瀧寺様のブログで↓上野公園はまだ少し雪が残っていました寛永寺開山堂到着開山堂は天海僧正と元三大師慈恵大師をお祀りしていて、両大師と呼ばれています手水舎がお正月仕様で華やかになってました角大師ぃ〜阿弥陀堂開山堂もまだ雪が残ってました可愛らしいサイズの枯山水庭本堂内陣まで入ってお詣り出来ました角大師のお守りを新たに購入しました😁次に移動します🏃🏃🏃
うちに遊びに来たムスコ氏の友だちが、ベランダを見て、「すげー、屋根がある」と言っていました。ん屋根がある。。。なんのこっちゃ「やっぱ、マンションすげーなー。おれんち、一軒家だからな~」いや、一軒家すごいんだよ。。。。。。。「あれ、屋根じゃなくて、上の階のベランダだよ」とりあえず、伝えておきました小3男子、やっぱり不思議な生き物です。水舎門(みずやもん)で火消の歴史が知れた前回ブログ『上野東照宮で見つけた火消の歴史』12月とはいえ、
はい、この日もせっせとお洗濯。これは天海僧正関連の塚。上野公園にあります。上野の森美術館に「日本の自然を描く展」を見に来たんですが、平日の暑い日にもかかわらず混んでいました。出品した人の関係者がたまたま重なった?ランチはさくらテラスの梅蘭へ。以前食べた焼きそば(↓)を食べたかったので。『2347.梅蘭焼きそば』元々は横浜中華街のお店だと思いますが、最近チェーン展開でいろいろなところで見かける梅蘭というお店。ここ代々木上原にもありまし
今日も「行きたくないよ〜😭」と叫びながらパートに行ってきました。それでは上野巡りの最終回です。次に行ったのは寛永寺開山堂(両大師)です。天海様は良源様を尊崇していらしたのですね。良源様といえば『良源様がイケメンすぎて描けない〜マイルカップの予想』今日は朝から馬券の買い間違いをしてしまい、、、多分競馬をしてはいけないのだろうと解釈し絵を描こうとしました。昨日、深大寺に行ったので『元三大師像御開帳とエプ…ameblo.jp『元三大師像御開帳とエプソムCの予想』今日は1人でお出かけ💨深大
三連休明けは眠いですね。「行きたくない〜😫」と叫びながらパートに行って来ました。上野巡りの続きです。不忍池辨天堂です。こちらも八臂弁財天様でした。宇賀神様です。人々の金運への欲望が渦巻いていますね😁「だから人はかわいい」と聞こえました。ありがとうございます😅次は上野東照宮です。金ピカ〜✨️せっかくなので有料で中も見せていただきましょう😃立派な御神木です。ほとんど人がいません。外国人だらけの中、ものすごく落ち着ける場所でした。ぜひ有料で拝観されることをお勧めします。な
坂本の街歩きの続きです。坂本にも東照宮⁉️比叡山の麓に『日吉東照宮』があります。ケーブル坂本駅からさらに下山する途中からも日吉東照宮に行ける参道がありますが、私たちは車だったので下まで下りて駐車場に車を停めてから向かいました。急な石段が続きます。上まで上がると、坂本の町と琵琶湖が一望できます。日吉東照宮ここから先は見学できませんでした。格子の間から覗いてみました。社殿はこじんまりしているけど華やかな雰囲気は伝わってきます。門の庇の彫刻も見事です。確かに東照宮に共通する色鮮
今日はすごい雨でしたね。交通にも影響が出ていたようですが皆さま、無事に帰れたでしょうか。私は午前中の晴れている時間にお友達と上野デートしてきました😺以前から大國魂神社内の東照宮に行くと徳川家康さんが繋がってくださって『江戸の結界は人工には負けないらしい〜パワーの描き分け』桜が咲いてきましたね。今日はいつものように大國魂神社に行きました。なぜか東照宮の徳川家康様に呼ばれまして(同郷なのでチャンネルが合いやすいようです)お話ししま…ameblo.jp江戸の結界のことなどを聞きました。お
いわゆる世渡り宗教、営利教団というものが近来非常に多い。しかしこれは今日ばかりでなく、昔にも多くそういうことがあって、慧心僧都(えしんそうず)の母などは、後の世を渡す橋ぞと思いしに、世渡る僧となるぞ悲しきと詠んで慧心僧都(えしんそうず)を戒められた歌などもある。また政治上その他、色々のことから政略的に人を信仰に誘った時代もあった。七福神というと福を授けて下さる神様として何処でもこれを祭るが、これは徳川家康が国を治める手段方便から出ていることを知ったならば七福神信仰の欲深連(よくふかれん
