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壬申の日の意味と過ごし方歴史と暦が教える開運アクション2026年2月27日は「壬申の日」「じんしん/みずのえさる」と読みます。壬申の乱が起こった年と、同じエネルギーが流れる日です。この記事では、🔹壬申の日=冷静さと意志が強まる日🔹「運命を動かす力」が働いた歴史🔹3つの開運ワークで決断力を整えるについて、氣学講師/鑑定士のマルーが丁寧にわかりやすく解説します😊最終更新日:2026年2月27日目次壬申の日の意味と過ごし方歴史と暦が教
改新政権は朝鮮半島では百済派だった。新羅は唐と同盟した(660)ために、律令国家建設を目指す改新政権は理念的に破綻してしまう。大海人皇子(天武天皇)による壬申の乱(672)は改新政権の矛盾を糺そうとする勢力に支えられて成就された。唐・新羅連合軍との白村江の戦い(667)における軍事的・外交的敗北の責任を痛感したものと考えられている。下掲の左上は加耶地域があった5世紀、右上は三国時代の6世紀前半、左下新羅が統一した6世紀後半、右下は渤海が自立した7世紀。古代最大の戦乱である壬
壬申の乱とは、何か。という話を、書きます。壬申の乱のとき、鸕野讚良皇女(のちの持統天皇)は、夫に味方して、弟を倒し、父の都を滅ぼしました。鸕野讚良皇女(のちの持統天皇)にとって、大友皇子(弘文天皇)は腹違いの弟です。この時代、腹違いの兄弟なんてのは、基本的に敵です。鸕野讚良の母は、右大臣・蘇我倉山田石川麻呂の娘である遠智媛(おおちのいらつめ)です。中大兄皇子(天智天皇)たちによる乙巳の変(いっしのへん)と言われるクーデターは、蘇我氏の本宗家(蝦夷、入鹿の親子)と、分家の倉山田石川麻呂た
奈文研藤原京跡資料館に展示の持統天皇像◆「真の持統女帝」顕彰~反骨と苦悩の生涯~(33)またまた…少々間が空いてしまいました。個人的にお気に入りの企画物。なるべく終わりを少しでも引き伸ばそうという…要らぬ思惑がはたらいております。ところで…近頃は有能な女性政治家が次々と台頭しているようですが…。鸕野讚良(持統天皇)は高市総理と片山大臣とを合わせて、さらに10倍増強させたような存在であるのかなと思ったりもしてみたり。悟空とベジータがフュージョンして、さらに「10倍界王拳
ここから海が眺められた!日本の歴史の中でも有名な「壬申の乱」は、西暦672年に起きた日本古代最大の内乱だそうです。天智天皇の死後、跡継ぎを巡って、弟の大海人皇子(おおあまのおうじ)と天皇の息子である大友皇子(おおとものおうじ)が争い、勝利した大海人皇子が天武天皇として即位しました。その大海人皇子が伊勢路に潜行されたころこの地(近鉄線富田駅近く)は海の底であった、と若宮八幡宮社の由緒書きにありました。ということは、一般国道北勢バイパスの下にある、国指定史跡「久留
猿田彦大神は、伊勢の土着神です。鼻が特徴的なその神は鼻からスサノオを目からは太陽と月を生みました。人類発祥の地私はエジプトの神話は、各国に伝わったと思っていますが日本には、どストレート・ダイレクトに伝わったと推測します。猿田彦大神は、エジプト神話の太陽神ラー+トト神の合体型で多分ニギハヤヒ神の祖神です。ニギハヤヒ神から、天智天皇まで何事もなくその王朝は続いていたと推測します。しかし、壬申の乱で【大海人皇子=漢皇子】と藤原氏【有熊氏】がクーデターを起こし猿田彦大神は天照大
目次///////////////●令和の「梅」と、高市(奈良)の「藤」の因縁●紙幣と麻生氏●壬申の乱との不思議な繋がり////////////////////●令和の「梅」と、高市(奈良)の「藤」の因縁今回の衆議院選挙で、高市首相は圧勝しました。前回の首相指名では、首相の座も危うかったのに、あれよあれよという間に、盤石な座を得ました。会う人会う人が、不思議な選挙と言います。私の最近の記事は、二つの占いの氏族を取り上げてきました。太
