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2010年2月24日に山陽電車加古川鉄橋東側で写した山陽電車5603(左)と5604(右)です。真ん中の道のような所は昔の国鉄高砂線の廃線跡です。
別府鉄道(右)と国鉄高砂線の発車シーンです。高砂線の列車の方が早いように見えますが、駅を発車する時は同時に発車していました。
前回の記事●旧・国鉄高砂線・尾上駅跡【01】山陽電車の尾上の松駅そばになにか車輪のモニュメントがありました。【02】ここは旧・国鉄高砂線の尾上駅跡とのこと。昭和59年に廃止されたそうですのでもちろん知りません。加古川駅から山陽電車の高砂駅方面を結んでたそうです。【03】かなり錆とかありますが地区の人たち定期的に手入れされてるのでしょうか?【04】*********ご覧頂きあ
まいどおおきに!今日もええ天気で暑かった(^^ゞ甲子園球場だけはどんよりしてたみたいやねおっちゃんの個人的感想はやっぱCSいらへん営業的には収入が増えるやろうけどいずれにしても、余計な情報の先出しで身内が足引っ張る毎度のことやけどなぁ(怒)これ以上言うてもどないもこないも・・・で、今日は日曜日、Sunday、山電・・・バンザイ\(^o^)/バンザイ\(^o^)/大阪の古典的大喜利ですわ(笑)マジで山電さんは十ご無沙汰ニュースで「別府駅が直通特急の停車になる」「我がの目で
山陽姫路駅から電車で、まずは伊保駅に降り立つ。徒歩圏内に観光スポットは何も無い、しかも特急電車が停車しない駅前にロータリーも無い駅だが、この駅のすぐ近くに是非行ってみたいお店があった。駅からまず100mほど北東の県道へ出て、県道に出たら南方向へさらに150m進む。そして橋の手前にある「一平」という寿司とかつめしの食堂が、高砂市内での最初の目的地だった。🍣🍚🥓🥢昨年1月に偶然観たBS日テレの『三宅裕司のふるさと探訪』で、三宅裕司さんが高砂市内の見どころを3~4箇所ほど
国鉄高砂線・別府鉄道野口駅にてこの日は高砂工場から出場回送中のキハ81
4月6日に写した桜です。鶴林寺公園国鉄高砂線野口駅跡
国鉄解散前に廃止された旧国鉄高砂線の跡地は遊歩道になっています。そこが線路だったことを示す腕木式信号機と緩いカーブ。秋祭りの時期に掲げられる御神灯の提灯。高い位置にあるのは、下をだんじり、布団太鼓が通るからその高さに合わせです。コロナ秋祭りは形だけ…もう十数年前にひっそりと営業を止めてしまった「末廣湯」。突き出た中央部が何となく戦艦の艦橋を思わせる造りです。2段屋根になった細い階段通路が独特です。来客を拒むかのように
国鉄高砂線資料展に来ています。高砂の工楽松右衛門旧宅の2階で3月31日までやっているそうです。
昨日の続き。今回が最後。手柄山交流ステーションを出て、2時間かけて姫路駅に戻って今度はとある駅に向かう。そこからわずか5分で着く撮影地へ。このブログでよく登場する山陽電車の加古川橋梁。実は高砂駅から徒歩5分で行ける。と同時にこの場所に向かう歩道はかつて国鉄高砂線の廃線跡でもある。写真右は山陽高砂駅。この自転車置き場はかつての国鉄高砂北口駅だった。遊歩道に比べるとここはかなり広くなっている。奥に行くとさらに広い。2線か3線の駅だったとうかがえる。この先にも遊歩道があるようで、後日
昭和58年頃に国鉄高砂線野口駅で写した高砂線列車(右)と別府鉄道のツーショットです。
今日はジオラマ材料の買い足しのついでに、高砂線の跡などに寄ってきました。まずは鶴林寺のC11ボロボロ昔からボロかったですがそろそろヤバイ次高砂線野口駅跡こんな感じたぶんキハ30の台車ちょっと前から綺麗に塗り直されてます。鶴林寺のC11も綺麗にしてもらいたいです。以上です。
13日(火)の続き、、、(2)高砂上陸車だと明姫幹線で一瞬で過ぎる高砂。今日はじっくり歩くよほとんど人がいない。自粛?それとも普段から?素敵な商店街商店街反対側。旧高砂駅側から国鉄高砂駅跡有名な銭湯♨️大阪の人も知っていて、はるばるここ目当てに来たらしい。中が気になるやっぱりほとんど人がいない。国鉄高砂線は昭和59年に廃止。この看板いつからあんねや?こういうの大好き。歩かな気づけない
4月13日(火)の続き雨にも負けず、桜はまだまだ頑張ってましたトンネルくぐると、、、高砂線野口駅跡現役の頃はもちろん知らない生まれる前年に廃止になったよ乗りたかったな高砂線の跡を南下すると鶴林寺(かくりんじ)つるりんじではないよチラホラピクニックしていた人がいました。ピクニックに最適な陽気続いて尾上駅跡ついでに山電尾上の松駅前の総合市場に寄り道「総」の字がどの店もあいてなかった尾上からしばらく高砂線跡が結構わかりやすく残されているものの、フェンスがされていて歩けない
4月4日に加古川市役所東側の道を市役所から少し南へ行った所にある国鉄高砂線野口駅跡で写した桜です。加古川のコミュニティバス「かこバス」です。
兵庫県高砂市を訪れた続きです江戸時代に海運業や港湾改修などで活躍した工楽松右衛門旧宅を出発しますすぐ近くには、高砂南堀川の港遺構がありました昭和の初めに埋め立てられた荷上場の跡で、石階段や石垣が、残っていますこの辺りは、加古川水運と、瀬戸内海運を結ぶ拠点として繁栄した港の玄関口でした東方向に歩いて、この先を右に曲がっていきますがその手前に注目してみましょう高砂市のマスコットキャラクター”ぼっくりん”が描かれた、マンホールの蓋です
兵庫県加古川市には多くの廃線跡があり、廃線跡マニアには楽しめる街である。半年の時をかけて、全線を走破したので、レポートを纏めよう。旧国鉄高砂線は、加古川市から高砂市までを結んでいた鉄道路線である。開業は大正2年(1913年)であり、事業主体は播州鉄道であった。開業の主目的は、加古川の船運の代替であり、基本的には旅客運輸というよりは貨物運輸が主体であった。戦後に設置された国鉄高砂工場が廃止されてからは、路線の廃止を止めるすべもなく、昭和59年(1984年)に廃線となった。現在のJR加