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琴弾八幡宮2回目その2の続きです。風之神社御祭神は志那都彦神志那都姫神AIよりシナツヒコ(志那都比古神・級長津彦命)は、日本神話に登場する風の神様です。シナツヒコとはどんな神様?『古事記』ではイザナギとイザナミの神生みで生まれ、『日本書紀』では朝霧を息吹で払った神とされています。•名前の意味:「シナ」は息が長いことや風の長さを表し、「ヒコ」は男性(神)を意味します。•ご利益:風水害から作物を守る農業神、五穀豊穣、空気や環境を清める厄除けの神として信仰されてい
枚岡神社(ひらおかじんじゃ)式内社(名神大社)河内国一之宮旧官幣大社大阪府内で"太古の聖域"と崇敬される"元春日枚岡大社"本殿より片道約50分の神津嶽頂に鎮座する本宮は神武天皇が神武東征を興す3日前に創建されたとされ伝承通りとすれば今年で創始2689年国内最古級の神域とも言われています(近所の生國魂神社とほぼ同じ)古代大和朝廷の祭祀を司った中臣氏の氏神"天児屋根命"(あめのこやねのみこと)とその后神"比売御神"(ひめみかみ)を主祭神とし桓武天皇が平城京遷都の折平城京
ご訪問ありがとうございます💙覗いてくださり、励みになります🐸大雨の警戒が高まっていますね…本当に被害がこれ以上でないことを祈ります🛐今朝は晴れでした🌤️久々に一駅ウォーキングして出勤🚶♀️昼からパラパラ🌂、夜はザーザー降ってます大阪は、一昨日が朝から徐々に土砂降りへ☔まだ小雨だった朝の時間からセリア巡りをしていて、途中から大雨🌧️、🚃🚌どちらの駅からも遠い場所にいて😱大雨の中、👟濡れながら歩きましたヘトヘト夜もずっと降ってて、昨日も雨でしたが一昨日がピークだったかなぁ…大
生駒山麓に鎮座する枚岡神社(東大阪市)で23日、ライトアップイベント「夏灯し(なつともし)の夢まつり」が開かれた。東大阪観光協会の主催(東大阪市共催)で、今年で3回目。光る和傘「傘蛍」やろうそくの明かりが社殿や参道を彩り、神社主催で燈明祭や富山市八尾町の伝統行事「越中おわら風の盆」も奉納された。このイベントのコンセプトは「枚岡神社の歴史·文化と東大阪のモノづくり技術の融合」。枚岡神社の主祭神は天児屋根命(あめのこやねのみこと)。后の比売御神(ひめみかみ)と共に奈良の春日神社(現春日大社)に
こんにちは!椿誠司です。一昨日は、仲御徒町駅近くで仕事があったので、2か月ぶりに鳥越神社へ。正面の大鳥居をくぐり、拝殿でご参拝最後に、志志岐神社と福寿神社でご参拝をしました仕事の近況を報告してから、感謝の気持ちをお伝えしました読んでいただき、ありがとうございます。このブログがいいな!と思ったら、「更新情報はコチラから受け取れます」感想やメッセージもいただけると励みになります。それでは、またお会い
三社神社にスライムがあらわれた!粟飯祭が行われるんだって。粟飯祭ってなぁに浜松北高校の目の前にあるこの神社、ちょっと読みにくいんだけど・・・こっちは読みやすいよね。三社神社。手水舎。小さいけど格式の高い神社だよ。すぐ横を遠州鉄道奥山線っていう軽便鉄道が走っていたんだって。追憶の遠州鉄道奥山線(RMLIBRARY)[飯島巌]楽天市場三社神社は795年に坂上田村麻呂さんが海の安全を願って、
『新緑の瀬戸内旅01加西SAでモーニング(兵庫県加西市)』『行ってみたい所』は、い〜っぱいあるけれど『どんなコースにするか』を悩むこの頃『もう、どーしたら良いか判らない』状態になり・・・お互いに行ってみたい所を挙げ…ameblo.jp新緑の瀬戸内旅01から続く2026年5月中旬3泊4日マイカーで旅行しました1日目中国自動車道北房(ほくぼう)IC髙岡神社岡山県真庭市・龍王さまがご神木に宿る神社takaoka-jinja.com高岡神
