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【食育クイズ:Vol.1876】「京都府」の「水墨画絵師」おさらいクイズ!2020年に生誕600年を迎えた「水墨画絵師」は?↓↓↓↓↓↓問題は下記から↓↓↓↓↓↓∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞北海道大豆100%大豆ミートミンチタイプ200gAmazon(アマゾン)コッチラボ【国産大豆100%】大豆ミートプレミアムソイミンチ粗挽き鶏ミンチ風サラダ・スープに(1㎏)Amazon(アマゾン
『獅子崎稲荷神社⛩️』つつじが綺麗みたいですが、もちろん、今年はまだまだです。ほんの少しでもあって良かったです🤭なんとなく、想像できるからねーー。頑張って階段を登りました。この真ん中くらいに、お稲荷さん。ここからは、石の階段ではなくて、山の階段。その途中。ここでやめておくか?悩みました。頑張って、一番上まで来ました。この辺りからの景色が、雪舟が天橋立図を描いたと言われているみたいで、天の橋立10観の一つ『雪舟観』だそうです。うーん?なんか違うよね。。せっかく一番上まで
先日、府中美術館で開催していたBeautifulJapan吉田初三郎の世界展へ行ってきました今月の7月7日(日)まででしたので終了後のレポートとなりますよかったらお付き合いください◾️展覧会エントランス◾️吉田初三郎(1884-1955)さんとは大正から昭和初期に、日本各地の名所などを鳥瞰図で描き出した画家です見ていくと、その場所に行ったつもりになる、飽きない鳥瞰図観光とか地誌な
酷暑に喘ぐ日がこれからいつまで続くのか、もう怯える気力さえ湧いてこない〝火打石〟…室内に居ても脳が機能停止しているみたい。海の日の3連休が控える今週末はどうやら気温は下がり(それでも30℃前後)、梅雨らしく雨も降るようですが―さいたま市の天気についてです(こちら参照)ーまぁお空のことはこちらにはどうすることもできないわけで。できないことよりできることに注力することにして、一の宮の参詣記の続きを(;^_^A。丹後一宮元伊勢籠神社さんと奥宮の眞名井神社さんを
今年に入って関西は大規模な美術の企画展が目白押し円空展、メキシコ展、モネ展と楽しんできましたが、4月の空海展のあとコロナと肋骨負傷でしばらく動けなくなり、前売り券を買っていた残り2つの特別展の会期はどちらも5月26日まで。東京、呉と肋骨かばいながら2週連続で出かけたので休みたいところではありましたが、もう日にちがない!とにかく行かなくてはーということで、5月3週目の週末。まずはトラりんの登場日程と時間を確認して(これ一番重要)京都国立博物館で開催されていた
今日は日赤病院の循環器内科の診察日でした。心電図検査や心臓の超音波検査もあったのですが,思いのほか順調に進み。診察も早く終わりました。血液検査の結果も含めて特に問題はなく,これまで通り経過観察を続けることになりました。予定よりもずいぶん早く終わったので,京都国立博物館で行われている「雪舟伝説展」に行ってきました。「雪舟伝説」展パンフレット。会期末まであと3日,ということもあって,大勢の観覧者でにぎわっていました。京都国立博物館の入り口付近の「
5月の連休明けに、京博で開催されている「雪舟伝説」展を観に行った。雪舟作品はかなり観ているが、この展覧会は京博だけの開催で、しかも国宝に指定されている6作品が一堂に会するとあってはもう観るしかない。天橋立図(国宝)さらに、この展覧会の主旨は展示タイトルが示すように、雪舟に憧れた等伯や探幽、光琳、若冲などの後世の偉大な画家の作品も展示されていた。四季山
天橋立を見たあと、雪舟の天橋立図にも出てくる成相寺を参拝しました。鉄湯船本堂前。普通の手水舎かと思いきや、こちらの山の湯屋でかかり湯をするための湯船として用いられていたものだそうです。鎌倉時代制作。本堂左甚五郎作の「真向きの龍」右から見ても左から見ても自分の方を向いているように見えることから名づけられました。双眼鏡で拡大して見ると、瞳孔が描かれていないのにすごい目力でした。(本堂の中でここだけ撮影可です)撞かずの鐘。梵鐘を作るにあたっての寄進を断った裕福な女性が、鋳造の日に見物
…『天橋立図(雪舟)』『瓢鮎図(如拙)』が描かれた時代はいつか?水墨画の全盛期は室町時代である。この時期の美術は、禅宗美術や武家の唐物趣味などに特徴がある。足利義満の山荘「北山殿(金閣寺)」に因んだ北山文化の時代には中国の宋・元の画家たちの絵画が珍重された。中でも南宋期の画家・牧谿(モッケイ)の水墨画は「観音猿鶴図(三幅対・国宝)」に義満の所有を表わす印が押されている様に重宝されて数多くもたらされた。一方、亰都五山の禅僧の間に「詩と絵を同じ掛
「天橋立図(国宝)」は、室町期の水墨画の巨匠・雪舟の作。雪舟は備中(現・岡山)に生まれ、若き日に京都の相国寺で、我国の水墨画の先駆である画僧・如拙や周文に学んだ。30代半ばに周防(スオウ)、長門などの守護であった大内氏に招かれて山口に下り、後に「雪舟」を名乗ったとされる。遣明(ケンミン)船で中国・明に渡り、太白山天童景徳禅寺(天童寺or天童禅寺)で第一座を授けられた。水墨画の名作に触れる一方、中国の大自然の山水から多くを学んだ。帰国後、大分
