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織戸学選手がスーパーGTとともにD1GP出ていた頃、「ドリフトにはスープラじゃないとダメだ!」と車種は決め打ちだったそうで。このマシン。今のように車体・エンジン・外装etc.と担当が違うんですが…車体を作ったのが「つちやエンジニアリング」なんです。当時、織戸選手はスーパーGTのGT500クラスにつちやエンジニアリング製作のスープラで参戦中。そこで「やまさん」こと土屋春雄氏はGT500そのもの…はやっても意味がない(使うタイヤも走らせ方も違う)ので、レーシングカーとして「当たり前」な
つちやエンジニアリングの先代代表である故・土屋春雄氏。つちやエンジニアリングの50周年記念本の中で「本当はスーパーシルエットがやりたかったんだ。でもウチじゃなくて、よそのガレージがやることになった。」と、残念そうに語っています。おりしも110サニーの公認が切れ、鈴木恵一さんの紹介でトヨタへと移る直前の話。タイミング的に合意に至っていれば、910ブルあたりを手がけていたのかも。サニーでホーシング車の手懐け方は心得ているだろうから、実現していたらけっこう面白いことになっていたかもしれないです
久しぶりに「スーパーGTファイル」のつちやエンジニアリング特集を読んでいたんですが、そこで故・土屋春雄氏(つちやエンジニアリング創業者)がちょいと気になる発言をされていたんです。時代としては110サニーのホモロゲが切れ、マイナーツーリングはKP61スターレットへ移行する頃(その前年にスターレット・グランドカップは開始)。土屋氏「マイナーツーリングで110サニーが終わってKP61へ移行していく頃。C/SGCをやる直前に実はスーパーシルエットをやりたかったんだよ。」ワイの中の人「マジですか(ザ
この頃のつちやMR2が大好きなんです。この完全でない感じが。アンダーパネルやディフューザーなどは「町の材料屋さん」と称して、ホームセンターから購入したものを加工して使っていたんですよね。なんでもかんでもカーボンを使えばいいってもんじゃない、いい例でした。ベース車はトヨタから試験用に使っていたものが用済みになり、譲渡されたものだそうで。土屋春雄代表(当時)いわく「ファイバー屋さん(エアロパーツメーカーのワイズスポーツ)がスポンサーになってくれて、軽く仕上げる事ができた。でも軽くなりすぎた
資産家が集まり★多数決創設〓選挙⇩⇩詐欺の起点は政党1794年です((^0^))https://amba.to/3mjsx1GVenonahttp://goo.gl/p8fZjj時代劇真っ最中https://bit.ly/3ulIzwCS.Powellhttps://amba.to/2LhEb0j回答☀解凍http://goo.gl/yjcrie[棺]http://goo.gl/6fjT9第一條と第九條の関係http://goo.gl/tiDIho7Day[
舘信吾。彼の名前を覚えている人も少なくなってきたんでしょうか。もう、あれから23年ですからね。その名前から薄々気づくでしょうけど、彼の父親はトムス創設者であり会長の舘信秀さん。父・信秀氏がおそらく「引き留めた」であろう、レーシングドライバーへの道へ。順調にステップアップし、1997年のGTオールスター戦でGTデビュー。翌98年から「つちやMR2」に親子ほど年の離れた師匠・鈴木恵一選手と組み、6戦中5勝(こぼしたのはピーキーな雨でのもてぎ戦、インプレッサに負けただけ)という圧倒的な強さをみ
今季からGT300クラスでGRスープラを使う、つちやエンジニアリング。アンダーパネルをよく見ると…ベニヤだw亡き創業者・土屋春雄(やまさん)代表の「町の素材屋さん」としてホームセンターで買ってくるスタイルは、2代目の武士さんにも受け継がれていますねwさっきの画像を上にパンしていくと、ほら?ブレーキランプがみえた。ベニヤで車づくり…といえば、みんなだいすき「ベニヤデスアルト」ですよねwさすがにコレはGT300クラスには出られませんw
