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この動画、実は自分で作ってみました。そういう事での「アニメ化」(笑)※新作はイチからネームを練り直しています。もう少し待っててね。尚、Xでは旧作のリメイクを続々発表しております。近況はオフィシャルHP内のブログにて!※未公開最新作OPさて、最近流行りのAIモードで「夏詩の旅人」を検索したら、あっという間に概要が出て来た!多少、違うとこもあったが大まかには合っていた。しかもお世辞もついていて、自分が書くよりも作品を魅力的に伝えてくれている。(笑)以下、AIモードでの作品説明文を
この出来事は、今から20年くらい前に、当時、僕が勤めていた会社の同僚から、「10年くらい前に、実際にあった出来事」だと聞かされた話です。運動会での話、妹に近寄らせない話、お風呂場での自殺、無理やり家に上がり込んで線香をあげた話、全て事実らしいです。それらを忠実に再現して書いてみました。そして母親は逮捕されなかったそうです。今でも生きていれば、母親は60歳になるかならないかの年齢であろうと思われます。僕は今回、せめて小説の中だけでも子供の無念を晴らしてやろうという思いで、この作品を書き
1stシーズン、2ndリブート篇、Lastシーズンの主要キャラクターこーさん売れないシンガーソングライターとして旅を続けながら、そこで出会った人々の周りで起こる事件を解決して行く。2ndリブート篇では、1stで描かれていなかった過去や、謎について触れられている。岬不二子大手音楽事務所Uから27歳の若さで独立し、音楽イベント会社“UnseenLight”を立ち上げた。まだ誰も目を付けていない人材を、誰よりも早く発掘する彼女の嗅覚は、音楽業界の中において一目を置かれている。ハルカ(大島晴
現在、過去作の挿絵をリニューアルして更新中です。またLastシーズンの新作のネーム作りも着々と進んでおります。来年には、新作をお届けできると思います。いつも読んで下さる方々、もう少しお待ちくださいね。リニューアルシーン「横須賀フェイダナウェイ」↓王鷹が僕の前に立ちはだかった。向かい合う2人。「お前ホントにマトリックスに似てるなぁ…」無表情の王鷹に言う。王鷹が特殊警棒を振りかざした。ビュンッ!かわすッ!ビュンッ!ビュンッ!かわすッ!かわすッ!僕は、すんでのところで王
もうすぐ東日本大震災が発生してから、15年になろうとしています。僕の実体験にフィクションを交えた小説「夏詩の旅人」の中にも、この東日本大震災の模様が出てきます。小説の中ではストーリーの構成上、あの地震の発生年数を前倒しして2003年にしていましたが、この小説に出て来るあの大震災は、紛れもなくあの東日本大震災を書いたものなのです。僕はあの大震災が起きた中で、どうしても忘れられない人がいます。結婚式を控えていた町の防災課に勤めている若い20代の女性が、沿岸の人たちに避難勧告をし続けた為、逃
翌日都立H病院、血液内科病棟ジュンは、この日も見舞いに訪れていた。のぞみの個室病室に向かって通路を歩いていると、のぞみの母が歩いている姿が見えた。「あ!、お母さん」のぞみの母に声を掛けるジュン。母はジュンに会釈を返す。その時、母親の隣に看護士の女性がいる事にジュンは気が付いた。するとのぞみの母親が言う。「いつもありがとうございます」弱々しい笑顔の母。「これから先生(担当医)に、のぞみの状況のご説明を聞きに行くところなんです。宜しかったら、ジュンさんもご一緒にどうですか…?
