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【8月9日】滋賀県甲賀市にある東海道伝馬館へ。
500城址攻城ブログ🏯(東日本編・中日本編・西日本編)378城目は水口岡山城ですよぉー城巡りの舞台は忍びの里へ。。言うても甲賀流忍術とは無関係で1585年に築城された連郭式山城2年半前に訪れた水口城とは全く別モノで歴史的にはコチラが古いようです登城口は幾つかございますが駐車場完備の南登山口から登城開始~本丸跡まで約15分の登城道は整備抜群道中では逐次アニメキャラがお声掛けなんかの石碑おしゃんてぃトイレ西の丸跡を過ぎるとほどなく主郭エリアへ西
500城址攻城ブログ🏯(東日本編・中日本編・西日本編)377城目は土山城ですよぉー秋の山城三昧の旅は滋賀県へ。。阿坂城跡から伊勢自動車道~名阪疾走し土山地域市民センターへピットインこちらに車を停めますと登城口までは歩いて10分ほど。。とまぁココまで順調でしたケドはて?民家裏ですケド?どっから入んのかしら??まさかのココ??藪やん( ̄▽ ̄)地図見る限り他に入城口見当たらず仕方なしに藪の中へダイブ。。。ただ藪漕ぎは実質3m程度で
500城址攻城ブログ🏯(東日本編・中日本編・西日本編)376城目は阿坂城ですよぉー標高約300mの山頂に築かれた南北2つの郭からなる北畠氏の居城で北郭は「椎ノ木城」、南郭は「白米城」とされ総じて阿坂城と呼ばれる台状の山城跡登城口は浄眼寺近くにあり約20台の駐車場は既にほぼ満車地元民に人気のようですな標準山行時間が1時間50分ってことで久ぁしぶりにYAMAPアプリ立ち上げ9:07AM登城開始ぃ~登城ルートは迷いようない1本道整備も行き届いております
500城址攻城ブログ🏯(東日本編・中日本編・西日本編)375城目は大河内城ですよぉー旅は2日目。。。夕べからキョーレツに喉が痛く軽く風邪ひいてる自覚ありつつも沖縄の時みたいな重症でもなし身体動かしてれば麻痺するかしらねってことで山城登城三昧の1日スタートっ前泊地の松坂駅前トヨタレンタカーさんで今回はルーミーを拝借し15分ほど走り大河内市民センターへコチラに車を停め大河内城跡へと登城口まで歩いて数分ほど寒ぃケド秋晴れの心地良い朝搦手門よ
500城址攻城ブログ🏯(東日本編・中日本編・西日本編)374城目は鳥羽城ですよぉー今年13回目の旅は三重&滋賀へ例の如くパヤパヤ観光地は避け地味ぃ~に城跡&秘境を巡るでね旅立ちは品川8:55発のぞみ63号10:25に名古屋到着しホーム上喫煙スペースで一服し名古屋10:37発快速みえ5号に乗換え鳥羽駅には12:41到着ぅ~2017年乗り鉄以来7年半ぶりですかな鳥羽城へは駅から歩いて10分弱と過去の城址巡りと比較するとお手軽アクセスなんですけど超
土山城に行ってきました。滋賀県甲賀市にあります。まだまだ暑い🥵ですが、三連休に家にいるのも、どうにも我慢出来ず…現地の天気予報は小雨でしたが、攻城してきました🔥🔥🔥この日は、土山城以外に音羽野城・村雨城・寺前城・望月城と効率よく攻城することができて、結局雨にも降られず、どのお城も楽しめて良かったです😊登城口はここです。郷中の狭い道沿いにあります。事前の下調べで駐車場がないのは分かっていたので、200mほど西側にある墓地の空きスペースに停めて、歩いて来ました。場所はここって出来たらいいけ
『大和の城その2高取城』高取城7:11-7:54前回訪問時は道路のつきあたりまで行けたのですが、今は車は八幡口の先には進めないようにバリケードがはられており、八幡口からの歩…ameblo.jp『大和の城その3布施城→大和郡山城』『大和の城その2高取城』高取城7:11-7:54前回訪問時は道路のつきあたりまで行けたのですが、今は車は八幡口の先には進めないようにバリケード…ameblo.jp『大和の城その4豊田城→龍王山城』『大和の城その2高取
廃城をゆくベスト100城という本を貸りた。伊勢遠征の同行者が、その日行った2城が掲載されていると教えてくれたので、他にはどこが掲載されいてるのか見たくなって。ネットで調べると「廃城をゆく」はシリーズで6まで発刊された後、このベスト100を出し、その後にも7と8が出ている。驚いたのは、いつもお世話になっているサイトの管理人さんたちが共同で執筆しておられたこと。管理人のお名前とお住まいが記載されていたこと。・埋もれた古城の本間朋樹さん(千葉県)・ちえぞー!城行こまいの本間千恵子
