ブログ記事327件
東洋館でのファイナル。今年は全19か所中6箇所を見に行った。締めに相応しく、ゲストはおぼんこぼん師匠。大物ゲストだ。それもあってか東洋館は満員の盛況。オープニングから大いに盛り上がった。おせつときょうたの漫才→コント→リバイバル漫才→寸劇ついでおぼんこぼん師匠のショータイム。最後に全19か所を織り込んだ漫才。思えばおせつときょうたの独演会に足を運ぶ様になったのは、ロケット団がゲストだったから。個人的に日本一だと思っているロケット団が出るので足を運んだ。今年のファイナ
亀戸開催となってから皆勤。毎回愉快極まりない時間。昔は新宿末広での夜間開催だったので、行きにくかった。亀戸開催で、開演時間が早まり無理なく帰宅できる様になったのは大きいと思う。ロケット団漫才の真価を堪能できるのは、この定例集会。テレビやネットで見るのとはやはり違う。寄席で観るのも良いが、やはり周囲に気も使うのだろう。定例集会は完全なホーム。三浦君はどんどん狂気を足していき、倉本君はどんどん説明を引いていく。舞台ならではの一体感と共感が齎す爆笑の渦。倉本剛という漫才師の
-YouTubeYouTubeでお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや家族、世界中の人たちと共有しましょう。youtube.comロケット団の漫才は、東京漫才の頂点の一角だ。その漫才は極めて面白い。ネタそのものの面白さ、それ以上に三浦君と倉本君それぞれの強烈な表現力が根底にある。言語と、それ以上に非言語表現の見事さは漫才としての完成度の高さを担保している。しゃべくり漫才の199余年の歴史、栄枯衰勢の中で現在は最大の危機的状態だと思う
こんばんは🤗寝る前にもうひとネタ(≧∇≦)ノ💞💞子供の頃にラジオで聞いて大笑いした「夢路いとし・喜味こいし」の漫才がYouTubeに上がっていましたのでご紹介しますヽ(=´▽`=)ノ✨兄弟で漫才をされていたので息がぴったりでしたね(人´∀`).☆.。.:*・゚✨✨✨
私は漫才という演芸を好む。幼少期に見た夢路いとし喜味こいし先生の漫才がその嗜好の根底にある。最も感受性が活性的である成長期に、最高の芸に触れたのは幸運だったと思う。因みに落語では、五代目小さん師匠。結果的に五代目小さん原理主義者になってしまった。落語が好き、ではなく五代目が好きだということを自覚したのは最近。テレビ系ではいかりや長介。漫才、落語、コント、それぞれの最高峰を見て育った。漫才は、内海桂子好江、青空うれしたのしら好きなコンビが複数いた。そして、自身が大人になり自由
1日自由をもらえたら何をしたい?▼本日限定!ブログスタンプ主婦では無いので…😅ヨメさん、いつもありがとうございます…🙇「主婦休みの日」年中無休で頑張る主婦が一息ついてリフレッシュするための日で、日付けはアンケートにより、1/25、5/25、9/25の3日が「主婦休みの日」だそうです。「骨董の日」日付けは「骨董」の語を広く知らしめた江戸時代の戯作者・山東京伝が「骨董集巻之三」に記した日付けが9月25日だったことから「プリンの日」(毎月25日)日付けは「プリンを食べてニッコリ」の
演芸・演劇評論家の矢野誠一氏(1935〜2025)が、先月23日に虚血性心不全のため逝去された。89歳だった。私はこの人の多くを知らない。どれだけの演芸、演劇を観て、どれだけの芸人や役者を評したかも知らない。ただ、矢野氏は生前、こんなことを言っていた。とっても幸せと思うのは文楽、志ん生という2人を同時に聞けたことですよ。芸人が活動時期を身勝手に選ぶことができないように、客もその芸人に合わせて時代を生きることはできない。やはり、落語は文楽と志ん生なのか。私はナマで2人を観ていない。
