ブログ記事48件
明日は森本太郎さんのトーク&ミニライブ@銀座TACT🎵プレゼントをご用意してくれてるようでさあ?くじ運芳しくないと自認している私に幸運の女神様は微笑んでくれるでしょうか?🤗9日は同じ場所銀座TACTで加橋かつみさんライブです🎵トッポ1968年のザ・タイガース人気絶頂期『花の首飾り』のボーカルでその透明でクリアなハイトーンの声に魅了された方もいらっしゃるのではないですか?ザ・タイガースで一番売れた曲です🎵元はB面扱いだったのがいつしか『銀河のロマンス』と両
1月18日が命日・忌日の有名人・著名人1471年(文明2年12月27日)51歳崩御(?)後花園天皇陛下日本の第102代天皇1862年71歳没(気管支炎)ジョン・タイラーさん第10代アメリカ合衆国大統領1873年69歳没(感染)初代リットン男爵エドワード・ブルワー=リットンさん小説家、劇作家1922年35歳殉職(吹雪の中、遭難)吉良平治郎さんアイヌ民族の郵便逓送員1957年満94歳没(?)牧野富太郎さん植物学者日本の植物学の父植物学の日1980年
落合恵子昨日にさよなら階段の子守唄失恋処方箋土居まさる
今回は70年代末から90年代にかけて制作された日本の黒歴史ともいえる過激バラエティーの世界を特集。なんといっても過激バラエティーと言えばテリー伊藤である。いじわる大挑戦(スター爆笑㊙︎珍指令)が始まりだ。その後ガンバルマン、ザガマン、ザしごき、ザショックきもだめし、根性日本一、名門パープリン大学日本校など過激な番組が生まれた。今回は過激バラエティーの代表的と言えるいじわる大挑戦とザガマンを特集。ザガマン(82-86)フジテレビの火曜ワイドスペシャルで不定期で放送されていた特番。海外ではウケ
昨日8/13の読売の日航123便の事故の記事の連載で死亡したお笑い芸人(当時はほぼ話題にならず)の話がクローズアップされていた。ここにはそう書いていないがおそらくだがこの方は当時TVジョッキー(まだ土居まさると相本久美子が司会のころ)にたまにでていた「がきデカ」で~す。といって十手をもっていたタレントではないだろうか。顔が漫画のこまわり君に似ていたのでそういう名前にしたのだろう。新聞の写真をみても多分この方だったように思うのだ。もしそうだとするとまだ事故当時はそんなに売れて
今は、スマホ動画視聴が主流です。テレビ番組視聴は、少なくなりました。元々は、曜日視聴スタイルがありました。しかし、近年それが崩壊。クイズ番組で好きだったのが『象印クイズヒントでピント』毎週日曜の19時半からの番組でした。土居まさるさんの司会、コンピュータを多用した出題形式あり。今は、懐かしく思います。「象印マホービン」などの、1社提供番組珍しくなりました。一家で楽しめるテレビ番組、本当少なくなったようです。最後までお読みいただき、ありがとうご
3月9日今日はポンタさんもご命日だそうです沢田研二さんと共にした時間を思い出として思い浮かべるのもご供養かと…昨日の3月8日はジュリー川越でしたね❣️私は野暮用でお譲りしてしまいましたが漏れ伝え聞こえ来るMCでは◯カードの支払い限度額が増額されていたとか?以前のどこかのMCで限度額が低くて増額を交渉した時お仕事は?とかいろいろ聞かれ「仕事すればお金は入るけれどしなければ入らない」と言ってせいか(笑)まだまだ限度額は低かった!「お母さん知らないかな?沢
昭和45(1970)年2月。男性週刊誌のパイオニア平凡パンチ(平凡出版)2月22日号の新聞広告。わての歌は性教育用やでェーと、月亭可朝(当時31歳)のヒットソング集が楽譜・実技指導つきで特集。よく明星とかの付録で付いてくる歌本みたいな体裁で、『嘆きのボイン』から新曲までが掲載されている模様だ。でも振り付けとかではなく「実技指導」とはこれいかに?是非読みたいな。とはいっても『嘆きのボイン』以外の楽曲を知っている人は少ない気もするのだが果たして…。そのほか、NHKアナの倍速で喋る
