ブログ記事970件
お立ち寄り下さりありがとうございます断捨離®︎トレーナー講習生山梨県市川さおりです2025年1月6日仕事始めの日みぞれまじりの雨空です職場にて新年の挨拶を終えたところに以前担当させて頂いた方のご家族より「12月31日義母がなくなりました。」とご連絡を頂きました。御年96歳の笑顔が素敵な方でした。愛用の歩行車で自宅近くにある畑へ、ほぼ休むことなく出かけていた働き者。果樹農家に嫁がれ「よく働
こんにちはタイトルの通りです2024年12月19日(木)9:06母が息を引き取りました前回のブログ(12/13)で月単位とか週単位とか書いてたけど日単位でした12月に入って急激に弱っていった母脚にものすごい湿疹が出来始め足の甲から膝上までバァーッと広がった痛みも伴い歩くのが辛くなった恐らくこの時が治療薬ジオトリフによる身体の限界だったのかもと今なら思える手引介助で歩いて行ってた目の前のトイレも車椅子移動になりました訪問診療医の指示で12/6から酸素を
アラ還世代の女性達へ生活や仕事で抱えている生きづらさ手放しましょう「今日から、自分ファースト!」~あなたらしさを創る~をサポートします【アラ還世代女性】のメンタルトレーナー(カウンセリングとコーチング)花田郁枝です訪れていただきありがとうございます_______アラ環のあなた♪「心のしこり」をほぐしませんか?「自分の人生をもっと大切にする」
2024年12月21日(土)3年前にも小笠原文雄先生の講演を少し聴いていますが、今回はたぷりと。糸貫ぬくもりの里に9時半ごろに到着。福祉啓発事業講演会最後まで家で笑って生きたいあなたへ~なんとめでたいご臨終~■日時:2024年12月21日(土)10:00~12:00■場所:糸貫ぬくもりの里(岐阜県本巣市上保1261番地4)■入場料:無料(要申込)人は誰もが暮らしたいと願うところで、温かい最後を迎えられたら、なんとめでたいことでしょう。在宅看取りを約2,000人、一人暮らし
12/14の昼に女性ヘルパーさんにひげを剃ってもらいながらそのまま息をひきとった。幸せな最期だった。92歳。寿で何年を過ごしたのか?どこに生まれてどんな人生を過ごしてきたのか?私は一切分からない。分かっていることは。5年間〇〇介護のひとたちがこの患者さんのおせわをしていた。視力障害。ひきこもり。高血圧。高尿酸血症。慢性腎臓病。絶対入院拒否。そもそもは、寿町のど真ん中の福祉センターの診療所に通院中。本人の意志に反して、むりやり連れて行かれて高血圧と
今日のBGMは、この歌しか思い浮かびませんでした。今日は、ふと思い出した患者さんのことを書いてみようと思います。7~8年前のことです。当時、訪問看護で担当していたしんさん。100歳近かったと記憶しています。これといった病気があったわけではなく、老衰と思われる状態で、寝たきりとなっていました。介護者であるお嫁さんは、視力に障害があり、ぼんやりとしか見えていません。私が訪問を始めた時点で、すでにしんさんは殆ど食べ物を受け付けない状態でした。そ
父、11/27(水)に永眠しました。お昼に介護タクシーで自宅に戻り、その日の夜に永眠しました。自宅で最期を迎えたいと言う願いを、ギリギリ間に合いました。主治医や看護師さん、在宅医療の先生や在宅看護師さん、ケアマネさん、薬剤師さん、父に関わる全ての皆さんが迅速に対応してくれたお陰です。感謝しかありません。本当に、ありがとうございました。癌と分かり約1年2ヶ月。入退院を何回も繰り返していましたが、最期まで父は前向きに諦めずに頑張りました。とても優しい父。警察官で真面目な父。町内の理事
にのさかクリニック公式ブログ、略して「にのログ」院長二ノ坂建史です。今日は、「在宅ホスピスボランティア養成講座」の講師を務めました。福岡県主催の講座です。僕の担当は「症状緩和と薬の理解」というテーマのひとコマでした。薬については、医療用麻薬のことを中心に。医療用麻薬については、とにかく正しく理解すること。すなわち、誤解や偏見を解くことから始めました。“命を縮める”、“意識がおかしくなる”、“中毒性・依存性がある”などといったことがもっともらしく言われることがありま
