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以下、『大鏡』(『新編日本古典文学全集34』、橘健二/加藤静子:校注・訳、小学館、1996年)より。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー解説p.433藤原道長という人間が、『栄花物語』と『大鏡』という2つの歴史物語を誕生させた。『栄花物語』が『源氏物語』に強い影響をうけながら、編年体という軸をたよりに、暗中模索的に歴史をかたどったのに対して、『大鏡』は、『栄花物語』が切り拓いた地平の上に出発することができた。『栄花』という書名には一度も触れないが、その作品世界を
以下、『大鏡』(『新編日本古典文学全集34』、橘健二/加藤静子:校注・訳、小学館、1996年)より。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー〔213〕世次、自分の話の真実なるを誓うp.408〜410世次「ただし、さまでのわきまへおはせぬ若き人々は、そら物語[ものがたり]する翁[おきな]かなと思すもあらむ。わが心におぼえて、一言にても、むなしきことくははりてはべらば、この御寺の三宝[さんぽう]、今日の座[ざ]の戒和尚[かいわじやう]に請[しやう]ぜられたまふ仏菩薩を証[
以下、『大鏡』(『新編日本古典文学全集34』、橘健二/加藤静子:校注・訳、小学館、1996年)より。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー〔201〕怪異、後の障りなし―大極殿・春日社p.404〜405また、ついでなきことにははべれど、怪[け]と人の申すことどもの、させることなくてやみにしは、前一条院[さきのいちでうゐん]の御即位の日、大極殿[だいこくでん]の御装束[さうぞく]すとて人々集まりたるに、高御座[たかみくら]のうちに、髪つきたるものの頭[かしら]の、血
以下、『大鏡』(『新編日本古典文学全集34』、橘健二/加藤静子:校注・訳、小学館、1996年)より。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー〔208〕世次が見聞した法会p.398〜399また、若くはべりし折も、仏法[ぶつぽふ]うとくて、世ののしる大法会[だいほふゑ]ならぬには、まかりあふこともなかりしに、まして年積[としつ]もりては、動きがたくさぶらひしかども、参河入道[みかはのにふだう]の入唐[につたう]の馬のはなむけの講師[こうじ]、清照法橋[せいせうほつけう]
以下、『大鏡』(『新編日本古典文学全集34』、橘健二/加藤静子:校注・訳、小学館、1996年)より。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーp.383〜385〔203〕重木の妻のことある人、「城外[じやうぐわい]やしたまへりし」と言へば、重木「遠国[おんごく]にはまからず。和泉国[いづみのくに]にこそ、貫之[つらゆき]のぬしの御任に下[くだ]りてはべりしか。「蟻通[ありとほし]をば思ふべしやは」と、詠まれし度[たび]の供[とも]にもさぶらひき。雨の降りしさま」
以下、『大鏡』(『新編日本古典文学全集34』、橘健二/加藤静子:校注・訳、小学館、1996年)より。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーp.380〔200〕村上天皇の寛容村上[むらかみ]の帝[みかど]、はた申すべきならず。「なつかしうなまめきたる方[かた]は、延喜[えんぎ]にはまさり申させたまへり」とこそ、人申すめかりしか。「我[われ]をば人はいかがいふ」など、人に問はませたまひけるに、「『ゆるになんおはします』と、世には申す」と奏しければ、「さては誉[ほ]む
以下、『大鏡』(『新編日本古典文学全集34』、橘健二/加藤静子:校注・訳、小学館、1996年)より。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー一太政大臣道長〈雑々[くさぐさの]物語〉p.367〜369〔194〕世次が見た大事光孝天皇位につくいといとあさましくめづらかに、尽[つ]きもせず、二人語らひしに、この侍[さぶらひ]、「いといと興[きよう]あることをもうけたまはるかな。さても、ものの覚えはじめは何事[なにごと]ぞや。それこそ、まづ聞かまほ