岐阜県・関ケ原町同町内に、同じ名前で数社有るとは・・・。ほんと、関ケ原町から目が離せない圭那です。と言うことで・・・若宮八幡神社は、関ケ原町内にいくつか有ります。今回、紹介するのはその中の一か所です。神社の側道を上がって行くと・・・過去記事で紹介した場所に辿り着けます。以前も伝えましたが、JR線の踏切前に鳥居有り。弘文天皇を祭神として祀る「若宮八幡神社」です。壬申の乱の際、藤古川を挟んで西に大友皇子(弘文天皇)、東に大海人皇子が陣をとり、対峙し
岐阜県・垂井町これも、史跡の一種?古墳以外も紹介して行こうと思う圭那です。。。と言う事で・・・関ケ原の合戦・史跡巡りの途中ですが・・・。陣跡を周る途中で、たまたま見つけた史跡も紹介して行きます。※この書庫も、古墳頼りでは増えて行かないので(笑)先日、紹介した・・・長束正家陣跡と同じ敷地内に有りました。この場所の、見どころの1つのようです。「冠石」の表示の上に、「大海人皇子冠置石」って・・・。全く、分からなかったので自宅に戻ってから調べてみました
ずいぶん昔の話になりますが、近所には〝雪掻き名人〟がたくさんおられました。雪が降ると、朝の暗いうちから起きて、競うように雪を掻きます。家の前はいつもチリ一つない(とはいわないか・・)くらいに・・。時にはわたしの家の前まで・・。なので大雪の朝など、仕事前の大仕事でオツカレ・・。内心、(早くその身分になりたいよ~~~~)と思っていたものでした。その名人の皆さんも次々と鬼籍にはいられ、町内はすっかり代替わり・・。いつのまにかわたしがその立場になり、名人のまねごとの日
いつもなら、古流の稽古に行く時間帯のNHKFMラジオを流していたところ、、、、なんと、DJ日本史という番組で「壬申の乱」やっております!!この中で、エンタメとして中大兄皇子を主人公で大河ドラマに!と、言ってましたが、私も主人公は女帝のどなたか、でぜひ、飛鳥時代の大河ドラマ、できるといいなあ。。。。と思ってます。DJ日本史シリーズ天下分け目の戦い・敗者の理由(1)壬申の乱2月11日(水)18:00-18:50出演者:松村邦洋(出演)
【近藤浩一氏の問題提起】近藤浩一氏は「白村江直後における熊津都督府の対倭外交」の中で、唐の羈縻政策の中にある熊津都督府は、旧百済地域を安定的に支配するために、旧百済と北部九州の6世紀以降からの友好な交流関係を利用しようとしたのではないかとの仮説を立てて論証を試みている。氏の論考を読むときに以下のような論点を意識して考えてみようと思う。(論点1)白村江戦後の熊津都督府からの数回にわたる倭国へ向けた船団の渡航目的は何だったか?船団のメンバーには、唐の官僚(上柱國劉德高、朝散
こんばんは‥(^_-)-☆今の奈良は5℃と寒さを感じる日になりましたね。昨日同様少し寒く最高気温7℃ほどで寒くなりましたね・・(^_-)-☆奈良まほろばソムリエ奈良通2級の12回目の問題です。6奈良県に関連する文学について、最も適当なものを選びなさい。(55)奈良市内にある万葉地名はおよそいくつあるか。ア.約150イ.約250ウ.約350エ.約450志貴皇子が詠んだという次の歌の()に入る言葉はどれか。「(1)の
前回の「酒人内親王の遺言状」からの続きです。吉備泉、空海、そして酒人内親王や葛原親王、万多親王、明日香親王、坂本親王、賀陽親王、仲野親王、その他多くの皇族や貴族らがなぜ自らの命や地位を賭してまで天武天皇の血脈を守ろうとしたのか。彼らが守ろうとしたものの正体は単なる「一族の血」ではなく藤原氏(中臣氏)によって簒奪され書き換えられる前の「日本の真実の魂(OS)」そのものでした。これまでの考察を統合し彼らが命がけで守り抜こうとした「天武の血筋」の正体について
第四十一代持統天皇は飛鳥時代の女性天皇です。大化元年(645年)生。御名は鸕野讚良皇女(うののさららのひめみこ)。御父は天智天皇、御母は蘇我遠智娘(そがのおちのいらつめ)。大海人皇子の何人もいる妃の一人であった鸕野讚良皇女は、任申の乱の時ただ一人皇子に従い作戦も練ったといいます。4年前は日本書紀編纂1300年の記念すべき年でしたが、その日本書紀で一番詳細に記載されているのがこの壬申の乱の時代です。大海人皇子が天武天皇として即位すると皇后に立ち、政治面でも補佐をしました。その