ロケット団の漫才は面白い。現役のしゃべくり漫才では随一だと思う技量だ。東京漫才において、漫才史的に見ても非常に重要な漫才師だと思う。そのネタ構成は狂気と毒にまみれ、さもすれば露悪的になりかねない。であるが、その漫才は非常に綺麗で後味が良い。三浦君がネタを書いているが、あの穏やかな好人物の何処から出てくるのか不思議に思う。ここ10年ほどで、ますます三浦君のボケが冴え渡っている印象を受けている。それは、倉本君のツッコミがそれだけ気持ち良いせいだろう。倉本君のツッコミは、誰の邪魔も
ブログを通して、その人の見てる風景、感じてることが窺いしれるね、ブログっていいね梅雨らしいお天気…とはいえない、結構な暑さw-------------------------------ホンダの原付バイク「DJ・1」のCMソング。後に、シブがき隊がカバーだって、そうなんだ!サビがかなりキャッチーだよ♪作詞作曲:ジョーイ・カーボーンリンク~YouTubeUnexpectedDiscoveryさんのチャンネルはこちら~UnexpectedDiscoveryさんのAnnie『
しゃべくり漫才には明確な定義はない。厳密に分類する事は難しいと思われる。話術のみで演ずる漫才、それがしゃべくり漫才。であるが、内海桂子・好江や松鶴家千代若・千代菊の様に音曲や剣舞などを内包した漫才がしゃべくり漫才では無いのか?と聞かれれば誰もがしゃべくり漫才前期の功労者だと認めるだろう。私は個人的に、しゃべくりが中心にあるのであればそれはしゃべくり漫才だと思って見ている。また、諸芸に通じた人の漫才は奥が深い様に思う。大した意味のない話で人を大笑いさせて、後になにも残さないのが漫才の極
ロケット団の漫才は面白い。最近ますます磨きがかかってきたと思いながら観ている。観ているだけで一気に引き込まれつつも、何も考える事なくただただ面白い時間。自然に異常な世界に紛れ込む様な快感がある。三浦君は我々を異様な世界に誘うメフィストフェレス。観客である我々は何故かその異世界に嬉々として浸り込む。倉本君のツッコミで正気に帰るその瞬間がたまらなく面白い。三浦君の狂気と毒は比類ない才能であり、技術だ。また、異様な世界を創り上げる点では漫才史上でも珍しいと思う。今現在脂の乗り
漫才について詳しく語る事は誰にも出来ない気がする。漫才は、その定義も曖昧だし自由度が広い。何が漫才なのか?萬財、萬歳等の歴史的背景やその成立についてはいくらでも資料はある。また、多くの先人が研究されている。ただ、それはあくまで学術的であり、面白さは伝わらない。生きている漫才は、今は幅が広く「?」と思う事も多い。何が漫才なのか、それは分からない。私は本人が漫才だと言えば、それは漫才だと思う様にしている。多くの漫才師に直接話も聞いてきた。文献にも目を通し、出来る限
先日、面識のある漫才協会の中堅に昔の漫才について質問された。いとこい漫才は養成所の教科書的に使われていたらしい。だが、リアルタイムで見ていた師匠に聞くとダイラケ漫才の方がウケていた。どういう事なのか?と。夢路いとし先生が、中田ラケット先生没後に「ダイラケ兄さんの漫才はおもろい漫才、うちらは上手い漫才」と語っている。爆笑をもたらす、瞬間風速に関してはいとこい漫才以上の漫才を披露した漫才師は少なくない。いとこい漫才の笑いはくすくす笑わせる漫才であり、喜味こいし先生の言葉を借りると「ト
