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こんにちは🤗先日まで書いていた山口市洞春寺内にあるお墓の続きを書いていきますねヽ(=´▽`=)ノ💞💞💞https://ameblo.jp/it1035656/entry-12952465775.html『井上勝之助・末子夫妻と鮎川義介さんのお墓』こんばんは🤗井上馨さんの墓所を参拝した際に真横にお墓がありました(ー人ー)ナムナム井上勝之助・末子夫妻のお墓です(ー人ー)ナムナム井上馨さんのお墓の横にあると…ameblo.jp洞春寺さんの墓地には大内氏のお墓もありました(ー人ー)ナムナム大
静岡県伊豆の国市奈古谷にある、国清寺・毘沙門堂に行きました。毘沙門堂の秘仏が50年に1度の御開帳。これは絶対に見に行きたいので、朝一番の9時に到着。既に多くの見物客が来ていました。次の御開帳は50年後だもんね。仁王門入口鳥居をくぐると傾斜がある坂の石段を上ります。苔生す石段仁王門吽形阿形毘沙門堂授福閣入口手水舎再び傾斜がある坂の石段を上ります。本堂回向柱には、御本尊の毘沙門天から五色の綱が結ばれています。回向柱に触れると、御本尊に触れる事と同じ。毘沙門天との結縁は
#ASTRO#아스트로#문빈#ムンビン様が好きな日本人のお客様の特別な旅行~南漢山城の国清寺~#南漢山城#国清寺#展望台#FATAGIOエンターテインメントASTROのムンビン様のファンである日本人のお客様がソウル旅行中に京畿道南漢山城の国清寺で特別な旅をされました!朝06時00分に明洞のホテルから出発して約1時間ほど運行した後に南漢山城の国清寺に着きました。国清寺は山の中にあるので狭い道を歩かなければなりませんが、今回は風で木が倒れていて運行が困難でしたが、
※上杉憲顕墓所国清寺・・・憲顕は、当初畠山国清の菩提寺であったものの、畠山国清が反乱を起こし、畠山国清弟義深にも放置され、荒れ果てていた国清寺を再興、国清の供養をするとともに、自らの菩提寺として中興しました戦国期には北条家、江戸時代には伊豆韮山の代官江川家に保護されています上杉憲顕の墓7️⃣南北朝〜室町中期の墓・供養塔シリーズ関東管領上杉家パート1.⑨上杉憲顕の生涯〜上杉氏による関東管領世襲化
※上杉憲顕墓所中央の石塔・・・中央に4基(残欠含むと5基)あり、右端の小型の宝篋印塔が憲顕ではないかとのことですこの石塔群も、残欠を集めて組み合わせたものにみえますが、宝篋印塔は、ほぼ完形をとどめています上杉憲顕墓所はあくまで、「伝」ですが、憲顕一族(山内上杉宗家)の菩提寺は国清寺ですので、銘文が読めず、石塔も組み合わせ、後補の形跡が見られるため、伊豆の国市文化財課は「関知していない」そうです住職の話では、先々代と先代、檀家の方々が裏山にあった石塔を移してきたので、自分も知
※上杉憲顕一族墓所左側五輪塔・・・後補があり、残欠を組み合わせたような気がしますが、かなり古い五輪塔で、中世(南北朝、室町初期)の石塔であると思われますが、摩耗が激しく銘文が読めないので誰のか分からないとのことです上杉憲顕の墓5️⃣南北朝〜室町中期の墓・供養塔シリーズ関東管領上杉家パート1.⑤上杉憲顕の生涯〜観応の擾乱へ足利尊氏、義詮期=室町幕府初期の「将軍権力基盤の脆弱
※上杉憲顕と一族の五輪塔群・・・左手前の3基の五輪塔は大きく、一番大きい五輪塔が憲顕のものかと思いましたが違うようです上杉憲顕の墓4️⃣南北朝〜室町中期の墓・供養塔シリーズ関東管領上杉家パート1.③上杉憲顕の生涯〜上杉氏の台頭憲顕は、南朝残党を駆逐して、何とか越後一国を平定します。しかし、憲顕、上杉氏にとって「一大事」が起こります。それは、尊氏と直義の対立が激化し、大きな