当ブログに来てくださったあなたへ、お会いできて嬉しいです。太字は過去記事へのリンクです、よろしければお立ち寄りください。あっという間に12月も半ば。慌てて買った来年の手帳をめくると、まだ真っさらなままのカレンダー。この暦、誰んだー?「彼んだー」カレンダーといえば。かつての人気司会者・土居まさるさんが歌手デビューを果たした「カレンダー」という曲がありまして。のちに吉田拓郎さんや泉谷しげるさんが羽ばたくエレックレコードが、最初に出したシングル盤だそうです。わたしが生まれ
男性チームキャプテンが小林亜星さんとか浅井慎平さんで、女性チームキャプテンが上の画像の山内美郷さんとか中島梓さん(今は栗本薫名義で活躍しているらしい)。山内さんと中島さんの間に楠田恵理子さんがいたらしいけど記憶にありません(笑)まあ、そんなときによく見ていた日曜夜の7時半。旦那的には、16分割なんてものはもちろん、2分割や4分割のクイズなんて答えることはできませんでしたが、テクニカルとかいって、モザイク処理の映像が何をしているのかを当てるクイズとか、バラバラに細かくされた写真
昔は素人参加のクイズ番組が多くあったと記憶してます。上の画像のスーパーダイスQもそうでしたし、日曜日はアップダウンクイズ(MBS)やその裏番組だった世界一周双六ゲーム(ABC)。ほとんど最後の綱だったパネルクイズアタック25も地上波では撤退したようで、今じゃクイズ番組自体あまり見ないように感じます。そういえばスーパーダイスQって昼間の帯番組で、裏はたしか「笑ってる場合ですよ」が終わって「笑っていいとも」だと思うんですが、旦那的にはクイズ番組が好きで、幼稚園や小学校の夏休みとかの長期
象印1社提供のクイズ番組で,男性キャプテンはカメラマンの浅井慎平さん,女性キャプテンは山内美郷さん。俺がガキの頃の番組なので,男性陣を応援していたが,浅井さんが押せばほぼ100%正解する頼りがいあるキャプテンだったのを覚えている。一家に一台パソコンがある今からすれば,チープな映像造りだし,スタジオのセットは隣の座席者との間隔も狭い。素朴なつくりなのも「昭和の香りがプンプンするなぁ」って思う。もし,現代になって復活するとなればまず,男性陣・女性陣というチーム分けで「男女差別」と言われ
朝は曇り空の東京。肌寒く感じます。さすがに、短パンTシャツでは無理。少しづつ空が明るくなってきた。昼から晴れるという予報ですが、これをアップする時間は、とうなっているかな。先日、パブリックコメントへの投稿ということで、このブログでもCBCテレビの動画を使って紹介しました。私もパブリックコメントをしたことはありませんでしたが、そんな方がほとんどだったのではないかと。その結果、最後は19万に近いコメントが集まったと言います。果たして、この声を国会審議なしで本当に内閣決議と
舟木一夫対面コーナー1982年MC:土居まさる「愛だなんて言うまえに」舟木一夫舟木さんの友人と言うと、直ぐに思い浮かべるのは、萩原町でウナギ屋さんを経営している「うを六さん」ですし、萩原中学時代の音楽部の女性は、良く番組などでも登場します。今回のお友達は、高校時代の友人の方で、唯一の親友と話されています。愛知高等学校では、2年ほどで東京の自由ヶ丘学園高校に編入しているし、週二回はレッスンに通っていた事もあり、それほど友人を作る機会もなかったのでしょう。司会の