以下、『大鏡』(『新編日本古典文学全集34』、橘健二/加藤静子:校注・訳、小学館、1996年)より。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーp.348〜349〔187〕諸寺院と道長の無量寿院まづは、造[つく]らしめたまへる御堂[みだう]などの有様[ありさま]、鎌足[かまたり]のおとどの多武峯[たむのみね]、不比等[ふひと]の大臣の山階寺[やましなでら]、基経[もつつね]のおとどの極楽寺[ごくらくじ]、忠平[ただひら]のおとどの法性寺[ほふしやうじ]、九条殿[くでうど
以下、『大鏡』(『新編日本古典文学全集34』、橘健二/加藤静子:校注・訳、小学館、1996年)より。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー〔181〕藤原氏物語始祖鎌足・不比等らp.331〜332世の中の帝[みかど]、神代[かみよ]七代[ななよ]をばさるものにて、神武天皇[じんむてんわう]よりはじめたてまつりて、三十七代にあたりたまふ孝徳[かうとく]天皇の御代[みよ]よりこそは、さまざまの大臣定[さだ]まりたまへなれ。ただし、この御時、中臣[なかとみ]の鎌子連[か
以下、『大鏡』(『新編日本古典文学全集34』、橘健二/加藤静子:校注・訳、小学館、1996年)より。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー太政大臣[だいじやうだいじん]道長[みちなが]〔164〕兼家の五男母は時姫長徳元年左大将p.293このおとどは、法興院[ほこゐん]のおとどの御五男、御母、従四位上[じゆしゐじやう]摂津守[つのかみ]右京大夫[うきやうのだいぶ]藤原中正[ふぢはらのなかまさ]朝臣[あそん]の女なり。その朝臣は従二位中納言山蔭[やまかげ]卿の七
以下、『大鏡』(『新編日本古典文学全集34』、橘健二/加藤静子:校注・訳、小学館、1996年)より。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー太政大臣[だいじやうだいじん]兼家[かねいへ]p.238〔132〕東三条の大臣略歴このおとどは、九条殿[くでうどの]の三郎君[さぶらうぎみ]、東三条[とうさんでう]のおとど]におはします。御母は、一条摂政[いちでうせつしやう]に同じ。冷泉院[れいぜいゐん]・円融院[ゑんゆうゐん]の御舅[をぢ]、一条院・三条院の御祖父[おほぢ]
以下、『大鏡』(『新編日本古典文学全集34』、橘健二/加藤静子:校注・訳、小学館、1996年)より。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー太政大臣[だいじやうだいじん]兼通[かねみち]忠義公[ちゆうぎこう]〔116〕堀河の関白関白は次第のままにp.204このおとど、これ、九条殿[くでうどの]の二郎君[じらうぎみ]、堀河[ほりかは]の関白[くわんばく]と聞こえさせき。関白したまふこと、六年。p.211〜213〔119〕悪霊の左大臣顕光の子女また、太郎
以下、『大鏡』(『新編日本古典文学全集34』、橘健二/加藤静子:校注・訳、小学館、1996年)より。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー(太政大臣伊尹つづき)p.196〜197〔113〕花山院の御修行花山院[くわさんゐん]の、御出家[すけ]の本意[ほい]あり、いみじう行はせたまひ、修行[すぎやう]せさせたまはぬところなし。されば、熊野道[くまののみち]に千里[ちさと]の浜[はま]といふところにて、御心地[ここち]そこなはせたまへれば、浜づらに石のある
以下、『大鏡』(『新編日本古典文学全集34』、橘健二/加藤静子:校注・訳、小学館、1996年)より。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー太政大臣[だいじやうだいじん]伊尹[これまさ]謙徳公[けんとくこう]〔103〕短命な伊尹折々の和歌過差を好むp.172〜173この大臣[おとど]は、一条摂政と申しき。これ、九条殿[くでうどの]の一男におはします。いみじき御集[ぎよしふ]つくりて、豊景[とよかげ]と名のらせたまへり。大臣になり栄えたまひて三年。いと若くて
以下、『大鏡』(『新編日本古典文学全集34』、橘健二/加藤静子:校注・訳、小学館、1996年)より。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー右大臣[うだいじん]師輔[もろすけ]p.147〔88〕九条殿師輔の子女弘微殿の女御安子世次「このおとどは、忠平[ただひら]の大臣[おとど]の二郎君、御母、右大臣[うだいじん]源能有[みなもとのよしあり]の御女[むすめ]、いはゆる九条殿[くでうどの]におはします。公卿[くぎやう]にて二十六年、大臣の位にて十四年ぞおはしましし。