今回は、今は無きアテナから発売された、表題の懐かしのファミコンソフトを特集・・・しないよ!前に一度、取り上げたしねぇ。しかし、「ファミリー・クイズ」なるテレビ番組がありましたので、今回はそちらを取り上げますよ。NET(現・テレビ朝日)系にて'67年7月7日から'68年11月8日迄、毎週金曜午後7時から7時30分迄放送されたクイズ番組です。当時、MBS毎日放送がNET系という"腸捻転"だった時代で、MBS毎日放送が制作しておりました。毎週30組もの親子が出場していたという視聴者参加型のクイ
11月12日火曜日〜その33時半、オンセンス・パインバスを使っての入浴。水分補給は、三ツ矢サイダー。BD『プレイガール』〜第50話「美少年仁義」を鑑賞。5時に休む。7時半、目が覚める。ねじめびわ茶、キリンのやわらか天然水、くらしモアのむヨーグルトプレーンで喉を潤す。『上方漫才黄金時代』を読む。P237〜238には、夢路いとし・喜味こいし師匠のプロフィールが載っている。(写真)菊水丸コレクションより、いとし・こいし師匠の和装での宣材。
私のブログを読んでくださっている方はもうご存知だと思うが、私はロケット団の漫才が好きだ。それもかなりの筋金入りだと自分でも思う。漫才という演芸自体は幼い頃から好きで、いとこい先生、てんわん先生ら名人芸を気軽にTVで見られた世代なのは幸いだった。今は10分以上の漫才を通して見せる番組などは存在しまい。内海桂子好江の女流漫才師の頂点ともいえる芸に触れ、やすきよも続く漫才ブームも見てきた。幼い頃からツッコミ担当を軸に見る子供だった。幼心にも、小気味良いツッコミで笑いを紡ぐ姿が素敵に思え
夢路いとし喜味こいしの漫才は面白い。しゃべくり漫才が誕生して百余年、その最高峰だと思う。いとこい先生の漫才は、しゃべくり漫才史上初めて『普遍性』を持ち得た漫才だと思う。令和の子供が何気なく見て、普通に笑う。これは凄い事だ。60年前の漫才であっても、普通に面白い。人を傷つけることのない、綺麗な漫才。私は晩年の漫才しかリアルタイムで見ていないが、今思い出しても凄い芸だったと思う。ロケット団倉本君やホンキートンク弾さん、笑組のゆたかさんらは直接お会いしているらしい。これは羨ましい
昨年書いたが、ロケット団の倉本君のツッコミはますます冴え渡っている。短く、的確に。時に三浦君のボケを引き立てる雄弁さもある。言葉を使わず目線でツッコむ姿は喜味こいし先生を思わせる。令和の名人と言っても過言ではあるまい。
私は漫才という演芸が好きだ。夢路いとし喜味こいしの漫才はどれほど見たか。獅子てんや瀬戸わんや、内海桂子好江の漫才も大好きだった。現役の漫才師にも、素晴らしい芸を持つ人も多い。中でも個人的に一番好きなのがロケット団の漫才だ。これは私の感性にぴったりハマっている事はあると思う。ただ、それ以上に彼らのネタの構成と表現力が卓越しているからであろう。加えて後味の軽さがいい。抱腹絶倒の面白さで、腹が痛くなる程笑って、なお後に残らないのは凄い。ロケット団の漫才は押し付けない漫才。客
ドラマOne『古畑任三郎(第2シリーズ)』第7話再放送「動機の鑑定」古美術・骨董商春峯堂の主人(澤村藤十郎)と錦織同美術館館長の永井薫(角野卓造)の二人は、老陶芸家の川北百漢(夢路いとし)宅に出向いていた。同美術館では、来週、歴史的価値の高い『慶長の壺』の初公開を控えていた。そんな中、百漢は二人を呼びつけ「壺は偽物。自分が作り・・・」と製作経過を撮った写真ほか、五年前骨董屋で見つけたという本物の『慶長の壺』を二人に見せ、公表されたくなかったら協会の理事を辞退しろと春峯堂主人に迫った
2年前にこんな事を書いていた。ロケット団のしゃべくり漫才は本当に綺麗だと思う。まさに至芸だ。