日曜日の午後に土居まさるが司会でやっていた「テレビジョッキー」という番組がある。そのエンディングにダリダの「傷ついた小鳥」(Ilsontchangémachanson)が流れていたと言っても、皆さん信じないかもしれない。この歌は、アメリカのシンガーソングライター、メラニーのWhatHaveTheyDonetoMySong(1970)のフランス語カヴァーで、1971年にリリースされた。テレビジョッキーのエンディングになったのは1977年からで、大学生の私
最近、昔観ていたテレビ番組が気になって、調べてみました。記憶がごちゃごちゃになっていて、すごく変わった方が出てきていたような?ビートたけしさんだったような。夏に出て来る大嫌いな虫、食べていたような?日曜の昼間やっていたことは、覚えていたので、たけし軍団やたけしさんから調べます。たけしさんが、やっていたのは、TVジョッキーと言う番組。ダチョウくらぶさんとかの熱湯風呂とか、出てきました。そうそう。少し思い出してきました。変わった方が出てきたのは、TVジョッキーの前にやっていた番組で、スーパ
今回は、'24年の当ブログ放送では初放送となる懐かしのバラエティー番組を特集!フジテレビ系にて'85年10月11日から'86年3月28日迄、全36回が毎週金曜午後7時から7時30分迄放送されました。フジテレビとキネマ東京の共同制作によるクイズ番組で、この番組の放送開始より半年前から土曜午後7時から54分間放送されていた「ザ・対決!」('85年)の枠移動+リニューアル改題となった番組でした。「ザ・対決!」で司会を担当していた土居まさるさんが引き続き司会を務め、対戦の結果を芸能人解答者が予想す
このところの当ブログで、朝ドラ『ひよっこ』でビートルズが好きなムネオ叔父さん(峯田和伸さん)の印象的な台詞について書いています。22日深夜(日付は23日)の「夜のしおり」で落合恵子さんが『戦争をやめた人たち』(鈴木まもるさん著)を紹介されたときに思い出したのです。この絵本で描かれた「戦場のサッカー」は有名な話ですから『ひよっこ』の脚本を書いた岡田惠和さんもそこからインスパイアされたのかもしれません。「夜のしおり」はNHK『ラジオ深夜便』の中で、だいたい1か月に1回放送されるコーナーです。既に
少し前に「ICAN'TMAKEYOULOVEME」を取り上げた際に紹介したキャンディ・ダルファーのアルバムですが、ここに「ピック・アップ・ザ・ピーセズ」(PICKUPTHEPIECES)が収録されています。元は、アヴェレイジ・ホワイト・バンド(AverageWhiteBand)の曲ですが、ふと、この曲を聴いて……土居まさるがDJの文化放送「ポップス・ナンバーワン」のテーマソングだったことを思い出しました。そのカヴァー曲になります。☆PICKUPTHEPIEC
賣物ブギダウン・タウン・ブギウギ・バンド買い物ではなく、賣物(売りもの)ブギ昭和50年(1975年)作詞・島武実作曲・宇崎竜童♪あたしゃ元々山の手育ちよデッカイ御殿に住んでますおかかえ運ちゃんおかかえ御女中おかかえ弁護士おかかえドクター何から何までやってはくれるし骨のズイまで太りますこんな感じでふんぞり返っていたザアますオバサマが、それが何やらいつの間にやら落ちぶれ喰うために持ち物を何でも売っちゃう羽目に♪プールにプードル
星が降るまでヴィレッジ・シンガーズ1日の中で、夏と秋が混在している。つい先日までウオーキングもためらう暑さだったのに、駆け足のように秋がやって来た。別に夏が過ぎたら何しようとか約束していた訳では無いですが。星が降るまで昭和43年(1968年)♪砂に残した小さな足あと君がたたずむ北国の浜辺夏が過ぎたらもう一度会おうね約束したのにどうして泣くの作詞・橋本淳作曲・筒美京平星が降るまで/ヴィレッジシンガーズyoutube.com/watch?
