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2026年10月9日(金)~11日(日)1日有休を取ってブロンズウィークを決め込み、琵琶湖東側の城攻めに行ってきました。10月9日長浜城、佐和山城(西)10月10日彦根城、佐和山城(東)10月11日安土城10月10日(土)2日目、彦根城攻めの後は城下町を散策します。まずは、玄宮園から。玄宮園(楽々園)御書院玄関城下町散策といいつつ、正確にはここはまだ城内(城郭内)になるのかな?二の丸と同じ曲輪にある広大な庭園です。御書院・地震の間・
2026年10月9日(金)~11日(日)1日有休を取ってブロンズウィークを決め込み、琵琶湖東側の城攻めに行ってきました。10月9日長浜城、佐和山城(西)10月10日彦根城、佐和山城(東)10月11日安土城10月10日(土)2日目は、朝一から彦根城攻めです。国宝彦根城天守彦根城は以前、親父さんを含む一家で長浜城下町を散策したタイミングで行きました。今回で2回目の登城です。佐和口多門櫓(左、重要文化財)と佐和口門の二重櫓(復
2026年10月9日(金)~11日(日)1日有休を取ってブロンズウィークを決め込み、琵琶湖東側の城攻めに行ってきました。10月9日長浜城、佐和山城(西)10月10日彦根城、佐和山城(東)10月11日安土城10月9日(金)佐和山城を西側から攻めて行きます。走った甲斐あって出発時刻2分前に長浜駅に到着。彦根駅に向かいます。彦根駅の大バナー(ピンボケ)「石田三成の城佐和山城」いったんチェックインして攻める予定でしが、佐和山城の山登り
2026年10月9日(金)~11日(日)1日有休を取ってブロンズウィークを決め込み、琵琶湖東側の城攻めに行ってきました。10月9日長浜城、佐和山城(西)10月10日彦根城、佐和山城(東)10月11日安土城長浜城内を出て城下へ。黒壁スクエアこの辺りは趣のある建物が散在します。黒壁スクエアから北国街道を南へ安藤家屋敷(長浜歴史遺産)安藤家は秀吉から町の自治を任された十人衆の一人。安藤家屋敷室町時代から続く旧家・豪商で、あの北大路
2026年10月9日(金)~11日(日)1日有休を取ってブロンズウィークを決め込み、琵琶湖東側の城攻めに行ってきました。10月9日長浜城、佐和山城(西)10月10日彦根城、佐和山城(東)10月11日安土城広島駅を出発し京都駅で東海道本線に乗り換え長浜(滋賀県)を目指します。長浜城長浜には以前、親父さんが存命のとき、一家十数人で行ったことありましたが、長浜城には立ち寄っていませんでした。雨が降っていたし、その頃はお城よりも古い町並み
台風のため、空港まで行って引き返してきた沖縄旅行。(詳しくは2つ前のブログをご覧ください←というほど、たいした話でもない)すっぽり3日間、予定が無くなりました。たまには家でのんびり〜〜なんて、出来るかぁぁー!時間を無駄にしている⋯!タイムイズマネー⋯!空港から引き返してきた1日目にはすでにそんな状態でございました。本当ならば今ごろ那覇について、読谷に向かうバスの中だな。とか考えると、タイムイズマネー⋯!感がすごい。一度しかない人生の時間を無駄に過ごしていると思ってしまう。
【新版】中国に勝つ日本の大戦略Amazon(アマゾン)◆北野幸伯さん新刊『新版・中国に勝つ日本の大戦略』に注目します。★ポイント→本書の目的は、第一に、尖閣、沖縄を守りつつ、「日中戦争(実際の戦闘)を回避すること」。第二に、やむを得ず戦争(戦闘)になっても、勝てる道を示すことです。・孫子はいいます。<上兵は謀を伐つ。其の次は交を伐つ。其の次は兵を伐つ。其の下は城を攻む。城を攻むるのは已むを得ざるが為なり。>意味は、「最上の戦いは、敵の謀略を読んで無力化するこ