以下、『大鏡』(『新編日本古典文学全集34』、橘健二/加藤静子:校注・訳、小学館、1996年)より。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー太政大臣[だいじやうだいじん]実頼[さねより]清慎公[せいしんこう]p.97〔58〕実頼の人となり稲荷明神このおとどは、忠平のおとどの一男におはします。小野[をの]の宮[みや]のおとどと申しき。御母、寛平[くわんぴやう]法皇の御女[むすめ]なり。大臣の位[くらゐ]にて二十七年、天下執行[しふぎやう]、摂政・関白したまひて二
以下、『大鏡』(『新編日本古典文学全集34』、橘健二/加藤静子:校注・訳、小学館、1996年)より。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー太政大臣[だいじやうだいじん]忠平[ただひら]貞信公[ていしんこう]p.93〜94〔55〕忠平のおとどと五人の御子この大臣[おとど]、これ、基経[もとつね]のおとどの四郎君。御母、本院[ほんゐんの]大臣・枇杷[びはの]大臣に同。このおとど、延長[えんちやう]八年九月二十一日摂政、天慶[てんぎやう]四年十一月関白宣旨[せんじ]
以下、『大鏡』(『新編日本古典文学全集34』、橘健二/加藤静子:校注・訳、小学館、1996年)より。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー左大臣[さだいじん]時平[ときひら]p.73〜74〔43〕菅原道真と朝政を執る道真の左遷このおとどは基経のおとどの太郎なり。御母、四品弾正尹[しほんだんじやうのゐん]人康[さねやす]親王の御女なり。醍醐[だいご]の帝の御時、このおとど、左大臣の位[くらゐ]にて年いと若くておはします。菅原[すがはら]のおとど右大臣の位にてお
以下、『大鏡』(『新編日本古典文学全集34』、橘健二/加藤静子:校注・訳、小学館、1996年)より。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー太政大臣[だいじやうだいじん]基経[もとつね]昭宣公[せうせんこう]p.68〜69〔40〕基経は二帝の祖父略歴このおとどは、長良の中納言の三郎におはす。このおとどの御女[むすめ]、醍醐[だいご]の御時の后[きさき]、朱雀院[すざくゐん]幷[ならびに]村上二代の御母后[ははきさき]におはします。このおとどの御母、贈太政大臣総
以下、『大鏡』(『新編日本古典文学全集34』、橘健二/加藤静子:校注・訳、小学館、1996年)より。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーp.55〔30〕帝紀から列伝へ歴史語りの手順世次「帝王の御次第[しだい]は申さでもありぬべけれど、入道殿下の御栄花[えいぐわ]もなにによりひらけたまふぞと思へば、まづ帝・后[きさき]の御有様[ありさま]を申すなり。植木は根をおほくて、つくろひおほしたてつればこそ、枝も茂りて木[こ]の実[み]をもむすべや。しかれば、まづ帝王の
以下、『大鏡』(『新編日本古典文学全集34』、橘健二/加藤静子:校注・訳、小学館、1996年)より。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー六十七代三条院居貞[ゐさだ]p.49〔25〕三条院天皇の略歴次の帝、三条院と申す。これ、冷泉院[れいぜいゐん]第二皇子なり。御母、贈皇后宮超子[てうし]と申しき。太政大臣兼家[かねいへ]のおとど第一御女なり。この帝、貞元[ぢやうげん]元年丙子[ひのえね]正月三日生れさせたまふ。寬和二年丙戌七月十六日、東宮にたたせたまふ。
以下、『大鏡』(『新編日本古典文学全集34』、橘健二/加藤静子:校注・訳、小学館、1996年)より。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー六十五代花山院[くわさんゐん]師貞[もろさだ]p.44〔20〕花山院の略歴次の帝[みかど]、花山院天皇と申しき。冷泉院[れいぜいゐん]第一の皇子なり。御母贈皇后宮[ぞうくわうごうぐう]懐子[くわいし]と申す。太政大臣伊尹[これまさ]のおとどの第一御女なり。この帝、安和元年戊辰[つちのえたつ]十月二十六日丙子[ひのえね