Tiktokerの、りおなちゃんのトークに癒される今日この頃・・・何喋っても面白いね。センスが半端ないぞー。1973年に始まった「ほんものは誰だ!」は、日本テレビ系列のクイズ番組でした。司会は土居まさるさん、ラジオのディスクジョッキーや、TVジョッキーの司会でもお馴染み。番組では、3人のゲストのうち本物を当てるという内容で、解答者には遠藤周作、柴田錬三郎、藤本義一さんらの作家や岡崎友紀さん、和泉雅子さんなどが出演されていました。ゲストは、あたかも自分が本物であるかのように
象印クイズヒントでピントが、お家て楽しめるようになったのは、随分と昔のことです。土居まさる氏も、懐かしいですね。ゴールデンウィークに、これで楽しむのも、最高だと思います。↓詳しくはこちらをご覧下さい。クイズヒントでピントへ懐かしのクイズヒントでピント‼️|開運大吉懐古堂poweredbyBASEkdkaikodou.buyshop.jp10,000円商品を見る
懐かしのテレビ出演NHKと日テレが、放送開始70年のコラボ記念番組を何本か放送しています。とりあえず録画していた番組を全て観ました。どの映像も懐かしく観ていたのですが、その中のコーナーで、一般の方が昔出演した番組をアーカイブの中から探して、その方にもう一度観てもらう。というコーナーが有りました。私の場合、キャスティング屋になってからは、再現ドラマなどで急遽役が増えた場合で、役者の手配が間に合わず、年齢やイメージが合う場合に私が出演してしまうという、間に合わせで出演し
この画面を見て胸がときめいたあなたは完全に同世代(笑)TVジョッキー!ビートたけしのスーパージョッキーじゃないですよ。司会は土居まさるでアシスタントは確か相本久美子ちゃんだったと思う。日曜日の昼過ぎくらいだったかなあ。番組内容はほとんど覚えてないんだけど、途中のコーナーの『奇人変人』が大好きでした(*´ч`*)毎週変わった特技や身体の特徴を競うコーナーで優勝者には白いギター!🎸とジーンズ👖!(笑)(笑)今ではとてもとても。。(¯―¯٥)💦💦絶壁ちゃん大会とか。もちろん後頭部
テレビ放送開始70年今年に入り、NHKでテレビ放送開始70年の特別番組が、色々と放送されている。今日からは、日テレとのコラボ週間というものが始まった。我が家にテレビが登場したのは、新しもの好きな父親が、私の誕生を祝して、購入したのが最初だったらしい。昭和32年の事だ。ですから、私は生まれた時からテレビが家にあった。カラーテレビも、父親が39年の東京オリンピックをカラー放送で観たいという事で購入した。家具調のデザインで、テレビの前に扉が有り、それを開けてテレビを見るという、
コチラ大阪〜は晴れ!寒いは寒いが昨日よりは全然ましやな!\(^o^)/今週は割と気温高めと…桜の蕾はまだまだやのに花粉は飛びまくるとゆうのはどうなん(笑)関西圏花粉だらけやんか〜うらなひ〜自分のご機嫌取りねぇ…オヤジは無限に酒とタバコがありゃ基本機嫌わるくない単細胞ですはいヾ(˙❥˙)ノコロナ情報〜~(◡ω◡)声を大にして言いたい!政府は余計なことしてくれんな!まぁ〜た中国人にわけわからん病気持ち込まれたらどうすんのよ!PCR検査までやめてさ?ハイハイいらっしゃい
象印クイズヒントでピント!昭和のクイズ番組の司会者土居まさるの墓参りです。土居まさるとは昭和38年文化放送に入局。深夜放送「セイヤング」のアナウンサーとして人気を集める。「真夜中のリクエストコーナー」(40〜44年)「ハロー・パーティー」(44〜50年)といったヒット番組を次々と生み出した。45年フリーとなる。60年からはラジオを離れ、テレビのスポーツ番組や、日本テレビ「テレビジョッキー」、テレビ東京「土居まさるの元気通信」「ヒントでピント」などの司会を務める。平成10年、13年ぶり
皆さんこんにちは、baronです。梅雨の合間の青空に、少し癒されております。皆さんお元気ですか?今日は原田真二さんの「Candy」を聴いてみましょう。原田真二キャンディ説明www.youtube.com1977年に発表されたこの「Candy」は、作詞が松本隆、作曲は彼自身がしています。当時も大変な人気だったようですが、今だったら、音楽的にも、もっともっと評価されていたのではないかと思います。まだ19歳の原田真二さんが、この曲をどのようにして書いたのかは分かりません
一定の年齢以上の人でないと分からないかもしれませんが、歌手の布施明さんのヒット曲に「そっとおやすみ」と言う歌があります。今日はその歌にまつわるエピソードです。もう半世紀以上前の話しですが、私が中学時代のこと。ラジオ局の文化放送で、土居まさるさんが司会をする「ハローパーティー」と言う、聴取者参加型の人気番組がありました。ある時、この番組の観覧募集に当り、友人数人と見に行くことになりました。番組には楽しく参加することができ、「また行きたいなぁ」などと思っていたのですが、後日そ