2026年9月20日(日)~22日(火)シルバーウィーク5連休の中日3日間で、九州の城を攻めてきました。最終日最後の城、計6つ目は延岡城です。延岡城千人殺しの石垣この写真は、5枚目の写真から消しゴムマジックで車と看板を消したものです。消しゴムマジックすごい!宮崎市内のホテルを出て約1時間半、北駐車場に到着です。延岡城内堀跡北大手門内堀跡横の道を上がって行くとすぐに大きな門が見えてきます。北大手門東側石垣この石垣の石にはたくさんの刻印
2026年9月20日(日)~22日(火)シルバーウィーク5連休の中日3日間で、九州の城を攻めてきました。2日目の3つ目、計5つ目は綾城です。駐車場に着いたのが16時35分。開場は17時までで25分しかありません。急いで回らなければいけませんが、券売所に係の人がいません。近くを探したけど見つからなかったので、出るときに支払うことにして先を急ぎます。綾城天守前の冠木門綾城天守(模擬天守)南北朝時代の築城とされており、天守があったという記録はないが
2026年9月20日(日)~22日(火)シルバーウィーク5連休の中日3日間で、九州の城を攻めてきました。2日目の2つ目、計4つ目はこの城。飫肥(おび)城大手門(復元)東九州自動車道を走って臼杵から3時間弱、遠かったです。SAやPAが少なすぎる。結局ノンストップで走りました。空堀大手門の横にはこのような空堀があります。大手門枡形大手門をくぐると、枡形の広さにびっくりしました。枡形奥の石段この石段も広い!石段上から枡形地方の
毛利氏の麾下として活躍し、織田信長さまに追放された足利義昭が鞆に入ると義昭の警固と接待役を務めた嵯峨源氏の流れを汲む渡辺氏の居城一乗山城。後半戦参ります。お休み処曲輪(Ⅱ郭)から北東の犬走りを歩いて行きます。犬走りの本丸東面切岸下辺り。大石垣はこの辺りのはずですが・・・転落石が散乱してる。その切岸には石があるのは分かるが、大石垣だけに斜面を覆いつくす石垣を想像してたのじゃ!これは大石垣が大崩落したのかぁそれに草で隠れて石垣が見えん状態になってる感じ。
2026年9月20日(日)~22日(火)シルバーウィーク5連休の中日3日間で、九州の城を攻めてきました。2日目の1つ目はこの城。臼杵城(うすきじょう)臼杵城は丹生島という島に造られた城で、干潮の時だけ陸続きになっていたようです。城入口(古橋口)の岩盤がそれを物語っています。鐙坂(あぶみざか)畳櫓(現存の櫓)大門櫓(復元)鐙坂を上がると畳櫓があり、すぐ脇に大門櫓(櫓門)があります。この櫓門をくぐると臼杵城の二之丸(西之丸)。井
2026年9月20日(日)~22日(火)シルバーウィーク5連休の中日3日間で、九州の城を攻めてきました。初日2つ目の城はここ。杵築(きつき)城前の中津城から約1時間15分、杵築城に到着です。杵築城登り口ここは裏口(搦手)になるのかな?登城路を上がって本丸を目指します。杵築城天守石碑には「木付城趾」と書かれています。これは、もともと木付氏が築城した、「木付城」だったためです。幕府が間違えて「杵築」としたため、それから杵築になったようです
2026年9月20日(日)~22日(火)シルバーウィーク5連休の中日3日間で、九州の城を攻めてきました。まず1つ目は、ずっと気になっていたこの城。中津城Instagramとかでたまに表示されて、いい天守の城があるじゃん!と思ってて、いつか行こうと思ってました。で、折角行くならいくつか攻城しようと、今回の九州城攻めドライブを計画。一応予定では、8つの城を攻めたいなと、ただそのうちの2つはオプションで、もし時間があったら、的に考えて出発です。9月20
歴史のテレビ番組は好きなのですが、磯田道史先生の番組は特に面白いですね。先生が歴史の現地に行くBS日テレの「磯田道史の歴史をゆく」は特にはまっています。現地に行った磯田先生はテンションが高くて、楽しいし話もわかりやすくて、なぜBSで?もったいない。テーマの選び方も興味をそそるものばかり、地上波で放送したらいいのにとホント思います。古文書読めるようになりないわー。その番組中、磯田先生は小牧長久手の戦いでのテーマで小牧山城を訪れていました。この戦のときに徳川軍が築いた二重の土塁が一部