大阪府東大阪市、生駒山の麓に鎮座する枚岡神社(ひらおかじんじゃ)は、創祀が神武天皇即位の3年前と伝わる、2600年以上の歴史を持つ超古社です。河内国一之宮として崇敬を集め、奈良の春日大社に神様を分祀したことから「元春日(もとかすが)」とも呼ばれています。境内に一歩足を踏み入れると空気が変わると評判で、関西屈指のパワースポットとしても知られています。そんな枚岡神社の御祭神やご利益、境内社、スピリチュアルな見どころ、参拝者の不思議体験、お守り・御朱印、アクセス、周辺のホテル情報まで、たっぷりと
神社名:椙尾神社祭神:天児屋根命創建:創基:元社格:鰹宇神社境外末社住所:〒761-0434香川県高松市十川東町561番地電話:由緒等十河存保は、この神を城の北東(鬼門)として崇敬したという。大正年間炎火に罹って焼失したが、後に再興した。大正九年五月八日檀原椙尾神社社殿改築。宝物等鰐口元文年間(1736~1740)神社の北東一町程の所から出土したものといわれている。鰐口は銅製の仏具で、仏堂のすぐ前に掲げて置いたも
今回は『阿伎留神社』へ参拝してきました。阿伎留(あきる)神社は東京都あきる野市に鎮座されます神社です。阿伎留(あきる)神社は延喜式神名帳(えんぎしきじんみょうちょう・しんめいちょう)武蔵国多摩郡八座の筆頭に載る著名の古社です。延喜式神名帳(えんぎしきじんみょうちょう)とは平安時代中期に完成した全50巻の法典なんだそうです。その延喜式神名帳(えんぎしきじんみょうちょう)に記載された多摩郡の有力社は、多摩八座の筆頭とされる東京都あきる野市の阿伎留神社(あきるじんじゃ)、東京都府中市
6/13(土)巡礼の旅は兵庫県にあるヤマタノオロチに纏わる落地(おろち)八幡神社がスタートとなった!まさかの神社に導かれた主人自身が驚いていた参拝コースを決めているのは導き担当の主人主人へ行き先がおりてくるからほぼお任せ!今回は、ある女神様の導きから始まった女神様からの一社が決まるとポンポンポンと一晩で参拝コースを決めた主人全て初めましての神社参拝コース私には真似できないこの感覚にいつも感心する得意不得意、夫婦共に行動しててバランス良くできているなとつくづく思う兵庫県から
こんにちは!椿誠司です。先日の日曜日は、浅草橋駅近くで仕事があり、3か月ぶりに鳥越神社へ。正面の大鳥居をくぐり、拝殿でご参拝最後に、志志岐神社と福寿神社でご参拝をしました仕事の近況を報告してから、感謝の気持ちをお伝えしました読んでいただき、ありがとうございます。このブログがいいな!と思ったら、「更新情報はコチラから受け取れます」感想やメッセージもいただけると励みになります。それでは、またお会いし
本日15日。今日は、地元の氏神様にご挨拶へホッとする場所です。しかし、、、最近おみくじがなくなってしまったようで、残念。引くと、その時々に必要なお言葉があって、楽しみだったけど・・。箱ごとなくなっているから、何かあったのかもしれませんね氏神様は、天児屋根命さまで、言霊信仰のルーツとされているとか・・良い言葉には良い力が宿る・・・ということで、誰もいないときには、声に出して、お話ししています。笑6月もあっという間に半ば。後半も頑張っていきたいと思います全く
≪参道の燈篭、間に有る木(緑)が印象的な宗教法人「神明神社」!≫神明神社にやって来ました。御祭神:天照皇大神相殿:倉稲魂命・天児屋根命創建年代は不詳ながら隣接する宝性寺の創建が寛永年間(1624-1645)の創建といい、当社もほぼ同期の創建ではないかと思われます。住所:東京都世田谷区船橋4丁目40-17宗教法人神明神社参道!燈篭の間には緑の木が眩しい!狛犬さんがお出迎え!!