故土屋春雄さん(つちやエンジニアリング)を偲んで、寿一のSUPER言いたい放題の配信が、25Racing!のガレージで行われました。<会員限定版>脇阪寿一のSUPER言いたい放題「レース屋魂!!挑み続けた50年・土屋春雄」『脇阪寿一のSUPER言いたい放題』6月28日(月)20時から放送のSuper言いたい放題は、「レース屋魂!!挑み続けた50年・土屋春雄」をお届け。live.nicovideo.jp『脇阪寿一のSUPER言いたい放題』出張生配
脇阪寿一のスーパー言いたい放題!今晩は、4月に亡くなられた、日本のレース界、職人の宝、土屋武士選手のお父様、土屋春雄さん特集。春雄さんにゆかりある土屋武士選手、トムス東條エンジニア織戸学選手が集まり、つちやエンジニアリングからの放送でした😊皆んな感じてたと思うけど、春雄さん、居たよね👍ずっと存在感感じながらの放送でした。途中スペシャルゲストまで登場してね🤣素晴らしかった👍👍👍改めて、土屋春雄さんから我々にとって、大切なものを教えて頂きました。感謝です。ありが
今回のスーパー言いたい放題は、『レース屋魂!!挑み続けた50年・土屋春雄」レース屋、土屋春雄さんを、春雄さんの血と汗が染み込んだ場所、土屋エンジニアリングがら語ります。ゲストは東條エンジニア、織戸学選手そして土屋武士選手です。https://www.as-web.jp/supergt/712082"レース屋魂"についてアツく語る。脇阪寿一のSUPER言いたい放題は6月28日オンエア|スーパーGT|autosportweb2014年からファンの皆さんに、よりスーパーG
ついこの前、日本のモータースポーツ業界で数多くのマシンや。伝説を残した名メカニックであり、監督である。つちやエンジニアリングの土屋春雄さんがお亡くなりになりました(T.T)その亡くなる2日前に、つちやエンジニアリングの業績を振り返る本が出来たのです!!それがコレ!!↓「打倒ワークス」掲げ続けて50年知恵と工夫と観察と。つちやエンジニアリング冒険記です(T.T)この本ですが、ちつやエンジニアリングのマシンメイクが。某ドリフト系YouTuberや、DIYでクルマをイジ
「SUPERGTfile」つちやエンジニアリング特集号を買ってきました。つか、もう楽しみで楽しみで、発売日が待ち遠しかった。思えば「つちやエンジニアリング創立50周年」なんですね。だとしても、表紙デザインのクリアファイルとか付ける必要あったのか?ともあれ、内容はこれまでのレーシングオンに掲載された「つちやエンジニアリング」がらみの記事をまとめただけなんだけど、まぁこれはこれで「あの記事はどの号に載ってたっけ?」なんて捜す必要もないので、ありがたいっちゃありがたいわけですけども。すでに
スーパーGTGT300クラスにHOPPYteamTSUCHIYAとして参戦するつちやエンジニアリングは4月13日、代表である土屋武士の名で訃報を出した。1971年につちやエンジニアリングを興し、名メカニック、チューナー、レーシングチーム監督として日本のモータースポーツにその名を残した土屋春雄さんが4月11日11時13分亡くなった。享年76。土屋春雄さんは1945年群馬県出身。バイクに熱中し、スズキのレーシングチームである城北ライダースに加わり、1968年に東名自動車に移籍。エンジン
「打倒ワークス」を掲げ続けて50年。職人・土屋春雄さんの特集本、本日から発売です!!父、土屋春雄さんが積み重ねてきた"レース屋の技術"を息子、土屋武士が継承しているつちやエンジニアリング僕は土屋武士の親友なんで、本人から直々に貰いましたが、皆さん、買って下さい。🙇🙇🙇汗水流して、人生の全てをレースに捧げ、日本のモータースポーツを支えてきた"職人"50年の物語です。