今日はある知り合いの男性から義理のお父様の看取りをされた話を伺ってきました半年前に会った時に①義理のお父様がガンを患いすでに末期だけど義理のお父様自身はお医者様でまだまだ頑張るんだという気持ちが強くでも身体の痛みが出て大きな声を出してしまったりと医療者を困らせるようになっている②奥様は子ども時代に父親のしつけが厳しく精神的なトラウマがあり過呼吸とかの症状もあり結婚してからはある程度の距離を取りながらご実家とお付き合いされていたけどお父様が病気となり実家に関わる頻度が増
こんばんはいつもありがとうございます今日は、東中野駅へあなたのおみとりをみてきました。ドキュメンタリー映画あなたのおみとり村上浩康監督作品|あなたのおみとりドキュメンタリー映画「あなたのおみとり」村上浩康監督作品2024年9月ポレポレ東中野ほか全国順次公開ドキュメンタリー映画あなたのおみとり介護葬送OmitoriMoviewww.omitori.comポレポレ東中野昭和を感じる映画館2回目の人は座席を静かにおろすけど私を含めてはじめての人はバーンて音が
今日のBGMはこちら。クリス・ハートさんの「旅立つ日」心にしみます。先月、旅立たれたお父さんにお線香をあげるためと、お母さんのお顔を見に、訪問させていただきました。最期の時には立ち会えなかったので、ご挨拶もかねて。久しぶりにお会いするお母さんは、さみしそうで、ちょっと元気がありませんでした。遺影は1年ほど前の写真だそうです。ちょっと気が短くて、道理に反することがあると、かっとして大きな声を出してしまうお父さん。でも、本当は人情味にあふれ
父が亡くなりました症状出現してから5年目、難病を申告されて3年半でした。6月の末に自宅介護を選んだから2ヶ月。退院時は余命は1カ月と伝えられていたことを考えると頑張れたと思います。難病の為に1日1回の訪問看護さんが入ってくれたおかげで最後は拘縮も少しやわらぎ発語もありました。母は今でも自分の介護の事を責めるけどこれだけ夫に尽くせる人もいないだろうと。訃報をきいて帰省してから2週間、とても不思議な事が起こりました。またアップできたらと考えてます
職場でのパワハラ、モラハラ、環境の悪さで、ストレスMAXになり元々の適応障害と母が亡くなって気力も無くなってしまい、それでもなんとか…なんとか気力を振り絞って会社へ出勤していたが年上同僚のあり得ない言動で、ピンっと張っていた糸が切れて退職を決めた。この人からのモラハラは9年前の入社当時から。昔から腰が悪く悩んでいた私に対して馬鹿にする言動。上司にはこれが原因だ!と話したら、上司は酷すぎる…と唖然とした。退職して約半年、医療、福祉関係の仕事に就くことになった。前に一度、求人が出て
こんにちは4日からスーパーセール✨見た見た見た見た〜朝から観ました〜!!ブルーロックセット1-29巻【3000円以上送料無料】楽天市場${EVENT_LABEL_01_TEXT}話は、シーズン1と同じ時系列ですすむので、内容も結末も分かってるんですが、凪視点からのブルーロックと気持ちの変化が描かれてて面白かったですレオ頑張れ〜さて。この話の続き『主治医に母のことを相談した結果』こんにちは本日、次男くん(小6)の最近、眠りの質が悪い自分に合った枕が欲しいとの訴
今日のBGMは「旅立つ日」クリス・ハートさんの声が心にしみます。「最期まで家で暮らしたい。入院はしたくない。」同じ願いを持っていた2人のお父さんが、同じ時期に旅立たれました。ひとりの方は、旅立つ直前まで自分で動き、ガリガリ君を食べ、お話もされていました。『希望の光』今日の歌はBGMでどうぞ長く続けてきた化学療法をやめると決めてから数週間。少しずつ、病状は進行してきました。それでも、お父さんは訪問するたびに「昨日…ameblo
