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鎌倉殿の・・、100円書斎Love。大庭城址フリーペーパーや、パンフレットなんかのなかにも、読むと読みでがあって、しかもしっかりとした内容のものもあり、そんな小冊子とかに出会えるととてもうれしい。これはそういう一冊でした。城のパンフってけっこう好き。書くことが決まっているからか、けっこう細かく詳細を書いてあること多いんだよね。そんな城の歴史とか思いつつ縄張りみるのはなかなか楽しいものです。辻堂の藤沢市藤澤浮世絵館で貰ったリーフレット。大庭城は最近になって見つかった史
お散歩日和だしと旧尾崎テオドア邸ののち散策散策重要文化財世田谷代官屋敷へ江戸時代中期以来、彦根藩世田谷領20ヵ村の代官を世襲した大場家の役宅。大場代官屋敷とも呼ばれる。大名領の代官屋敷としては都内唯一の存在。大場家による『系譜』によると大場氏は「石橋山の戦い」で名を馳せた大庭景親の末裔と伝えられているそうです(歌舞伎だと「梶原平三誉石切」に出てくる人よね)景親の遺児が乳母に抱かれて逃れ吉良義氏の家臣となり以後子孫たちは吉良氏につかえてきたと主君の関東移住にともない世田谷に。↓
※こちらの記事は、令和2年8月8日に書かれたものです。皆さんこんばんは。今回は断続的に続いている「鎌倉(かまくら)旅行シリーズ」の第7弾で、「鶴岡八幡宮(つるがおかはちまんぐう)」についての第3弾となります!※記事下部に武家や公家の人物名の読み仮名を載せています。【鎌倉シリーズのこれまでの記事】・鎌倉ですごい神社を見つけた!(甘縄神明神社)・平成28年の小町通り(1)―光輝くシラス丼と極上のクレープ・平成28年の小町通り(2)―垂涎の腸詰と宝石のようなマカロン・平成28年の小町通
まず最初に地球ゴージャス儚き光のラプソディ大阪初日🎊おめでとうございますきっと盛り上がったのでしょうね👏あと9日無事に完走できますように🙏今日は碁盤斬りのことを書きますね❶シネマサロンYouTube動画ですhttps://youtu.be/p0su5OV7XoE?si=8MEJAVG35fs7ADm1【碁盤斬り】スルスルと物語が続くのが上手い!観ていて気持ちが良い!★チャンネルメンバーシップ開設★↓↓メンバーシップはこちらの[メンバーになる]ボタンから↓↓http
弦巻神社から住宅街を迷い途中、親切な奥さんに道を教わり世田谷線を目指すふと立派な門に出くわしました石柱には、世田谷代官屋敷世田谷代官屋敷とは彦根藩世田谷領20村の代官を世襲した大場家の役宅大場代官屋敷とも呼ばれるそうです世田谷大場家は桓武平氏大庭景親の子孫と伝えら鎌倉時代に大場弥次郎房久が吉良家の家臣となり武蔵国世田谷に移り住んだのが始まりとされています現在の世田谷区世田谷1丁目に置かれ1952年(昭和27年)に東京都指定史跡に1978年(昭和53年)に大場家
秋晴れの一日吟行で大庭城址公園に行って来ました。吟行の八人秋色の四ひら(3点+先生の佳作)(私のスマホでは四ひら=紫陽花の「ひら」の漢字が出て来ません💦)大庭城址公園というのは去年の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の一人大庭景親の居城のあった跡地萩こぼる景親殿の高笑い(0点)(でも先生の特選をいただきました)大庭景親が頼朝の命により首を切られる場面で命乞いはせず、上総介広常に呪詛のような言葉を残し高笑いのまま逝ったという名シーンがあったことをネットで調
春のお花見散歩へ〜らーめん前のらーめん200円麺がつるつる!喉越し最高。夫は古式煮干し醤油ラーメン私は百尾煮干し&よもぎ麺濃厚ですよーよもぎ入り麺のラーメンなんて初めて食べたよまた食べたいですラーメンで春を感じるとわ!4月13日近所の八重桜が満開になりました🌸もりもりで可愛い桜だね〜引地川親水公園へ行きました4月16日まだ咲き始め4月27日陽が当たる所はつつじ八分咲きかな〜4月2日🌸桜満開の並木🌸今は青々としています約130mの藤棚あれ?まだ早かっ