※上杉憲顕一族墓所・・・国清寺境内内にあります上杉憲顕の墓3️⃣南北朝〜室町中期の墓・供養塔シリーズ関東管領上杉家パート1.①上杉憲顕の生涯〜上杉家4代当主として上杉民部大輔憲顕徳治元年(1306)〜正平23年/応安元年(1368)室町幕府11代関東管領(1366〜1368)室町幕府上野、越後、武蔵、安房守護大名上杉憲顕は、上杉家3代当主上杉憲房の長男として誕生し
※上杉憲顕墓所・・・境内左手に見えます上杉憲顕の墓2️⃣南北朝〜室町中期の墓・供養塔シリーズ関東管領上杉家パート1.上杉氏の歴史憲顕以降、室町時代を通じて上杉氏は関東管領を世襲し、関東地方に絶大な影響力を持つ大大名になりました。室町初期に上杉氏は、「本家(宗家)山内上杉家、分家犬懸上杉家、分家宅間上杉家、分家扇谷上杉家」と居館がある鎌倉の地名を由来とした4家に分裂、繁栄(のち山内上杉宗
※上杉憲顕顕彰碑、七重石塔・・・国清寺境内内にあります顕彰碑、七重石塔の後方に上杉憲顕と一族の五輪塔群が8基あります上杉憲顕の墓1️⃣南北朝〜室町中期の墓・供養塔シリーズ関東管領上杉家パート1.これまでは、戦乱の時代として応仁の乱(1467年応仁元年)から大坂の陣(1615年)までの3つの時代カテゴリに活躍した大名、武将の生涯を調べてみたいと思い、このシリーズを立ち上げました。しかしながら、僕の一番の興味、関心の
※国清寺石碑と案内板・・・右手に駐車場あります畠山国清の墓3️⃣南北朝〜室町中期の墓・供養塔シリーズ河内畠山家パート1.室町幕府管領家畠山金吾家室町幕府の成立は、延元元年(1336)からが通説となっていて、初代足利尊氏の征夷大将軍宣下の1336年から15代足利義昭が追放されるまで1573年の通算237年間が「室町時代」です。室町幕府の「権威、権力の象徴」として「室町幕府将軍家(足利
※石碑の右手が上杉憲顕、左手が畠山国清墓所になります※畠山国清墓所への道・・・突き当りになり、墓所があります畠山国清の墓2️⃣南北朝〜室町中期の墓・供養塔シリーズ河内畠山家パート1.河内畠山氏の墓所源姓畠山氏は、鎌倉時代に始まり、南北朝時代に宗家畠山金吾家と分家奥州二本松畠山家に分裂しますが、室町時代には宗家畠山金吾家が三管領家のひとつになり、河内、和泉、紀伊、能登(室町中期に畠山満家の弟満慶が能登守護
※畠山国清自然石・・・国清寺境内内にあります畠山国清の墓1️⃣南北朝〜室町中期の墓・供養塔シリーズ河内畠山家パート1.これまでは、戦乱の時代として応仁の乱(1467年応仁元年)から大坂の陣(1615年)までの3つの時代カテゴリに活躍した大名、武将の生涯を調べてみたいと思い、このシリーズを立ち上げました。しかしながら、僕の一番の興味、関心のあることは、戦乱の時代に活躍した大名、武将たちは、どんな出自の「家」だったのかを調
#ASTRO#아스트로#문빈#ムンビン様が好きな日本人のお客様の特別な旅行~南漢山城の国清寺~#南漢山城#国清寺#국청사#달의공간当日の午後に日本に帰国する日程なので午前06時00分に明洞のホテルを出発し、約1時間ほど運行後に南漢山城の国清寺に到着しました。夜明けの香ばしい空気と静かな雰囲気の中で、暖かい朝の日差しが国清寺に映っていました。ムンビン様の位牌が祀られている国清寺にお香を焚いてお辞儀をし、故人の冥福を祈りました。国清寺から数珠もいただき、ムンビン
国清寺の紅葉です!夢中になってシャッターを押した写真たちです黄色・赤色が鮮やかですこの紅葉の色に惚れ惚れします紅葉の色に太陽の光が差し込んでさらに美しくなっていますそして最後は、鮮やかな赤これぞ紅葉!って色をしています紅葉を見ると、日本に生まれてきて良かった…そう思ってしまいます〜
国清寺の紅葉の続きです!紅葉がキレイで、夢中になってシャッターを押してました太陽の光が差し込んで違った表情を見せてくれます赤、黄、緑と光が、鮮やかなコントラストの紅葉です紅葉を見ると思います日本に生まれて、よかった!
