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時代はだね、どんぶらこって流れてるんだな・・・(*・ω・)(*-ω-)(*・ω・)(*-ω-)ウンウン♪臼井先生が臼井霊気療法学会を立ち上げた時、大正時代でした。今、令和ね。(* ̄▽ ̄)フフフッ♪100年以上経ってるのよ。昭和の・・・どうだろ、30年代とかまでかな。玉子とバナナって入院患者へのお見舞いの品として王道だったんですよ。(ФωФ)フフフ・・・臼井先生が臼井霊気療法学会を立ち上げて30年経過してて、尚です。栄養価が高い、病人に相応しい。バ
大正マダム。今日はお一人でね。春巻き。野菜たっぷり五目そばハーフサイズと餃子。久し振りで🙇とね。彩花さんが閉店する迄に、姉と一緒に来るとおっしゃいました。閉店しない様にと祈るそうですわ。そんな無茶な。何時も遠い所をありがとう御座います。お気を付けてお帰り下さいませ。
発行:2024年12月10日本題名作を含めて短編5篇が納められて居ます。明治維新以降、明治、大正、昭和と進む歴史の中で、天皇家、皇族、宮家、華族に生きた人々が婚姻を巡りどの様に思い何を語ったのかが小説として描かれて居ます。これまで余り知らない世界の話でしたが大変興味深く読みました。参考文献が多数出てくる事からこれ迄も事実として文献資料的には流布されて居た事実なのでしょうが、改めて小説として描かれた事により私なども読んでみようと思っただけにこの本の役割は大きいと思います。側室が居て綿々と続いて
三代目ジョーズはん。ホンマに良くお越し下さいます。鶏唐揚げスパイシーソースは絶対にお召し上がりになられます。他にも沢山ね。これはね、白餡の胡麻団子だす。もっと食べたいとおっしゃったんやけど、数に限りがおますねん。ご予約分がね。すんまへん。ママちゃんはね、わての手作り白餡をお召し上がりになられましたわ。ありがとう御座いました。
朝の記事にも書いたけど…今日(1月30日)は「孝明天皇祭」です『孝明天皇祭』アメブロは今日(1月30日)を「EPAの日」と推しています肉と魚よく食べるのはどっち?▼本日限定!ブログスタンプ今日はこういう日でもあります3分間電話の…ameblo.jpその事を取りあげた後で個人的な事を言うのもナンだけど…今日は母方の祖父の祥月命日です。11年前の朝、母方の祖父が亡くなりました。その連絡があってからいろいろと支度して出かけ、着いたのが夕方でした。この成り行き、一昨年11月に
本日、60歳になりました。還暦です。子どもの頃に見た60歳の人。父方の叔父さんの還暦祝いに参加した記憶があるが、赤いちゃんちゃんこを着て、本当に年寄りに見えた。大正生まれで、戦争を体験。食料事情も悪く、老け込むのが早かったのかと。サザエさんの波平が54歳のわりに老けているのが常の話題となるが、波平は大正以前生まれに違いない。60歳になり、体にガタもあるが、大病をせずに到達したことを自分自身をほめたい。これからは入院生活をすることも出て来るでしょうが、なるべく少なくなるようにしないとい
【たいしょう駅前ハピカ歯科】は、駅から近くて、仕事帰りや予定の合間にも立ち寄りやすい場所だよ(^_^)院内は明るくて、初めてでも緊張しにくい空気があって安心できる☆説明もわかりやすいし、自分のペースで相談できるよ(^_^)v大正歯医者を探しているなら、生活リズムを崩さず通えるからオススメ♡無理なく続けられる通院を考える人に、自然とすすめたくなる存在だよ!(^_−)−☆■店舗名たいしょう駅前ハピカ歯科■住所〒551-0001大阪府大阪市大正