こんにちは・・(^_-)-☆今の奈良は、8℃と寒さを感じる日になりましたね。昨日より気温が上がり最高気温も8℃と寒い日になりそうですね・・(^_-)-☆奈良まほろばソムリエ奈良通2級の12回目の問題です。2奈良県の歴史に関する事柄について、最も適当なものを選びなさい。(10)昭和11~12年(1936~1937)にその底が発掘調査され、弥生時代の遺跡や遺物の研究を大きく進めることになった池はどこか。ア.鍵池イ.唐古池ウ.磐余池エ
マニアにウケてる(笑)しおの学習動画シリーズ本日はよくでる~の乱まとめ【中学社会】混乱しがちな、壬申の乱承久の乱応仁の乱今一度、整理しましょうか!塾生さんに向けて作成しておりますがどなたでもご覧いただけるように設定しております。よくでる~の乱まとめあわてず、楽しく、いきますか。こちらもどうぞ!直前チェックシリーズ『直前チェック!ロック・モンテスキュー・ルソーの覚え方【中学社
新興住宅地の中を登っていきます。飛び出し知ったかぶりカイツブリ。鞍掛神社は、JR湖西線:堅田駅から南西へ1.3㎞、新興住宅地の端っこに鎮座されます。鎮座地滋賀県大津市衣川2-28-1右に手水舎。鳥居をくぐった右に手水鉢。土間拝殿越しに眺める本殿。滋賀県神社庁HPの記事を転載します。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー御祭神弘文(こうぶん)天皇御神紋十六
昨年の干支は乙巳だった。干支は60年を一つのサイクルとし各年を12方位と五行をかみ合わせで、例えば、乙巳と評価している。読み方には、日本式と中国式がある。乙巳:イツシ(中国)乙巳:きのとみ(日本)乙巳の年には政変が起こりやすいと占いがある。では、実際どうだったか振り返ってみる。10月21日首相指名選挙が高井早苗氏が女性初の首相に就任11月7日国会で立憲の岡田克也氏が、長い一連の質問の中で存立危機になる場合の具体例を示したくださいと質問した。「戦艦を使って武力
銀河太平記382『赤駒の腹這ふ田居を都と成しつ』越萌マイ(児玉元帥)大君は……神にしませば……赤駒の……腹這ふ田居を……都と成しつ……思わず口をついて出てしまった。56人の元部下たちがリヤカーを曳いて草むしりをしている。中高年の外形をしているとはいえ、満州の野で戦った……勇敢無比ではあるけども、むくつけき男ども。ヤマブキ幼稚園で「情況開始!」と下令した時は、ゾウさん組の教室を瞬間で戦場の空気にしてしまった、日本陸軍精鋭中の精鋭。それが、まるで小春日和の校庭で草むしり
0133)内戦/人の世の争いは絶えない日本における明確な内戦として記録されている最も古い大規模な争乱は、西暦672年に発生した壬申の乱。壬申の乱は、天智天皇の死後、弟である大海人皇子(後の天武天皇)と、天智天皇の子である大友皇子(弘文天皇)の間で皇位継承をめぐって勃発した古代日本最大の内乱。この戦いは約1か月にわたり続き、最終的に大海人皇子が勝利し、新たな天皇として即位した。これ以前の弥生時代後期(2世紀後半)には、中国の歴史書『後漢書』などに記述がある倭国大乱という大規模な争乱があった
天智天皇山科陵(御廟野古墳)11(京都市右京区)24年7月山科が天智天皇の陵を設けるほどの関係を持つ場所なのか。近世に入っても様々に語られています。まず、『出来斎京土産』(できさいきょうみやげ)は、浅井了意によって延宝5年(1677年)に著された地誌で、京都の名所や寺社を紹介する書物です。別名として「京土産」「京みやげ」「山城名所記」とも呼ばれます。この書は、七巻七冊の構成で、京都の名所を巡る出来斎坊という人物が各所で狂歌を吟じる趣向凝らした内容になっています。その