戸塚の清源院の次に横浜市泉区の下飯田に移動富士塚公園を目指します着きました〜🏃🏃🏃富士塚城址跡源頼朝の危機を救った鎌倉時代初期の御家人飯田五郎家義の館跡と伝わります造成前には空堀の跡の窪地や地名が残っています明治32年(1899年)に五輪塔や納骨瓶が出土当地の人々は、飯田氏の墳墓であると考え、近くに古賢大菩薩の碑を建て供養しました現在は宅地化が進み、城館の面影はなく富士塚公園内に石碑が残ってるだけとなりました飯田五郎家義…渋谷重国の五男として生まれ、大庭景親の娘を娶り平氏方の
社家の三島社を後にして、平塚市豊田の大庭塚へ〜ここが大庭塚らしい民家の建つ細い路地の片隅に立ってます豊田の郷は大葉景宗の次男豊田次郎景俊が領した土地で、大庭塚は大葉景宗の墳墓跡で昔は相当な規模であった様です大葉景宗は懐島景能豊田景俊大庭景親俣野景久の父親です吾妻鏡によると、大葉景宗の墳墓が群盗により内部の財物が持ち出されたと記録にあります大庭塚の案内板9月11日鎌倉殿の13人ゆかりの地巡り5日目大庭城址公園→宗賢院→梶原伝七士の墓→梶原景時一宮館跡→寒川神社→社家三
大庭の宗賢院の続きです本堂曹洞宗寺院の宗賢院は幡龍山宗賢院と号します創建は永正2年(1505年)開山は虚堂、開基は宝珠院殿華窓智栄大師慶安2年(1649年)徳川家光から十石の朱印地を賜り、2世〜4世までの間に末寺17ヶ寺が創建されました明暦年間(1655〜1658年)に火災🔥で堂宇を焼失しましたが、宗雪により中興されました寺宝に大庭景親の陣釜とされる茶釜があります御本尊釈迦如来相模国凖四国八十八ヶ所霊場30番札所本堂扁額龍骨堂前に縁起案内板↓タウンニュースよりお借
この日もタイムスケジュールが詰まっていたので、大庭城址跡は本当にサラッとというか、スタンプ押しに行った感覚隅々には城址の遺構が残ってるらしい城郭の知識ゼロなので見てもピンと来ないけど、仏像→武将→城郭の流れで少し学んで見ようかな?お城🏯そんな大庭城址公園を後にして、次はバス移動して宗賢院へ〜寺号標と山門山門の扁額お地蔵様さぁ、境内へお邪魔いたします石仏観音菩薩宝篋印塔寛政8年(1796年)建立龍骨堂幕末頃に納められたという龍骨を安置するお堂で、干ばつ時に雨乞いの儀式で
9月11日鎌倉殿の13人ゆかりの地巡り5日目この日は小田急の藤沢界隈に出没先ずは大庭城跡の大庭城址公園へ大庭城址公園全体マップ天守閣のない山城ですが、土塁の起伏や城跡だったのが良く分かります大庭城湘南地区では、唯一残る戦国時代の山城で、扇谷上杉氏の築城と考えられています大庭城は大庭景親の館を太田道灌が修築して城郭にしたと伝えられ、その後小田原北条氏により改修されました
こんばんは、花文字作家の暁佐智子です。花文字の練習記録&覚書として、この場でできるだけ多く紹介していきたいと思っています。一緒に楽しんでいただければ幸いです。今日の花文字は「円蔵」。普通サイズの色紙に書きました。「円蔵」は茅ヶ崎市にある地名(字)です。円蔵自治会の文化祭が週末に開催されるので、出展させていただく予定の作品なのです👇。ローカルすぎる話で恐縮ですが・・・、「大河ドラマ「鎌倉殿の13人」に、國村隼さん演じる「大庭景親(おおばかげちか)」なる人物が登場
鎌倉殿の13人が始まった頃、大庭神社に行ってきました。(何ヶ月経ってるんだよー)登場人物の大庭景親を祀っている神社です。大庭神社近くって桜が咲いてる公園があって、時期によっては警備員も出るほど。この階段をえっちらおっちら上がる…。本殿本殿近くには倒れた鳥居が。関東大震災の時に倒れたそう。こちらは無人なので、皇大神宮に行き(少し離れてます)御朱印を頂きます。時期的なものもあったのかもしれないけど、お詣りしてる人が結構いました。
