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22.07.09長野県の『諏訪大社・下社秋宮』を訪れました。11時37分に下諏訪駅に到着。下諏訪駅から徒歩10分ぐらいのところに位置しております。諏訪大社の中で、駅から歩いて行ける唯一の大社です。(人によるか?w)途中で蕎麦屋『山猫亭はなれ』で昼食。国道142号の坂を登った後に見えて来ます。大きな木々に囲まれ、涼しい。カラフルなおみくじ。さざれ石・・・不思議な形状さざれ石の説明文石灰が雨水に溶解され粘着力の強い乳状液となり何千何万年もの間に小粒
北佐久郡立科町にある道の駅女神の里たてしなを紹介します。こちらは国道142号線沿いにあり、2017年12月にオープンした比較的新しい道の駅。敷地内には、農産物・物産品販売所、レストラン、農産物加工体験施設などがあります。中央にある販売所には、地元産の新鮮な野菜やお米、季節ものの山菜などが所狭しと並んでいましたね。野菜の値段もリーズナブルで、時期的なものもあるでしょうが、葉ものは安く感じました。工芸品が多かったことも特徴の一つかなと思います。特に木を使った商品は面白いものもあって、見ていて
久しぶりの投稿です。今日は、ゴルフ場です。旧友が古家に遊びに来てくれて、2人で望月カントリークラブに行きました。その名の通り、望月町にある、いくつかのゴルフ場のひとつです。長和町の古家から佐久平方面に向かい、望月の交差点を右折して、8キロくらい行ったところにあります。古いゴルフ場なのか、クラブハウスも更衣室もこじんまりしていて、全体的に古ボケた感じで、ゴルフ用品を売っている売店もありません。でも、それが逆にアットホームで、いわゆる、カントリークラブって感じがしました。コースは、僕のような下手
新和田トンネル有料道路の無料化まで1ヶ月をきった。それに伴って、既に色々な変化があることが分かった。長野県道路公社によると、今月3月22日の夜から翌23日の早朝にかけて下諏訪側にある門型案内標識撤去を行うという。(前回記事↓)『長野県小県郡長和町・諏訪郡下諏訪町国道142号「新和田トンネル有料道路」2022年1月16日』またひとつ、道路がスタイルを変える。有料道路はトンネルや橋梁で難所を攻略できるので、それをケチるかケチらないかのボーダーラインは結局旧道にある。急ぎ=有料道路…ame
またひとつ、道路がスタイルを変える。有料道路はトンネルや橋梁で難所を攻略できるので、それをケチるかケチらないかのボーダーラインは結局旧道にある。急ぎ=有料道路ちょっと余裕ある=酷(険)道レベルによって移動距離が長い=〃よく使う有料道路旧・三才山トンネル有料道路新和田トンネル有料道路何れも長野県だが、一昨年の9月に三才山トンネルは無料化された。松本市から上田市を往き来する道路は酷道143号しかなく、青木峠という色々な意味で"最恐"の道路を通らなければならない。夜は動物園と化す。そ
月に一度の駒ケ根詣での帰路、久しぶりに長和町・杉の屋さんへ。国道142号の人里離れた漆黒の中に佇んでいます。夕食を終えて外観を撮った時には中にお客はいませんでしたが、上さんと入店したときは先客が5人いました。前回は3月。ダルマストーブがあると落ち着くんです。囲炉裏と同じで落ち着くんです。店内も昭和な感じがグーです。ピザ生地とベーコンは若主人の手作り。おいしい。スパゲティは手打ちか聞くのを忘れました。上品なお味。語彙不足ののめしこきにはこの程度のレポートしかできま
去年、長野県松本市と上田市を結ぶ国道254号の三才山トンネル有料道路が無料化された。有料時代に1度利用したことがあり、今思えば料金所の風景などを写真に納めておけばよかったと後悔している。無料化されると料金所設備や有料道路であることを示す看板等は撤去される。そして、無料化される次の有料道路は長野県長和町と下諏訪町にまたがる「新和田トンネル有料道路」である。『長野県小県郡長和町国道142号旧道「一の橋」』旧道と思われる方向にそれていったとして、正解か不正解かを確かめる「根拠」がなければうや
今日はたい焼き屋さんの「新海」さんです。佐久は中込周辺の酒蔵に行く途中で偶然前を通ったので、寄ってみました。古家のある長和町からは、142号線を佐久穂方面に向かって30分くらい走ったところです。目的地だった伴野酒造さんの通りを挟んで向かいにあります。写真の通り、道路沿いに鉄板が並べられた細長いお店です。おそらくイートインはできないのだと思います。おじ(い)さんがひとりで切り盛りされていて、写真を撮ろうとしたら、「撮すようなもんじゃないよ~」って謙遜(?)されてました。メニューはたい焼き以外に
今日は、古家から車で20分くらいの国道142号線沿いにあるお蕎麦屋さん、「十勝庵」さんです。国道を走っているとプレハブの店舗と大きな看板が目立っています。これまでも何度か伺っていたのですが、なんと言っても大好きな「ときん亭」さんの影響で、どうしても足が遠のいていました。今回も、実は、ときん亭さんがご都合でお蕎麦は出せないとのことでしたので、急遽、酒蔵への通り道の同店に訪れました。いかにも手打ちって感じの、太さにばらつきがある田舎蕎麦です。僕はざるそばとか盛りそばしか食べませんが、鍋焼きうどん
