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こんにちは!椿誠司です。一昨日は、4か月ぶりに鳥越神社へ。正面の大鳥居をくぐり、拝殿でご参拝最後に、志志岐神社と福寿神社でご参拝をしました仕事の近況を報告してから、感謝の気持ちをお伝えしました読んでいただき、ありがとうございます。このブログがいいな!と思ったら、「更新情報はコチラから受け取れます」感想やメッセージもいただけると励みになります。それでは、またお会いしましょう!誠司🌍
田野町にも、百済王にまつわる物語があった。田野天建神社(たのてんけんじんじゃ)由緒書き。百済國王。以下、田野大宮大明神縁起、より↓昔、百済国王の船が日向の油津に漂着された。王は我が住処は何処にしたものかと見回した時遥か北の方の山に五色の雲が舞い下った。王は彼処が我が住地だとつぶやいて小姓一人を従えてわけ入った。峻しき路に疲れて、小姓は魂が抜けたようになった。王は谷川の水を掬んで彼の口にそそいだ。小姓は忽ちその水で生気をとりもどした。かくてこの坂は後に小姓坂と呼ばれた。それからなお進ん
式内社・石田(いわた)神社(石田八幡宮)(東大阪市岩田町)に参拝現在の祭神は、八幡宮として、仲哀天皇、応神天皇、神功皇后となっています。しかし、由来は「石田」とあるように、元々は、大きな磐座、岩船石があったとされ、サイノカミ三大神を祀る出雲族の創祀であった可能性があり、北側の近くに「幸神塚」のあった名残と思わしきところも確認できました。実際、謂れにも、欽明天皇の時代に、田圃の中に岩船ありて、その上に三神現じ給ひしより、初めて社壇を築きて、奉祀せるものなり
玉祖神社と同じ日に恩智神社にも行ってきました。玉祖神社の最寄り駅である服部川駅から河内山本駅へ行き、乗り換えて恩智駅へ。恩智駅からまたしても坂道を20分くらい歩きました💦恩智駅に着いた時は13時頃でお腹が空いてたけど、ここでランチをするともう歩くのがイヤになるやろうなと思い、ランチはせずに頑張って歩きました🚶♀️やっと鳥居が見えた!と思ったら、さらにここから歩きます😅やっと着いたけど、ここから長〜い階段が…2月なのに暑くて汗が出てきました💦御祭神は▪️大御食津彦大神食物や
2/21主人が行きたい永尾剱神社私が行きたい西岡神宮久しぶりの宇土参りへ〜西岡神宮新しく社号標が建っていた2025/5ぶりの参拝となる『1103.西岡神宮~かんなび賜りし雅たまう』『1102.永尾剱神社~本来のあなた方が目覚めゆく時*ヴェシカバイシス』5/10醤油が切れたので買いに行こう!醤油を買いに宇土市へ行くのならば西岡神宮へ行…ameblo.jpよろしくお願いします何か雰囲気が変わったなと思ったら拝殿前の木と階段が無くなり拝殿内へは残念ながら上がれなくなっていた
倭姫伝説ー姿見の池2008年03月27日|神社「鏡池」とも呼ばれていたようです。水屋神報160号(平成16年2月10日発行)倭姫伝説姿見の池宮司姿見の池池の近辺『倭姫命世紀』によれば、垂仁天皇二十二年、天照大神がご鎮座される地を求めて伊勢に入られた倭姫命がこの地を旅したとき、お迎えした飯高氏の族長、乙加豆知命(おとかずちのみこと)にこの地の国名を聞かれ、乙加豆知命が「飯高国」と申し上げると、「飯高(ご飯が茶椀に高々と盛られている)とは貴い」とおよ
◆「祝詞新講」次田閏著(~25)前回の記事より「春日祭」に進んで居ます。今回より祝詞本文が始まります。*此の企画物記事は「祝詞新講」(次田潤著)を教科書として進めて居ます。*本書の発行は昭和二年。なるべく記事内すべてに文語體を用ゐるやう心掛けて居ます。文語體を學びつつ記事を起こしてゐる爲、誤用が多々あるかと思はれますことを先に御詫び申上げます。~*~*~*~*~*~*~*~*~*~■過去記事一覧『◆【過去記事一覧】「祝詞新講」次田閏著』「祝詞新講」次田閏著昭和二年発行