12月某日ついに、不二子の“UnseenLight”、初のイベント当日となった。イベント開始から数時間が経過した。時刻は夜の7時を回ったところであった。辺りは暗くなり空には月が出ていた。「やっぱバンドの連中、誰も来ませんね…。お客さんも…」和田が、誰もいないステージを見つめる不二子の横で、弱々しく呟いた。「ほら見た事か…、だから言わんこっちゃない…」その時、不二子の背後から男性の声がした。振り返る不二子。「ユウジ!?」驚く不二子。「だから女なんかには無理だって言った
今から5年前、東京の新宿から出発した京王線と小田急線で起きた殺傷事件。当時は大変な騒ぎで、メディアでも大きく取り上げられていた。僕の小説は、基本的には実体験を元に、フィクションも織り交ぜて書いているのだが、中には、世間で問題になっている大事件と実体験を少し掛け合わせた作品もある。「ハロウィンの夜」という作品は、そんな世間を騒がせた事件を元に書かれた物語である。2013年10月31日主人公がコンビニに出かけてから家に戻ると、TVのニュースでは大騒ぎになっていた。それは、道化師の仮装
小説「夏詩の旅人」では、毎回魅力的なヒロインが登場しています。よく、キャラが立つとペンがスムーズに進むと云われていますが、僕の小説では実在してる人物(仮名だが)と、実際にあったエピソードとフィクションを織り交ぜながら書かれた物語だったので、そういう意味ではペンが止まるという苦労がまったくない状態で、ここまで一気に書くことが出来ました。ですが、小説ならではの障害と言いましょうか?「登場人物が多すぎて、ついて行くのが大変だ」というご意見もありました。マンガならそうはならないのでしょうが、小
2013年8月横浜関内のとあるピアノBARに、僕は友人と2人でやって来た。ほのかなライトアップに照らされたBARでは、黒人シンガーが、Earth,Wind&FireのSeptemberを歌っている。それは店内に響く、心地よいBGMだった。そしてカウンターに立つバーテンダーが、先程オーダーしたロングカクテルを、僕の前にスッと差し出した。「どうぞ…」そう言って笑顔の女性が、マンハッタンを置く。目の前に立つバーテンダーは女性であった。僕は彼女の作ったマンハッタンに口をつける
今の学校の先生に対する、クレーマーの仕打ちは酷いなぁと思う反面、自分のときに、もう少し生徒側にも、反論の余地を与えて欲しかったなぁと思うこの頃…。僕が学生時代だった頃は先生の意見は絶対であり、教師側に誤りがあってもひっくり返る事は無かった。(※特に私立は酷かった)僕が小学2年生だったとき、普段は仲の良かったY君とF君が喧嘩になりそうな状況になった。そのとき一緒にいた僕は、「やめろよ!」と、2人が喧嘩しない様に止めていた。場所は学校内の廊下であった。その時、僕らの担任を受け持つ女性教
この作品を書いた時は、現在ほど頻繁に道路が冠水するニュースなどTVで流れていなかったっけ。最近は、ゲリラ豪雨が降りだせば、あっという間に道路は冠水し、車は身動き出来なくなり、命の危険にさらされるとという状況である。この作品はシングルマザーのカオリが、勤務後に子供を車で保育所まで迎えに行く途中に、アンダーパス(立体交差)で車が立ち往生してしまうというエピソードだ。水圧でドアは開かなくなり、電気系統もやられ、窓も開けられない状況になったカオリは、どんどん車内に流れ込む水流に死の覚悟をする
みなさんは、ダークウェブというものをご存じだろうか…?普段我々が利用しているWEBサイトはサーフェスウェブという、GoogleやYahoo!でアクセスしたら、誰でも見れるインターネットサイトだけです。しかしこれらはWEBサイト全体の中でも、氷山の一角でしかありません。実はWEBサイトは、ディープウェブと呼ばれる、普通にアクセスする事ができない、特定のパスワードを要求されるサイトが全体のほとんどを占めています。ディープウェブでは、サーフェスウェブの500倍…、約5000億のページ数
僕がSF小説というものを書いてみて、2作目にして最大のイイね!数を獲得した小説「あなたの人生、作り変えます!」これだけの長文なのに、後篇だけで85イイね!を頂き、ありがとうございました。題名を見てピンと来た方、そうです!、これはあの、フィリップ・K・ディックをリスペクトした題名なのです。この作品は、巷で噂されている東京都東村山市秋津町のパラレルワールド説を、実はそれは量子コンピューターが作り出した、世界初のメタバース(仮想空間)だったという仮説を基にした小説です。この小説で伝えたかった