こんにちは。このところキノコや昆虫、中国の写真ばかりになっていたので、本題の三日月道。国道142号線は軽井沢から下諏訪に至る道ですが、中山道と重なります。しっかり調査して「旧道を歩く」ようなサイトもあるようですが、気分でほっつき歩いているだけの私のようなズボラ人間にはできません。今回の写真も、たまたま下諏訪に遊びに行ったら、味のある「中山道」の表示を見つけた、というもの。2016年のディレクトリにありました。昔の旅行は、徒歩だったんですよね・・・羨ましくもあります。
今日は古屋のある長和町から岡谷方面に142号線を南下した和田町にあるお蕎麦屋さん「徳田」さんです。2週間ぶりに古屋に戻ってきて、友人の来訪もあり、一緒に訪れました。存在は知っていましたが、初めてです。お蕎麦の前に、建物が素晴らしいです。江戸後期建立、156年の歴史があるそうです。和田町は宿場町ですので、昔の旅人がここで休んだり食事したりしたのかなあって思ったら、なんだかドキドキしました。メニューは、ひすい蕎麦、田舎蕎麦、卵焼きだけです。価格も、ひすい蕎麦1300円、田舎蕎麦1100円(共に並
今日は、あさしな温泉「穂の香乃湯」に来ました。長和町から佐久方面に国道142号線を進み、長いトンネルを抜け、八幡という交差点を過ぎると、浅科温泉という信号があり、そこを右に入った左手にあります。ロビーも、お風呂も、全体的に小さくて古い印象です。脱衣場も狭くて古くて、洗面台は4台です。内湯は、9台の洗い場と浴槽1つ、そしてサウナと、2人入れば一杯の水風呂があります。お湯が熱くて足をつけることしか出来なかったのは残念です。ここは露天風呂が売り物なのかもしれません。洗い場も含めた内湯の3倍はあり
木落とし坂の遊歩道から国道142号線に出てすぐ左手、ちょうど「芭蕉の句碑」の裏辺りに「諏訪地方電気発祥の地」yと呼ばれている小さな発電所「落合発電所」がありました。「落合発電所」は明治33年(1900年)11月、「諏訪電機株式会社」が設立され、明治33年10月東俣川に出力60Kwの「落合水力発電所」が完成しました。その後200Kwまで増設され今でも稼働してます。(@_@)落合発電所から100mほど下ると、落合橋の手前に左に入る道がありましたが、これが旧中仙道でした。何の変哲もな
旧中仙道は街道随一の危険地帯を抜け、ようやく国道142号線に合流しましたが、国道は歩道がなく路肩も狭く、更に大型車がそばを高スピードで通り抜けます。また道路の傾斜が厳しいため、万が一のことを考慮し、「緊急避難場所」が2か所設置されていました。しかしブレーキが故障したときここに突っ込む勇気が出ればいいのですが。峠の中は比較的涼しかったのですが、山を下りてくると気温は「34℃」ありました。国道に合流して20分弱歩くと、「水戸浪士の墓」の案内板がありました。看板通り数分歩くと国
和田峠から30分程かけて下り国道142号線に出ると、前方に案内板が見えました。国道を横断し案内板のところに行くと簡単な木の階段がありました。階段を下りてからの道は、道幅こそ同じように狭いですが、少し歩きやすい状態でした。階段を降りてから12、13分歩くと、カーブしてきた国道142号線に再度出ました。同じように前方に案内板が見えます。旧中仙道は、ガードレールの切れ目から、国道に沿って下っていました。道なりにしばらく歩くと、旧中仙道を横切る小さな沢がきれ
経路②の入り口は階段になっていました。原道そのものはここに階段があったわけではなく、国道建設時に盛土をしたため、階段が必要になったものと思われます。・・・・・・・経路②の原道は自然の浸食もほとんどなく、当時の姿をそのまま残しているようでした。ほぼ直線の原道を数分歩くと前方が明るくなり、旧国道が見えてきました。・・・・・・・経路②から旧国道に出ると正面に大きな「枝垂桜」が一本立っていました。満開時は見事だろうと想像できます。推定樹齢150年の枝垂桜で、平成20年10月1
「笠取峠の一里塚」周りをボランティアの人がきれいにしていました。また国道を歩いているときもボランティアの人が歩道周りをきれいにしていました。暑い中ご苦労様です。一里塚を過ぎて2,3分で「笠取峠」の頂上に着きました。峠の左側に「笠取峠竣工記念碑」がありました。笠取峠は、生活道路であると同時に関東地方と中部近畿地方を結ぶ重要な場所ですが、交通の難所であったため、1984年から10年をかけて完成されたものです。総工事費33億円だそうです。峠の頂上を過ぎると「立科町」から「長和町」に
・・・・・・・「八幡神社」を過ぎるとすぐ「八幡宿」の市街地に入りました。「八幡宿」は千曲川の西岸に位置し、本陣1軒、脇本陣4軒、旅籠3軒の宿場でしたが現在は案内看板もあまりなく、普通の住宅地のようでした。その中でも写真のような立派な門構えの家が何軒か見受けられましたが、多分名主さんか何かでしょうか。立派な門構えの家の横に「本陣跡」の案内標識が建っていました。「八幡宿」で唯一残されている史跡で、皇女和宮が泊まったところと言われていますが現存するのは門だけのようです。「本陣跡」
昔の中山道。東海道は国道1号だけで語れるのになぜ、中山道は8、21、19、20、142、141、18、17号と別れるんやろ😂唯一の3桁国道がこれ。141号線には142号も重なります。長野県軽井沢町から長野県上諏訪町に至る。しかも県管理。トラックが多いし、Googlemapの長野県諏訪から群馬県には必ず142を誘導される。2022.3.3追記無料化ありがたい!の声長野「新和田トンネル」中京圏~北関東“最短ルート”の実力|乗りものニュース長野県の新和田トンネル有料道路が無