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金銀が湧く時代を生きた徳川家康迫られた選択とは英雄たちの選択毎週水曜[BS]午後8:00貧しい農業国日本が大きく変わったのは戦国時代後半。各地で金銀が湧き出したのだ。それを求めて大名たちは争い、海外からも銀を求める勢力が来航。最終勝者は家康だった。←予告動画宣教師は徳川家康を歴代で最も裕福だと記した。その秘密は家康誕生の直前に始まった日本各地で金銀が湧き出す奇跡。大名たちは金銀を求めて鉱山を奪い合い、日本の銀を求めて西洋人は鉄砲や火薬の原料である
いちかわごちそうマルシェ駐車場(無料)野菜ソムリエセミナー大寒〜節分(暦と食事)(大豆)「魔物の目をめがけて豆を投げれば、魔を滅ぼす」=魔滅(まめ)ということで豆をまくみたいですがなぜか落花生をまく地域もあるようです大寒の初日に生まれた「大寒たまご」は栄養が豊富で縁起ようです簡単レシピ大豆コロコロミネストローネ簡単お豆の恵方巻七種類入れてね警察車両試乗体験会大人気またがるだけです乗車するだけです佐倉市国立歴史民俗博物館駐車場
千葉県佐倉市の国立歴史民俗博物館の付属施設として、「くらしの植物苑」があります。1月末まで「冬の華・サザンカ」展を開催しているので、行ってみました。鉢植えのサザンカが展示されています。サザンカと一括りにしていますが、品種群としては、次の4つのグループに分かれるそうです。1.サザンカ2.シシガシラ(カンツバキ)3.ハルサザンカ4.タゴトノツキ「冬の華・サザンカ」展のサザンカの中からきれいに咲いていた花をいくつかご紹介です。サザンカ群福雀可憐な白い花
今日は天気予報では、夕方、雨か雪になるかの予報でした。たいしたことないと思っていたら、結構本降りで雷雲もでていました。佐倉の国立歴史民俗博物館で梅が咲いていたので、写真を撮ってみました。
予め国立歴史民俗博物館の展示に関わってことほどかほどに長くなると想定しては思いもよりませんでしたけれど、ともあれひと段落として千葉県佐倉市をぶらりというお話に移ってまいります。と言いつつ、少々時間を巻き戻して、国立歴史民俗博物館に到達するちょいと前、京成佐倉駅から博物館へと歩く道すがらのところまで。「←国立歴史民俗博物館」に導く道標には市内の地図とともに「11万石の城下町佐倉を訪ねる旅へ」とありますですね。博物館は小高い丘(標高は30mほどということで)の上にあるのですが、そにはかつ
千葉県にあります国立歴史民俗博物館大学共同利用機関法人人間文化研究機構|大学共同利用機関法人人間文化研究機構|国立歴史民俗博物館www.rekihaku.ac.jpへ、行ってきました(^_^)/と、いうか、年末に行ってました……こちらの常設第2展示室では、所蔵の国宝を常時1点展示しています。国立歴史民俗博物館には、5件の国宝があります。国宝宋版史記(黄善夫刊本)国宝宋版漢書(慶元刊本)国宝宋版後漢書(慶元刊本)国宝額田寺伽籃並条里図国宝後宇多院宸記〈(文保三年
さてと、千葉県佐倉市の国立歴史民俗博物館の常設展示は先史時代から近現代に至るまで、歴史をなぞる解説があるわけですが、今回は(その後の佐倉市内ぶらぶらの都合もあり、誠に残念ながら)弥生時代あたりまでのところで、後はそそくさと通り過ぎることになりまして…。ですので最後といたしましては、その弥生時代を振り返っておこうという次第でありますよ。ということで、のっけから「弥生文化とはなにか」と大上段から。一応、解説文を引いておきましょう。水田稲作がはじまってからの約600年と、後半の約600年は