2026年1月25日。西村慎太郎です。本日は津島村の村長を長年務め、相双地域の歴史研究の先駆者である今野美壽が執筆した『吏務餘録』の翻刻の続き。週に2回ずつ、だいたい1丁分を本ブログに掲載し、いずれは史料集としての刊行をしますので、お付き合いの程、宜しくお願い致します🤩全文常用漢字に改めて、句点は西村が付しました。今日は19丁目裏です。これにて目録がおしまいです。----------------------------------------------一、羽附区新
2026年1月24日。西村慎太郎です。本日は津島村の村長を長年務め、相双地域の歴史研究の先駆者である今野美壽が執筆した『吏務餘録』の翻刻の続き。週に2回ずつ、だいたい1丁分を本ブログに掲載し、いずれは史料集としての刊行をしますので、お付き合いの程、宜しくお願い致します🤩全文常用漢字に改めて、句点は西村が付しました。今日は19丁目表です。まだ目録が続きます。目録、しばらくお付き合いください😅------------------------------------------
2026年1月22日。西村慎太郎です。本務関係で大正時代の官報を見ていたのですが、偶然にも浪江町内のひとつの記事を見つけました。それは大正9年(1920)7月28日の官報第2397号です。以下、漢字は常用漢字に改め、読点を付します。◎司法省告示第三十号平区裁判所浪江出張所ニ備品ヘアル双葉郡大堀村大字谷津田土地登記簿第二冊ハ減失ノ虞アルヲ以テ、不動産登記法第二十四条ニ依リ、其ノ登記ノ転写ヲ命シタリ、大正九年七月二十八日司法大臣伯爵大木遠吉登記簿の2冊目が無くな
谷崎由衣著集英社文庫生き延びましょう。私たちらしく生きられる世が訪れるまで。本書は過去を懐かしむ物語ではありません。現代の読者が「生き延びる」ための小説なのです。齋藤美奈子昭和初期、女工の絵子が出会ったのは、少女歌劇団の看板女優の少年だったーファンタジックにも思える世界観を福井の片田舎、それも大正初期から昭和の戦争終結の年までを描いた少女から女性へと成長する物語。何人かの生き方とクロスしながら不遇な環境を生き延びて、自己との葛藤を描いた小説。それにしても
清子は1923(大正12)年8月23日、清太郎とハナの次女として京都府右京区嵯峨伊勢ノ上町で生まれた。清子が生まれた当時はまだ右京区ではなく葛野群嵯峨野町であった。関東大震災の少し前である。父清太郎の戸籍謄本をみると清太郎は1894(明治27)年3月18日に房次郎とマサの長男として生まれている。1917(大正6)、23歳の時に小ヨシと結婚するも、1920(大正9)年に小ヨシが死亡。1921(大正10)年、27歳の時に清子の母となるハナ(20歳)と再婚。翌年1922(大正11)年に長女の操江、1
今日、1月12日は桜島の日です!1914年(大正3年)のこの日に・・・鹿児島県の桜島で、史上最大の大噴火が始りました!この大噴火は通称「大正大噴火」と呼ばれ、その後約1ヵ月間にわたって頻繁に爆発が繰り返され、多量の溶岩が流出したのです!流出した熔岩は・・・桜島の西側および南東側の海上に伸び、それまで距離400m・最深部100mの海峡で隔てられていた桜島と、大隅半島とが陸続きになりました!この噴火の火山灰は、九州から東北地方に及ぶ各地で観測され、軽石など
はい!ついに見つけました。『++唱歌「一月一日」++』と〜しのはーじめーのたーめしぃ〜とてぇ〽この出だしでお馴染みの唱歌「一月一日」。この時期、私の担当する音楽講座では度々取り上げます🎍。ウィキペディアには…ameblo.jp作詞:稲垣千穎、作曲:小山作之助「一月一日」に引き続き作詞:葛原しげる、作曲:小松耕輔版の「🗻一月一日🎍」をついに見つけました。大正幼年唱歌第四集に掲載されており、幼年唱歌ですから小さい子向けの歌詞、無伴奏です。やったぁ〜。しもじ