「祝詞(のりと)」の解釈「のりと」は「のりとごと」の省略で宣説言(のりとごと)の義、すなわち神に白(まお)す詞(ことば)という解釈である…しかし昨今は、という話を書きました。
神社検定実施日まであと1か月ほどになりました。この前、私のYouTube動画チャンネルは削除したので、このブログで神社検定の記事を書きたいと思います。それではまず簡単な参級の過去問題を一つ。《問題》松尾芭蕉をはじめ文人や著名人も多く伊勢参宮に向かっています。次の歌は誰が詠んだものとされているでしょうか。何ごとのおはしますかは知らねどもかたじけなさに涙こぼるる一遍(いっぺん)本居宣長(もとおりのりなが)折口信夫(おりぐちしのぶ)西行(さいぎょう)『神社のいろは』
今日は、日本赤十字社名誉社長・近衛忠輝氏が令和8年(2026年)5月23日にお亡くなりになられたというニュースを目にしました。享年87歳。慎んでお悔やみ申し上げます。近衛氏と言えば五摂家=近衛・九条・一条・二条・鷹司のうちの一つの家系。平安時代、藤原北家が抵抗勢力を次々に排斥して権威を強め、天皇家と外戚関係を結び、摂政・関白の位を独占しました。それで摂関の位を得られる家を摂関家、摂家と呼び、五つの摂家という意味で五摂家。中臣(藤原)鎌足の子孫です。これまでに当ブログで
今日は久しぶりに宇都宮二荒山神社とその裏手にある百目鬼(どうめき)通りに行って参りました。宇都宮二荒山神社の御祭神は、第10代・崇神天皇の長男である豊城入彦命(とよきいりひこのみこと)相殿:大物主命(大国さま)事代主命(恵比須さま)鯉のぼりもありました他にも境内の摂末社に多くの神様が祀られています。立札を撮ってきました。ブログに書く時、漢字変換に苦労する神様の名前も、ふりがな付きで表記されているから、ありがたい。今度十二社の神々の話を書く時に使わせて頂こう。まさに天の助
奈良県御杖村の伊勢本街道沿いに鎮座します四社神社⛩️さま✨️第11代垂仁天皇の皇女倭姫命が天照大御神の御魂を持ち各地を回った際、伊勢に向かう時にこちらに立ち寄り井戸の水をお使いになったと言う伝説があります✨️御祭神は天児屋根命大日孁貴命伊邪那美命誉田別命と四柱の神様がお祀りされています✨️天児屋根命は中臣氏の祖神で、春日明神になり春日社にお祀りされています✨️大日孁貴命はアマテラスの別名とも言われ倭姫と共に各地の元伊勢から移動した神様です伊邪那美命は国生みの女神
天児屋根命(あめのこやねのみこと)屋は「や」とも「やね」とも読み、「あめのこやのみこと」と読むこともあるが、春日祭の祝詞(のりと)には、「天之子八根命」家伝には、「天児屋根命」と記されている。名義名義は、天上界の小さな屋根の建物の意であるとされるが、小屋根ならば「をや」とあるべきだとして、否定的な意見もある。古事記では天岩戸の段で、天照大神を招きだす為に、太玉命(忌部氏の祖神)と共に占いを行い、岩戸の前で太祝詞事(ふとのりとごと)を唱へ、天孫降臨の段では、
玄古神代太祖稟系之図(げんこじんだいたいそひんけいのず)と読むらしい。それは日本の諸神から天皇・諸氏族の始祖から後裔に繋がる系譜・血統の系図その中でごく一部ですが、『佐藤一族・家系と歴史』に載っていた、『古事記神代巻』『日本書紀』を憑拠とした権威ある国書に登記する「中臣本系帳」の神々から藤原氏諸流元祖の中臣鎌足に繋がる家譜をご紹介したいと思います。本朝諸神之元祖衆姓衆戸分派皆悉無不国常立尊之苗胤也(現代語訳)この国、日本の全ての神の元祖であり、多くの氏
元明の四十九(よそこ)の神々は、豊受大神が作られました。日本で初めての転生の記憶をお持ちなのは、豊受大神。ホツマツタヱ13紋より日高見多賀(宮城県)の壺若宮に居た忍穂耳尊の所に、夏の暑さの合間を見計らい、天児屋根命が、ご機嫌伺いにやってきました。そこには、津軽の君の大己貴翁、香取の君、鹿島君などの重臣が列席し、筑波大人、塩竈神などもおられました。大己貴尊は、「出雲で日高見多賀の九重の様な大社を建て、奢り高ぶっていたことが、今にしてようやくわかった」と言われました。大己貴尊は、出