SF小説を書いてみたいという構想をずっと抱いていた。そしてどうせ書くなら、ワイドスクリーンバロックな作風にしたかった。ワイドスクリーンバロックとは、まるで映画を観ている様な感覚に陥る、壮大な世界観だと、僕は解釈してる。だから、僕が初めてSF作品を書くのには、ハードルがめちゃくちゃ高かった。SF作品は、ただでさえ書き上げるのが、難しい。ある程度の科学的根拠を盛り込まないと、ファンタジー作品になってしまうからだ。こうして、SFを書いてみたいと思っているうちに、月日は過ぎていく。そん
1989年1月当時大学3年生だった僕は、大学の友人、園長(北島)と、新宿で始発まで居酒屋で飲んでいた。※園長の本名は北島である、自宅最寄り駅が多摩動物公園駅だった為、あだ名が“園長”になった。※顔は、お笑いコンビ「ほんじゃまか」の、まいうーの方に似ていた。始発電車が動き出す時間になったので、僕らは店を出て駅へと向かった。駅前に着くと、慌ただしく号外を配る人がいた。通行人のほとんどが、その号外を受け取っている。僕もその号外を貰ってみる事にした。貰った号外の見出しには、「天皇陛下崩
1988年1月大学の軽音サークル室「俺よ、新しいバンドに入ったから…」部屋に入って来るなり、ギターのカズが僕に言った。「EXPバンド辞めたのか?」僕が訊く。※カズがギターメーカーEXPの関係者と組んでいるバンド。「そうだ」(カズ)「ちびっこギャングが紹介したバンドか?」僕がそう訊いたのは、カズにバンドを紹介した人物が、お笑いコンビ“ちびっこギャング”に似ていたからだ。※本名は雪下という。「ああ…」と、頷くカズ。「そうなんだ…」僕がそう言うと、カズは鼻息荒くしゃべり出す。
1988年1月1日、浅草雷門前の午前1時半頃。僕はこの時、池袋で再会した元バンドメンバーだった櫻井ジュンコと共に、浅草寺へ初詣にやって来ていた。それにしても、昨年の1987年は、いろんな出来事があった。プライベートでは、ジュンが歌手デビューして、レコード大賞の新人賞を受賞した事が1番の出来事だった。世の中では、ビートたけしフライデー襲撃事件、エイズパニック、アサヒスーパードライの発売開始、安田火災がゴッホの絵画を53億円で落札、フィリピンのマニラで三井物産の現地支店長だった若王子さん
1987年12月31日大晦日当時、大学2年生だった僕は、バイト先の仲間たちと新宿で忘年会をやっていた。※クロスフェードな生活参照忘年会は夜の10時過ぎに終わると女性陣は帰宅したが、僕と男性陣らは、まだまだ飲む気満々で次の店を探しに歩き出したのだった。新宿通り(旧甲州街道)を歩く5人。歩いているのは、僕とタカ(※金髪ソフトモヒカンの片耳ピアスで細マッチョ、顔は三上博史が機嫌悪そうな時の様な顔)と、ヤス(※ロン毛で切れ長の目にメガネをかけたガタイの良いレゲエ好き)。それと9月に入
1987年9月中旬僕がバイトしてる渋谷のダイニング“D”へ、新人バイトが2人入って来た。(※G大のイーバが辞めたので…)名前は稲場と小野田。2人とも22歳で、僕より1つ年上だ。イナバは、渋谷のダイニング“D”でバイトする前は、渋谷の吉野家でバイトしていた。ヒョロ長で目がギョロッとしており、柔整の資格を持っていた。ディックは、顔がプロレスラーのディック・マードックに似ている事から、みんなからそう呼ばれている。(※まぁ、俺が付けたあだ名なんだけどね…笑)彼は売れない漫画家なのだが、一応
1987年8月秋田県大曲市盆休みで帰省していた高清水は、この日、東京に戻るべく大曲駅前にいた。ここから田沢湖線で盛岡駅まで行き、東北新幹線に乗り換えて東京に向かうのだ。高清水は少年期、ここ、大曲市で育った。子供の頃から現在のような、金髪でソフトモヒカンのヘアースタイルをし、一度キレると手の付けられない悪たれ者であった。故に、高清水は地元の同級生たちからは、“大曲の金狼”と呼ばれ、周りから畏怖されていた。だが、そんな高清水は、ワシダ大学に合格できる程の学力を持ち、東京でのバイトは飲
1987年8月中旬お盆明けの、東京渋谷午後6時頃はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……ッ!ミクを救い出す為、ロン毛を揺らせながらヤスは懸命に走る!ハンズを通過して、井の頭通りに出たヤス。宇田川交番まで、あと少しだ!(あれッ!?、こーさんッ!)ヤスは交番の手前付近で、バイトに向かう彼を発見した!彼はオクトパスアーミーで洋服を見ていたが、目ぼしい物がみつからなかったので、手ぶらで店を出たところだった。「こ~~~~さぁ~~~~んんッッ!」「大変だぁ~~~~~ッ!」「ん!?」遠くから