国清寺の紅葉です!ここは臨済宗妙心寺派のお寺らしいですが、臨済宗妙心寺派ってのがよくわかりません(笑)岡山の池田お殿様の菩提寺ってことは知ってますここの紅葉が穴場なんです!他のお寺では、紅葉渋滞になったりしますがここは、渋滞なし、駐車場も空いてますなので、なにも気にすることなく紅葉の写真を撮りまくりました赤色・黄色の紅葉と、白い雲と青空美しすぎる!紅葉を見ると思います日本に生まれて、よかった!
寺名:光明山浄業院国清寺本尊:阿弥陀如来立像開基:創建:宗派:浄土宗知恩寺派札所:住所:香川県高松市香西西町190-1電話:由緒等仲多度郡神野村(現まんのう町神野)岸の上真福寺、大川郡白鳥(現東かがわ市白鳥)栄国寺、大川郡志度町(現さぬき市志度)東林寺と共に浄土宗四ヶ寺の一つで、寺領五十石を給されて松平英公(頼重)の建立で、旧安原村東谷(高松市塩江町安原)にあった極楽寺を延宝年中、今の土地に移し国清寺と改む。明治
진진(ASTRO)–Fly(Duetwith.문빈(ASTRO))一年経ってビニの声が聴けるなんて…良い曲ですね心がふるえます涙が…国清寺では今また追悼空間を設けてくださっているそうですね남한산성국청사(この画像は今日ではありません)영원히기억할게
よく晴れた日5日目に行きました南漢山城西門南漢山城西門展望台西門を出た所にかわいいスミレ今日みつけたタンポポたち영원히기억할게
国清寺の奥の座禅堂のあたりは私が行った気td酢曜日にはまだまだ青葉が多い感じでしたが‥‥そろそろ見ごろになってるかな⁉️にほんブログ村にほんブログ村いつも応援サンキューです♪♪今日もポチッと応援よろしくお願いします('-^*)/
この美しい紅葉を‥‥ひとりじめ🍁🍁🍁にほんブログ村にほんブログ村いつも応援サンキューです♪♪今日もポチッと応援よろしくお願いします('-^*)/
伊豆の国にある国清寺です。天長山国清萬年禅寺という臨済宗の寺。文治2年(1263年)、足利一門の畠山国清は鎌倉公方足利基氏を補佐する関東執事となり伊豆守護を兼ねます。国清の協力者であった細川清氏が室町幕府2代将軍足利義詮と対立して阿波へ下ると、康安元年(1261年)、国清は基氏から関東執事を罷免され、守護国の伊豆へ逃れます。康安2年、国清寺は畠山国清によって創建されたと言います。当初は律宗の寺でした。国清が伊豆を追われると伊豆守護は高坂氏重を経て、上野守護も勤める関東管領上杉氏(山
今日はビニの月命日こちらからはお月さまが見えないけれどたくさんのロハが空を見上げてビニを想っているんだろうなぁ国清寺にある月の空間今月29日までのようです画像お借りしています他の所でも…と書いてあるので移転するということなのかな少し前のXのTLで月の空間にはお手紙のみを置いて欲しいというコメントがあったんだよね〜事務所の方で定期的にお手紙は持ち帰るけれど他の物は持って行かないので片付けやら整理をするのはお寺の方でやってらしたのだと思うお供物は遠慮して手紙だ