ホンキートンクの漫才は面白い。漫才協会の中でも特殊な漫才師だ。強いて言えば2世代ターボが近いか。実力あるベテランが若い相棒を育てている。私はそこに内海桂子好江を見ているのかもしれない。弾さんの卓越した技量に引っ張られる様に、遊次君は急激に成長している。それが目に見えるのは凄いことだ。遊次君の才能も素晴らしいのだと思う。その才能を磨き上げる砥石が弾さん、そして舞台を見つめる多くの視線だろうか。弾さんは弾ける様に漫才を披露している。まるで水を得た魚の如く。旧ホンキートン
ロケット団の漫才は非常に面白い。三浦君のボケは近年ますます神がかり、倉本君のツッコミは強烈に強い。初期のロケット団は面白い若手だったが、当代随一の漫才師になるとまでは予想していなかった。ただ、この面白さは未完成なのだろうな、と漠然と感じていたからだ。三浦君の強烈なパワーに倉本君が追従していくスタイルだと思って見ていたし、実際に初期はそうだったと思う。倉本君のツッコミは、ロケット団の漫才で最も変化があった部分だ。三浦君のボケを適切にツッコんで落とす、その正確さとタイミングは若い頃か
懐かしい思い出。久しぶりに名鳥名木を聴きたい。
2年前にこんな事を書いていた。今もその気持ちは変わらない。むしろ確信に形を変えている気がする。ロケット団、最高最幸!!
漫才協会には、恐ろしく上手い漫才師が多数存在する。生の反応を見ながら調整し、時間も自由自在。本当に凄いと思う。先日、若手の爆弾世紀末が出番を忘れてしまった事があった。ホンキートンクを中心に、他の面々が時間を伸ばして対応。ホンキートンクの繋ぎは見事で、気付かないまま5分ほど長く漫才を披露してくれた。流石だ、と思った。さり気なく伸ばして、かつ大きな笑いを取り、そして違和感が全くない。これは寄席の漫才師の凄さだ。ロケット団、ナイツ、宮田陽昇らも長短自在。笑組やにゃんこ金魚、
三社祭を見に行きたい。その様に友人達に頼まれて案内役を引き受けた。あちこち回って疲労困憊。友人達は祭りと昼酒に酔ってご機嫌で帰って行った。16時少し過ぎ、そのまま東洋館へ。それにしても久しぶりの三社祭、物凄い人出だった。仲見世などは歩けないほど。雷おこしも人形焼も飛ぶ様に売れていた。初音小路の露店も座る場所も無い。宵の口、多少混雑がおさまった六区で宮田陽昇とキラーコンテンツを見かけた。必ずと言っていいほど漫才協会の芸人を見かける。声をかけてくれる人も多い。今の
ロケット団の漫才は面白い。個人的に忙しくて、このところ観に行けていない。禁断症状が出そうだ。毎日グレープカンパニー公式を観たり、DVDを観たりするがやはり劇場で観たい。東洋館が一番好きな劇場なので、漫才大行進はいい。亀戸のカメリアホールは非常に見やすく、椅子も快適なので定例集会は無心で楽しんでいる。来月開催されるが、チケットは確保して貰ったので今から楽しみだ。とはいえ、その前に一度でも良いから見に行きたい。漫才大行進のスケジュールと、自分の予定を睨めっこしながら日程調整す
久しぶりに時間が取れたので東洋館へ。ロケット団、笑組は出ない日だが、ホンキートンクが出る。なにわプラッチック、おせつときょうた。さらに大瀬うたじ師匠も。東洋館のスタッフさんたちから笑顔で挨拶を交わし、客席へ。席を決めて飲み物を購入。ちょうどキューピーが来たので声をかけた。この日はうるさいおっちゃんが大声で舞台に話しかける。京太師匠はさすが、見事にあしらっていたが若手は大変だっただろう。まあ、東洋館ではよくある事だ。お手伝いの若手が捲りを返すが、不貞腐れている様に見えた
みんなの回答を見る一昨年書いた。いとこい先生の至芸について中田カウス師の言葉を引用している。