2部に分けて投稿しています本文はこちらです緩和ケア専門的緩和ケア・専門的緩和ケアとは、担当医師や看護師から提供される基本緩和ケアでは苦痛を緩和することができない患者様やご家族に向けたケアです。・特別なトレーニングを受けた専門医師、看護師で構成される「緩和ケアチーム」により提供されています。緩和ケアチーム・緩和ケアに関して主治医や病棟スタッフらと支援する多職種チームです。・がん診療連携拠点病院には、設置が義務付けされています。・チームの介入方法は
お盆休みの最終日、8月16日。台風襲来の日に、大雨、強風の中、立て続けに2人が逝った。〇さん80歳は7/31付けの紹介状を持って来られ8/8から訪問診療開始したばかり。病名は発達障害の疑いアルコール依存症精神科入院歴*3陳旧性脳梗塞。今年1月にコロナ感染を契機に肺がんが発見された。肺がんには放射線療法がなされた。7月から食欲低下高度脱水食道カンジダのためかかりつけ病院への通院不可能のため、担当ケアマネさんが、看取り前提で当院へ連れてきた。めずらしく生活保護
お盆だからなのかな?とても寂しい2、3日前から涙が止まらなくなる…母は硝子製品が好きで硝子の小物を集めていた。マンションに引っ越す時母が、ずっと憧れてたの!と母が好きで集めていた硝子製品を飾る硝子の飾り棚をリビングに置きほとんどの小物を実家から持ち込んで硝子小物をマンションのリビングに飾り生前、素敵〜とニコニコしながら眺めていた。その飾り棚の上に今は小さな仏壇を置いている。仏具も硝子にした。お盆ようの飾りも硝子✨お母さん!素敵でしょ!と毎日、手を合わせている。
こんばんはいつもありがとうございます社会福祉士国家試験の手引書がきた。感無量提出は9月5日から忘れないようにマイ自転車で来週の場所の確認。最近のマイブーム、この坂を周りをキョロキョロ誰もいないことを確認してから風をきりながらブレーキかけないで行くぞーと負けないぞーおりる私完全にあやしい。風と夕日で気持ちよい。良い子は危ないからマネしないでくださいね🙏リアルで私を知ってる方は想像してね◯◯さん、特指示を利用したら回数多くサポートできますよ。医療保険に切り替
前回からのつづき認知症の終末期を精神病院のベッドでひとり過ごす母。医師から告げられたおおよその死期は超えています。娘の後押しもあり、母を在宅で看取ると決めた私。急ピッチで受け入れの準備は完了していたのですが。結論から申しますと、母は亡くなりました。入院患者の叫びで喧騒渦巻く病棟の一角で。父も母も在宅での看取りは叶いませんでした。穏やかな晩年家族の記憶温かな笑みふくよかな身体を母から奪い不安怒り孤独焦燥感恐怖で母を覆い尽くした認知症という病が私は心底
一連の流れと言えば一連の流れですが、4月初旬の母親の不調から、検査入院→在宅看護→在宅看取り→葬儀→年金手続き(今ココ)です。あっという間に6月中旬から、又、新たなステージ(相続整理)の準備が始まってしまいました。(バンコク近くサムットプラカーン県のワットサーカラーにて)母親が末期ガンと言われた辺りで、当然予想されるステージでしたが、私自身は、在宅介護から始まり、看取り、葬式と、次々と現れる目前の課題への対応だけで手いっぱいの日々でした。ただ母親関係も葬式が一段落して、次の課題は
在宅看取りを経て葬儀を経て数週間、だんだんと振り返る事が出来る時期に入って来たと思います。勿論まだ母親を看取ってから、3週間時点の私の感想です。何事にも良し悪しがあると思うので、先ずは良かった事から。(今年1月15日タイに出発の成田空港で)①先ずは今回、旅立ちの瞬間に子供達で立ち会えたのは、偶然だったのかもしれませんが、最後まで看取る事が出来たと思え良かったです。もし旅立ちが私達の就寝時になっていたとしても、翌朝に気付いて、いずれにしても「最後まで一緒にいて介護した」と思えた事でし