こんにちは!椿誠司です。一昨日は、4か月ぶりに鳥越神社へ。正面の大鳥居をくぐり、拝殿でご参拝最後に、志志岐神社と福寿神社でご参拝をしました仕事の近況を報告してから、感謝の気持ちをお伝えしました読んでいただき、ありがとうございます。このブログがいいな!と思ったら、「更新情報はコチラから受け取れます」感想やメッセージもいただけると励みになります。それでは、またお会いしましょう!誠司🌍
田野町にも、百済王にまつわる物語があった。田野天建神社(たのてんけんじんじゃ)由緒書き。百済國王。以下、田野大宮大明神縁起、より↓昔、百済国王の船が日向の油津に漂着された。王は我が住処は何処にしたものかと見回した時遥か北の方の山に五色の雲が舞い下った。王は彼処が我が住地だとつぶやいて小姓一人を従えてわけ入った。峻しき路に疲れて、小姓は魂が抜けたようになった。王は谷川の水を掬んで彼の口にそそいだ。小姓は忽ちその水で生気をとりもどした。かくてこの坂は後に小姓坂と呼ばれた。それからなお進ん
式内社・石田(いわた)神社(石田八幡宮)(東大阪市岩田町)に参拝現在の祭神は、八幡宮として、仲哀天皇、応神天皇、神功皇后となっています。しかし、由来は「石田」とあるように、元々は、大きな磐座、岩船石があったとされ、サイノカミ三大神を祀る出雲族の創祀であった可能性があり、北側の近くに「幸神塚」のあった名残と思わしきところも確認できました。実際、謂れにも、欽明天皇の時代に、田圃の中に岩船ありて、その上に三神現じ給ひしより、初めて社壇を築きて、奉祀せるものなり
玉祖神社と同じ日に恩智神社にも行ってきました。玉祖神社の最寄り駅である服部川駅から河内山本駅へ行き、乗り換えて恩智駅へ。恩智駅からまたしても坂道を20分くらい歩きました💦恩智駅に着いた時は13時頃でお腹が空いてたけど、ここでランチをするともう歩くのがイヤになるやろうなと思い、ランチはせずに頑張って歩きました🚶♀️やっと鳥居が見えた!と思ったら、さらにここから歩きます😅やっと着いたけど、ここから長〜い階段が…2月なのに暑くて汗が出てきました💦御祭神は▪️大御食津彦大神食物や
2/21主人が行きたい永尾剱神社私が行きたい西岡神宮久しぶりの宇土参りへ〜西岡神宮新しく社号標が建っていた2025/5ぶりの参拝となる『1103.西岡神宮~かんなび賜りし雅たまう』『1102.永尾剱神社~本来のあなた方が目覚めゆく時*ヴェシカバイシス』5/10醤油が切れたので買いに行こう!醤油を買いに宇土市へ行くのならば西岡神宮へ行…ameblo.jpよろしくお願いします何か雰囲気が変わったなと思ったら拝殿前の木と階段が無くなり拝殿内へは残念ながら上がれなくなっていた
倭姫伝説ー姿見の池2008年03月27日|神社「鏡池」とも呼ばれていたようです。水屋神報160号(平成16年2月10日発行)倭姫伝説姿見の池宮司姿見の池池の近辺『倭姫命世紀』によれば、垂仁天皇二十二年、天照大神がご鎮座される地を求めて伊勢に入られた倭姫命がこの地を旅したとき、お迎えした飯高氏の族長、乙加豆知命(おとかずちのみこと)にこの地の国名を聞かれ、乙加豆知命が「飯高国」と申し上げると、「飯高(ご飯が茶椀に高々と盛られている)とは貴い」とおよ
◆「祝詞新講」次田閏著(~25)前回の記事より「春日祭」に進んで居ます。今回より祝詞本文が始まります。*此の企画物記事は「祝詞新講」(次田潤著)を教科書として進めて居ます。*本書の発行は昭和二年。なるべく記事内すべてに文語體を用ゐるやう心掛けて居ます。文語體を學びつつ記事を起こしてゐる爲、誤用が多々あるかと思はれますことを先に御詫び申上げます。~*~*~*~*~*~*~*~*~*~■過去記事一覧『◆【過去記事一覧】「祝詞新講」次田閏著』「祝詞新講」次田閏著昭和二年発行