今回もまた、西湘城郭研究会の第21回大庭城址見学会に参加させていただきました。石橋山の戦いで頼朝を窮地に追いつめた大庭景親の居城です。「石橋山の戦い」について、もっともっと詳しく知りたいのだけれど…やっぱり城址へ来ると、皆さん「この高低差が凄い」とか、「よく現代まで、この堀が残っていた」とか、ガイドさんがいなければ、なんとなく知らずに通り過ぎてしまいそうな崖っぷちももののふの戦ぶりが目に浮かぶらしい。スタッフの方が帯郭を歩いてくださり、敵が攻めてくる様子が想像し易かった。
今回は、大庭景親の屋敷を探索してみました大庭景親は平安時代末期、相模国の武将です鎌倉殿の13人では『國村隼』さんが演じていましたね♪治承4年、義朝の遺児である源頼朝が挙兵しますその時、平家方の武士を率いたのが大庭景親でした石橋山の戦いでは、見事に頼朝を撃破していますその後、安房国へ逃れた頼朝が再挙し多くの東国武士を味方にし鎌倉へ入る事になります曹洞宗宗賢院本堂龍骨堂幕末の頃、筑波山中で発見された龍の骨が納められています日照りの時に水中に浸して雨乞いをすると、必ずご利益
皆さま!どもです(*˘︶˘*).。*「鎌倉殿の13人」観てますかぁ。さて。「佐竹義政(平田広明)」「佐竹氏」といえば常陸国に本拠地を置く義光流清和源氏。富士川合戦の後。頼朝によって攻められ。義政は上総介広常によって討たれてしまいます。「お前!老けたなぁ〜」バサッ!!たまりません(≧▽≦)。元々。佐竹と上総は姻戚関係にもあるし。親しい。義政は上総介を通じて頼朝に降るつもりが討たれてしまったんですよね。さてさて。佐竹は「親平家」。上総は「親源氏」。???なんで??
大河ドラマ鎌倉殿の13人紀行で放送されなかったので、三嶋大社の近くにある妻塚観音堂を再び紹介します。桜が綺麗に咲いてました。駐車場は無いので、三嶋大社参拝したときに徒歩で行くようにして下さい。三嶋大社から、徒歩7分。下田街道を南下して、三つ目の信号を左折*昨日のブログ、間眠神社の手前にあります。詳細は、下記ブログを参照して下さい。↓三島市内には、源頼朝ゆかりの地が幾つかあります。三嶋大社参拝のときに、巡るようにして下さい。
●大庭景親の家系図②鎌倉景明大庭景宗(景忠?豊田次郎)(?~?)妻・横山隆兼の娘?大庭景義(平太。懐島太郎景能ふところじまたろうかげよし)大庭景兼大庭景親(おおばかげちか)(三郎)?豊田景俊(四郎)?娘(夫・波多野義常)波多野有常妾?俣野景久(おお
●大庭景親の家系図①相模国高座郡南部大庭御厨(さがみのくにこうざぐんなんぶおおばみくりや)(神奈川県藤沢市大庭)鎌倉景正によって、大庭御厨(伊勢神宮の領地)が開発される。※大庭(祭司の場)。●鎌倉氏。武家家伝・長尾氏。平良文(たいらのよしふみ。村岡)平忠光平忠通娘(夫・秩父将恒)平忠頼秩父将恒秩父武基秩父武綱平忠光(ただみつ)平忠通(ただみち)村岡孝輔(むら
大庭さんの最後が、凄く格好良かった。全然、死ぬことを怖がってないし。隣の死にたくない!と喚いてる人とは別格。一方で上総介の前で、ベラベラと喋りまくって煽る煽る。ブチギレて上総介が切っちゃいますが・・・史実では、実兄が切るらしいです、Twitterで初めて知った。後で調べてみようかな。あの上総介の前でのセリフが、呪い・・・ですか?そういう意味では、後白河法皇が「人を呪い殺せるか?」といった台詞を吐いてたな。後白河さんの場合は清盛のことだろうけど。大庭さん、ネタバレは良く
大河ドラマ「鎌倉殿の13人」はキャスティングが実に上手い!佐藤浩市や西田敏行や山本耕史らは、三谷組の安定の配置主役が右往左往する様は、「有頂天ホテル」の香取慎吾と同じだね、小栗旬くん、そして、今回、序盤までで効いているのが悪役側の伊東祐親役浅野和之さん大庭景親役の國村隼さんこの2人は効いてきるわ〰最初の形勢逆転の敗北者上手いわ!