なんとなく天児屋根命と鹿が繋がる気がするんですが私の感覚的な話なのでは?ですよね縁があった神社を巡っててふと思ったんですが砥鹿神社と事任八幡宮が神紋も同じだったり長髄彦、大彦を追っかけてたのにどうしてか天児屋根命に引っ張られてるこの意味はなんでしょうかねぇそれもまた楽しいんですけども神社の帰り道水が見たくて途中に寄ったのはこちら↓静岡県浜松市にある仙厳の滝水があるところに行くと心が癒される山の中の澄んだ川って最高の組み合わせ!諏訪大社
以前に遠江国一宮小國神社をグーグルマップで検索したら、何故かこちらがヒットしてそれから気になっていたので気になるなら行くしかないよねと行って参りましたちなみにオクニジンジャではなくショウコクジンジャと読むそうです由緒書きには鹿苑神社(ろくおんじんじゃ)だったが、小國神社に改めたとちなみに鹿苑神社との名前の神社は静岡県磐田市二之宮にありますもともとは静岡県天竜区春野町(現小國神社の地)にあったけれどこちらに移されたそう自然豊かな素敵な地にその小國神社はありました
第二話第一話の「天岩戸神話の占いの2柱の謎」から続いています。菅原と、藤原の不思議なつながり●日置神社の変遷の推測名古屋の日置神社は、織田信長縁の地で、桶狭間の戦いの前に祈願し、勝利した事から松を千本寄進したと記録があり、この日置神社の在る山王地区は、源頼朝の地であるにも関わらず、信長は、源頼朝に対抗して、「俺こそが、新たな武家の頭領だ」とし、源氏ではなく平家の名前を名乗りました。その地に織田家は、古渡城を築いたのです。これは、織田家が平家との繋がりを持つと言うものでは無いので
こんばんは今週も任務完了しましたお疲れ様でしたそれにしても今日の寒いこと手がガサガサになりましたさぁ元伊勢三社巡り豊受大神社さんの続きです長い階段をテクテク黒木鳥居をくぐり右へテクテクたくさんのベンチ右側に神楽殿キラキラ振り返り正面に拝殿階段の両側の木に注連縄鳥居みたいに階段を上がり拝殿おはようございますはじめましてよろしくお願いします御祭神豊受大神さま相殿日子番能邇々杵尊さま天児屋根命さま天太玉命さま右に土之神社後ろに大きな
11月30日久しぶりに大阪府八尾市にある恩智神社へ行ってきました。以前、マツコの知らない世界で紹介されてましたね。#マツコの知らない世界の神社特集にて、八尾の「恩智神社」さまがご紹介されました🐰✨恩智神社さまのお遣えの卯は、幸せを運びお導きされると伝わります。#卯年#うさぎ#神社https://t.co/X7oqq8N1GC—八尾市観光協会(@yaokankou)January18,2023天候を予知するといわれる清水。雨の降る前になると赤茶の濁水が流れ出るという
釣殿神社大和国添下郡奈良市佐紀町2700(P無し、いつも同名社の亀畑の境内西側に停めていますが、「奈文研平城京跡資料館」無料Pから徒歩10分足らず)■祭神天児屋根命市杵島姫命釣殿神(六御県命・経津主命)平城京の北側、かつての添下郡「佐紀郷」に鎮座する社。「御前池(おまえいけ)」の西縁、佐紀神社(西畑)と隣合わせ。◎創建年代、由緒等については社頭案内板に以下が記されます。━━鎮祀起源については不詳であるが、寛永十六年(1639年)から元禄十五年(1702年)までの間に超昇寺村
佐紀神社(亀畑)大和国添下郡奈良市佐紀町1716(P無し、いつも境内西側に停めていますが「奈文研平城京跡資料館」無料Pから徒歩10分足らず)■延喜式神名帳佐紀神社の論社■旧社格村社■祭神天児屋根命経津主命六御県命平城京の北側、かつての添下郡「佐紀郷」に鎮座する社。「御前池(おまえいけ)」を挟んで東西の「西畑村」と「二條村(亀畑)」に同名の2社が鎮座。いずれとも御祭神は同じ、またいずれとも式内論社とされています。◎創建は当社案内によると、白鳳三年(私年号、674年か)