No.153長谷川等伯国宝《松林図屏風》東京国立博物館常設展上野の国立博物館で、正月恒例の国宝《松林図屏風》の展示が始まっています。日本の水墨画の最高峰の一つ。雪舟の国宝《天橋立図》と双璧をなす、日本の水墨画の頂点の作品とも言われています。●長谷川等伯筆国宝《松林図屏風》右端が少しはいりませんでしたね、ごめんなさい。昨年、大好評の国宝展。そのオープンニングの目玉作品でした。常設展で展開しています。本館2階の右奥の部屋です。毎年恒例の
…「天橋立図(国宝)」を描いた画家は?「雪舟」は、15世紀の初めに生まれたと推定される。相国寺で接待役を務め、周文に画法を学んだ事があるとされる。周防(スオウ)の大内家の保護を受けて画業に専心し、中国に渡った。水墨画の大成者とされ、多くの作品があり、京都国立博物館の「天橋立図」は、国宝になっている。又、東福寺の塔頭・芬陀院(フンダイン)は、南庭が雪舟・作と云う事で「雪舟寺」と通称されている。
京都国立博物館で開催中の特別展「京の国宝日本博/紡ぐプロジェクト特別展「京(みやこ)の国宝―守り伝える日本のたから―」2021年7月24日(土)~9月12日(日)/京都国立博物館平成知新館tsumugu.yomiuri.co.jp」のレポートです(^_^)/前回『京博「京の国宝(前期)」第2章《1》絵画①』現在、京都国立博物館で開催中の特別展「京の国宝」前期展示のレポートです。今回のレポートは、章立てで紹介していきます。第1章京都ー文化財の都市のレポート…ameblo.j
来ていただいて、ありがとうございます。今日の文字は10日の日曜美術館は「李禹煥(リ・ウファン)私と雪舟」李禹煥さんは1936年韓国生まれの現代美術のアーチストでソウル大学校美術大学を中退し、1956年来日。日本大学文理学部哲学科を卒業。日本を拠点に世界で活躍しています。直島には安藤忠雄とのコーポレーションによる李禹煥美術館があります。李さんが「雪舟」についての思いを語ります。雪舟の絵には風景を超える何かがある雪舟の世界観に呼びかけられた、と
日曜美術館は雪舟。昨晩放送のブラタモリに出て来た天橋立の絵も登場。10数年前に、専門家がヘリコプターに乗って、どの角度からならああいう見え方をするのか確かめた模様も流れました。要するに実景は存在せず、雪舟が頭の中で考えたベストな構図だという結論。昨晩の番組では、国分寺から見えた風景で、砂州の長さが短いのはまだ成長していなかったからという結論でした(笑)。まあどっちも真実かもしれませんけど、テレビなんかほんと、信用できない。
3枚目完成です!早かった。色のパターンがわかってきて、この色と並ぶのはこの色みたいな感じ。ある意味アラベスク模様なので。楽しい。変なの。今日は、雪舟天橋立図を見てきました。隣に立っていた知らないご婦人が、私に話しかけてきて。「パワーを感じるわね。パワー。この辺のパワー凄くない?ねぇ?どお思う?」と。もう台無し。この絵は、確かにパワーを持っているだろうけど、感じるのは私の自由。もう台無し。私も息子によく声が大きいとか言われるの。気をつけよう。他にも『国分寺縁起』とか
爆笑・田中のルーツは戦国武士実姉らが明かしたシリアスな過去にシンミリYahoo!ニュース東京出身の爆笑田中だが、ルーツをたどると福岡県小郡市にその源流があった。田中家の初代は肥前の戦国大名・龍造寺家の武士だったという。鷺宮...朗読劇『さらば黒き武士』北村有起哉「藤間ワールドになりそう」ニフティニュース歴史短編小説を原作にした朗読劇『さらば黒き武士(もののふ)』が10月24日(土)に大阪・メイシアター中ホール、10月31日(土)に東京・浅草公会堂...柳田国男の少年時
◆◇◆◇◆2019年7月20日(土)雪舟の描いた「天橋立図」という水墨画、ご存知ですか?たぶんここからの眺めで描いたのだろう、と言われている獅子崎稲荷神社に連れていってもらいました♪こちらが雪舟作「天橋立図」。もうちょっと上から見た、って感じですね。ドローンでも使ったかな?雪舟さん、御年80歳でこの絵を描かれたそうです。私、この「天橋立雪舟観展望休憩所」へたどり着くだけでヘロヘロでした。。。んじゃ、80歳でココ登ったってことですか?すごい~イラストレーター宮崎照代のHP
天橋立雪舟観展望休憩所👀階段をひたすら登って行きますが、けっこう急でした😓雪舟【国宝天橋立図】は此処から☝人気ブログランキングへ
カステラくんたちと向かったのは、天橋立を見渡せる小高い丘ですもっとよく見えると思いましたが、手前の木々がけっこう大きくて、見晴らしはいまいちでした。天橋立がギザギザした形状になってしまったというのを見ようと。周辺地域の砂防が進展した結果、土砂が海に流れ込みにくくなり、天橋立の砂が海流で削られる一方になってしまったそうです。そこで、砂の流出を抑える工事をした(橋立に垂直に堤防をいくつも付けた)ところ、天橋立の海側はギザギザした形状になってしまったということだったのでそれを見たかった