2026年9月12日(土)サークルの45周年パーティーに参加するため、京都に行ってきました。でも、パーティーのためだけに行くのはもったいない。ということで、その前後でいろいろと計画をたてました。淀城天守台(堀外から)城攻めにはまっている私。京都の城といえば二条城ですが、そこは昨年、徹底的に回ったので、今回は別の城へ。まず思いつくのは「伏見桃山城」。地図を見ていると「淀城」もありました。京都中心部からだと同じ方面なので、2日目に2つの城を
永禄十二年の白秋も穏やかな昼下がりのことである。信長は多気城に上がって真福院がうもれている杉平の方を見ていた。淡い霧が灰塊の雨雲をよんで、錆びはじめた桜葉を濡らそうとしていた。信長の心中が穏やかであろうはずはなかった。誰彼を失ったことは今にはじまったことではない。茶箋丸を北畠にいれたことを恥辱と見せかけることは一度でよい。しかし、この狂乱せんばかりの後味は何だ。あそこが竜蔵庵口とか…あのあたりが魔虫谷とか…なにも見えない。何故、こうも城攻めは早くから苛立たせるのか。こうなることが分
AI添削版(AI-correctedversion)MyTopThreeFavoriteCastlesoftheFirstHalfof2026Theotherday,afterdoingaworkoutthatIcall“CastleSiegeTraining”atAkashiCastle,Istoppedbymymother’shouseandhadadrinkintheevening.Ipaireda
先日のお盆休み。ボクの通うフィットネスクラブでは、スタジオレッスンがすべて中止になり、エアコンの故障原因の調査が行われていました。そう。あの「エアコンなし地獄」のスタジオです。結局、約1か月もの間、エアコンが故障したままスタジオレッスンが続けられていたことになります。今思えば、よくやっていたな、ボクたち。もしかすると、知らないうちに、「エアコンなし耐久トレーニング」という、特別メニューを受けていたのかもしれません。そして、スタジオレッスンが中止されてから二日後。つい
明石城の城攻めトレーニングを終えたあと、「本日の戦は終了!」ということで、ボクは実家へ向かいました。城を攻めた後は、やっぱり腹が減る。というわけで、実家で晩酌です。この日の料理は、キノコとナスと鶏肉の炒め物。そして、お酒は甘めの大関のモモの日本酒。さらにメインのポークステーキには、「やっぱり肉にはビールでしょう!」ということで、ビールを合わせました。今回のお酒と料理の組み合わせは、まあまあ良かったです。前回の晩酌から、ちゃんと学習しています。どうやらボクは、「酒
朝霧駅から大蔵海岸、旧波門崎燈籠堂を巡り、いよいよ今回の「城攻めトレーニング」も最終目的地へ。もちろんゴールは、明石城です。明石城といえば、ボクにとっては地元のお城。子供の頃から何度も訪れている、いわば「よく知っているお城」です。……と思っていました。ところが今回、あらためて明石城に行ってみようと思ったキッカケは、あるブログの記事でした。その記事を読んでいて、「ん?」と、気になることが。どうやら、明石城の石垣って、ボクが思っていたよりも、ずっと長いんじゃないか
朝霧駅から大蔵海岸を経て、海岸沿いを歩く「城攻めトレーニング」の続きです。朝霧駅を出発してから、歩くこと約30分。汗をかきながら歩いていると、ついに明石港が見えてきました。明石港には、細長く伸びたいくつかの突堤があり、その先には赤や白の灯台が立っています。海と灯台。なかなか絵になる風景です。しかし、今回のボクには、普通の灯台を見るために歩いてきたわけではありません。今回の「城攻めトレーニング」で、どうしても見ておきたかったものがあるのです。それが、「旧波門崎