こんばんは~🌃文月=7月に行った川越散策の続きです仙波東照宮へお詣り出来ず残念な気持ちですぐ横の喜多院へ向かいました途中の脇道がうっそうとしていてこの辺りは昼でも少し薄暗かったけどステキなカフェがいつの間にか出来ていて(お寺カフェってやつかな?)雰囲気オシャレ過ぎて気後れして入れませんでしたこちらは境内図になくて由緒よくわからずのお社ちょっと近寄り難くてお詣りさせていただきませんでした(次あればお詣りしようと思います)ひときわ高い処にあるのが慈眼堂こちら初めてお参
おはこんばんちは短い盆休み。何処か行かない?と家人。しかし、私は気になっていた磐梯吾妻スカイラインへ行ったばかり。すっかり満足していたので特に思い浮かばず。そしたらば。日光東照宮は?と家人。というわけで。早朝5時出発で、7時30分頃に到着。早すぎ?いやいや、駐車場が直ぐ埋まるってんで来たのですが大正解でした。で、東照宮は早すぎて入れない為、先に輪王寺へ。向う途中彩雲をパシャリ駐車場にあった池大棟梁輪王寺三仏堂の手前の香炉の足元がーんば!ずっーーと。数年前から日光
追記有り2025年8月8日お薬師様の縁日ですが、8が重なり日は特別な縁日とされる様です所用で日本橋に行ったので、日本橋のお薬師様へ〜🏃🏃🏃茅場町駅から数分智泉院の本堂天台宗寺院の智泉院は、鎧島山智泉院と号し、寛永寺の末寺です寛永12年(1635年)永田町日枝神社の境外摂社である、日本橋摂社の別当寺として創建されました本尊の薬師如来は、平安時代中期の恵心僧都源信作で、天海僧正が日本橋摂社の本地として、勧請したものと伝えられます御本尊薬師如来ちろっと堂内を覗けましたが、良
東京国立博物館で開催中の「創建400年記念寛永寺」展へ行って来ました。寛永寺は江戸城ひいては徳川幕府の護り、天下万民の平安祈願のために寛永二年(1625)に創建され、今年で400年を迎えます。徳川幕府との深い関係がある一方、初代の天海大僧正ののち、歴代住職に皇族が就任し、朝廷との関係も深く、東国における江戸時代の宗教、文化の一大中心地といえる存在でありました。本展では、寛永寺創建400年を記念して、寛永寺およびその付属寺院(子院)に伝わる宝物を中心に、その歴史と集積された文物、寛
皆様こんにちは♡ふじこです。前半に引き続き、上野散歩です。先日、裏鬼門の目黒不動尊へお参りしました。表鬼門の寛永寺にもお参りしましょう☺️別に、裏、表、両方しなくてもいいですよね〜何参りなんでしょうか😂(笑)あれ?でも、寛永寺ってどこだっけ?(;・∀・)上野だって事しか知らなかったんです〜そしたら、なんと!偶然にも東京国立博物館で寛永寺創建400年特別展をやっていました。これはラッキー(〃∇〃)寄って行きましょう💖東京国立博物館ほぼ撮影禁止でした(ノ∀`)アチャー場
滝尾神社を観光参拝をした後は、開山堂などに、立ち寄りながら輪王寺三佛堂へ向かいましたこの輪王寺三佛堂は、主に阿弥陀如来と千手観世音菩薩と馬頭観音菩薩の三仏を御本尊にしていて、総重量が金箔を含めて九トンあるそうです冒険おじさん今は金が高騰しているので、いくらくらいになるのかなと、俗世間的におもわず妄想しました今回は天海僧正の未公開の秘仏が来年まで、一般公開をしていて、説明では江戸末期の作品で、生前の実物大だそうで、正直昔の人は小さかったんだなと驚きました天海さんは以外にも、ユーモアがある秘
おはようございます。昨日は日光へ行ったついでに、天海僧正の坐像を拝見してまいりました。天海僧正の坐像(寛永寺蔵)が、日光の輪王寺で初公開された理由は■主な理由:日光山輪王寺の開山・天海僧正の400年遠忌を記念して、2024年から開催されている特別展の一環。坐像は通常は東京・上野の寛永寺の本坊に安置されているもの。今回は、輪王寺での法要や縁起にちなんだ企画として、特別に出開帳(寺外公開)された。■特徴:この坐像は江戸時代(1665年)に制作されたとされ、高さ11
こんばんは♪ほっこりみーです※昨日のお話になります待ちに待った連休がやってまいりました♪って言う事で出かけております‼️サザエさん、埼玉の旅(日帰り)今回、気合い入れて始発🚃ですよ〜💪お天気良くて、感謝です☀️あちこちルート調べましたが、時間に余裕があるので、なるべく座って行けそうな、楽ちんルートにしましたよ♪昨日は、夜バレーでしたので、睡眠時間は、4時間半くらい。(しゃーない)電車🚃で寝ればよしサザエにしては、順調に行きまして川越まですんなりらっくらく♪