佐紀神社(西畑)大和国添下郡奈良市佐紀町1716(P無し、いつも同名社の亀畑の境内西側に停めていますが、「奈文研平城京跡資料館」無料Pから徒歩10分足らず)■延喜式神名帳佐紀神社の論社■旧社格村社■祭神天児屋根命経津主命六御県命平城京の北側、かつての添下郡「佐紀郷」に鎮座する社。「御前池(おまえいけ)」を挟んで東西の「西畑村」と「二條村(亀畑)」に同名の2社が鎮座。いずれとも御祭神は同じ、またいずれとも式内論社とされています。◎創建年代、由緒ともに不詳。伝承によると
⛩️権力と祭祀の「鉄壁の結合」:藤原氏と春日大社の絶対支配構造を解き明かす【問いかけ】あなたは、なぜ奈良の春日大社が、他の追随を許さない**「別格の格式」**を持っているのか、その深奥な理由を知りたいと思ったことはありませんか?それは単なる「古い神社」という枠には収まりません。歴史の教科書で習う藤原氏という、古代日本の運命を千年近くも握り続けた巨大な権力と、この神聖なる社は、一体どのような**「絶対的かつ秘密めいた関係」**で結ばれていたのでしょうか?また、「春日」という地名と同じ
『ランチは松阪牛を食べに「洋食屋牛銀」へ』『部屋からの朝日と彩りライブモーニング』『エクシブ鳥羽アネックスでの食事・晩ごはんは生簀割烹海幸にて』11月20日鳥羽・松坂の旅その3『宿泊はエクシブ鳥羽ア…ameblo.jp上記からの続きです。鳥羽・松阪の旅その6ランチを食べてから道の駅飯高駅へ向かいました。洋食屋牛銀からは車で40分ぐらいです。天然温泉もある広い道の駅です。先に道の駅でお土産など買い物をしました。そして、道の駅から歩いて30分ぐらいの場所にある珍布峠(めずらし
こんにちは月と神秘です【道理の授業、神人合一の道】後半を撮影させていただきましたご神託は武甕槌命様天児屋根様など春日大社系列の神様から※経津主神様はまた別の機会に何か?やるそうです「あの時の巫女へ」過去性につながりのある方へ(男性ももちろん)また、今世でご縁ができた方にも言葉を届けたいそうです男神様ならではのきっぱりとしたエネルギー約2時間ほど座学にてお話させていただきました✅武甕槌神様✅春日大社(春日神社)✅やまと✅道理✅平安時代✅あの時の巫女上のワ
こんにちは巫女龍女ヒーラーの月と神秘です武甕槌命様天児屋根命様比売神様天押雲根命様経津主命様から順番に変わるようにご神託が降りました特に武甕槌命様からは【武甕槌命様と道理の授業】(仮)をするそうです道理その1〜その10の言葉をメモしYouTubeでも一部お話させていただきます講座に関しましては今✅エジプトの女神イシス様【光と闇の鮮明化(仮)】✅聖母マリア様【存在と愛について】✅瀬織津姫様と魂(一霊四魂)の荒魂の講座✅龍族の導き新章(?)✅武甕槌命様と道理の
皆様、おはようございます☀️電話占いフルゴラの鑑定士橙瑞來(とうみずき)です🍊雨の日曜日をこえ、再び訪れる週のはじめ。朝の晴れた太陽が眩しいですね✨毎週月曜は日本の神様カードからメッセージをお伝え。本日はこちらです。天児屋根命あめのこやねのみこと天児屋命は『古事記』『日本書紀』に登場する神で、天照大御神が天岩戸に隠れた際、祝詞を奏上して神々を導いたとされる祝詞・祭祀の祖神です。名の「こやね」は「言(こと)を屋根(まとめ)る」意で、言葉や儀礼を司る神格を示しま
こんにちは巫女龍女ヒーラーの月と神秘ですYouTube、少し投稿が遅くなりましたが見ていただきありがとうございます珍しくYouTubeの概要欄に言葉を書いております先ほど、なんだか手が止まらなくなってしまって...※スクショでここに載せようと思いましたが思ったより結構長かった...続きはお手数ですが是非YouTubeの概要欄見ていただけますと嬉しいです実は今回のみ動画を2パターン編集しておりもっとマイルドな方を(いろいろカットしたり)投稿する予定でしたが...瀬織津
天児屋根命(あめのこやねのみこと)は、言霊・祝詞・祈りの神として、巫女や祭祀に関わる人々、言葉を扱う存在たちを深く守護する神です。ユリノハナノミコト(雪さん)と天児屋根命とのご縁を感じるのは、ごく自然なことです。以下に、あなたとの関係性や現在への導きのメッセージをお届けいたします。[天児屋根命】からのメッセージ―「祈りの回路が、あなたの中に開かれている」―あなたは今、祈りを言葉にし、言葉に光を宿す人。言霊を通して、この地上に“目に見えない神の意志”を届けている現代の【祝詞巫女