韓国3日目世界遺産の南漢山城こちらは、ソウルからバスで1時間以上かかり山道なので、韓国コネストのツアー参加韓国のASTROのグループの人でムンビンさん今年亡くなられたのですが、彼を追悼する月の空間国清寺さんにもお参りさせて頂きました。ツアーの同行者は、日本人だけの6人3人がムンビンさんに会いに来てました。ツアー会社の人に寄ると、世界中からお参りに来られるそうです。住職さんにもお会いする事が出来て数珠を頂きました。住職さんにお目に掛かる途端にムンビンさんのファン
2023年10月2日こんにちは朝晩が少し寒くて、昨夜から寝る時の半袖Tシャツが長Tになりました。冷え性なので冬が嫌いなんですが、冷え性なのにたくさん服を着たり靴下二重履きとかめんどくさくて嫌いです。これからそういう季節がやってくるんだと思うと嫌だなあと思います今が一番いい季節ですね今日は旅ブログを更新したいと思います4泊5日Day2-2いよいよお寺へ推しを追悼できるお寺の麓まで無事にバスで到着し、そこから山道を徒歩約20分のところに「国清寺」があるらしい。想像で
2023年10月17日韓国旅行Day2の記録です10月7日(土)この日は今回の旅で一番訪れたかったところへ私と親友ちゃんが大好きなK-POPグループASTROのムンビンを追悼できる空間がソウル市内のお寺にありましてそこへ行ってきましたまもなく彼が旅立って半年が経とうとしています。ASTRO内でのユニットでワールドツアーをしている最中の出来事でした。私達も5月に東京でのライブチケットが当たって、来日を楽しみにしている時だったのに、そのライブを観ることは永遠にあり
チャウヌら「ASTRO」メンバー、スングァン(SEVENTEEN)、ムン・スア(Billlie)らが、故ムンビンさんに向けた切ない気持ちを持ち続けている。故ムンビンさんの実の妹で、ガールズグループ「Billlie」のムン・スアをはじめ、故ムンビンさんが生前所属していたボーイズグループ「ASTRO」のメンバーたち、そして親友として知られるボーイズグループ「SEVENTEEN」のスングァン、ガールズグループ「WekiMeki」のチェ・ユジョンらが、まったく同じブレスレットをする姿がキャッチされ、
南漢山城(ナムハンサンソン)は2014年に韓国で11番目に指定されたユネスコ世界遺産です。京畿道広州市(クァンジュ)にある山城ででソウル中心部の市庁役から山城(サンソン)駅まではバスで約50分。日帰りハイキングコースにもなっているようです。渡韓して行く際も日帰りで行ける場所でよかったですね。ソウルを見てるのかな?「あの辺りが…」って話してるんだろうね。南漢山城の場所ウヌくんも京畿道出身ですね。ビニが生まれた忠清北道(チュンチョンブクト)にも近いんですね。世界遺産南漢山城国清寺
차은우onInstagram3Mlikes,26Kcomments-차은우(@eunwo.o_c)onInstagramwww.instagram.com아무말없어도느껴지는차은우-윤산하의마음...일찍이남한산성방문[MHN스포츠정승민인턴기자]아스트로멤버차은우와윤산하가故문빈의추모공간이새로마련될남한산성에먼저방문했다.4일차은우는윤산하와함news.zum.com차은우·산하,故문빈추모공간찾았