おはようございます今朝のG県のとある家の台所の室温3℃!トイレは4℃!居間に一台だけつけたファンヒーターの設定温度はLoになってますが床下を通しているので、結構暖かい♪あとは、イオンの優待で買ったダウンのベスト大活躍で暮らしておりますまぁ、そんな感じで家にいても寒いのでもっと寒い明治村にお出かけしてきました明治村は、名古屋鉄道が所有する施設で明治の建物を中心に(大正時代の物など、新しい建物もぼちぼちあります)当時の家具や列車など、当時の生活を垣間見ることのでき
大正の夜景です。ちょっと暗すぎて、心霊写真のようになってしまいました。
大正の橋があったり、高層ビルがあったり、独特な景色があります。肥後橋とは違うきれな夜景だと思います。空がくっきり見えます。橋もたくさんあって、思わず写真に撮りたくなる景色があります。
【クリスマス】キリストの降誕の日とされる。紀元400年頃から行われるようになったといわれ、クリスマスツリーを囲み、プレゼントの交換などをして喜びを分かち合う。日本には宣教師フロイスにより1565年頃に京都に伝えられた。【蕪村忌】江戸時代中期の俳人・画家、与謝蕪村の命日。享年68歳。池大雅と合作した国宝『十便十宜図(じゅうべんじゅうぎず)』は日本文人画の代表作とされる。【昭和改元の日】1926年12月25日、元号が大正から昭和へ改められた。【Nオーガニックホリデーコレクション
Tetsu龍でございます。どうもコレクターの習性か、なんでもコンプリートしなければ気が済まない。今年の1月に始めた昭和100年ネタ、大正最後の日でコンプリートです。近現代で、大正は短いせいもあって、何となく印象が薄い。何があったんやろうと歴史の頁をめくってみると、大正デモクラシー、第一次世界大戦、関東大震災と言われてみれば大きなことがあったが、頭に大正と付いているデモクラシーを除けば、大正と云うイメージほぼ無い。第1次世界大戦(1914年7月28日~1918年11月11
私は父方の祖母と生まれてから高校を卒業するまで一緒に暮らしました。祖母は明治生まれの人です。明治30年生まれで大正9年に祖父の元に嫁ぎ晩年の一時期を除き平成の時代まで、今私が暮らしている家で暮らしました。確か94年の人生だったはずです。祖父は私が生まれて(昭和31年)直ぐに死にましたから私は知りません、祖母はその後30数年を一人で生きたことになります。祖母の生きた時代というのは明治を15年、大正は完食、昭和も完食、平成は味見程度となり、その人生で最も充実していたのは大正から昭和の初期の頃
三代目ジョーズ大正はん。昨日は3名様でね。出来立ての餃子の餡をご注文を頂戴してから巻いて焼き上げてます。最高に美味しいとお褒めのお言葉を頂戴致しましたわ。春巻きもご注文を頂戴してから巻いて揚げてます。八宝菜がお好きやねん。こんなに沢山の種類が食べれるのって無いよねとおっしゃいます。彩花では当たり前だす。鶏唐揚げスパイシーソース。絶対にご注文されます。海老マヨネーズも大好き。チャーハン玉子焼き乗せ。
明治・大正のロゴ図鑑、商標に関する近刊です。日本経済を引っ張て来たご祖先なロゴマークたちを、その歴史と共に紹介する書籍のようです。とてもユニークな内容ですね。明治・大正のロゴ図鑑:登録商標で振り返る企業ロゴの歴史と発展Amazon(アマゾン)大好評『江戸・明治のロゴ図鑑』の続編!あのコクヨ、キューピーちゃんなど続々誕生!日本経済を引っ張て来たご祖先なロゴマークたち!日清戦争、日英同盟、日露戦争…………、日本が国際社会の中で存在感を高めていく中、市井の実業家は、そのプ
2025年12月11日。西村慎太郎です。本日は津島村の村長を長年務め、相双地域の歴史研究の先駆者である今野美壽が執筆した『吏務餘録』の翻刻。週に2回ずつ、だいたい1丁分を本ブログに掲載し、いずれは史料集としての刊行をしますので、お付き合いの程、宜しくお願い致します🤩全文常用漢字に改めて、句点は西村が付しました。今日は13丁目裏です。なお、ここの部分は縦書きの図になっているので、それを横書きで分かりやすくしてみました。----------------------------