AI添削版(AI-correctedversion)Theotherday,aftervisitingtheAkashiKaikyoBridge,IwalkedfromAsagiriStationtoAkashiCastlealongthecoastaspartofwhatIcallmy“CastleSiegeTraining.”First,IwalkedalongOkuraCoast.Fromthere,I
宿(四日市港第二船員会館)に向かう途中いなべ市の道の駅で休憩中ゲリラ豪雨に道路から湯気があがってたホテルに入る前に「まぐろレストラン」で盛合せ刺身定食をいただいてからホテルに移動今回は素泊まりのみ部屋には冷蔵庫やトイレやユニットバスありません(全て共同)朝8時頃から部屋の掃除に入るので(9時チェックアウト)起こさないでくださいの立て札をドアにかけておく事をオススメします(ドア開けられました)その後は4ヶ所城攻め(ニッポン城めぐり)してから大垣にある「麺屋みつる」でラーメン食
明石海峡大橋をたっぷり堪能した後、普通なら「今日はもう十分楽しんだ!」となるところですが……ボクには、まだ目的地が残っていました。そう、「城攻めトレーニング」です。橋を満喫したら、今度は城。我ながら、なかなか忙しい観光です(笑)。明石海峡大橋の近くにある舞子駅から、隣の朝霧駅へ移動。ここから海岸沿いを歩いて、明石城を目指します。朝霧駅を降りると、まずは歩道橋を渡って大蔵海岸へ。すると東の方向には、先ほどまでボクが歩いていた明石海峡大橋が見えます。さっきまで橋の上に
旅のはじまりは岸和田城です。何度か行った事はありましたが、『見る』って事はしてなかったですね。『見る』と意識して初めてのお城が岸和田城です。岸和田城について書いておきますお城は豊臣秀吉ゆかりの城で、紀州討伐時の拠点に使われていたお城です。今は天守閣は3層ですが、建てた当時は5層だったようで、今よりも迫力のあるお城だったようです。お城は大きさで強そうって判断しがちですが、役割で大きさが違うようです。役割は大阪城は「司令部」岸和田城は「重要な基地」簡単に言うと、大阪城は政治拠点だ
第2次信濃城攻め20262-1からのつづき信濃国の城攻め2日目後半松代城駐車場で車のナビ設定今度は信濃を諏訪方面へ南下していく当初の計画では、あと3城移動時間も考えると厳しいかも?残り3城の中には松本城も日曜日で混んでいるかも松本城は10年前に来ているし国宝なのでまた家族とかと来る機会は必ずあるだろう
うわぁ❗️❗️❗️すごいのキターーーッ(≧∇≦)🪩全キャスト解禁🪩バケモノ級の歌の猛者たちが、VOICEMONSTERの称号を懸けて激突💥✨VOICEMONSTER公式X🪩全キャスト解禁🪩バケモノ級の歌の猛者たちが、VOICEMONSTERの称号を懸けて激突💥✨😈歌の猛者たちを導く謎多き男・森瀬ムネヒト役#西川貴教@TMR15😈大ベテランのアニソン歌手・影沢マサト役#佐藤隆紀@V_T_Sato😈演歌の貴公子・真白ツキト役#蒼井翔太@shouta0811aoi…
岡山城を満喫したあとは、いよいよ日本三名園のひとつ、岡山後楽園へ向かいます。岡山城から後楽園へは、旭川に架かる月見橋を渡っていきます。この橋がまた実にカッコいい。まるで鉄骨の鉄道橋のような重厚なデザインで、橋好きのボクとしては思わず足が止まります。どうやら塗り替え工事の途中だったようで、西側はシックな黒色、東側は昔の面影を残す薄い青色。「ビフォー・アフターを一度に楽しめる橋」という、ちょっと珍しい状態でした(笑)。そして、この橋から眺める岡山城がまた絶景。漆黒
備中高松城跡をあとにして、次なる目的地は、岡山城。さっきまで歩いていた備中高松城跡は、「ここに城がありましたよ~」と想像力をフル回転させるタイプのお城でしたが、岡山城は違います。立派な石垣があり、現存する櫓があり、そして目の前には堂々たる巨大天守。「同じ城でも、ここまで違うのか!」と思わず笑ってしまうほどのギャップです。JR岡山駅から少し離れた路面電車の乗り場へ向かい、岡山電気軌道(岡電)東山線で城下まで移動。普段見慣れている広島電鉄や熊本市電と比べると、