以上の経緯からは、水鳥の羽音で源氏方の急襲の事実に気づいた追討軍が態勢を立て直すため、いったん兵を退いたという事実がみえてきます。それではなぜ、平氏勢は態勢を立て直す必要があったのでしょうか。その理由のひとつは、前出したように源頼朝軍が相模の大庭景親勢を追い散らしていたからでしょう。この時代の軍勢召集は現地調達が原則。都を発った平維盛の追討軍は、その行軍とともに各地方に割拠する武士団を糾合し、源氏を追討する予定でしたが、予想以上に兵の集まりが悪かったのです。
注意●ネタバレあり◎大河ドラマ『鎌倉殿の13人』『吾妻鏡』のつづき治承4年(1180)9月をざっくりと読んでいきましょう源頼朝〈大泉洋〉9月1日武衛(頼朝)が上総広常のもとに行こうと言い北条時政らが賛成します安房国の安西景益は頼朝の幼なじみ最初に手紙を出しました令旨は厳密で在庁官人と一緒に参上なさい京から来た輩(平家方)は悉く捉え連れてきなさい北条政子〈小池栄子〉9月2日御台所(政子)は伊豆山から秋戸郷に移り頼朝の安否を知らず独り悲しんでいると朝8時頃、土肥遠平
今日は、海の方へ行こうと思っていたのですが、出る時間が遅くなってしまい、変更してふるさとの森へ、前とは別のルートで行ってみました。通常だと引地川親水公園の方から行くのですが、かなり外れた場所から行ってみたのです。途中で厚木方向から藤沢へ行く古道があったのです。看板を撮ったのですが、露出オーバーになってしまい、看板が読めなくなって、詳しくは分からないのですが、道標に「ふじさわ」と記載されていました。カメラの設定ミスで、画像修正出来なかったのです道標下の写真の道標に「ふじさ
大庭景親率いる平氏方の前に大敗を喫した源頼朝の一党。石橋山の戦いで北条を引っ張ってきた北条宗時をはじめとする有力な坂東武者が多く戦死します。敵の追撃から必死に逃れる源頼朝は、信頼する従者である安達盛長らとともに石橋山山中に身を潜めます。一方、兄である宗時の熱い想いに決意を新たにした北条義時は、再起を図るべく父の北条時政とともに甲斐を治める武田信義のもとに向かいました。信義は頼朝から援軍を頼まれますが、頼朝が「源氏の棟梁」を名乗っていることを理由に断ります。時政
今晩は、所沢市田中則行です。昨夜13日のNHK総合テレビ大河ドラマ『鎌倉殿の13人』第6話「悪い知らせの巻」のあらすじと解説をリポートします。[だ6話あらすじ]大庭景親(國村準さん)率いる平家方の前に大敗を喫した源頼朝(大泉洋さん)の一党。この合戦で北条家を引っ張ってきた宗時(片岡愛之助さん)ら有力な板東武者が戦死。敵の追撃から必死に逃れる頼朝は、信頼する従者・安達盛長(野添義弘さん)らと共に石橋山山中に身を潜める。一方、兄・宗時の熱い想いに決意を新たにした義時(小栗旬さん)は再起を図るべ
闇夜にまぎれて堤館と山木館を立て続けに襲撃した源頼朝の一党。冒頭では堤信遠の首を切り落とす場面があり、武士の恐ろしさが描かれていましたね。見事に首級を挙げて勝利した頼朝は北条義時の知恵を借りて、坂東での政の第一歩として土地の分配を始めます。しかし、これを知った平氏方が激怒。相模では奉行を務める大庭景親が梶原景時をはじめとする3000の兵を率いて出陣。伊豆では頼朝討伐に燃える伊東祐親が動き出します。1180年8月、石橋山の戦いが起きます。伊豆で挙兵した
今晩は、所沢市田中則行です。昨夜6日のNHK総合テレビ大河ドラマ『鎌倉殿の13人』第5話「兄との約束の巻」のあらすじと解説をリポートします。[第5話あらすじ]闇夜に紛れ、堤館に山木館を立て続けに襲撃した源頼朝(大泉洋さん)の一党。見事に首級を挙げて勝利した頼朝は北条義時(小栗旬さん)の知恵も借り、板東での政の第一歩として土地の分配を始める。だがこれを知った平家方が激怒。相模では奉行を務める大庭景親(國村準さん)が梶原景時(中村獅童さん)ら三千の兵を率いて出陣。伊豆でも頼朝討伐に燃える伊東祐
「くそデブ時代」を経て美女に変身…コスプレを契機に15キロのダイエット「1日5時間踊り続けた...ORICONNEWSコスプレやメイドカフェ店員を経験し、現在は主にTikTokを使った活動に取り組んでいる、兵庫のゆーちゃんぽんさん。彼女もまた、学生時代の自身を“くそデブ”と...原始時代がヒント?疲れない身体の仕組みとは-gooニュースgooニュース不調を感じている人に「原始時代の人間の状態をイメージする」ことを勧めるのが、メディカルトレーナーの夏嶋隆氏。多くのトップ