岐阜県美術館で開催されている「大正・昭和「モード」の源泉国立美術館コレクション・ダイアローグ」のチケットを頂いた…行くしかないだろう~というわけで行ってきました。大正・昭和‘モード’の源泉国立美術館コレクション・ダイアローグこの度、岐阜県美術館では国立アートリサーチセンターによる国立美術館の収蔵品活用事業「コレクション・ダイアローグ」から国立工芸館との協働により「大正・昭和‘モード’の源泉」展を開催します。国立工芸館は1977年の開館以来、工芸・デザイン専門の国立美術館として
2025年12月4日。西村慎太郎です。本日は津島村の村長を長年務め、相双地域の歴史研究の先駆者である今野美壽が執筆した『吏務餘録』の翻刻。週に2回ずつ、だいたい1丁分を本ブログに掲載し、いずれは史料集としての刊行をしますので、お付き合いの程、宜しくお願い致します🤩全文常用漢字に改めて、句点は西村が付しました。今日は12丁目表です。前回読んだ11丁目裏の途中も記したいと思います。------------------------------------------------
昭和、大正などを時代背景に置いた本を読んでいると老人が「最近は目が薄くなって」という会話などがでてきて意味不明のまま読み飛ばしていたが昨日眼科に行って今朝になり意味がわかった気がする目が薄い🟰白内障の事なのだ⁈暫く前から両目の上瞼に小さいコロコロしたものが手に触れて目が鬱陶しさを覚えていた出来物かと思ったら傷が沢山あるそうだ大きい病院の眼科に紹介状なしで行ったので3500円の費用が診察料以外にかかる他の患者さんをみたり聞いたりしていて白内障に思い至ったのだがあってるかな?
2025年12月1日。西村慎太郎です。本日は津島村の村長を長年務め、相双地域の歴史研究の先駆者である今野美壽が執筆した『吏務餘録』の翻刻。週に2回ずつ、だいたい1丁分を本ブログに掲載し、いずれは史料集としての刊行をしますので、お付き合いの程、宜しくお願い致します🤩全文常用漢字に改めて、句点は西村が付しました。今日は11丁目裏です。前回読んだ11丁目表の途中も記したいと思います。------------------------------------------------
2025年11月27日。西村慎太郎です。本日は津島村の村長を長年務め、相双地域の歴史研究の先駆者である今野美壽が執筆した『吏務餘録』の翻刻。週に2回ずつ、だいたい1丁分を本ブログに掲載し、いずれは史料集としての刊行をしますので、お付き合いの程、宜しくお願い致します🤩全文常用漢字に改めて、句点は西村が付しました。今日は11丁目表です。前回読んだ10丁目裏の途中も記したいと思います。-----------------------------------------------
【25年6月7日探索・11月27日公開】木村田橋から下流側を見る。水の流れはこの橋の下流側で二つに分かれる。右側の流れの先の方にも気になる小さな橋があるが、左側の流れの先にある橋に行きたい。現在地はこの辺木村田橋から100mほど離れた場所だが、ここから路地に入る。住宅の先も道が続いている。こんな未舗装路を進んでいくと・・・橋が架かっていた。下流側からのサイドビューだ。こんな短い橋だが、2径間、しかもその橋脚が天然石で古
2025年11月24日。西村慎太郎です。本日は津島村の村長を長年務め、相双地域の歴史研究の先駆者である今野美壽が執筆した『吏務餘録』の翻刻。週に2回ずつ、だいたい1丁分を本ブログに掲載し、いずれは史料集としての刊行をしますので、お付き合いの程、宜しくお願い致します🤩全文常用漢字に改めて、句点は西村が付しました。今日は10丁目裏です。前回読んだ10丁目表の途中も記したいと思います。-----------------------------------------------