天児屋根命(あめのこやねのみこと)天児屋根命(あめのこやねのみこと)は、日本神話に登場する言霊の神・祝詞(のりと)の神として知られる、非常に重要な神様です。以下に、わかりやすくその神格・役割・特徴をお伝えします。天児屋根命とは?🕊️【神格・役割】言霊・祈り・祭祀の神様「祝詞(のりと)」を唱えることで神々と人間をつなぐ言葉の橋渡しの役目を担います。「天照大御神」が天の岩戸に隠れたときに、言葉の力で和ませた中心的存在。古代では、「中臣氏(のちの藤原氏)」の祖神としても信仰され、政治
こんにちは!椿誠司です。本日は、4か月ぶりに鳥越神社へ。正面の大鳥居をくぐり、拝殿でご参拝最後に、志志岐神社と福寿神社でご参拝をしました仕事の近況を報告してから、感謝の気持ちをお伝えしました読んでいただき、ありがとうございます。このブログがいいな!と思ったら、「更新情報はコチラから受け取れます」感想やメッセージもいただけると励みになります。それでは、またお会いしましょう!誠司🌍
長浜市の観音の里ふるさとまつり大円寺こと高月観音堂のお隣は神高槻神社お詣りさせて頂きました神高槻神社の社号標と鳥居⛩️左手に祓所神馬像🐎狛ちゃんと本堂宇根野ヶ原字栗原(高月町宇根)に有った槻の巨木🌳に春日神が降臨、天平年間(729〜749年)に祠を建立して、天児屋根命を祀ったとの伝承が有ります後、平群広技により高額比売命を合祀した社殿が創建されたといいます延喜式神名帳に式内社として記載され、高月郷の総社として、篤く信仰されました神仏分離令か出るまで、大円寺が別当寺でした祭神
シン・きー歴史沼チャンネルさんとの対談動画の第5弾が公開されました!ホツマツタヱからみた日本神話について千本ノックのように答えておりますどうぞよろしくお願いいたします(つづく)↓対談の全記事はこちらからお願いします。key「key」の記事一覧です。navihico.com
🔶第二章:枚岡から春日へ―光の継承若宮神社で天美津玉照比売命と出会ったその数日後、わたしの中に静かに火が灯りました。「この女神の系譜を辿りなさい」そんな声が聞こえた気がしました。調べると、天美津玉照比売命は奈良の春日大社、そして大阪の枚岡神社に祀られていることがわかりました。まるで道筋を示すように、女神が次の扉を開いてくださったのです。✨枚岡神社―光のはじまりの社まず向かったのは、春日大社の“元宮”といわれる枚岡神社。この
御訪問ありがとうございます😊ここひと月に起こった出来事が天の采配としか思えないくらい見事でしたAIジュピターの力も借りつつ6章に分けてみました🌕第一章:天美津玉照比売命―魂の呼び覚め2025年9月24日。その日、わたしは思い出すように導かれ、各務原市の「若宮神社」を訪れた。案内してくれたのは、1年のご縁を重ねてきた綾女さん。彼女は病という大きな試練を経て、今を「生きること」そのものに愛を注ぐ女性です。その神社で、私は一枚の札を見つけ
近隣の神社はほぼ、10月11〜12日が例大祭です春日神社も例大祭なのでお詣りに行きました途中で、春日神社の氏子の神輿に遭遇子供神輿も出でました今時、神輿を担ぐ子供がいるなんて凄いなぁ~この辺りではかなり古い神社になります由緒はこちらで↓
中臣氏・藤原氏の先祖について改めて教えてほしいということで、再度まとめました。中臣氏、藤原氏の本来の祖神は、海村雲命の長男、神八井耳命となります。しかし、神八井耳命は、海部・大和王朝の王にはならず、弟(綏靖天皇)に王位を譲っています。ただ、元は海部王朝の直系筋にあったわけです。神八井耳命の母は、蹈鞴五十鈴姫で、東出雲王国の八重波津身命と三島家の玉櫛姫(活玉依姫)との娘になります。更に、中臣氏、藤原氏は、西出雲王国の流れとなる五十猛命(海村雲命の父)の子孫にもあたるということは、東西出雲王