だから関白秀吉が小田原に向かうとき、天下の勢いをもって関東の城を攻撃した。毎日二つか三つの城を簡単に攻略した。その土地を取ったら、その余り一斉に散って、箒でゴミを払ったかのようであった。その城とその土地で前の軍師とその一族は皆残らず、死んで言ったのもいるが、士に誇りを持っていたのでその土地の百姓を貪って、民の涙を楽しんでその恨みを買っていたので、日ごろの恨みを数えていた百姓は容赦せず、打ち殺された。あるいは、追い出されて誰も止めることがなかった。また国替えがあってその家が潰れようとするときも同じ