千葉県佐倉市に国立歴史民俗博物館を訪ねて特集展示とともに常設展を見て周ったわけですが、日本列島に人類が到達してから長らくを経て、いよいよ縄文の時代となるのですなあ。縄文の始まりは土器利用の始まりともリンクすることになるのでして、日本では「青森県大平山元Ⅰ遺跡で見つかった約1万6千年前の土器」が最古段階のもののひとつであるようです。同遺跡では「旧石器時代とほとんど変わらない石器が、最古段階の土器とともに出土した」ということで、歴史の穏やかな移行を思うところとなりますですね。さり
千葉県佐倉市にある国立歴史民俗博物館。折しも開催中の特集展示「北の大地が育んだ古代-オホーツク文化と擦文文化-」をお目当てに出かけたわけですけれど、思いのほか展示スペースが小さくて…。そこで、前回訪れた際にはつまみ食いであった常設展示の方を見て周ることに。とはいえ、今回は今回で佐倉市内のスポットをあちこち歩いてたどるつもりで出かけましたので、特集展示とは打って変わって膨大な常設展示の、これまたほんの入り口あたりだけ。北方のオホーツク文化とも絡む古い古い時代を中心に巡ったような次第でありますよ。
皆さん、こんにちは!ニシデオです。先日、おやつに縄文クッキーを食べました。どんぐり入りです。購入した場所は千葉県の佐倉市にある国立歴史民俗博物館です。そして、五芒星のクッキーも食べました。なかなか、普段食べることのない味の美味しいクッキーでしたよ。は、は、はでは、また。(^_^)v
東京都心と千葉県成田を結ぶ鉄道路線はJRと京成とが付かず離れずの関係で並走していますけれど、佐倉市の中心部に近い方は京成佐倉駅の方ですな。途中の船橋で、あえてJRから京成に乗り換えて(この乗り継ぎが、京急とJRの川崎くらいに微妙)、初めて下車する京成佐倉駅に到着した次第でありますよ。ここを起点にてくてくと歩き出し(バス便を探りましたが、タイミングよくはいかないようで…)、しばらく平坦でしたが最終的にはこのような坂を登り詰めたところに目的地はあるという。たどり着いたのは国立歴史
「北の大地が育んだ古代-オホーツク文化と擦文文化-」展の続きです。『「北の大地が育んだ古代-オホーツク文化と擦文文化-」展』先日、国立歴史民俗博物館の「オホーツク文化とは何か-東京大学文学部と北海文化研究-」講演会に行ってきました。講師は、東京大学の熊木先生。第一…ameblo.jp擦文文化は7世紀後半、続縄文文化が東北地方北部の文化の影響のもと、石狩低地帯を中心に成立擦文土器左:甕(栄
おはようございます。お友だちが増えました。えっ!?横にいる方々(方?)はお友だちなの?(うふふ)今日は歴史研究部活動です!佐倉にある国立歴史民俗博物館へやってきたよ▼国立歴史民俗博物館大学共同利用機関法人人間文化研究機構|大学共同利用機関法人人間文化研究機構|国立歴史民俗博物館www.rekihaku.ac.jp陰陽師とは何者かという特別展を見学しまーす!(12月10日まで開催)まあやさんが絶対見に行きたい!ってお話していた展覧会だねー!しっかり勉強してい
先日、国立歴史民俗博物館の「オホーツク文化とは何か-東京大学文学部と北海文化研究-」講演会に行ってきました。講師は、東京大学の熊木先生。第一展示室の一角では、「北の大地が育んだ古代-オホーツク文化と擦文文化-」が展示されていました。日本史で古代(飛鳥・奈良・平安時代)と呼ばれた時代、北海道ではオホーツク文化と擦文文化が展開していました。オホーツク文化は、5世紀から9世紀頃にサハリン南部から北海道の東北部、千島列島にかけて広がっ