土山城跡令和4年9月26日拝受御城印『土山城跡』※東海道伝馬館、民芸・茶房うかい屋にて頒布。土山城址碑滋賀県甲賀市土山町北土山1788御朱印ランキング※掲出の御朱印はこの日この時頂いた「一期一会の御縁」で、今現在も頂けるとは限りません。観光寺社以外は、基本的にアポイントを取ったうえで、先方の御迷惑にならないよう自己責任でお参り下さい。
滋賀県甲賀市土山町、旧東海道土山宿の北方に、土山城跡があります。滋賀県甲賀郡教育会編『甲賀郡志』(1926年)*第17編を見てみると、第二十節土山氏砦址土山町大字北土山字新池の東北方岡上に在り。東西三十間南北二十五間にして現時は松杉等茂生す。内湟外湟の如き阯猶存し(略)文明年間頓宮利盛の二男土山鹿之助盛忠砦を築きて之に居り。天正年間同左近太夫盛綱に至り瀧川一益の爲に亡され(略)廢毀に歸し、後孫民籍に下れりと云ふ。現地に立つ、甲賀市教育委員会・土山の
滋賀県甲賀市にあった土山城完成#滋賀県甲賀市#お城#近江土山城#イベント#ジオラマ
滋賀県5城の製作の続き水口城、永原城、打下城、鳥居平城、土山城
滋賀県の城打下城、鳥居平城、土山城の下塗りも完了
滋賀県打下城と土山城の縄張り製作中
Tetsu龍でございます。この日のメインは土山城。土山氏は一つ目の音羽野城主、頓宮四方之介利盛の二男、土山鹿之助盛忠を祖とする甲賀の名門やそうです。天正10年(1582年)に滝川一益に攻めれれて落城しています。この城址碑の左横から通路を通って城に入っていきます。15メートルほどで説明版が甲賀の城は単廓の城が圧倒的に多いんですが、ここは小牧長久手の戦いのときに改修されて秀吉が在陣したという説もあるとか。角馬出しがあるのが特徴です。土塁や、二重堀切も楽しい!
正月の寒波で雪中行軍となりました、近江・土山城(後編)です。曲輪Ⅳ(標示はⅣであるが本当はⅢかもしれない)からⅡの角馬出状虎口空間に突入し、曲輪Ⅰへ乱入します。土橋(画像手前ですが分かり難い)から曲輪Ⅱ虎口へ。曲輪Ⅱの角馬出状虎口空間。土塁で囲われた空間になってます。先に見えるは曲輪Ⅰ雪累ではなく土塁です。しょーもな曲輪Ⅱと曲輪Ⅰの間も横堀で遮断され連結部は斜径がある土橋が掛かる坂虎口となってる。カッコイイ土橋を横から。土橋か
今回から2021年度の城攻めです。正月早々寒波到来したので近場へ遠征。(近場は遠征といわないか?)滋賀県甲賀市土山町北土山近江・土山城(つちやまじょう)土山インターを降りたとたん回りは雪景色。ヒエ~スタッドレス履いてへんから雪道コワいよ~道路は除雪されていて、ヒヤヒヤながらなんとか登城口まで来れました。いろいろと賑やかで分かりやすい登城口。石灯篭の左を入って行きます。登場口の説明板各々お読みなさい。滝川左近将監一益(通称・彦右衛門)が落城させたようで
みなさんこんにちは。今回は滋賀県甲賀市、土山城に来ております。土山城は文明年間(1469~1487)に甲賀五十三家のうちの一人、土山鹿之助盛忠により築城されましたが、天正10年(1582)に織田信長配下の滝川一益によって落城させられました。縄張り図。主郭の南に設けられた角馬出状虎口は初期の築城方法とは異なっていて、落城後に改築が行われたことを示しています。どうも小牧長久手の戦いの際に東海方面へ出撃する秀吉の宿所として整備されたようです。城址碑のある所から民家の間を通って城を目指
本日は、オフィシャルツアー第七弾、『甲賀・伊賀の里を歩く!忍びの城ツアー』2日目の模様をお届けします(1日目はこちら、1日目夜はこちら)。レポートは今回で最後です。楽しかった宴から一夜明け、この日も朝からいい天気(*´∀`)朝食を終えたらバスに乗って一路、伊賀上野城へ向かいます。わりとあっという間に到着~。ここでは、天守観光組と遺構散策組にいったん分かれ、入れ替え制で見学します。天守の中には様々な展示品があります。ここで特別要素の1つとして、通常非公開の
所在地滋賀県甲賀市土山町北土山特徴土山宿の北に位置する山城で、馬蹄形の尾根に堀切や虎口が見られ、その先に空堀と土塁を巡らせた主郭がある。小牧長久手の戦いにおいて、秀吉が宿所として整備したともいわれる。感想案内板があり道も整備されているが、山は荒れていて遺構も風化が進んでいる。廃城の時からそのまま朽