以下、『大鏡』(『新編日本古典文学全集34』、橘健二/加藤静子:校注・訳、小学館、1996年)より。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー五十九代宇多[うだ]天皇定省[さだみ]〔11〕宇多天皇の略歴賀茂の臨時祭旅寝の夢p.31次の帝、亭子[ていじ]の帝と申しき。これ、小松の天皇の御第三皇子。御母、皇太后宮班子[はんし]女王と申しき。二品式部卿贈一品太政大臣仲野[なかの]親王御女[むすめ]なり。この帝、貞観九年丁亥[ひのとゐ]五月五日、生まれさせたまふ。元
以下、『大鏡』(『新編日本古典文学全集34』、橘健二/加藤静子:校注・訳、小学館、1996年)より。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー五十六代清和[せいわ]天皇惟仁[これひと]p.25〜26〔5〕清和天皇の略歴東宮争い源氏の武者次の帝、清和天皇と申しけり。文徳[もんとく]天皇の第四皇子なり。御母、皇太后宮明子[あきらけいこ]と申しき。太政大臣良房[よしふさ]のおとどの御女[むすめ]なり。この帝、嘉祥三年庚午三月二十五日に、母方の御祖父[お
以下、『大鏡』(『新編日本古典文学全集34』、橘健二/加藤静子:校注・訳、小学館、1996年)より。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー〈序〉p.13〜15〔1〕雲林院の菩提講にて、翁たちの出会い先[さい]つころ、雲林院[うりんゐん]の菩提講[ぼだいこう]に詣[まう]でてはべりしかば、例人よりはこよなう年老い、うたてげなる翁[おきな]二人、嫗[おうな]といきあひて、同じ所に居[ゐ]ぬめり。「あはれに、同じやうなるもののさまかな」と見はべりしに、これらうち
さて本日はBARBERFLATさまオーダーの大鏡の木枠カスタムの紹介でございます~リニューアルオープンされた床屋さんなのですが店舗の大鏡の木枠をご依頼頂きました。木枠を制作してもらい表面に革を張りましてアンティークな感じに仕上がったかと思います~木枠の上部にはBARBERFLATの文字がありふたつともエイジング加工して真鍮の釘で打ち付けています。オープンしてまだ行けてないですが画像だけで見てもかっこいいお店になってます!オーダー頂きましたBARBERFLATさまあり
名作の書き出しを読むの2回目さいつころ雲林院(うりんゐん)の菩提講(ぼだいかう)に詣でて侍りしかば、例の人よりはこよなう年老い、うたてげなる翁二人、媼(おうな)といき合いて、同じ所に居ぬめり。大鏡作者不詳(歴史物語平安時代)意味先日、雲林院の菩提講に参詣したところ、いつも見かける語り手の老人よりも、ずっと年老いて、何とも見苦しい感じの翁が二人、老女(媼)と口論しながら、同じ場所に座っているようであった。この場面のエピソードと役割①枠物語の導入部『大鏡』は、・作者は聞き手・
久しぶりに「大今水増(だいこんすいぞう)」なる言葉に接した。はるか遠い昔に覚えた「四鏡(しきょう)」といわれる「大鏡」「今鏡」「水鏡」「増鏡」という歴史書のこと。「過去にこの世に起きた全ての事象を映し出す鏡のような書」に由来するといわれている。しかし、今や過去の事象を反省しつつ社会にあり方を考えるという政治権力者はいなくなってしまった。彼らの鏡には今の自分の姿しか映らないのであろう。その今の背景には多くの歴史的事象があることは見て取れないのだろう。あるいは、その鏡は曇りきっているの
今年の大鏡餅つきは例年の2倍くらい参加者が来てくださいました。すごい人数でありがたかったです。これも「ヨコハマ・ラグーン」のおかげでしょうか。ご供養のお餅が間に合わず、足りなくなるくらいでした。いつも赤字ですが、来年は有料にしないと出来ないかも知れないです(涙)。しかし、初めてお参りに来られた方々が本堂までご挨拶に行き、御法さまとのご縁を結ぶ大切な行事として定着してきました。今回はハシャーン清嵐師もいたのでとても助かりました。ツリーハウスで遊ぶ子どもたちも多く、明年も心のオアシス、家族の心
イキって本を読んでみようと思い207冊目に入りました。今回読んでみたのは「大鏡」(作者不明武田友宏訳)。平安時代に書かれた物語だそうです。ジャンルは歴史小説?です。高校の古文の授業で習ったやつですよね。藤原道長の肝試しの話と弓道勝負の話だけ知ってます。大河ドラマ「光る君へ」を観始めたとき、柄本佑さんの演じる爽やかな道長と教科書に載っていた自信満々な道長が一致しなくて意外だった思い出があります。ドラマ後半の頃には闇落ち(?)して権力者らしい部分が出てきてましたね……。ああ…道ま