インスタで日記を書きました。萩原八雲onInstagram:"昨日のやくさんぽ。国立歴史民俗博物館『陰陽師とは何者か?』陰陽師展に行ってきました。昨日が最終日だと前日深夜に思い出し、慌てて用意して。快速電車に揺られること1時間40分。小旅行の気分です。国立歴史民俗博物館は千葉の京成佐倉駅から1kmちょっとあります。駅の改札からその建物を見つけて、小高い山の上にあると分かりバスの無い時間帯だったので、無理せずタクシーに。700円でいけました。13時に到着。この手の特別展示は展示数もですが
3週間後には2024年元日とは…!おそらく朝から無事に新年を迎えられたことに感謝しながら、お気に入りの日本酒を呑んだくれていることでしょう…笑(元日に初詣は行かない人です)先日…妹からの「突然だけどお姉ちゃんは明日何してるの?暇?」という妹らしいLINE。笑心の中で…暇じゃねーよと軽くツッコミ入れたのは置いといて…笑私「明日は陰陽師の企画展に行こうと思ってるよ」妹「なにそれ!!私も一緒に行きた〜い!!」とのことで…京成線の青砥より先にはじめて足を踏み入れました!笑(妹は千葉
陰陽師とは何者かーうらない、まじない、こよみをつくるー千葉県佐倉市にある国立歴史民俗博物館に行ってまいりました。企画展示が今日まで、また日曜日ということもあり、たくさんの人が訪れていました。展示物や資料、説明書が非常に充実していて見応えがあり、あちらこちらで人だかりができて大盛況でした陰陽師って、映画のイメージが強くて、悪霊退散、おまじない、スピリチュアルな世界にどっぷり浸かっているイメージがありますが実
意外ですけどイタリアでも菊の花はポピュラーです。お墓に植える花のイメージなんですよね。おそらく花を長く楽しめること、死者の日である11月1日前後に咲くこと、あたりがその理由と思われます。仏花としての菊と重なり面白いですよね。先日訪れた佐倉市の「くらしの植物苑」、菊の展示は終わったばかりだったけど、苑内にまだ飾られていてラッキーそして、とても勉強になったのでシェアしたいと思います。江戸時代に菊がもてはやされたのは知ってましたけど「江戸菊」は知りませんで
週末、とっても暖かくなるとの予報・・・かねてから嫁が行ってみたかったという歴博(国立歴史民俗博物館:佐倉市)で開催中の『陰陽師とは何者か』展に行ってきました。エントランスまで来ました。空が青いです。国立・・・ということでかなりの規模感ありだそうで・・・結局、朝10時半から入って14時半までかけて鑑賞したのでした・・・陰陽師について歴史を辿っていくストーリー。展示室へ向かいます。いきなり化け物・・・でも内容はその時代の中で様々な環境によっていろいろ役に立っていた・・
昨日のつづき。佐倉城址公園は広大で森のようでもありました。城址なのでお城があったということですね。「1532~52年、戦国時代の中期、千葉氏の一族である鹿島幹胤(かしまもとたね)が鹿島台に築いたといわれる中世城郭を原型として、江戸時代初期の慶長15年(1610年)に佐倉に封ぜられた土井利勝によって翌慶長16年(1611年)から元和2年(1616年)までの間に築造された平山城。明治維新後には城址に陸軍歩兵第二連隊(後に第五十七連隊=通称・佐倉連隊)が置かれたために
太古温暖な縄文時代、ナウマンゾウを追いかけて、日本にやってきてしまった「古代人」狩りで得た鹿の肉を食べ、そして、寒さをしのぐために、鹿の皮を棒で締めて、衣服にしていたそうだ。そして、猟のために、「矢じり」の「黒曜石」が必要になり、、、日本有数の黒曜石鉱山長野県「和田峠」から関東を中心に黒曜石による「商業」が発生し始めたそうだ。ちなみに、この「和田峠」とは、、、「中山道上諏訪宿~軽井沢宿」の間にある最大の難所です。そして、歴史の中で様々な時代を越えて、「江戸」に日本橋が完成!!