1987年8月中旬お盆明けの、東京午後6時渋谷某所にある町工場の廃墟跡地内には、十数名の男女不良学生らが集まっていた。パシンッ!「きゃッ!」茶髪の女子高生に、頬を叩かれた少女が叫ぶ。叩かれた少女は、私服姿であった。彼女を叩いたのは、リーダー格の黒田モエカ。モエカは、叩かれた少女の髪をグイッと鷲づかみして言う。「あんたさ…、ナメてんのかよ?」両腕を男子高生に抱えられ、膝を付いた状態の少女にモエカは凄んで言う。モエカの周りには、彼女の他に女子高生が4人、そして男子高生が10名
1987年8月上旬バンド活動が停止中だった僕は、去年の夏にも来た伊豆の今井浜海岸にバイトの仲間と訪れていた。土日月を絡めた、2泊3日の泊まりでやって来たメンバーは、僕と金髪ソフトモヒカンのタカに、ロン毛切れ長目のヤス、そして、ロズウェルUFO墜落事故の宇宙人に似てるイーバ(飯羽)の4人であった。ちなみに、僕は今井浜に日帰り以外で来たのは、この時が初めてであった。この時、僕らが泊まる民宿の手配は、バイト先の後輩、ロン毛のヤスに頼んだ。しかし予約を取ったのが7月の後半だったせいか、海岸から
1987年7月下旬新宿居酒屋村八の2階宴会場「ねぇ…」「ねぇ!、こーくんってば!」右隣に座るジュンが彼を呼ぶ。「ん?…、ああ…、何だ?」ジュンと初めて出会った頃からの出来事を、思い返していた彼が彼女に返事をした。「どうしたの?、ぼーとして…」「ああ…、いや、何でもない…。ちょっと考え事してただけだ…」そう言った彼を、怪訝そうな表情で見つめるジュン。彼とジュンとカズの3人は、ジュンの送別会の席に着いていた。3人は座敷入口側のテーブルに陣取っている。畳敷きの宴会場は二の字
1987年5月、GW大学の学園祭で行われる野外特設ステージのライブ。背水の陣で、ステージへ挑む彼の背中を見つめるジュン。だが、目が潤み視界がぼやけ、彼の姿がよく見えない。ドラムのハチのカウントが入る。ついに彼の最期のステージが始まった。1987年3月柳瀬川河川敷「おい、ジュン!、早くしろ、置いてくぞ!」炭や薪を両腕に抱える彼が言う。「あん!、待ってよぉ~!」いっぱいに水を汲んだバケツを両手で持つジュンが、彼の後をふらつきながら追いかけていた。この日は恒例である、青学の軽
1987年5月、GWに突入した。大学の学園祭で行われる野外特設ステージからは、学生バンドたちの演奏が聴こえて来る。現在演奏をしているのは、僕が所属しているロックバンドだった。バンドリーダーの僕が、スタンドマイクを両手で握りしめながら熱唱している。ギターは、僕と同じ2年生のカズ。キーボード&コーラスには、現役の高校3年生の櫻井ジュン。そして、ベースとドラムは、ヘルプメンバーだったリキやハヤシの代わりに、4月から新加入した1年生であった。ベースは、細身で長身、ロングソバージュヘアーの
1987年3月下旬江ノ島に着いた2人。彼は、なぎさパークに車を停めるとジュンを連れて、近くにある「海作」という海鮮料理屋へと入った。彼はシーフードラーメンを2つオーダーする。「このラーメンが美味いんだ。海鮮のダシが利いてて…、食ったら感動するぞ…」テーブル席の正面に座っているジュンに、そう言う彼。「前にも来た事あるの、ここに…?」ジュンが聞く。「ああ…、俺さ、去年の夏、江ノ島の西浜で1ヶ月間、海の家で住み込みバイトしてたって言ったよな?」※「Bittersweetな夏…」参照
1987年7月の下旬夕暮れ時、大学校舎内の軽音サークル部室バンドを辞めたジュンは、この日、自分の送別会が行われるという事で、久しぶりにバンド仲間のところへ訪れていた。窓から夕陽が差し込む部室。そこには練習後の片付けをしている、バンドボーカルの先輩とジュンだけがいた。せっせとシールドを巻く彼。それを椅子に座りながら、ぼんやりと眺めているジュン。この後2人は、いつもバンドメンバーらで打ち上げをしていた、新宿の居酒屋「村八」へ向かう事になっていた。ジュンは東京の私立高校に通う17
1987年、7月中旬渋谷宮下公園PM5:38「お~い!、みんな無事だったかぁ~!?」ギタリストのカズが、笑顔でみんなの元へ駆け寄って来た。乱闘騒ぎのあったエッグメンから、バラバラに脱出して来た仲間たちは、既に集合場所である宮下公園に集まっていた。「カズさん、ご無事で…」(ミッチー)※ヤマギシあゆみのカレシ「あれ?、ミッチー…?、それとヤマギシさんも…?」どうして、この集合場所が分かったのか?と驚きながら聞くカズ。「私たち心配で、ずっとエッグメンの近くにいたの。外にいる野次馬に