今回在宅看取りが出来ましたが、その在宅介護の経過について、改めて思い返しています。介護に向けた我が家の用意が整ったのは、退院の前日でした。予め自宅の平面図を作成して渡していた事もありますが、福祉用具屋さんは的確に機材を運び込み数時間で受入れ準備は済みました。用意した手摺り棒の内、一本を持って帰った以外は、ほぼ福祉用具屋さんが予め想定した内容の通りでした。介護ベッドは、状況によってベッドの使い方も変わるので、3モーターを選んでおいて良かったと思います。また手摺り棒の設置は、な
父の入院先主治医からは『療養型に転院』が最善との見解。管に繋がれベッドに横たわる母の姿がふとあたまをよぎる。医療により生かされている母の姿が。今受けている医療行為も在宅ではできないものがあると承知。主治医の意見も理解した上で在宅で看るとの想いを伝えた。ケアマネージャー訪問医師訪問看護師これらについては主治医が作る診療情報に基づいて病院の専任職が決めてくださるそうだ。我々親子の最期の時間を伴走してくださるケアマネや医師、看護師に巡り会えることを切に願う。先に走って行
5月18日(土)デスカフェ☆☆終活(修活)コミニュティ・マザーリーフ(幸せの葉っぱ)主宰の小平です連休中に、主宰するコミニュティの会員さんでもありますがプライベートでもとっても大切な方のお見舞いに出かけました在宅介護のチーム作りのお手伝いをしているので直接会ってお話をしながら状況の把握をしたい出かけて改めて感じたのは、ケアマネさんの力量の事力量が足りないと思ったら(それすらもわからない方が大半)此方でお願いしていくしかないのです介
天気に恵まれどこも混雑のGWは今日で最終日。旗日の月曜は外来仕事。本来の目的は寿のおじさん達の皮膚処置や定期注射のために、創立以来開けている。ところが最近はその目的よりも、最近はむしろ休日の皮膚科救急として、一般患者さんの初診が多い。その初診の間にサボってたブログ。この間3人の患者さんが鬼籍に。GWは二人。ひとりは、HYさん80歳男性南区簡易宿泊所住人。高度認知症と老衰。昨年秋に転倒。その際の緊急CTでは急性硬膜下血腫なし。今年に入ってからさらに認知症は進
患者さんと接する中で、日々いろんなことを考えます。患者さんもいろんな人がいて、たとえ同じ病気の人でも、病気に対する考え方、受け止め方などひとりひとりちがいます。性格も、それまでどうやって生きてきたのかも、家族関係も、みんなちがいます。私はその方が、少しでも痛みや苦しさが少なく、病気がありながらも、日々の生活の中で、ホッとできる時間や、楽しみを見つけて、心穏やかに過ごしてほしいと願っています。私たち医療者は、その方にこれから先、どのような病状の変化が起こって
在宅介護と在宅看取りの現実本人は望んでいても家族が…癌に限らず病気で入院している家族がいたら、ほとんど言われてるのかな?と思います「家に帰りたい」と…家族にそう言われたら帰してあげたいって思いますよねでも現実の壁は…私の母も入院生活において大体二言目が「家に帰りたい」でした前から常々言っていたので最後は家がいいと私も含め家族みんなが在宅介護を受けながら在宅看取りをしてあげたいと本気で思っていました今年の3月初め頃担当医の先生に聞いてみたことがあって私「在宅看取り
軽度認知症の義兄の世話をしながら癌末期の姉の介護をするのは自信がない義母の妹の気持ち十分に理解できます。義母の妹は現役を退きましたが看護師です。そのためなのか義母にできる限りの事をしてあげたかったのだとは思います。4/16夜義母の妹に付き添いをやめて自宅に戻るように翌朝の担当医師の回診時に在宅ではなく転院したいと伝えてと話しましたが翌日4/17の日中義母の妹からなんの連絡も無かったので私は不安になり夕方病院のソーシャルワーカーへ電話して転院の話しが出てい