バーズのお仲間と縄文土器を見に行ってきました〜ギフレシ会でペンキ画家ショーゲンさんの話になりそこからサクサクっと決まったの。行き先は佐倉市の国立歴史民俗博物館。見応えたっぷりな博物館でした。縄文土器凄い芸術作品。どんな使い方をしていたのかしら・・もはや宇宙人にしか見えない・・・どちらの星でしょうか?縄文のヴィーナス並ぶと可愛い縄文時代の人の暮らし
ごきげんよう✨✨気になっていた企画展に行ってきました。といっても、この国立歴史民俗博物館しょっちゅう行っているんですけどね(^^♪本気モードで見て回ると丸一日かかります。それでも入場料は常設展含めて千円ぽっきり。JAF会員カード提示で200円お得になります。宇宙人土偶や縄文土器がお出迎えしてくれます。物理学者の保江先生も陰陽師の家系だったそうですね。ご本人よりいただいたサイン本の帯って内容が
さくらから、さわらへ。四季しまを横目に、日本みんぞくを行く。(明日、いいね返信)佐倉で、日本民俗に出会い、そして、成田で寺を詣でてから、佐原に着いて、運河観光をしてから、、、駅に戻ってみたら、なんか、「駅長」と「チーバ君」が、ホームに居て、、、駅員に聞いたら、「四季島」がくるってことで、待ってみた。今日の歩きは、少々、我が思い込みが大きい部分に気付かされてしまったので、今週は、その気付きに、お付き合いください。ちなみに、駅長に「四季島」のお値段をお伺いしたら、、、一泊二日で、30万円
この秋ずっと楽しみにしていたところに行ってきました国立歴史民俗博物館の企画展示「陰陽師とは何者か」『陰陽師』の歴史、『安倍晴明』について『暦』の文化説明パネルと資料の展示がたっぷりありました展示室内は撮影禁止だったから展示資料はひたすら読む!説明パネルと資料を読みまくってさらに展示室内4周して堪能しましたよ陰陽師必携の手引書とか儀式の配置図とか展示されててめちゃくちゃ楽しい「泣不動縁起絵巻」にある安倍晴明が
上野の国立科学博物館は、よく出かけるのですが、国立民族歴史博物館(略して歴博)は、初めてです京成佐倉駅を降りまして…徒歩で10分から15分くらいでしょうか??佐倉城址公園の中にあります歴博‼️なぜ、千葉県の佐倉市に作ったのかな??(ちょっとアクセス悪いし…)佐倉城址公園の中には、旧日本軍の跡地や、国立病院跡地もあるので、国有地なのかな??JAF割引もあります(お得‼️)とにかく…広ーい!!そして、一つ一つじっくり見て、読むと、頭の中がパンパン‼️ギャラリー6??くらい
今日は、千葉県佐倉市にある国立歴史民族博物館に企画展示の陰陽師とは何者か企画展示|展示のご案内|国立歴史民俗博物館www.rekihaku.ac.jpを拝観してきましたうらない、まじない、そして暦をつくり宮廷社会から幕府の中心、日本の地方の方にも広がって陰陽道が生活の一部になって陰陽道にどっぷり浸かっていた時代があったのね〜と無知な私は、明治5年12月3日にそれまで陰陽道が広めた暦が政府によって明治6年1月1日として、欧米と足並みを揃えたということを、さっき知りました驚き
こんばんは、れいこです。今日は1人、国立歴史民族博物館へ行きました。陰陽師とは何者か-うらない、まじない、こよみをつくる-|プレスリリース|歴博とは|国立歴史民俗博物館www.rekihaku.ac.jp12月10日まで開催中です。ご興味ある方は是非行かれてみてはいかがでしょうか。初めて行く歴史民族博物館、時間が足りなかった…寺小屋体験に声を掛けていただき、寺小屋体験中、ボランティアの方から寺小屋体験、面白いですよ!「陰陽師の所観るなら、もう行った方がいいよ!」と言
国立歴史民俗博物館続きです。第1展示室(先史・古代)の中にある独立した小部屋の「沖ノ島」コーナーの脇に細長い小さな展示コーナーがありました。第1展示室のミニ企画「北の大地が育んだ古代」です。有名なアイヌ文化の前に、アムール河河口から千島列島にいたる「オホーツク文化」というのがあるんですよ。縄文文化とはやっぱりちょっと違う。この辺は面白いと思います。言語学と共に研究が必要だと思われるのだけどこの150年でのグローバル世界によって、滅ぼされつつある「人」と「文化」ってこと
国立歴史民俗博物館近場の県にある国立博物館のひとつなのに、すっかりご無沙汰になっていた。近くにあると、「いつでも行ける」というおごった考えになってしまうのかな。最後に行ったのはなんと、2015年で「ドイツと日本を結ぶもの-日独修好150年の歴史-」という企画展示を目当てに行ったのが最後だった。逆に子供のころはよく行っていたと思う。学校の行事や子供を集めたクラブ的な活動の中でも連れていってくれた覚えがある。両親とも行ったっけ。もともと佐倉のお城があったところに博物館を