2025.11.19前回のブログの続きです。天武天皇が気になるので、天武天皇が大海人皇子と言われていた時代壬申の乱で勝利したことをAIに🔴『壬申の乱を簡単に教えて』と聞くと『壬申の乱は、672年に天智天皇の死後、弟の大海人皇子(後の天武天皇)と息子の大友皇子との間で起こった皇位継承を巡る内乱です。この戦いは大海人皇子の勝利に終わり、天武天皇として即位し、中央集権国家の基礎を築きました。(🔴ここは私の考察ですが、大海人→海🌊という字から、海洋民族がらみ?では
壬申の乱(じんしんのらん)は、672年に天智天皇の死後、皇位を巡って天皇の息子である大友皇子(おおとものおうじ)と、天皇の弟である大海人皇子(おおあまのおうじ)が争った古代史上最大の内乱です。本来の皇位継承の慣例(兄弟優先)に反して天智天皇が息子の大友皇子への継承を望んだことなどが背景にあり、大海人皇子が吉野で挙兵し、近江朝廷の大友皇子軍を破り、勝利した大海人皇子は天武天皇として即位し、律令国家体制の基礎を築きました。争いの経緯背景:天智天皇(中大兄皇子)は、弟の大海人皇子を皇太
日本の伝統が息づく聖地、滋賀県大津市の近江神宮。折しも紅葉がまさに見頃で、楼門をくぐった瞬間、目に飛び込んできたのは、燃えるようなモミジの錦だった。朱色の外拝殿と真紅の葉が重なり合う光景は、遠く千三百年前、天智天皇の大津宮が炎に包まれた、あの壬申の乱の残光を今に留めているかのようだ。多くの国民は近江神宮といえば、小倉百人一首の聖地、競技かるたの殿堂、そして現代の文化作品『ちはやふる』の舞台というイメージが先行する。境内には末次由紀氏が寄進した歌碑が立ち、若い女性たちが集う光景が見られるが
読み終わりました。先日読み終わった(といってももう10月末でしたか、、、)「小説壬申の乱(星空の帝王)」:著樋口茂子が天智天皇の皇子、大友皇子を主人公に描いていたのが、女性である樋口茂子であったのに対してこの「額田女王(ぬかたのおおきみ)」:井上靖著では、井上靖という男性が女性の額田女王の目を通して描かれているのが面白い。作者は男性なのに、よく、妃たちの間にいる額田の気持ちの綾がわかってるなあ、、、と感心したり。この小説では、ほとんど真ん中くらいにやっと大
*奈良*ー15年ぶりの飛鳥古墳めぐりー⏬前回のレポ📝✒️はこちら⏬『*2025.11奈良*石舞台テラスでソフトクリーム@15年ぶりの飛鳥古墳めぐり』*奈良*ー15年ぶりの飛鳥古墳めぐりー⏬前回のレポ📝✒️はこちら⏬『*2025.11奈良*石舞台古墳@15年ぶりの飛鳥古墳めぐり』*奈良*ー15年ぶりの飛…ameblo.jpお次は飛鳥寺。⏬15年前も訪れた場所です⏬『☆古代遺跡が点在する飛鳥へ☆』今日は先日行った『飛鳥』の日記です今年3度目の奈良です今年は奈良に沢山行けました1
壬申の乱を読んでいた時にいただいたコメントでリコメンドいただいた額田女王(新潮文庫)額田女王(新潮文庫)文庫井上靖(著)を購入して今、読んでいる。とりあえず、壬申の乱」を紹介、本をくれた母にお礼にこの本を、、、と思っているのだが、なんせ、私。母と違って読むのが遅い。ということで、皇極斉明天皇について明日香を訪ねたYouTubeを発信している梅前佐紀子氏の著作皇極斉明天皇についてのフィクション物語皓月〈1〉―皇極・斉明天皇物語〈第1部〉
春過ぎて夏来たるらし白たへの衣干したり天香具山持統天皇(じとうてんのう)は、日本の第41代天皇(在位:690年2月14日-697年8月22日)皇室史上、8人10代の女性天皇のうち3人目の女性天皇。天武天皇(大海人皇子)の皇后であり、天智天皇の娘、天武天皇の姪にあたる。母は遠智娘(おちのいらつめ)であり、美濃津子娘とも伝わる。飛鳥時代に在位した持統天皇は、諱を鸕野讚良(うののさらら)。『日本書紀』天武天皇12年(683年)
感謝してます!まるかんのお店美来の中川典子です!いつもブログをお読みいただき、ありがとうございます「身体」「心」「魂」の三位一体で、人生を豊かにするお手伝いをしていますひとりさんの岩塩プレゼント!五龍神セット第二弾!「青龍セット」ご予約受付中です!『五龍神セット第二弾「青龍セット」ご案内!』感謝してます!まるかんのお店美来の中川典子です!いつもブログをお読みいただき、ありがとうございます「身体」「心」「魂」の三位一