上野には美術館や博物館がたくさんあり時々、足を運びます古戦場なんて全然知らずに訪れた場所に痕跡を発見しました天海僧正毛髪塔彰義隊の墓西郷隆盛の像天海僧正は江戸城鎮護の為、寛永2年(1625年)に寛永寺を創建したそうです自分は、ここに来たのも初めてで全く知りませんでした遥か先にある中央の緑の屋根が、不忍池にある弁天堂ですちなみに不忍池は、ちょっと有名な心霊スポットです清水観音堂上野は桜で有名な場所です皆さん桜にカメラを向けていました今度ゆっくり訪れたいと思いますあり
OMデジタルソリューションズ社が最近発売したマイクロフォーサーズ一眼カメラ『OM-3』がレトロデザインで話題になっている。私も新宿の同社のショールームで触らせていただいて高い質感に感銘を受けた。デザインはレトロだが中身は最上位機であるOM-1mark2と同等とのことでプライスからするとかなりお買い得なようだ(写真は新宿の北村写真機店で写させていただいた)。しかし、かつての銀塩OM-1を知っている者からすると今回『OM-3』と銘を刻んだカメラにこそ『OM-1』と命名してほしかった・・・。いにし
はじめての七福神めぐりを体験しての帰り道、なぜか心が軽くなり、気分も明るくなりました。(別に暗い気分で行ったわけではないけどね)今回は七福神めぐりが目的だったので、見たいところも通り過ぎなくてはならず、残念な部分もあったけど、、、住宅街の中をくねくねと進み案内していただいたことで、効率よく回れました。バタバタと慌ただしく(これはあれもこれもと欲張った私のせい)写真を撮り忘れたりもしましたが、歩きながら川越の歴史や、他の建造物の説明などしていただき、勉強にもなりましたし楽しかったです
こんばんは〜ほっこりみーですお久しぶりです♪腰痛が酷くなって、昨日はついにバレーを休みました鍼にも行きましたが、何しろ腰痛だけではなく何故か右肩も痛い…腕は上がるけど、後ろに組んだり出来ない感じ…久しぶりに鍼に行ったら、ダンボール開けすぎで右肩まで影響している可能性あり…との事これが腰にも影響与えてる…最近は右の膝も硬くなって来て横曲げが出来ない…これも腰の影響か…でも仕事には行っている。今月は、特にハードな日が続いています💦気持ちは、暗くなりがちだ
夫は間の良い男でかつ非常に運の良い人なので、私は夫が思いついた事は四の五の考えずに「うん、いいよ❗️」といつでも即答する事にしています夫と一緒に出かける時も行き当たりばったりで夫が思いつくまま足の向くままに任せて後をついて行った方が、いつでも思いがけない素晴らしい旅が出来ます❤この日は夫が「次は喜多院に行こう。」と言ったので、私はいつものように「いいね、行こう❗️」と言って夫とお出かけしました川越祭りの喧騒とはうって変わって、喜多院様はいつもと変わら
固~い話になりますが・・出羽三山って何なのでしょう。もっとも中心のようになってる羽黒山の神社が出羽三山で何となくわかったような気になってるのですけどすこしだけ掘り下げてまとめておきたいと思います。大和三山熊野三山湖東三山などとあります。大和はお山ですね、ホントに。畝傍天の香具山耳成山です。これに対し湖東三山は西明寺金剛輪寺百済寺の三つの天台宗寺院の総称となってます。また熊野三山は三つの
両界曼荼羅後期展示の金剛界を見に行ってきました。奥の方に写っている平成館で展示されています。暑いのに沢山の人が来られていました。両界曼荼羅の胎蔵界が金剛界に入れ替わっての展示なのでより、曼荼羅を楽しむ事ができました。1200年前に空海が製作に携わった曼荼羅を230年ぶりに3度目の修復が行われ公開となったのです。全長約5m、全幅約4mの巨大な曼荼羅の修復には6年もかかっているのです。空海はこの曼荼羅にどんな思いを込めていたのでしょうか。展示室はギンギ
天海僧正と徳川家光家光は秀忠の子ではないならば母は誰で父は誰なのか現在、徳川史観では、三代将軍徳川家光は二代将軍秀忠の子だという事になっている。しかし、家光は京伏見城で生まれたのが本当らしい。そして父も母も全く違い、そのため徳川家はこれから始祖家康の血脈が絶たれ、幻想の徳川史観が始まるのである。家光が三代将軍になって京へ行った時、その際家光の感覚として、うすぼんやりとした勘ではあるが(自分
中院より、喜多院に移動しました。喜多院には、11年前の七福神巡り以来の参拝です。息子が、甘酒を初めて飲んで甘くないいらないと言ったのを思い出しました。山門(重要文化財)太子堂鐘楼門(重要文化財)回廊多宝塔大黒堂苦ぬき地蔵尊慈眼堂(重要文化財)慈恵堂喜多院平安初期の天長7年(830年)、淳和天皇の命で円仁が天台宗の教えを東国に広めるために無量寿寺として開創したのが始まりとされる。当時の無量寿寺は阿弥陀如来を本尊として、不動明王・毘沙門天